表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/20

5 黒きモノ



「うおっえ!?」



 朝早く、いつもの通りにクリューは用を足しにトイレに向かうと、小さな叫び声を上げた。もはや、コレはクリューの日課になりつつある。

 しかし、今回扉を開けて驚いたのは、いつもの様にいる愛娘のミクリが座っていたからではない。

 トイレの角にカサカサと動くーー




 ーー【黒い物体】がいたからだ。

 




 それは"ゴ" から始まり、"リ" で終わる生き物。

 大抵の人間は叫び、ブルブルと怯える……黒光りした生き物。



 そう【ゴキブリ】様の御登場である。




 ワタシハナニモミナカッタ。

 クリューはパタリと、扉を閉めた。

 うん、どうしよう。



 予告もなくいた先客に、クリューは色んな意味でチビリそうである。いや、明日行きますよと宣告されても嫌だけど。

 え?

 仮にも竜やワイバーンを討伐してきた、元冒険者だろう? 何に怯えてるんだ?

 イヤイヤイヤ。アレとコレとを同じにしてもらっては困る。クリューからしたら、竜に出遭うよりコッチの方が数百倍は恐怖だ。




 そうだ、いっその事トイレを爆破させてしまうか?

 



 イヤいやイヤいやイヤいや。



 冷静になれ自分。

 ゴキブリ如きに、トイレを爆破?

 先週、トイレを修理したばかりなのに、また破壊するのは不味い。しかも、爆破はアウトだろう。



 そんな事を考えながら、ウロウロしていると背後にミクリがいた。

「パパ、なにしてるの? トイレにおじいちゃんいるの?」

「いないよ」

 何処のお爺さんだよ。お婆ちゃんはどうしたのさ。

 イヤイヤ、どちらでも怖いけど。

 クリューがトイレの前で、固まっているのをミクリは不審に思ったらしい。

 言い方からしてトイレに先客がいて、並んで待っているとでも思ったのかもしれない。

「ミクリ、いろんなものがデル」

「え? あっ、うん、ハイ」

 イロンナモノ?

 そりゃあ、朝だもんね。用を足したいよね。

「えっと、少し待ってもらえるかな?」

 ゴキちゃんを退治しない事には入れないし。

 クリューは慌ててゴキブリを退治する物を探した。この世界に、ゴキブリ退治用のスプレーなんてないし。虫網はないし、紙を筒状に丸めて叩くかと紙を探しているとーー




 ーーパタン。




 と扉の閉まる音がした。



「え?」

 やっと見つけた紙を丸めようとしたクリューは、音の方向に顔を向けた。

 マジですか? ミクリさん。

 我慢出来なくなった彼女は、トイレに入ってしまった様だった。

 こうなってしまうと、クリューはどうする事も出来なくなり、静かに様子を伺うしかない。

 女性のトイレに耳を傾けるのは、もの凄く失礼で気は引けるけど、致し方がないと言い聞かせる。



 数分では出て来るとは思うが、1年の様に長かった。

 しばらくして、ガタゴトと少しした後、扉がガチャリとゆっくり開いた。

「パパ」

 ミクリがキョトンとして出て来た。

 ゴキブリには遭遇しなかったのか、悲鳴も慌てる声もしなかった。

 クリューはとりあえず、ホッと胸を撫で下ろした。



 ーーが、それは一瞬だった。



「トイレに "コオロギ" がいた」

 そう言って、ミクリは満面の笑みで手に持ったモノをクリューに見せた。



 ミクリサン、ソレ【ゴキブリ】デス。




 ◇◇◇




 結局、ゴキブリはトイレに流しました。




 ミクリはゴキブリを触ったので、石鹸で良く洗ってあげたよ。一応、浄化魔法も掛けた。

 コオロギと間違えていたとは言え、あのゴキブリを素手で触れるミクリには、言葉がなかった。

 怖さを知らない子供って、最強だよね?

 トイレで用を足し、着替えてから2人はいつもの食堂に向かう事にした。



「パパ、アレもゴキブリ?」

 地面に転がる黒い物体を見つけ、指を差したミクリ。

「いや、あれはカブトムシだよ」

 確かに同じ様なフォルムだし、黒く光ってはいるけど角がある。

 似てはいるけど、何故こんなにも扱いが対照的なんだろう。クリューは踏まれると可哀想だからと、指で摘んで近くの街路樹に掴まらせた。

「カブトムシはさわれるの?」

 ミクリからしたら、どちらも同じ虫扱いである。

 クリューの基準が理解出来ないらしい。

「カブトムシは角があって何かカッコいいしね」

「おなじなのに?」

「全然同じじゃないよ」

 カブトムシとゴキブリを一緒にしないでくれるかな?

「アレは?」

 ミクリは、さらに地面を指で差した。

 そこには、灰色のコソコソ動く虫がいる。

「ダンゴムシはちょっと」

「まるくなるから、かわいいよ?」

 とミクリが屈むものだから、クリューは慌てて手を引いた。

 絶対に今、拾おうとしたに違いない。

「これからご飯だからヤメて」

 だけど、触るなとは強くは言えない。

 だって、自分はさっきカブトムシを触ったし。

「ダンゴムシたべるの?」

「食べないよ」

 なんでだよ。

 ミリーナさ〜ん。早く帰って来て下さ〜い。




 ◇◇◇




 朝食を摂ったクリューは、託児所にミクリを預けて冒険者稼業に戻る事にした。

 ランクは勿論、1番下のEである。

 ランク上げには興味がないから、地道に稼げれば良いだろう。

 なにせ、Aランクになると色々面倒くさく断れない仕事に携わる事になるし、万が一にでもSランクになった日にはお偉い方から勅命まで下されちゃうからね。

 だから、今回は上げる予定はない。前回は事情があってSランクに上げたけど。まっ、逆に今は上げたくても、歳だし無理だろう。



 サクッと冒険者の手続きをした後、依頼の板を見に行く。まぁ、初心者みたいなものだし、今日は簡単な【採取】にしておいた。

 薬草と痺れ草。見習いの子供でも出来る依頼である。

 でも、近場は子供達に残しておきたいから、少し離れた所で採取したけど。彼等の仕事を奪ったら可哀想だからね。



 人にミクリを預けるのは初めてだから、2時間程度にして済ませて帰る事にした。

 ミクリも1人では不安だろうと、思ったからだ。

「あれ、クリューさん早かったですね?」

 ミクリを迎えに託児所に来たら、保育士のナナが迎えてくれた。

「恥ずかしいけど【採取】の依頼しか受けてないから、すぐ終えられたんだよ」

 元Sランクだからって、無茶はしないよ。

 身の程知らずではないからね。

「ミクリは大人しくしてましたか?」

 何をするのか全く予測が出来ないのが、ミリーナの娘ミクリである。

 迷惑は掛けないとは思いたいけど、分からない。

「工作したりして、大人しくしてましたよ?」

 とナナが奥をチラッと見れば、ミクリが嬉しそうに走って来た。

「パパおかえり!!」

「ただいま。可愛いミクリ」

 クリューは走り寄って来たミクリを、優しく抱き上げた。

 その手には工作をしていたと言う証拠に、何やら紙を持っていた。

「何を作ってたのかな?」

「カブトムシの "ツノ" !!」

 ミクリは嬉しそうに、色取り取りの角をクリューに見せてくれた。うん、角だ……と言うか、角だけだ。

 胴体や頭はどうしたのかな、コレ。

「え? なんで?」

 なんで、カブトムシじゃなくて角だけなの?

 私がカッコいいなんて言ったから?

「カブトムシのツノがカッコいいっていったから」

「うん?」

 でも、角だけって何かな?

 クリューも保育士達も、首を傾げていたのは云うまでもなかった。




 ◇◇◇




 ーーその日の真夜中。




 クリューは耳障りで、奇妙な音で目が覚めた。

 カサカサとした嫌な音が寝室からする。

 布団を被ってはみたけれど、1度気になるとどうにもダメだった。

 



「何の音だ?」

 幽霊はカサカサ音は立てない。

 ミクリは隣でスヤスヤ寝ている気配が……ない。

 ミクリはトイレ? それとも音の原因を作っている?

「ライト」

 クリューは奇妙で異様な音と、ミクリがベッドにいない事が気になり、丸い小さな光魔法を部屋に放った。

 途端に寝室が一面明るくなり、見渡せた。




 ーー光に少しビックリしたミクリが、目の前の床にちょんと座っていた。




「ミクリ? 何をーー」

 やってるんだ? と口に出す前に、クリューは何かに気付き絶句した。




 ミクリの周りや壁、部屋のいたる所でカサカサした何かが走り回っている。

 音の原因が、そこかしこと走り回っていたのだ。



 カブトムシ?



 いや、カブトムシにしては速過ぎるし、角が赤青黄とカラフル過ぎる。

 なんだコレ!?



 その瞬間、1匹の何かがクリューに向かって飛んで来た。

「!?!?」

 言葉にならない奇声を発して、ソレを叩き落とした。

 その衝撃で叩き落としたソレの頭から、角がポロッと落ちた。

 良く見なくてもソレは、昼間ミクリが一生懸命に作った色紙の角である。

 本来なら角など持たない黒光りした生き物。ソレにカラフルな色紙の角を付けていた様だ。

 だが、角を付けても付けなくても、間違いなどなくーー。

「ゴキーーッ!?」

 クリューは深夜なのに気付き、慌てて口を手で押さえたが、悲鳴が漏れてしまった。



 角を生やしたゴキブリが、部屋中を走り回っている。

 クリューの頭は、大パニックである。

 奇妙な音で目が覚めたら、何十もの仮装したゴキブリが、寝室で大運動会を繰り広げているのだ。走る、飛ぶ、壁を駆け上がる。もはや恐怖カオスでしかない。



「…………」

 どうも出来ないクリューがベッドの上で固まっている中、ミクリは楽しそうに笑っていた。



「パパ、カブトムシがカッコいいっていったから、ゴキブリもカブトムシにしてみた」

 ミクリは悪びれた様子もなく、天使の様な可愛い笑顔を見せてくれた。

 どうやら、嫌いなゴキブリでも角を付ければカッコいいと、クリューが褒めてくれると思ったらしい。だから、何処からかゴキブリ様を集めて来たのだと、後から聞いた。




 カラフルな角を生やした、ゴキブリ。

 右往左往に走り回っているゴキブリ。

 飛ぶゴキブリ。




 ああぁぁぁァァーーっ!!




 ゴキブリは何をしても、ゴキブリだからーーっ!!

 



 クリューに1つ、トラウマが出来たのは言うまでもなかった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ