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エルフリートとロスヴィータが呼び出されたのは二日目の夜。第五回戦まで終わった時だった。
「――脅迫状、ですか?」
目の前のデスクに座っているのは思案顔の騎士団総長のヘンドリクス、その隣には騎士団副総長のケリーが立っている。ケリーが数枚の粗悪な紙をロスヴィータに手渡したのを、エルフリートは横から覗き込んだ。
汚らしい文字で、試合の中止を求めている。
「紙やインクから特定しようと思ったんだが、中々うまくいかなくてな」
ヘンドリクスはそう言ってため息を吐いた。
「読んでもらえば分かるが……試合が進むにつれ、脅しが混ざり始めた。
いつ、中止を狙って事を起こされるか分かったもんじゃない」
めくられていく紙に『このまま試合を続ければ、大変な事が起きる』そんな文章が見えた。
「御前試合の時にはこういった悪戯は時々ある事だ。だが、ただの脅しかもしれないし、そうではないかもしれん。この後隊長を集めての打ち合わせをするが、その前に聞いておきたいと思ってな。
昨日と今日で、お前たちは何か気になった事があるか?」
ロスヴィータが眉をひそめている隣で、エルフリートが質問を返した。
「私、田舎者なので御前試合自体が初めてなのですが、女性に恨みを買ってしまった騎士が私刑に遭うという事はよくあるのですか? どうにも、男女関係のもつれみたいな案件が多いように感じたので挙げさせていただきますが、いつも通りという事でしたらすみません」
エルフリートの発言に、一瞬ぽかんとした表情で見つめ返してきたヘンドリクスであったが、すぐに渋い表情に戻った。
……その眉間に入ったしわが数本増えているのは気のせいじゃなさそう。さすがに十一ある騎士団をまとめる長は苦労するか。
「……前々から、この期にうっぷんを晴らそうとする女性がいるのは否定しない。が、確かに少々多いかもしれん」
「騎士団上層部の指導がゆるいからでは?」
「いや、例年通りの指導を心がけているからそれはないだろうね」
ロスヴィータの身も蓋もないつっこみに反応したのはケリーだった。団長の補佐として、徹底した指導をしているのが彼なのだろう。
「では、陽動として女性が使われている可能性がありますね」
「例年以上に人が割かれているのは確かだ」
ケリーの言葉をまっすぐに受け止めたロスヴィータはそう切り返した。冷静な彼女らしい発言だ。
小規模な揉め事が多いと、それだけ監視に集中する人間が減る。その隙に何かを成す為に暗躍するくらい、簡単にできるだろう。
「しかし陽動だとしても、放置するわけにはいかない」
「ごもっともです」
治安維持に手を抜くのは最も避けねばならない。ロスヴィータはもちろんエルフリートも分かっているからこそ、試合の合間に会場を走り回っていたのだ。
「他に気になる事は?」
「女性騎士団員に変な虫が集ってきて邪魔です。男女関係ない上、見知らぬ同僚まで混ざっていて迷惑です。正直、会場の巡回がまともにできません」
ロスヴィータのそれは、ただの文句だった。が、エルフリートも密かに迷惑だと思っていたから、隣で頷いてみせる。
無駄な嫉妬に燃えた女性がにらみつけてくるくらいなら可愛いのだが、ぶつかってこられたり人混みに紛れて足を出されると困ってしまう。
特に新人のエイミーはこういうのに慣れていないのか、ルッカに守ってもらう始末。
些末な、本当にどうでも良い事で煩わされると仕事にならないんだよね。ましてやこんな手紙が届いていると知ってしまったら、その対応に集中したいのに! 本来の仕事は市民を守る事だから、少なくとも同僚から絡まれるのだけはどうにかしてほしいというのが本音だった。
「……信用できるまともな騎士をつけよう」
「いっそ、ブライスの部下にしましょう。あそこなら間違いない」
「助かります」
ヘンドリクスの言葉に、ケリーが付け足した。ロスヴィータは満足そうに笑みを見せた。
そうして翌日。ケリーが提案した通り、エルフリートと訓練を共にした事のあるブライスの部下が応援に来てくれた。
試合が被っていない人の誰かが必ず巡回についてきてくれる事になったのだ。
「助かる。バティとマリン、私たちのペアは君たち同様試合の合間になるが、ルッカとエイミーは既に脱落しているからさっそく巡回だ。
よろしく頼む」
さすがは粒ぞろいの隊だね。全員順調に勝ち残ってるんだって。エルフリートは久々のメンバーと握手で再会を分かち合った。
「あ、フリオは次の試合で当たるよね。楽しみにしてるわ」
「おう、よろしくな」
にやり、という表現がぴったりの笑みを向けられる。正面切って戦う姿を見るのは初めてだから、きっと手こずるに違いない。フリオがこれからする試合に負けるとは全く思っていない。
エルフリートはこれからの試合よりも次の試合の方が楽しみでついつい笑顔になってしまう。
「フリオの相手は私だろう。フリーデの相手はフリオの相方じゃないか?」
「えへへ、まあそうなんだけどねー。でも楽しみなんだもの」
「俺弱いからな……二人がフリオにかかりっきりになってくれた方がありがたいよ」
弱気な発言をしたのは、フリオの相方であるウィードだ。
「そんな事言わないの。ウィードと戦えるのも楽しみにしているんだから!」
「お手柔らかに頼むよ」
「お手柔らかにされたら俺たちの名折れになるって」
困ったように笑うウィードの肩を抱き込み、フリオは笑った。
2024.6.30 一部加筆修正




