制御不能は仕方ない
気楽に読んでいただけると嬉しいです。
「好きです!結婚してください!!!」
「は?誰だ、お前」
金の髪に鋭い目つき、校則違反の着崩したスタイルはすらりとしていてかっこいい。
ツーンとした、まるで一匹狼みたいな雰囲気がまさに私の好みドストライクだった。
うん、一目惚れってこんな気持ちなのね。
でもまさか一目惚れした瞬間に衝動的に告白しちゃうなんて自分でも思わなかった。
彼がまるで不審者を見るような目で見てくる。
やだー、どっかの穴に埋まりたーい!
§
そもそも、私は今まで恋なんてしたこともないかった。
少女漫画みたいに、些細なことで出会って、その相手のいいところを知って、なんかトラブル起きて、仲が深まって、好きって自覚する……みたいな感じなのが恋だと思っていた。
だから彼を見た瞬間、稲妻が走るようにピシャーンって衝撃が走ったのにはとても驚いた。
だからあんな初対面で告白を、いやあれはプロポーズだったけど、をしちゃったのは仕方ないと思うんだ。彼がかっこよすぎて私の好みそのままだったのが悪い。
「旭せんぱーい!好きです!」
やるとなったらとことんやる派の私は、もう開き直って毎朝、挨拶のように告白しまくっている。
三年二組。教室に入って一番奥の窓側、そこに座って顔を伏せて寝ようとしていた人物が私を見て顔をしかめた。
御子柴旭。私の一目惚れの相手で、二つ年上の先輩だ。
旭先輩は、学校内でも有名だ。
近寄りがたい不良のような見た目だが、容姿端麗な彼は遠巻きにされつつも人気があった。他にも旭先輩に匹敵するような人気の男子たちがいるみたいだけど旭先輩以外に興味がないから私は知らない。
旭先輩は成績優秀でスポーツ万能。だけど授業中はほとんど寝てるし体育はよくサボっているらしい。これは他の先輩から聞いた話だ。
なんて宝の持ち腐れ。真面目にやればすごい偉業を成し遂げることができそうだ。
先輩は朝、教室には一番乗りで到着してる。だから意外にも無遅刻。一体何で?と疑問に思うだろう。案外真面目なとこもあるのだ。そういうとこも本当に好き。
それに旭先輩が朝早く教室に着くのは私得でしかなかった。だってこうして一番に挨拶ができるからである。
「おはようございまーす!今日も素敵ですね!」
「……お前、ここは三年の教室だぞ」
「知ってますよ?」
「じゃあ、帰れ」
「いやでーす」
鬱陶しそうな顔をする旭先輩に、私はにこにこと近づいた。
「先輩、私は松本詩織です」
「知ってる」
「じゃあ、お前じゃなく詩織って名前で呼んでください!」
「いやだ」
「なんでですか!」
私は不満げに頬を膨らませる。
名乗るのはこれで数十回目だ。旭先輩はいつまで経っても私を名前で呼んでくれない。
とはいえ、もし呼んでもらえたら私は嬉しさで爆発して死ぬ。
もしかしたら旭先輩は私を殺さないようにするために名前で呼ばないのかもしれない。
そのことに気づいた私はによによと先輩を見つめる。旭先輩は眉をひそめた。やだ、その表情も素敵。
「はあ、旭先輩なんでそんなにかっこいいんですか?好きですー」
「あー、はいはい」
「投げやりなとこもすてきぃ」
「おい、ちょっと馬鹿にしてないか」
「まさかそんなことないです!旭先輩を馬鹿にするなんて!馬鹿は私ですよ!」
「そうだな」
「否定してくださいよー」
へらへら笑うと、旭先輩は呆れたような疲れたような目で私を見た。わー、見ないで。その瞳に吸い込まれちゃう。思わずうっとりしていると旭先輩がデコピンを放ってきた。痛い。
「ほら、もう帰れ。みんな来るし、俺は寝たい」
「あー、旭先輩!授業が始まったら起きなきゃダメですよ?内申点に響きますからー」
「わかった。だから帰れ」
「もう!どれほど私を追い出したいんですか?約束ですよ、寝ちゃダメですからね!」
「わかったわかった」
しっしっと犬を追い払うように手を振る姿をジト目で見ながら、私はとぼとぼと旭先輩の教室から出て自分の教室へ戻った。
授業の合間の休み時間、そして昼休みの時間に放課後。その時間は旭先輩には絶対会えない、会いたくない時間である。
「あ!しおりん、中庭は見るの禁止ね!」
「はーい、了解!いつもありがとね」
私は旭先輩が好きだけど、旭先輩は私じゃない別の好きな人がいるらしい。
その人は、二年生の桜木桃香先輩。
ふわふわの髪の美少女で、旭先輩を含めた三人に囲まれてお姫様みたいに守られている。
桜木先輩は、どの学年の女子生徒たちからかなり嫌われている。好きっていいながらも誰も選ばないとか、男子には媚びるような態度で接するとか、悪い噂ばかりある。
一時期は、上靴を隠されたり、机に落書きされたりなどの嫌がらせをされていたみたいだけど桜木先輩を守る男子たちから糾弾され、もうなくなったみたい。
私は桜木先輩と直接話したこともないけれど、それでも好ましくは思えない。
だって旭先輩の好きな人らしいし。
桜木先輩じゃなくても旭先輩の好きな人ってだけで嫌だなって思う。
それはでも仕方ないじゃん?だって私は旭先輩が好きなんだもん。
旭先輩が優しい目で桜木先輩を見つめているのかと思うと嫌で、心の底から嫌で、私は朝以外の旭先輩を見ることができない。
いつもいつも桜木先輩と一緒にいる旭先輩を私は見ていたくないのだ。
友達に協力してもらいながら徹底的に見ないように避けている。それでもたまに見ちゃって落ち込むこともあるけど、まだ諦めない。
旭先輩はまだ桜木先輩と付き合ってないから。
もし、二人が付き合いはじめたその時は、私はすっぱり諦めようと思っている。
思ってるだけで諦められるかは、その時になってみたいとわかんないけどね。
「旭せんぱーい、好きでーす!」
いつも通りの朝、挨拶がわりの告白をしながら三年二組の教室に入ると、旭先輩はぼんやりと外を眺めていた。どこか気落ちしているような感じ。桜木先輩と口論していたってきいたけど、それでかな。でも、その憂いを帯びたその横顔も素敵すぎる。キラキラ輝く金髪が長いまつ毛の先にかかっている。私を含む、世の女性が間違いなくうっとりしてしまうほどにかっこいい。ガン見していると、旭先輩がこちらを振り返った。
「視線が痛い」
「あっ、それはすみませーん!でも旭先輩が素敵すぎるかは悪いんですよー」
「俺のせいかよ」
ふ、と口角を上げて先輩が笑う。やだ待って笑みを浮かべる旭先輩とかレアすぎる。
なんでカメラを構えてなかったのだろう。シャッターチャンスを逃してしまった。
がっくりと落ち込んでいると、旭先輩が心配そうに尋ねてきた。
「……どうした?」
「先輩のベストショットをカメラで収められなくて絶望してます」
「なんだ、いつも通りか」
心配して損したといわんばかりに、冷めた反応を返す旭先輩に私はムッとした。
「旭先輩の笑みを保存できないなんて、私の人生の中で一、二を争うくらいに重要な後悔すべきことなんですよ!?まあ、私の心のアルバムには百枚くらい保存しましたけどね!」
「じゃあ、もういいじゃねーか」
「手元にあるのとないとでは全然違うんですからね!?」
「旭先輩はわかってない!!」と叫ぶと旭先輩は可笑しそうに笑った。
やばいやばい。今日は一体どうしたんだろう。何このスマイルデー。私の運が今日だけでガリガリと消費しちゃってる。
反射でスマホを構えると、旭先輩は嫌そうに顔を手で覆って隠してしまう。
「なぜですか!」
「当たり前だろ!スマホを仕舞え!」
「むぅ……仕方ないですねー」
言われたとおりにスマホをポケットにしまう。やっぱり旭先輩の笑顔は、心のアルバムに残すしかないかー
そうしょんぼりしていると、珍しく旭先輩が私に質問してきた。
「なあ」
「はい!なんでしょう?」
「お前は俺のどこが好きなんだ?」
「え」
どこって全部ですけど。あなたの存在すべてが好きですけど。なんなら、先輩が呼吸した二酸化炭素すら愛せる自信がありますけど。
いや、これを言ったら引かれてしまうからダメだ。
この想いをどうやって引かれない程度に伝えられるだろうかと考えていると、旭先輩はどこか失望したように「やっぱりお前も顔か?」なんて聞いてくる。
やっぱり……?
この言葉が気になったけどそれよりも怒りが勝った。
たしかに初対面でプロポーズした私だけど、それだけが理由で毎朝早起きして、旭先輩に告白してるわけじゃない。
私の想いを侮ることなかれ。
「旭先輩、ちょっと後ろ向いててくれません?」
「は?」
「今から、旭先輩の好きなところを語るのであの、恥ずかしいので顔見られたくないんです!」
「えっ、ああ、わかった」
戸惑いながら旭先輩は後ろを向いてくれた。挨拶のように告白をしまくっているからといってもやっぱり告白って緊張する。
初対面でプロポーズしたくせにとか言わないでほしい。あれは衝動的にやったものだったからできたんだから。
旭先輩に私がどれだけ旭先輩のことが好きなのか伝わっていなくてショックだ。
ならば、今伝えてわかってもらえばいい。
大きく息を吸って、私は叫ぶように告った。
「キラキラの金の髪も、切れ長の目も高い形のいい鼻も色っぽい唇も、誰とも馴れ合わねーぜと言わんばかりの一匹狼感溢れる雰囲気といい、正直言うと旭先輩の見た目はどタイプです!まさに理想そのものです!」
私は再び息を吸った。
「でも、旭先輩の魅力はそれだけじゃなくって!困っている人をさり気なく助けたりしてますよね!例えば、電車内で体調悪そうな女の人に席を譲ってあげたり、荷物が上に乗せられなくて困ったいたおばあちゃんを手助けしたり、混雑していて降りられない人に気づいて声を上げてあげたりーー」
「お前、それなんで知って……」
「あっ!旭先輩振り返っちゃダメです!」
顔が熱い。これで電車内で旭先輩をずっと見てたことがバレてしまった。
違うのだ。別に先輩の後をつけていたわけではない。出会った当初、仲良くなるために朝に待ち伏せしようと思って早めに乗った車両に先輩を見つけたのがきっかけだ。それから同じ車両に乗って先輩を盗み見ていたわけだからストーカーかもしれないけど、これだけはわかってほしい。
朝だけだから!
それ以外は、近くに桜木先輩がいるから見てない。当然のことだけど旭先輩が住む家の場所も知らない。あ、最寄り駅は知ってる。先輩が電車に乗ってくるからわかった。けどこれくらいは知っててもいいじゃないかと思う。
ストーカーだって思われちゃうかな。それはちょっと、いや大分嫌だ。朝だけとはいえ、否定できないし嫌われたくない。
振り返ろうとする旭先輩を制止し、言葉を続ける。もうヤケだ。ここまで喋ってしまったんだからもうどうにでもなれ!
旭先輩が「俺のどこが好き?」なんて聞くのが悪いんだから!!
「旭先輩が朝、早く来てる理由も実は知ってます。桜木先輩のため、ですよね。以前嫌がらせをされていた時に旭先輩が朝早くに学校にきて桜木先輩の机の落書きを落としてたって聞きました。だから今でももしかしてって確認してるんですよね。桜木先輩が悲しまないように辛い思いをしないようにって」
「なんでそんなことまで知ってるんだよ」
「そりゃ、旭先輩のことずっと見ていたんで。朝、毎回桜木先輩の机を確認して安堵する先輩の姿も。あ、休み時間と昼休みと放課後は先輩を見てないです。だって桜木先輩といる旭先輩を見ていたくなかったので」
「…………そうか」
私は再び旭先輩の好きなところを語り始めた。
「なんだかんだで、私のことを構ってくれるのが好きです!毎朝、旭先輩のとこに行く私を無視せずに、ちゃんと話してくれるのが好きです!あと、約束を守ってくれるとこも好きです!授業中、ちゃんと起きてしっかり受けるようになったって聞いて私がどれだけ嬉しかったかわかります??」
「わかった、だからちょっと止まれ」
「えっ、はい!一旦止まりますね!」
急な制止に、私は一旦心を落ち着かせる。
まだ話したいことの半分も話せていない。
なのにもうすでに顔は見なくともわかるくらいに真っ赤だろうとわかる。だって熱い。
手でほっぺに触れ、熱を冷ましていると旭先輩が振り返ってしまった。
「あー!まだ言い終わってないんですけど!?私の旭先輩に対する想いはまだこんなもんじゃないんですからね!!?」
パニックになってそう叫ぶ私に、旭先輩は大股で近づいてくる。真顔だ。なんで?
わー、来ないで!!
顔の前でガードするようにあげた腕を旭先輩に掴まれ、退かされた。反射的にぎゅっと目を瞑ると、唇に柔らかな感触がした。
え。
目を開けると至近距離に尊すぎる旭先輩の顔があった。
うえええええええッ!!?
近いッ!死ぬ!?
っていうか、さっきのって!
「え、キスですか!私、旭先輩にキスされました??え、なんでなんでなんです??」
思わず腕を掴まれたまま、先輩に詰め寄る。
最後のご褒美だろうか。
キスしてやったからもう二度と俺の前に姿を現わすなよストーカーってことなんだろうか。
不安になったが、旭先輩の顔を見て違うことがわかった。
旭先輩は、私に負けず劣らずの真っ赤な顔をしていた。はあ、可愛いがすぎる。かっこよくて可愛いとか先輩は私に死ねといってるのでしょうか。
混乱が一周して、私は少し落ち着いてきた。
理由を求めてじっと旭先輩を見つめる。
先輩はパッと私の腕を離すと、私から目を逸らして言った。
「……詩織が可愛いのが悪いんだ」
詩織!!!???
初めての名前呼び!!!!
嬉しい。そして、照れたような先輩の表情が可愛すぎて、私の心臓はものすごい速さで脈を打っていた。爆発寸前だった。
可愛いのが悪い。それがキスの理由ですか先輩!?
そこで私はあることに気づいた。
待って、ということは……つまり。
とてもいいことを思いついてしまった。私は天才かもしれない。にやぁと笑うと先輩が警戒したように私を見た。
だけど、今の私は自分でも制御不能だ。覚悟してほしい。
私は逃がさないように、先輩の顔を捕まえる。
「じゃあ、私も先輩を可愛いと、かっこいいと思うたびしていいんですよね?」
「は?」
「多分、一日の回数すごいことになると思うんですけど、それは先輩が悪いんですからね!」
「は?ちょっ、待て」
「しますね!」
私は先輩の口を塞いだ。
読んでいただきありがとうございました。