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量産型お兄ちゃんは壊れやすい。

「なんで私のベッドに入ってくるの」


 量産型お兄ちゃん第一号が、私のベッドに潜り込み、さも当たり前というように、隣で寝ようとしている。


「僕の部屋がないからだ。しょうがないだろう」

「だからって、猫やフェレットとは違うんだから、出て行って!」


 反射的に突き飛ばしてしまった。ベッドから落ちた第一号は、ピクリとも動かない。まさか、壊れてしまったのだろうか。

 私は慌ててスマートフォンを手に取った。


「どうしよう、賢人。量産型お兄ちゃん第一号が壊れちゃったかも」


「イヤらしいことでもしたのか」

「してないし!」


「心配するな。スマートウォッチのモニターをチェックしてみろ」


 言われた通りに、第一号の袖をまくって確認した。


「再起動しろって書いてある」

「ならその通りにしろ」


「いや、だから再起動の仕方なんて知らないし」

「まずは第一号の右手を、ピースサインのようにしろ」


「うん。それで」


「鼻につっこめ」

「は?」


「だからピースサイン状態の指を、両方の鼻の穴につっこめ」

「馬鹿なの?」


「お前がやり方を教えろというから、教えたまでだ。馬鹿呼ばわりされる覚えはないんだが」

「そういうことじゃなくて、なんでそんな馬鹿げた再起動方法なのって意味です」


「誰もが簡単にやる方法を設定しておいたら、所構わず再起動してしまって困るだろう。だから普通の人はやらないような、特殊な仕草を設定しているだけなのだが」

「そりゃ、そうだけど。もうちょっとなにかあるでしょ」


「初期設定では、両乳首を同時に押すという案もあったのだが、戻したほうが良いだろうか」

「今のままでいいです」


 この研究バカには、何を言っても無駄なようだ。


「間違うなよ。お前の鼻の穴じゃなくて、第一号の鼻の穴だからな」

「そんなこと、言われなくてもわかってるよっ」


 私はしょうがなく、第一号の指でピースサインを作って、鼻の穴に突っ込んだ。


 目が五回ほど赤く点滅したあと、ハードディスクの読み込み中のようなノイズが聞こえてくる。電子レンジのような、チンという音がしたあと、ビクビクっと体が振動した。


 何度か瞬きをした第一号は、部屋の様子を見回している。

 どうやら再起動に成功したようである。私をじっと見た第一号がニヤリと笑う。


「イヤらしいことでもしたのか」

「してないよ! むしろ精神的に被害を被ったのはこっちだっ」


 復帰した開口一番それか。さすが賢人を忠実に再現しただけある。減らず口もそっくりだ。


「無事に治ったようだな。これに懲りたら、もっと大切にするように」


 電話の向こうの本物の賢人が、まるで見ていたかのように言い、一方的に電話を切られた。


 こんなことでは先が思いやられる。

 まずは大事な問題を解決しなくては。私は部屋を出て、藤堂を探した。


 こんなときに限ってすぐに見つからない。ようやく藤堂の姿を見つけたのは、屋根裏部屋だった。

 背後から声をかけようとしたら、ロールケーキに丸ごとかぶりついている瞬間だった。


 よりによって、私が一番大好きなケーキ屋さんの、生クリームがたっぷり入っているロールケーキじゃないか。甘い味と滑らかな舌触りを思い出して、思わずゴクリと喉が鳴った。


「なんでございますか、お嬢様」


 藤堂の口の周りには、白いクリームがたっぷりついているが、何事もなかったかのように、執事スマイルを浮かべている。

 もしかしたらこれまでも姿が見えないときは、こうしてこっそり隠れてロールケーキを独り占めしていたのだろうか。


 許せない、と言いたいところだが、私だって藤堂に黙って一人で食べたことがあるだけに、強く言えないところがある。

 執事だって、息抜きぐらい自由にしたいこともあるだろう。今回はあえて突っ込まないことにした。


 それより今の私には、お願いすべきことがある。


「藤堂、第一号の部屋を用意して」


 不思議そうに首をかしげた藤堂は、こっそり口の周りのクリームをペロリと舐めた。

 バレてないとでも思っているのだろうか。額にきょとん、と書かれていそうな表情が、これまたムカつく。


「おや、お嬢様とご一緒で構わないと、賢人お坊っちゃんから言付かっておりますが」

「構うよ、構うからっ」


「ただのロボットですよ」

「それでも乙女は構うものなんです」


「かしこまりました。すぐにご用意いたします」


 藤堂が食べかけのロールケーキを差し出した。


「お嬢様、残りをお食べになりますか」

「いりません」


 私は肺の中の空気がなくなりそうなほど、大きなため息をついた。





 なんとか別の部屋を用意してもらい、量産型お兄ちゃん第一号が、私の部屋に勝手に入室することを禁止してことなきを得た。これで少しは平和が保たれるはずである。


 こうして我が家の新しい家族となった第一号は、確かに賢人にそっくりで優秀だった。


 家の中で生活をするロボは、普通に賢人みたいな行動をしていて気持ち悪い。試しに家庭教師をさせてみたら、私よりも勉強ができて、なんだかムカつく。


 だが、一つだけ大きな欠点があった。バッテリー問題だ。


 いつものようにアラームが鳴り始めた。腕時計型のスマートウォッチに『バッテリー切れです』とメッセージが表示される。


 四、五時間に一回ぐらいの割合でこれだ。その表示が出てから三分以内に充電しないと、急に動かなくなる。

 制限時間までに、第一号が電源まで移動できれば問題ないが、結構な割合で途中で力尽きていることがある。


 その場合は重たい機体を引きずって、電源のある場所まで連れて行かなければならないのだ。これが結構骨が折れる。


 しかも充電方法は、ケーブルを鼻にぶっさすというものである。こんな設計にした開発者の神経を疑う。ぜひ顔を見て見たいものだ。知ってるけど。


 何が「いざというときはナイト代わりになる」だ。これでは、もしバッテリー切れのときに、私に何かがあったら、まったく役に立たないじゃないか。


 これまでのペットロボと違って、体が大きい分バッテリーがすぐになくなるのはしょうがないのだろうが、おかげでうちの電気代はうなぎのぼりだ。


 ばかばかしくなってきて、最近では充電をさぼりがちだ。廊下で死体のように転がっている第一号を見ても、「あーまたか」ぐらいの日常風景になりつつあった。


 賢人からメールが来て、レポートを送るときだけ、あわてて充電をするが、充電が終わるたびに、使っていなかった時間を秒数でカウントしていて、嫌味を言ってくるから、余計に起動したくなくなる始末だ。


 本当に性格が悪い。そんなところまで忠実に再現しなくてもいいのに。





 そんなある日、賢人から電話があった。


「困っているだろうと思ってな、もう少しバッテリーの持ちが良い第二号を作ってみた。外を見てみろ」


 またしてもドローンと荷物である。


「僕が若い頃の姿を再現してみたんだ。なかなか可愛いだろう。前に弟が欲しいと、お前が文集に書いていたことを思い出してな。夢を叶えてやったんだ。ありがたく思え」


 ドローンが運んできた箱に入っていたのは、小学生ぐらいの賢人の姿をした小柄なロボだった。


「は、初めまして。真名お姉ちゃん」


 ずっと末っ子だった私は、お姉ちゃんと呼ばれるのは、これが初めてである。なんだかくすぐったい。

 というか、量産型とはいえ中身のベースはお兄ちゃんなのに、弟のような姿というのはこれいかに。いろいろややこしい。


 藤堂がテキパキと段ボール箱を片付けてから、屋敷の案内をしている。


「第二号様のお部屋はこちらです」

「あ、ありがとう」


 藤堂の後をついて歩く第二号は、やけにオドオドしている。見た目はアルバムで見たことのある、幼い頃の賢人にそっくりだが、性格があまりに違う気がする。


 戻ってきた藤堂に、こっそりと質問してみる。


「もしかして、賢人の性格が偉そうなのって、鬼が乗り移る時間が長くなったせいなの?」

「いえ、最初からです、お嬢様。明日になれば、いろいろとわかると思いますよ」


 藤堂が言っていた言葉は真実だった。

 翌日には態度が豹変し、いつもの偉そうで嫌味な賢人になっていた。


「彼は昔から内弁慶でして。よく知らない人間の前では、借りてきた猫のような、大人しくて礼儀正しい態度になりますが、慣れてくるといつものアレになります。成長されてからは、一週間ほど猫かぶり期間がもつようになりましたが、小さい頃は一日が限度でございました」


 どうやら忠実に賢人の性格が、再現されていただけのようだ。


「そう簡単に、人間は変わらないってことか」

「そうでございますね。お優しいところも、変わっておりませんよ」


「優しくなんか……ないよ。盗聴器とか黙って仕掛けて、ただの変態だし」


 藤堂が小さく咳払いをした。


「盗聴器の件に関しまして、私から補足を。以前、犯行予告めいたネット小説のお話がございましたが、実は最後の被害者として『山雅奈美』という名前が書かれておりました。これはお嬢様の八神真名のアナグラムになっております」


 確かに、「やがみ まな」と「やまが なみ」はアナグラムだ。


「これに気づいた賢人坊っちゃんが、真名お嬢様の近辺を警戒なさるために、何か変わったことがないか調べようと、盗聴器を仕込まれたのではないかと思われます。ただの変態趣味だというわけではないと、ご理解いただけると幸いです」


 お雑煮を食べている時に、賢人が確認してきた時点で、すべてをお見通しだったというわけか。


「それなら……そう言ってくれたらいいのに。バカじゃないの」

「もちろん、実際のところは、純粋に真名お嬢様の日常を知りたいという、趣味と実益を兼ねているというような、言い出しにくい理由があった可能性もゼロではございませんが」


 せっかく人が感謝しようとしたらそれか。

 たぶん、そっちのほうが真実だろう。やっぱり変態でバカである。


 藤堂は、足元にすり寄ってきた猫ロボを抱きあげ、喉元を撫でながら言った。


「あとは、猫ロボに登録いたしました口座番号ですが、お嬢様のものではなく、賢人お坊っちゃんのものになっております。そうするようご指示がございました」


「え?」

「ですから、貯金の残高は、お気になさらずに」


 またしても賢人にしてやられたようだ。最初から言ってくれればいいのに。


「もともとのご計画では、お正月のお年玉で膨れ上がったお子様の貯金を巻き上げて、親が管理できる別の口座に、少しずつ送金させるための仕組みでございました」


「それはそれで、なんかひどくない?」

「いわゆる無駄遣い防止と、動物に優しくしましょうという教育目的の合わせ技だったようでございますので、理にはかなっているかと」


「なんか良さげなふりをしておいて、実際はもっと悪巧みが混じってませんかね、それ」

「問題ございません。わからないお子様には、お仕置きというものが、どうしても必要ですので」


 藤堂はニッコリと笑う。朱に交われば赤くなるのか、類は友を呼ぶのか。


 賢人も食えない人間だが、藤堂もまた同類の匂いがするのは気のせいだろうか。私の周りには、どうしてこんな変な人間ばかりなのか。





 なんだかんだで、こうしてうちには壊れやすいロボが、もう一体増えた。


 第一号のバッテリーも改良されて、最近では充電は一日に一回ぐらいで済むようになった。寝ている間に充電すればいいから楽になったようだ。


 廊下でのたれ死んでいるように、転がっていることもほとんどなくなった。だが電気代は二体分だから、結局は、金食い虫であることには変わりないのだが。


 もちろん本物の賢人も、時々実家に戻って来る。だが、その中身がどれなのか、ちゃんと注意していないと大変なことになる。


 今日の賢人はハズレのようだ。


『久しぶりだな。わざわざ俺様の前に現れるとは、そんなに死にたいのか』


 賢人の調子が悪い時は、出会い頭に、鬼が乗り移った状態が発動して、赤い目をした賢人に首を掴まれることもある。今回はそっち系のようだ。


『俺様がこの女を襲えば、お前も童貞が卒業できて嬉しいんじゃないのか』

「黙れっ、クソ鬼!」


『いいのか。このままだとお前のような男は、現代社会では魔法使いと呼ばれるようになるらしいぞ。鬼が魔法使いなど、恥ずかしいにもほどがあるだろう』

「黙れって言ってるだろ、このクソ鬼め!」


 賢人が一人で漫才みたいなことをして、自分で自分を抑え込むまでがワンセットだ。


 っていうか、あれだけ偉そうに、恋愛経験が豊富ですみたいにマウントを取ってきたくせに、まさか賢人が童貞だったとは。


「このクソ鬼の言うことは嘘だからな。信じるなよ」

「はいはい」


 量産型お兄ちゃんだけでなく、本物のお兄ちゃんも壊れやすいらしい。


 いつまでこんな日々が続くのやら。私の人生は前途多難なようだ。





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