8 シチュー
お久しぶりです。
ヾ(๑╹◡╹)ノ"
結果的に、雄4雌7の金糸鳥が狩り獲れた。
ポールもアンナも、1羽分の肉をどこかで食べさせてくれればイイとの事だった。
街に戻ったら、1羽とは言わずにからあげパーティーでもやって、皆でたくさん食べようと思う。
勿論、調理はどこかでやって貰うけど。
目的は達成したしミクリがいるので、無理して他に何かをする必要はない。辻馬車を待ってから帰ってもイイし、のんびり歩いて帰ってもイイ。
ミクリが疲れたと言うのなら、街まで瞬間移動の石を使用しても良いだろう。
クリューはミクリの手を引き、皆とのんびりと歩いていた。
「おいしいおニクが、いったりきたりしている」
「ワイバーンを、美味しいお肉とか言わないでくれる?」
ミクリの目線を見てみれば、先程見かけたワイバーンが、旋回しているのか、チラチラと上空に見えた。
アチラさんは腹を満たしているのか、こちらに気付いていないのか、先程から見向きもしないのが救いだけど。
「クリューさんの弓で、バシッと1発かましてみれば?」
数歩後ろで殿を務めてくれるポールが、笑いながら適当な事を言ってくれた。
「流石に届かないよ」
目算だけでも数百mはある。
風の魔法を弓矢にのせても、微妙な距離だなとクリューは苦笑する。
「ミクリちゃん。ワイバーンは何料理が美味しいの?」
「シチュー」
アンナが面白そうに訊いたら、ミクリは即答した。
デミグラスソースで煮込む、ビーフシチューならぬワイバーンシチューが最高なんだと、ヨダレを垂らしながら説明してくれた。
「クリューさん、ヤっちゃって?」
「イヤイヤイヤ。そんな簡単に仕留められる訳がない。ポールがヤってみるとイイ」
「Bランクごときが無理ッス」
「アンナと組めばヤレるんじゃないのか?」
「あたし1人が増えたところで同じだよ。最低でも魔法使いが……って、クリューさんがいるじゃないか」
「私を頭数に入れないでくれるかな?」
本気か冗談かはさておき、クリュー達はクルクルと旋回しているワイバーンを警戒しながら、笑っていた。
美味しそうだな……と。
ミクリが語るワイバーンのシチューは、とにかく美味しそうだったのだ。
コクのあるデミグラスソースで、ホロホロになるまで煮たワイバーンの肉が口の中で蕩ける。
ワイバーンの肉の旨味が溶けたシチューに、パンを付けてもご飯にかけても美味しいと。
ーーぐりゅぅぅぅっ。
クリュー達のお腹が盛大に鳴った。
「なんだろう。ミクリちゃんじゃないけど、ワイバーンが肉にしか見えない」
「気のせいだよ」
アンナが腹を押さえてオカシな事を言い始めたので、クリューは空笑いしていた。
「もも肉が弾力があって旨いと聞いた事がある」
「ポールまで何を言ってるんだよ」
「シチューがそらをとんでる」
「シチューとか言わないの、ミクリ」
皆が怖がらず、意外と冷静で魔物を見ていると、凶暴で怖いハズのワイバーンが、何故か肉の塊りに見えてくるから不思議である。
「ミクリちゃん。【硬直】って、魔物相手にも効くの?」
「ポール? 何を考えてるんだよ」
あの場にいたのか、耳にしたのか、ポールはミクリの魔法【硬直】を知っているらしい。
どうでもイイけど、小さな子供に魔物討伐の手伝いをさせないで欲しいな。
「きくよ?」
「「「マジか」」」
ミクリがあっけらかんと言ったので、クリュー達は驚愕していた。
人間には掛けやすくても、魔物には掛かりにくい魔法もある。
Bランクでも討伐に難しいワイバーンに、ミクリの魔法が効くのであれば、楽勝である。
硬直して動きの止まったワイバーンを、タコ殴りにすれば完了だ。
「俺、ワイバーンって食べた事がないんだよ」
「だから何だよ?」
「シチューが食いたい」
ポールがワイバーンを見ながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あのねぇーー」
「蕩けるお肉で、口の中が踊るんだろうね〜」
「アンナまで、何を言ってるんだよ」
あまりにもミクリがそう言うものだから、想像したアンナが空見上げてウットリしていた。
「じかんをかけて、ゆっくりにたワイバーンは、おくちのなかでホロホロとほぐれる」
「ミクリ、金糸鳥があるよ?」
「シチューはワイバーンにかぎる」
「……」
ダメだ。
先程獲った金糸鳥で我慢してと促したのだが、ミクリの瞳はワイバーンをロックオンしたままだった。
「【せんこう】」
「「「は??」」」
冗談か本気かも分からない会話をしている中、ミクリは唐突にワイバーンに人差し指を向けると、指からプシュンと閃光を出した。
ーーチュン。
ソレは、ワイバーンの脚を掠めた。
「あ〜ハズレちゃった。シチューがうごいててむずかしい」
「「「……」」」
クリュー達絶句である。
ハズレて頬を膨らませているミクリには、何からどうツッコんでイイのかが分からない。
閃光の事か、唐突にやった事か、それとも攻撃した事か。
「ゲッ、クリューさん! 肉……じゃないワイバーンがコッチに気付いた!!」
優雅に旋回していたワイバーンは、クルリと一捻りし、クリュー達を見定めた。
それもそうだ。のんびりと空を飛んでいたら、足に何かが擦り怪我を負ったのだから。
ポールは心の準備もしないまま、腰に下げていた剣を抜き、戦闘体制に移った。
この状況で背を向けて逃走するのは、自殺行為である。もはや、戦うしかないと諦めたのだ。
「ミクリ。【硬直】の射程範囲は?」
クリューはこうなったら仕方がないと、ミクリを背に庇いつつ質問をする。
ハイリスクハイリターンより、ローリスクで戦いたい。
「しゃてい?」
「オー、ソコからですか」
クリューは天を仰いだ。
射程範囲と言っても難しかったのか、ミクリに首を傾がれてしまった。
届きますか? と訊けば良かったのだろう。
「暢気過ぎるでしょう!? クリューさん!! ワイバーンが来るってば!!」
ターゲットを決めたワイバーンは、すでに翼を折り畳み、速度を上げて此方へと真っしぐらだった。
のんびりしているクリューを他所に、アンナも剣を構えて臨戦体制に移っていた。
「弓より、魔法かな?」
だがクリューは至って冷静に、ワイバーンの軌道を読みながら攻撃の隙を探す。
慌てても、何の得もない事は良く知っている。
ミクリを優先に守りつつ援護をするかと、クリューが身構えたその時ーー。
「【こうちょく】!!」
緊迫した空気の中、可愛らしい声が一つ響いた。
母ミリーナ譲りのチート娘、ミクリの魔法である。
途端にピシリと、辺りが硬直した。
足で枝を支えられなくなった鳥や、固まって動かない虫がボトボトと木から落ちている様な音がする。
「「「なっ!?」」」
漏れる事なく、クリュー達も固まったのである。
ピクリとも動かない、見事な魔法には天晴れだが、食堂とは状況が全く違う。
魔物が普通にいる外で、この硬直は恐怖しかない。
ーーギャワーーッ!?
驚いた様な、恐怖を感じた様な異様な叫び声が聞こえたーー。
ーーと思っていたら、クリュー達の数m先にワイバーンがドゴンとけたたましい音を立てて落下して来た。
クリュー達は、唖然呆然である。
此方に向かって来たワイバーンに、ミクリの魔法【硬直】がしっかりと効いた様だ。
急に身体が動かなくなり、強制的に落下する浮遊感と恐怖で、さすがのワイバーンも絶叫が漏れたらしい。
今は、地面に強く叩きつけられて気絶している。
即死しなかったのは褒めるべきか、とにかくワイバーンには同情する。
「ど、ど、どうでもイイけど、ここで硬直とかマズくね!?」
首から下は動かせないが、眼は動くし口は聞けるので、ポールが冷や汗を流しながら言った。
「だよね!?」
クリューからは見えないが、数歩前にいるアンナも声が震えている。
ある意味、絶体絶命である。
硬直の範囲がどこまでかは知らないが、範囲外は普通に動けるのだ。その外の魔物が、今クリュー達を見つけ襲って来たらアウトである。
「ミクリ、ちょっと硬直をーー」
ワイバーンも気絶した今なら倒せるし、魔法を解いてくれるかな? とクリューがミクリに話し掛けるとーー。
「あ〜っ!! ヘビダンゴがある!!」
何かを見つけたミクリは、クリュー達をガン無視し、何処かへ走り出してしまったのだ。
「「「ミクリーーッ!!」」」
大絶叫である。
この状態で万が一にでも、魔物に見つかったら3人共アウトだ。
クリュー達は、動く瞳だけでミクリを探し、魔物が来ないか警戒する……が、心は阿鼻叫喚である。
クリュー達は泣きたい気分を抑えて、何処かへ消えたミクリに呼びかけていた。
助けてくれと。
キミの大事な父は、屍になっちゃうよ?
ーーズッズリズリ。
数分後。クリュー達の背後から、奇妙な音がし始めた。
何かが近付いて来る恐怖が、ゆっくりと襲いかかる。
「な、ななな、何の音!?」
「ミクリさんが、ヘビダンゴを運ぶ音かなと」
ミクリがそう言って、走ったからね。
「クリューさん!? 何で一人冷静なんだよ!?」
「ねぇ!? "ヘビダンゴ" って何!?」
もはや、死を覚悟したクリューは至って冷静だったが、ポールとアンナは動かせない身体を、必死に動かそうともがいていた。
体力を削がれるだけで、無意味だと知っているクリューは、諦めて目を瞑る。
「ねぇ! ねぇってば、ヘビダンゴって何なのよ!?」
叫びながら、アンナは器用に泣き始めていた。
見えない恐怖と引き摺る異様な音が、さらに怖さを加速させるらしい。
「読んで字の如く、ヘビダンゴ」
「は? どう言う事よ。そんな魔物がいたかよ!?」
ポールはもはや、敬語で話している余裕はなかった。
「多分だけど、魔物じゃーー」
クリューは説明しようとして、再び絶句していた。
何故か?
それは、目の端にミクリが引き摺るヘビダンゴが映ったからである。
「「ンギャーーッ!?」」
ポールとアンナの視界にも入ったのか、大パニックであった。
ミクリが引き摺るモノ。
"ヘビダンゴ" とは、クリューが言った事が正解である。
蛇がダンゴの様に固まったモノ。まさに、ヘビダンゴだ。
カラフルなヘビが何十匹と、まるで紐を結ぶようにして絡まっているのである。
ミクリは魔法でも使っているのか、そのヘビの尾を持ち軽々と引き摺って来たのだ。
「ミクリさん。あの、ソレは?」
「ヘビダンゴ」
「知ってる。でもそれ、猛毒の "カラーコブラ" なんですけど?」
体長は1mくらいの蛇で鱗は赤や青、黄色ととてもカラフルで綺麗だが、その個体が持つ毒はものスゴく強力。
噛まれた大人はもれなく即死状態になるらしい。
街の外に行く時は、魔物以外にも注意しなければいけない爬虫類の一つであった。
その蛇がいくら魔法で動かないとはいえ、目の前に大量にいる恐怖。
ソレの硬直がいつ解けるのかも分からないので、正直言って何処から何かが出てきそうだ。
「ヘビダンゴ、ひさびさにみた」
「ミクリさん、訊いて? それ毒があるからね?」
「ママが、ヘビダンゴはおもしろいっていってたの。だから、パパにもみせてあげようとおもった。コレはカラフルでキレイ」
「う、うん? キレイ?」
どうしよう。この子の綺麗の基準がオカシイんですけど。
そして、相変わらず話しを聞いてくれない。
クリューは心の底から泣きたかった。
「アンナはキレイがわかるよね?」
「え? な、な、なんであたしに訊くのかな!?」
「おんなのこ、だから」
「イヤーーッ!! 何その理不尽な理屈!! そんな事が分かるくらいなら、いっそ男で……ヒィィーッ!?」
ミクリがアンナの足元にヘビダンゴを置いたので、アンナは絶叫した後、泡を噴いて気絶した。
白目を剥いている……かはクリューからは分からないが、多分そうだろう。
「ミクリ、捨ててーー」
「なんでヘビはダンゴになるの? たのしい? かぞく?」
そう言って、今度はクリューの目の前に、猛毒カラーコブラのヘビダンゴをズリズリと引き摺って来た。
見た事はないけど、蛇増量中のメデューサの頭みたいだよね?
「家族か親戚かは知らないけど、暖を取るために団子になるんだよ」
寒いと蛇は自分で暖まれないから、体温低下を防ぐためにダンゴみたいに集まると聞いた事がある。
「クリューさん、あんた何でそんな冷静なんだよ」
ポールが頬をヒクヒクとしていた。
眼前にワイバーン。後方にカラーコブラ。
ポールは冷や汗を通り越して脂汗、いや、何かが出そうだった。
冒険者をやっては来たけれど、こんな恐怖は久々である。
「人間、諦めも肝心なんだよ」
「早くね!?」
父ならどうにかしてくれと、ポールが叫びを上げた。
だが、叫んだところで最恐のミクリは、他のヘビダンゴを見つけ遊び出し、ポールも諦めるしかなかった。
ーー結局。
ミクリが満足して、硬直は解けた時。カラーコブラのヘビダンゴはミクリの空間魔法の中に、ワイバーンは気絶したままの状態でクリューがサクッと首を落としたのであった。
ミクリと【硬直】は用法と容量を考えて使いましょう。
クリュー達の教訓となったのである。