7 金糸鳥討伐
「金糸鳥の討伐するのかい? クリューさん」
金糸鳥の討伐を決めたクリューに、女性の冒険者が訊いてきた。
彼女の名前は、アンナ。年齢は30歳と女性の冒険者としてはかなり珍しかった。
何が珍しいか。その年齢の女性がまだ冒険者として現役である事。そして、ソロのBランクの実力者である事がだ。
冒険者は圧倒的に男社会だ。それは、差別とかではなく、この職業が大変危険であるが故だ。筋力腕力が必要な場面も多く、女性はそれを補える技が不可欠となる。
それを補うつもりで、少しでも信用の足りない男をパーティに加えれば、違う意味での身の危険まである。
割に合わないと、辞める人が多い職業なのである。
しかし、彼女は女性でありながら、冒険者一本で生計をたてている。女性達の憧れでもあり、クリュー自身もその生き方を尊敬する1人であった。
「危険はあまりない討伐だし、肉が欲しい。アンナは相変わらず1人か?」
ミクリの頭をポンと叩きながらクリューは言う。
パーティを組まない女性の冒険者は特に珍しい。
「気楽だからね」
「確かに」
そう言って笑うアンナに、クリューは同意した。
パーティの方が仕事は達成しやすい。だが、同時に揉め事も多くなる。
依頼の受け方、討伐方法、そして、報酬の配分。
あの依頼はまだ早いとか、誰が先に攻撃を仕掛け、誰が止めを刺すとか。最後は誰がどれだけ貢献したか、しないか。
性格もあるのだろうが、余程仲が良いパーティか、それをまとめるだけのチカラを持った者がいない限り、揉めて解散である。
中には追放してやったなんて、豪語する若い輩もいるが、古参の自分にいわせれば、それは追放と云う名の虐めである。
いや、追放した場所によれば殺人未遂だ。
つい、先日も何を考えての所業かは知らないが、ダンジョン内で仲間を追放したパーティが殺人未遂の容疑で逮捕された。
報酬金の分け方で揉めたとか、役に立っていなかったからだとか噂は様々だったが、どんな理由があるにせよ人道に反する出来事であった。
若い冒険者のパーティは、とにかくメンバーの入れ替わりが多い。パーティ内で序列をすぐ作りたがるのも、入れ替わりの原因かと思われる。
リーダーは必要だとは思うが、過度な上下関係や序列は必要ない。嫌な事も流せないくらいではないと、冒険者パーティも結婚生活もやってはいけない。
そもそもだ。
「追放してやった」
「あんなヤツ、解雇してやった」
なんて、妙に自慢したがるヤツもいるが、お前はどんだけ偉いんだよと、周りがしている突き刺さる様な視線を気にした方がイイ。
良識ある冒険者にしたら、真っ当な理由でもない限り、メンバーがしょっちゅう変わるパーティなんて、こちらから願い下げである。
自ら難ありと、吹聴している様なものだ。
ちなみに、クリューが以前組んでいたパーティは、クリューがリーダーであった。
メンバーは自分を含めて4人。
魔剣士のクリュー、賢者のミリーナ、戦士のクライブ、斥候のサラである。
ミリーナは言わずもがなだが、サラは結婚して田舎に帰った。
クライブは若手騎士の剣術指南を王城でしているので、たまに会う事もある。
パーティであった時も、解散した後も関係は良好だった。
まぁ、ミリーナは良好である以前に、娘を押し付けるなんてどうかしていると思うけど。
「金糸鳥の討伐なら、あたしも連れて行ってくれないかい?」
パーティを組むのが好きではないアンナからの、驚きの申し出だった。
「私は現役を離れていたから、足手まといになるかもしれないよ。何より報酬を折半するとアンナには物足りないだろう?」
「報酬なんかいらないさ」
「いらない?」
「その代わりにあたしにも、肉を分けてくれ」
アンナはニカッと笑った。
どうやら、クリュー同様に金糸鳥の肉目当てらしかった。
「そんなのでイイのか?」
「ミクリちゃん、イイかな?」
「いいよ」
クリューが訊いてみれば、アンナは腰を曲げミクリに了承を得ていた。
どうやら、このパーティのリーダーはミクリらしい。
まぁ、連れて行く気はないけど。
◇ ◇ ◇
「キンキンキン!! タマタマタマ!!」
元気な歌声が、街の外の道に響いていた。
連れて行く気はサラサラなかったのだが、悲壮感漂うミクリの姿を見たら置いて行けなかった。
この間は大丈夫だったから平気だと思っていたが、やはり母に1度置いて行かれた不安は拭えない様子だった。
アンナが必ず護ると約束してくれたし、馬車で会ったソロでBランクのポールが事情を知り、面白そうと言う理由で付いて来る事になった。
余り危険のない近場なら、イイかとクリューは折れたのであった。
「やいてもおいしい〜な。ゆでてもおいし〜いよ。たたくとつぶれちゃう〜、キンキンタ○」
父クリューと一緒でご機嫌なミクリは、ガタゴトと揺れる馬車で歌を歌っている。
馬車を同席している冒険者からは、複雑な笑いが漏れていた。
歌詞が恐ろしいとか、可愛い子からそんな歌を聴きたくないとか、色々である。
「パパ、タマがあったらつぶさないでね?」
「うん? 卵って言ってくれるかな?」
どうして、卵をタマと略すのか。
潰さないでではなく、割らないででは? とか、クリューからは苦笑いしか出ない。
馬車に揺られる事、1時間ーー。
金糸鳥が良く目撃される森林近くに着いた。
馬車の行者に賃金を払い、クリューとミクリ、そして戦士でソロのアンナ。面白そうだと付いて来た、剣士でソロBランクのポールの4人が降り立った。
「アンタ、元Sランクのクリューさんで間違いないんだよな?」
ポールは馬車でなんとなく話した事で、クリューが元Sランクのクリューで間違いないと分かった様だ。
「間違いはないけど、元だから期待はするなよ?」
変な期待を持たれていたら可哀想だからと、クリューは現状の有り様を伝えておく。
「期待はしてねぇけど……まだ、しっかり鍛えてんのな」
ポールはクリューの身体を下から舐める様に見た。
現役を引退した冒険者を数多く見て来たが、辞めてもなお弛んでないのは珍しかった。
大概、腹が出るなり痩せるなりしているモノだ。
なのに、クリューはパッと見ただけでも、鍛えている身体が見てとれた。衰えを感じさせない雰囲気が漂っていたのである。
「鍛えておいて損はないからね」
「口で言えても、実際は難しいもんだよ。クリューさん魔法は?」
「まだ使えるよ」
歳を取ると使用出来なくなる者も多いが、クリューは運が良い事にまだ使えた。
「うっらやましい。俺なんか全く使えねぇのに」
「魔石で補えるだろう?」
今は昔と違い、魔導具があるから簡単な魔法は、魔石があれば使える。
いざと言う時の備えとして、持つ者も多いのである。
「高ぇよ」
ポールは顔を顰めて笑った。
「確かに」
魔石自体が貴重な上に、魔石に魔力を入れられる者も少ない。
故に、値段が高いのである。
「さて、どっちに行こうか?」
アンナが右や左を見た。
馬車通りを挟んで、左右に森林がある。目撃されたのはこの辺りだと言う話だが、どちらに行くかクリューに仰ぐ。
「とりあえずーー」
木の実か小動物が多そうなーーと、クリューが口を開き掛けた時、足元から可愛い声が聞こえた。
「コレできめる!」
「「「え?」」」
クリュー達は目を丸くさせた。
ミクリがそう言って手にしていたのは、30cmくらいの木の棒だった。
落ちていた木の枝を、満面の笑みで高々と挙げたのだ。
「まさかの、運」
ポールがお腹を抱えて笑っていた。
そうなのだ。ミクリはコレを使って、倒れた方向に行こうとしている様だった。
「まっ、イイんじゃない? リーダーが決めたんだし」
アンナは怒りもせず、呆れもせず面白そうに笑っていた。
「だよな。ミクリぱいせんに任せる」
ポールも同じ様に笑いながら、賛同していた。
どうやら、このパーティのリーダーはミクリで間違いない様である。
皆が生温かい目で見守る中、ミクリは「えい!」と気合いを入れて木の棒を "投げた" 。
「「「えぇェェッ!?」」」
クリュー達は、その行動に目を見張った。
倒れた方向に行く、ソレが棒倒しではないのか?
だが、ミクリのした行動は木の棒を地面に立てて倒す……ではなく、豪快にあさっての方向に投げ付けた。
もはや、それは運も何も関係ない。行きたい方向に投げ付けるだけの、訳の分からない行為だった。
「アッチだって」
腰に手を当てて実に誇らしげに言う娘は可愛いけど、どうして苦笑いが漏れてしまうのだろう。
「そうみたいだね?」
ミクリがそっちだと言うのなら、ソッチなのだろう。
クリューはミクリの小さな頭を撫でながら、そちらに向かう事にしたのであった。
◇ ◇ ◇
ミクリが投げた棒をなんとなく拾い、ミクリに手渡しつつクリュー達は倒れ……いや、投げた方向にと進んだ。
ーー歩き進む事、僅か5分。
ミクリがスゴイのか、たまたまなのかーー。
20mくらい先に、木の上で寛ぐ金糸鳥らしき姿が見えた。
大きさは鳩ぐらいで、雌は少しくすんだ黄色の羽根を持つが、雄は金糸鳥の名の通り、キラキラと光る金の羽根を持っている。雌に求婚するために金色の羽根をしていると、言われていた。
性格は至って凶暴で、繁殖期には特に人や動物に危害を加え、捕食する鳥の魔物だった。
しかし、肉や卵は美味しい。雌が肉質が柔らかいので、両方いるとありがたい。
「低空飛行ではないから今の所は問題はないが、あそこにワイバーンが飛んでいる。一応注意してくれ」
クリューは生い茂る葉の隙間から、茶色の魔物が飛来しているのを確認していた。
こちらに気が付いている様子は見えないが、注視しておいた方がイイとアンナとポールに促す。
「あんな高い位置に飛んでるワイバーンに、良く気が付いたなクリューさん」
ポールは見上げて見たが、相当高い所を飛んでいるのか、豆粒くらいの大きさにしか見えない。
ワイバーンとは、翼が皮で出来た鳥系の魔物だ。
大きさは伸ばした翼を含めれば10mは軽く超える。クチバシが長く手足の爪は鋭い。
素材としては中々のモノだが、討伐となるとBランクでも手こずる相手である。
「街の方に向かってはいないから、放っておいた方が無難だね」
アンナは帯剣に手を掛け、注視しつつ苦笑いしていた。
街に向かっているなら無視出来ない。
戦う気はないが、完全に無視して依頼を遂行する程無神経には出来ていなかった。
「からあげがどこかにいく」
「ミクリさん。ワイバーンをからあげとか言うのヤメて」
揶揄する程、簡単な相手ではないと、クリューは苦笑いしていた。
「とりあえず、アレどうする?」
アンナが話を戻した。
そんな話をしていたら、金糸鳥は雄と雌が揃っていた。どうやらどこかに飛んでいた番が戻って来た様である。
「闇雲に向かうと逃げるかもしれないし、私がやろう」
クリューはそう言って、魔法鞄から強弓を出し素早く構えた。
強弓とは長さが1mくらいはあるポピュラーな弓である。
「え? クリューさん、アンタ弓も使えるのかよ」
ポールが驚愕した様な声を上げる。
魔剣士と聞いていたので、まさか弓を取り出すとは思わなかったのだ。
「少しね。取り逃したら援護よろしく」
クリューは言うが早いか、ヒュンと小気味良い音を放ちながら、矢を "2本" 放った。
そう、2本いっぺんに矢を放ったのである。
グェー!
グェー!
どこかに当たったのか、金糸鳥の鳴き声が2つ重なる様に聞こえた。
その声と同時に、バサリと倒れ地面に落ちて来た金糸鳥。
クリューの放ったその矢は、綺麗な放物線を描き、見事に金糸鳥2羽の細長い首に突き刺さっていたのである。
「2羽同時にとか、マジすげぇし」
「アハハ、まさかの出番なし」
ポールとアンナが、目の前の出来事に感嘆していた。
取り逃したらなんて、どんだけ謙遜していたんだと。
現役を引退したとはいえ、頼もしいと思うくらいに尊敬してしまっていた。
2人が尊敬の眼差しをクリューに送っていると、隣りからコロコロと無邪気に笑う可愛い声が一つ。
「パパはよくウンコをするけど、スゴイのでした!!」
エッヘンと腰に手を当て満足そうにするミクリ。
うん。
せっかくの良い雰囲気が台無しだよ、ミクリさん。
クリューは苦笑いが、ポールとアンナからは盛大な笑い声が漏れたのであった。