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嘘をつこうとする者は、余計なことをしゃべる。

 大掃除も終わり、年越しそばの海老天ぷらは、ペナルティとして賢人から一本だけ没収したが、つつがなく年は開けた。


 正月ならではのまったりとした空気の中、コタツでテレビを見ていると、お雑煮が目の前に運ばれてきた。寝正月最高というやつである。


 二つ目のお餅をペロリと食べ、藤堂にお代わりをお願いしたら、賢人が鼻で笑った。


「間違いなく太るな」

「うるさいです」


 藤堂が持ってきてくれたお椀には、お餅が三つ入っていた。今回のお雑煮は、姉が張り切って作ったものらしい。


 久しぶりに征士郎さんだと思い込んでいる賢人が帰ってきて、多めに作りすぎてしまっただけかもしれないが、容赦なく餅を追加する藤堂もまた、私を肥えさせる気が満々のようである。


 テレビのチャンネルを変えても、どこも同じような番組をやっている。毛色の違う物を放送したら偉い人に怒られるお正月協定でもあるのだろうか。


 普段に比べて、時間がゆっくりと進んでいるような錯覚にとらわれる。このゆるさを、試験勉強でピンチの時と交換できたらいいのに。


 誰か頭の良い人が発明してくれないだろうか。もちろん時空を歪ませるような、謎の技術でも発見されない限りは無理だろうが。


 なんならタイムマシンも、誰かがサクッと作ってくれたら、みんなが事故に遭う前に戻って助けるのに。なんてことを考えながら、五つ目のお餅を口にする。


 賢人の視線に気づいて手を止めた。


「んむちごじいんだっだら」

「食ってから喋れよ」


 しばらくモグモグと、口を動かしてから答える。


「お餅欲しいんだったら、おかわりしたら」

「別にいらない」


「なら何なの。さっきからずっと、哀れみの目みたいなので、見るのやめてくれませんか。このぐらい食べたって、別に大したことないし」


 賢人はスマートフォンを取り出して、画面をタップしている。検索結果を見せながら言った。


「丸餅なら一つ80カロリー。五つ食べたら400カロリー。どんぶり一杯分のご飯と同じだな。摂取したカロリーを消費するには、少なくとも……」


「そういうリアルな計算やめてください」


 すぐに数字を出して、現実を突きつけてくるところが、いかにも理系の男子という感じでムカつく。


 そういうことをするから、外見だけで近寄ってきた女子に振られるとわかっているのだろうか。


「最近食い過ぎなんじゃないか。大盛りカレーを食った日の夜中に、ロールケーキを一本丸ごと平らげるのは、さすがにやりすぎだ」


「なんでそんなこと知ってるの」


「賢人兄ちゃんは、なんでもお見通しだ。お前と違って賢いからな」

「うるさいです」


 ロールケーキは私だけではなく、執事の藤堂も好物だった。普段は一人で一本なんて食べられない。


 だから藤堂が町内会の慰安旅行に駆り出されて、しばらく家を開けるタイミングを見計らって、姉が買ってきてくれたのだ。


 夜中に一人で丸ごと一本食べていたことは、藤堂ですら知らないはずなのに、どうして賢人が知っているのか。姉が賢人に告げ口でもしたのだろうか。


 確かに姉は賢人に甘い。いつだって実の妹より、義理の弟を優先するタイプだ。


 いや今は、征士郎さんだと思いこんでいるのだから、当然かもしれない。今回もきっと賢人にあれやこれやと尋問されて、話してしまったのだろう。まったく油断も隙もない。


 お椀に口をつけ、汁をすすっていたら、賢人がまた、じっと見ている。


「何よ。お出汁のカロリーとか計算しなくていいからね」


「お前……禁断の恋に興味でもあるのか」

「なんのこと」


「オススメされた小説のほとんどが、教師と生徒の恋愛や、義理兄妹の同居ものというジャンルに偏っていた」


「そう……だっけ」

「自覚がなかったのか」


 無意識というのは恐ろしい。気をつけなければ。


「た、たまたまです。別に興味があるわけじゃないから。流行ってるっていうか。乙女は許されない恋みたいなののほうが燃えるっていうか、グッとくるもんなんです」


「別にどんなものを読むのもお前の勝手だが、そういうのは……物語の中だけにしておけよ」


 賢人の声は、押し殺したように低くかった。


「当たり前でしょ。心配しなくても、私はちゃんと現在進行形で健全な恋愛をし……」


 賢人と執事の藤堂が、一斉に私を見た。姉は素知らぬ顔で、お茶を注いでいる。


「げ、現在進行形で健全な恋愛……小説も読んでますよーみたいな」


 笑ってごまかすが、賢人と藤堂の視線がなんだか怖い。


 慌てて最後のお餅を飲み込んだせいで、喉に詰まりそうになった。胸を叩きながらお茶で流し込む。


 いろんな意味であぶなかった。美味しいものを食べている時は、口が軽くなる。何もかも姉が作ったお雑煮が美味しすぎるせいだ。


 ふいにスマートフォンが振動してビクリとした。賢人や藤堂に見えないようにタップすると、画面を眺めてニヤニヤする。


「やけに楽しそうだな」


 いつの間にか、背後に回りこんでいた賢人に、画面を覗き込まれていた。


「な、なんでもないよ。友達と初詣行く約束してただけ」

「友達って、誰と」


「えーっとね、加奈ちゃんと、沙織里ちゃんとか、あとは……部活の先輩とか」

「先輩って誰」


「朝倉先輩。文芸部の副部長をしてる人。うちの近所の神社に、お参りに行こうって、話になってて」


「ふーん。朝倉先輩……ね。まさか、男じゃないだろうな」

「そう……だけど」


 何か言いたげな表情で、賢人は見ていた。絶対に疑っている。だがここは、シラを切り通すしかない。賢人に知られたら、いろいろと大変なことになる。


「えーっと、違うよ。違うから。そういうのじゃなくて……もともと関西の強豪校で、野球やってた人でね。体が大きいけど、どっちかっていうと乙女系男子っていうか、少女小説とか少女漫画とか好きな人でね、趣味が合うというか、それだけ」


 まだ賢人がじっと見ている。しばらく首を傾げて、何かを思い出そうとしているようだ。


 ふいに閃いたというように目を見開いて、スマートフォンを取り出すと、何かを調べているのか、真剣な表情で画面を睨みつけながら言った。


「嘘をつこうとする者は、余計なことをしゃべるというのは、本当みたいだな」


「う、嘘とか言ってませんけども」

「知ってるか。嘘つきはみんな、そう言うんだ」


「だから違うってば」

「お前は本当に、バカで可愛いな」


 賢人はニッコリと笑う。その笑顔は、腹が立つほどにイケメンだった。たぶんみんなこの外側に騙されるのだろう。私だってその一人だ。


 幼い時、初めて出会った頃は信じていた。きっと賢人は、見た目の美しさに似合うほどに、中身もよくできた、素晴らしい人間に違いないと。


 姉が結婚をして、鬼流兄弟と同居をするようになってから、賢人が聖人君主だったのは、最初の一週間だけだった。猫をかぶっていたのだ。いつも一週間ぐらいで、良い人ぶるのに飽きるらしい。


 本当の賢人は、言ってはいけないことを言ってしまう、残念なタイプの男だった。その上、今では立派なシスコンだ。


 神様は見た目と頭の良さに、パラメーターを振りすぎたのかもしれない。人間はバランスというものが大事だということを、きっと神様は知らない。


 テレビのお笑い番組が終わって、合間のニュースに切り替わった。この付近で起こった傷害事件の続報だ。


 高校生カップルばかり狙われているらしく、ちまたでは『リア充高校生襲撃事件』と揶揄されている。


 テレビを神妙な表情で睨んでいた藤堂が言った。


「まだ犯人捕まってないのでしょうか」


 頷いた姉が言う。


「真名も気をつけなさいよ。夜道で怪しい人を見かけたら、とにかく逃げなさい」

「うん、わかった」


 横で聞いていた賢人が、鼻で笑った。


「お前の足で逃げ切れるわけがないだろう。100m走を二十秒もかかるとか、小学生並みだぞ」


「うるさいです。だったら残念な妹のために、何でもお見通しの人が助けてくれたらいいんじゃないですか」


「無理だ。僕は東京に戻らなきゃいけないし、毎日研究で忙しい。そんな時間はない」


「助けるつもりがないなら、私の脚力にケチつけないでよ」


「そもそも逃げるという発想が間違っている。こっそり背後から近づかれたら、いくらオリンピック選手並みの脚力があっても、逃げる前にやられてしまう。実際に襲われた生徒の中には、運動部の生徒もいたようだしな。つまり脚力の有無は関係ないということだ」


 被害者はみな、硬い棒のようなもので頭や体を殴られているらしい。犯人はいつも何かしらの被り物をしているせいで、顔をはっきりと見たものはいないようだ。


 最初の頃は打撲程度だったが、徐々に被害が大きくなっていた。それはまるで、誰かを殺すための練習をしているみたいに。


 先日襲われた被害者は、一時的にではあるが、意識不明の重体になるという事例まで発生していた。このままでは、いずれ死亡者が出るのではと心配されていた。


 付近の高校では、何度も全校集会を開き、生徒に注意喚起をしていたが、新たな被害者が出ている時点で、あまり意味がないことは明らかだ。


「じゃあどうしろって言うの」

「大丈夫だ。心配いらない。お前でも生き残る方法はちゃんとある」


「護身術を習えとか、そういうのはナシね。走るのよりもっと無理だから」


「簡単なことだ。リア充だと思われなければ、襲われないのだから、わざわざ見せつけるように、カップルで夜中に出歩かなければいい話だ」


「それは……そうだけど。それは襲われた時の、対処法じゃない気がするんですが」

「襲われる状況を作らないことが、最大の対処法だ」


 ああ言えばこう言う。どうやったって口では勝てない。戦うだけ無駄だ。


「知ってるか。この事件、実は予言されてたんじゃないかって、ネットで噂になってるみたいだぞ」


 賢人はスマートフォンで検索した画面を見せた。あまり名前を聞いたことがないが、新しくできたWeb小説投稿サイトのようだ。


 画面には『魔王が現代に転生したのにまったくモテない。ムカついたから同級生のリア充どもを駆逐することにした』という、やけに長いタイトルが表示されている。『青菜と桜』という作者が書いたもののようだ。


「この小説で殺される被害者と、実際の襲撃事件の被害者は、特徴が似てるらしい」

「なにそれ怖いんですけど」


 まとめサイトで、それまでの事件の被害者と小説の記述が、合致しているという記事が出回っているようだ。箇条書きマジックのような気もするが、確かに特徴は合致している。


「順番からいくと、次の被害者は、大柄なメガネ男と、小柄なボブカットの少女だそうだが。そういえばお前も、小柄でボブカットの女子高生だったな」


 ドキリとした。そんなまさか。いやそんなわけはない。ただの偶然の一致だろう。


 確かに私の条件はぴったりだが、相手の要素は大柄なだけで、条件は半分かすっているだけだ。大丈夫。そうは思っていても、動揺が隠しきれずに声が揺れる。


「そ、そんな小柄なボブカットの女子高生なんて、いくらでもいるし。これまで当たってたっていうのもたまたまじゃないの。予言だなんてオカルトじゃあるまいし、馬鹿馬鹿しい」


「確かに僕も馬鹿げた話だとは思う。だが念のため確認しておく。まさかお前、そういう男と付き合ったりしてないよな」


「そういう男?」

「大柄なメガネ男と、付き合っていないのかと聞いている」


 賢人だけでなく、執事の藤堂も、じっと私を見ている。背中に変な汗が、流れ落ちるのを感じていた。


 とりあえず、彼は大柄だが、メガネはかけていない、はず。


「……ないない」


「次に狙われる予定の男は、荒草大人あらくさおとなというらしい。心当たりはないか」

「そんな人、知らないよ」


「なら、山雅奈美やまが なみは」

「だから、知らないって」


「そうか。なら問題ない。まぁ恋愛小説を読んで満足しているお前のようなお子様には、リア充を狙った事件なんて、最初からまったく関係ない話だろうけど」


「余計なお世話です」


「一応は犯人が捕まるまで、用もないのに、夜道を出歩かないことだ」

「わかりましたってば」


 バカにしながら心配するとか、こちらの感情が、ややこしくなるからやめてほしい。


「もう時間だから。ごちそうさま」


 私は食器を片付けると、コートと財布を手にして、外へ出た。




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