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シード権は通常、王族に適応される。だが、今回は女性騎士団の初舞台とあって、特例でロスヴィータの手に舞い込んできたのだ。
「時間があるならちょうど良いって……っ!」
ロスヴィータは唸った。隣にいるエルフリートは苦笑している。不審者を見かけたと通報があり、その対応に二人は追われていた。
試合に参加しない騎士が担当するはずであったが、別の捕り物に人員を割かれており余裕がなかったのである。準備運動の代わりになるなと思ったのは最初の数分だけだった。
「あ、あっちに見えたわ!」
「む」
不審者は意外にも素早く、中々追いつけない。準備運動になるという自分の甘い考えはすぐに掻き消えた。
人をかき分けての移動という点に関しては相手も同じはず。にも関わらず追いつくのが難しいのは、相手が逃走ルートを決めていたからかもしれない。
追いかける方は、相手の動きを見てしか動けない。逃げる方は準備さえしていれば、有利となる場合がある。今回の逃走劇はこれにあたる。
「くっ、この建物、意外に入り組んでいるな……!」
「あぁもうっ、先回りできれば良いのに人が足りないわ」
周囲にひしめくのは一般人がほとんどだ。これが訓練した人間ばかりであればもう少し動きやすかっただろうに。しかしそんな事を言っていても始まらない。二人はひたすら不審者を追跡した。
「きゃあっ」
「っと!」
ぶつかってきた人物を反射的に受け止める。エルフリートはその様子をちらりと見たが無視して走り去った。追跡の方が大切だから当然だ。
ロスヴィータは追跡を一旦諦め、目の前の事に集中する。ぶつかってきたのは少女で、そのすぐ後ろには柄の悪い男がいた。咄嗟に少女を自分の背に隠す。
「ぁんだてめぇ……」
不機嫌なのを隠そうともせずににらみつけてくる男の視線を、ロスヴィータは真正面から受け止めた。
「私は女性騎士団団長、ロスヴィータ・マディソンだ。こちらのレディはあなたから距離を置こうとしているようだが?」
「てめぇに話す事はない。そいつは俺のツレだ」
「嘘よっ!」
ダークブラウンの短髪に細い眉、狐目とまではいかないまでも細長の瞳。見た目が性悪に見える威圧感のある男だ。
対して少女の方はミルクティーのような髪色をポニーテールにしており、ウェーブがかった髪が可愛らしく踊っている。身長差のせいで一瞬しか見えなかった瞳はぱっちり二重で、発言はともかく人形のような作り物めいた雰囲気があった。
どちらも初対面だ。どちらの言い分が正しいのか、ロスヴィータには判断がつかない。
つい、後ろできゃんきゃんと子犬のように吠えている少女を守るようにして立ってしまったが、彼女が悪いという可能性もなくはないのだ。
「話をしてくれないのであれば、二人とも詰め所にお送りするだけだ」
「ちっ」
「……まずはレディ、話を聞かせてくれるか?」
少女に用があるらしい男の方は後回しでも良いだろう。それよりも逃げかねない方だ。ロスヴィータはそう判断して大きな舌打ちをした男を背にし、少女と向き直った。
膝を折って少女に視線を合わせると、彼女の頬が染まり、視線がさまよった。エルフリートのような可愛らしい振る舞いだ。
「私、ぶつかっちゃっただけなの。……お母様とお父様といっしょだったのに」
「うん」
「振り向いたら、ふたりともいなかったのよ。だから、探してたの」
「それで?」
「それで……ぶつかっちゃったら、追いかけてきたの。怖くて逃げちゃった」
「そうか。ありがとう」
たどたどしいながらも順序だった説明に、ロスヴィータは両親とはぐれた少女がたまたま男にぶつかったのだという話だと理解した。
「では、そちらの言い分を聞こう」
「確かにぶつかってきたのはそのガキだ。だが、俺はこいつの身内なんだよ。
こいつの親父の兄の子が俺だ。小さないとこがいなくなったってんで、ここに来てた一族総出で捜してたとこだ……もう良いだろ? カトレアを連れてっても」
「レディ、名前はカトレアで合っているか?」
「うん……私、カトレアって名前なの」
名乗っていない少女の名前を知っているのならば、男の話も嘘ではないだろう。が、万が一という事もない。ロスヴィータはカトレアと手を繋いでから言った。
「そのご家族のいるところまで、私もついて行こう」
「――全員揃ってるかは知らねぇぞ。それで良けりゃご自由に」
何も不都合な事はないのだと言ってみせた男は、ロスヴィータが着いてくるかも確認せず一族との待ち合わせ場所に向かって歩き出した。
カトレアの手を引いて、男の後をついていく。果たして、少し歩いた先に待ち合わせ場所はあった。
「カトレア!!」
「お母様!」
繋いでいた手がするりと抜け、少女が駆け出した。その先にはカトレアの名を呼んだ母親らしき人間がいる。ほっそりとした妙齢の女性は、失礼ながらロスヴィータの感想ではカトレアとは似ても似つかないが、カトレアが抱きついた姿から、家族である事は確実である。
ロスヴィータが男に視線を移すと、彼は苦笑していた。少しばかり目元がゆるんでいる。どうしてこの家族関係が本物なのか気になったのか、ロスヴィータには原因が分からなかった。
「……疑って申し訳なかった」
「いや、俺も疑われるような事をした自覚があるから気にすんな」
素直に謝ると、男も普通に謝った。互いに気が立っていたせいだろうか、出会い頭のような気分は全く湧き上がらない。
「そうか。では、失礼する」
「あっ、ありがとうございました!」
立ち去ろうとした背中に母親の声が追いかける。ロスヴィータは振り返って会釈をすると、会場へと足を向けるのだった。
2024.6.30 一部加筆修正




