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御前試合、それは毎年開かれる騎士団の力比べである。今期は二人一組で行われる特殊御前試合となる。前衛後衛の組み合わせが基本となるが、そうではない組み合わせでも参加は可能だ。
パートナーとの意志疎通や、個々の能力の熟練度が問われるこの戦いは、通常の御前試合とはまた違った難しさがある。
そんな試合に、新人二人も強制参加させられていた。が、そこまでは良い。御前試合よりもある意味やっかいな問題が転がっていたのである。
「あら、野鼠がこんなところに」
「えっと……?」
エイミーは美しく着飾った、闘技場とは無縁そうな少女を卒業したばかりの妙齢の女性に囲まれていた。野鼠、とはおそらく平民出で剣を持つがさつさを揶揄したものだろう。
エイミーは彼女たちが束になって襲いかかってきても、大した労力もなくかわせる自信がある。だから怖くはない。人数とその発言に多少は圧倒されるが、それだけだ。
「何かご用ですか?」
これだけの人数がいるのだ。道に迷っていて、たまたま平民を見かけたから声をかけたというわけではないだろう。
さすがにそれくらい、エイミーにだって分かる。
「なかなか良い根性してるじゃない……っ」
「わたくしたちが言いたいのは、気高き鷲の騎士に紛れたからってあなたの気質が変わるわけじゃないって事よ」
「……はぁ、そうですか」
気高き鷲と言われる王家の騎士になれたからといい気になるんじゃないという意味だろうか。確かに、エイミーは運良く騎士になれた。この前の王都一周だって先輩騎士からすればおままごとのような走りっぷりだったろうし。
ただでさえ同期のルッカは優秀なのだ。エイミーが騎士になれたからとあぐらをかいていられるほどの暇など全くない。
多分、嫌がらせか何かだろうが、嫌味も本人に通じなければ意味がない。エイミーは彼女たちの意図が分からず困惑していた。
「理解できていないなら相づちなんて結構よ!」
勝手に怒っているお嬢様がたは、きっと反応が鈍い事がお気に召さないのだろうが、この状況に戸惑っているからこその反応だと理解してもらいたい。
「飛べないヒッポグリフなんて、ただの馬以下じゃない。あなたなんて野鼠という表現がちょうど良いのではなくて?」
「確かに言われてみれば、ヒッポグリフをイメージした色あいの制服は野鼠みたいな色ですね」
グリフォンをトップ――王家――として、その騎士を下位生物であるヒッポグリフに例える事はよくある事だ。その為、特命を帯びた騎士以外の制服の色は式典の時を除けばほの暗い色合いをしている。
語彙力の少ないエイミーにその色を例えるにふさわしい言葉は思い浮かばないものの、灰色に近い色あいの為、野鼠という言葉は言い得て妙だと納得してしまったのだった。
「あっあなた何て事を!」
「???」
おっと、火に油を注いでしまったらしい。お嬢様がたの考えている事はよく分からない。エイミーはこれ以上無意識の内に油を投下してしまわないように口を閉じた。
だが、同意してしまったのは良くなかったようで、エイミーが口を閉ざしてもなお彼女たちはその口撃の手をやわらげてはくれなかった。
「だいたい何であなたみたいな平凡な女が騎士になれるのよ!」
「騎士になったって、尊き貴族の一員である騎士たちはあなたになびいたりしないんだから」
「平民が平民同士で肩を並べるならともかく、私の婚約者とは一緒に仕事をしないでちょうだい。私の婚約者の沽券に関わるわ」
矢継ぎ早にあちこちから繰り出される言葉は、どれもエイミーにピンとこないものだった。騎士になりたかった理由に、男性の騎士に対する思いなど全くないし、目の前でまくしたてる美しい女性の婚約者が誰なのかも分からない。
同じ言語なのに何を言っているのか分からないなんて、変な魔法を身に受けてしまったみたいだ。女性騎士団長であるロスヴィータから「あなたにはまだ貴族の方々との会話は難しいかもしれない」と言われていたのを思い出す。あれは、こういう事だったのかもしれない。
とりあえず、謝っておこう。
「社交に不慣れで申し訳ありません……?」
「ふざけるのもたいがいにして!」
……難しい。
「だいたいねぇ――」
「邪魔」
「あ、ルッカ」
ルッカの発言はそんなに大きな声ではなかったはずなのに、やけに響いた。ざっと割れるようにお嬢様がたが移動した。
「もうすぐ対戦だっていうのに、騎士の邪魔をするなんてマナーがなっていないわね。貴族の一員の割に、教養がないようで心配だわ。教育係を変えてもらった方がよろしくてよ。
……ああ、教育係のアテがないのかしら。私が後日あなたたちのご両親に紹介してさしあげるから楽しみにしていてちょうだい」
ルッカは見た目も派手だが、出生も派手だ。そんな彼女の言葉は最後通牒のように感じられた事だろう。平民のエイミーにはよく分からない感覚だが、自分よりも上位の貴族に「あんたんとこのお嬢さん、躾がなってないね」と言われるのはとてつもない恥曝しになるらしい。
「エイミー、行きましょう」
「うん」
エイミーは腕を引っ張られ、呆然としてかわいそうな事になっているお嬢様がたの輪を抜ける。結局彼女らが何を言いたかったのかは分からないが自業自得だろう。ご両親から怒られるだろう彼女たちをどうにかしてあげたいとは思わなかった。
2021.6.8 誤字修正
2024.6.30 一部加筆修正




