何もかも、すべては賢人のせいだ。本当は違うけど。
その日を境に、朝倉先輩からの連絡が途絶えた。冬休みが終わっても、先輩は学校へこなかった。
家にも会いに行ったが、本人が会いたくないということで、門前払いを受けて、なしのつぶてだ。
どうやら私の恋は、またしても始まる前に終わってしまったようだ。
藤堂が三杯目のご飯をしゃもじですくっている姿を見て、姉が眉をひそめる。
「食べ過ぎじゃない。この前せっかく買ったワンピース、着られなくなるよ」
「もういいの。着ていくチャンス自体が消えたから」
私は、いつもより多めの晩御飯を平らげると、イライラしながら部屋に戻った。文句の一つも言わないと気が済まない。
ベッドに倒れ込むと、電話の向こうにいる賢人に向かって、八つ当たりをすることにした。
「賢人のせいだからね」
私の体重が増えたのも、年明けの模試の成績が悪かったのも、何もかも、すべては賢人のせいだ。本当は違うけど。
「お友達とやらと行くはずだった、初詣はちゃんと終わっただろう。何が問題なんだ」
賢人はわかっていて、とぼけるつもりのようだ。
「きっと朝倉先輩が、引きこもりになっちゃったのは、あの日、賢人が余計なこと言ったからでしょ」
「僕は事実を確認しただけだ」
「世の中にはいくら事実でも、言わないほうがいいことがあるの。一緒に謝りに行って」
「そんな必要はない。だいたい僕は、これから予定があって忙しいんだ。そっちに戻っている暇なんてない」
どうやら切り札を出すしかなさそうだ。
「なら賢人が、我が家での会話を、勝手に録音していた件に関して、いくつかお聞きしたいことがあるのですが」
「……何の話だ」
「しらばっくれても無駄です。証拠はあがってるんですよ。前に賢人が、女子高生キャラのAIを作るために、サンプルが必要とか言ってたけど、まさか断りもなく私を実験台にしてたなんて」
「なんのことだか、さっぱりわからないな」
「ロールケーキの話、お姉ちゃんと私しか知らないはずだし、その話をしたのは賢人がいない場所なのに、おかしいと思って確認したら、お姉ちゃんは賢人には教えてないっていうし、まさかと思って調べたら出てきましたよ。賢人が送りつけてきた、猫型ペットロボの首輪から謎の装置が。今回わざわざ帰ってきたのも、野暮用があるって言ってたのも、これを取り付けるためだったんじゃないの」
しばらく沈黙が続いた。さすがの賢人も動揺しているのかもしれない。……なんて思ったが、それは杞憂だったようだ。
「お前の推理は、破綻している。僕が猫型ペットロボを、お前に渡したのはいつだ」
「……年末だけど」
「ならロールケーキを食べたのは、いつだ」
「藤堂さんが、慰安旅行に行った時……」
電話の向こうで、賢人が鼻で笑ったような声がした。
「もし仮に、僕がロールケーキの話を知っているのが、その盗聴器のせいだというのなら、旅行より前に、猫型ペットロボが家にいなければいけない」
「……あっ」
「だがそれはありえない。ここまでは、いくらバカなお前でもわかるよな」
「いちいちバカにしなくていいです」
「お前の論理を証明しようとしたら、その盗聴器が時空を超えて、過去の音声を収集できる、SFロマン装置でないとおかしいことになる。いくら僕の頭が良くても、そんなものは作れない」
「自分で頭が良いとかいうの、嫌な感じだからやめたほうがいいよ」
「事実を言っているだけだ。何の問題がある。少なくともお前よりは、頭が良いのは変えようのない真実だ」
「でも、ロールケーキの話は別としても、今回のこの謎装置が盗聴器っていうのは、変えようのない真実だと思うんですけど。だって私は『謎の装置』としか言ってないのに、賢人は『盗聴器』って言ったよね。それ自白と捉えてよろしいでしょうか」
電話の向こうの賢人は沈黙した。さすがに物的証拠だけでなく、言質まで取ったのだ。もう言い逃れできないだろう。
「……研究のためだ。何の問題もない」
「問題あるよっ」
「赤の他人に頼むわけにもいかない。今時の女子高生の会話データが、どうしても欲しかったんだ。しょうがないだろう」
「だったら、前もって申告してから、データとればいいでしょ」
「それは無理だ。自然なデータが欲しいのに、意識されたら棒セリフになってしまう。小学校でお前がやった『赤ずきん』の演技ひどかったぞ」
「それ今関係ないでしょ。いろいろ大事なこと忘れてるくせに、なんでそんな、どうでもいいことは覚えてるのよ」
しまったと思ったが、口に出してしまった言葉は取り消せない。
「……ごめん」
「悪いと思うなら、盗聴器は見なかったことにしてはもらえないだろうか。まだ研究が途中なんだ。多少演技くさくなるというリスクを犯しても、もう少しデータが必要だ」
深く心を傷つけたかもしれないと、心配した私がバカだった。賢人もまた、タダの研究バカだったようだ。
「それとこれとは、話が別です」
「少しは技術の進歩に役立ててもらいたいという、気持ちはないのか」
「あるわけないでしょ。なんなら今すぐ警察に通報してもよろしいですか。家族の中にストーカーがいるって。きっとお姉ちゃんも泣くよ。大事な家族が警察に捕まったりしたら」
電話の向こうにいる賢人が、再び沈黙している。しばらくしてから、ようやく決心したのか、押し殺したような声が聞こえてきた。
「わかったよ。今からそちらに帰る」
賢人が変態シスコンだということは、重々承知していたが、まさかここまでとは。やっぱり賢人は頭は良いがバカだと思う。