4 鍵を掛けたら、掛けたで……。
月明かりが漏れる真夜中、クリューはふと目が覚めた。
だがまだ、肌寒い夜中。クリューはブルリと身体が震えた。
え? まさか、"例" のお婆ちゃんがいないだろうね?
クリューはキョロキョロと部屋を見渡した……処で、気付いてしまった。そうだ、頑張っても自分は視えないのだと。
いたとしても視えない。深く考える事はやめた。
しかし、怖い事を考えたせいか肌寒いせいか、用を足したくなってしまった。
ミクリが目が覚めると可哀想だから、ライトを点けず月明かりのみの薄暗い中、クリューはベッドから起き上がりトイレに向かう。
まだ、眠い目を擦り欠伸を1つして、トイレの扉をガチャリと開けた。
「ヒッ」
クリューは思わず、悲鳴に似た声を上げる処だった。
薄暗いトイレに髪の長い女性がいたからだ。
いないと思っていたトイレに、音もなくひっそりと人がいれば悲鳴も上げたくなる。
お婆ちゃんじゃないけど、違うのがいた!?
クリューが息を飲んで良く見れば、それは幽霊ではなく、便座にちょこんと座るミクリだった。
「ミクリさん、何してるの?」
「うんこ」
「「…………」」
そりゃそうだ。
トイレは概ね大か小をする所である。
質問が悪かった。
クリューは何故、明かりを点けないのだと訊いたつもりだったのだが、彼女には通じなかった。
こんな夜更けだというのに、幼いミクリは明かりを点けなくても全く怖くないらしい。幽霊も怖くはないし、彼女に怖いモノはあるのだろうか?
「明かりはなんで点けないの?」
「しゅうちゅうしたいから」
「ソウデスカ。ドウゾゴユックリ」
クリューはパタンと扉を閉めた。
そうだ、鍵が掛かってなかったから、いけなかったのだ。
これからはトイレに入る時はお互いに、鍵を掛けて入る様にしよう。クリューは固く心に誓った。
ーー筈だった。
「なにしてるの?」
翌朝クリューは、またミクリにトイレの扉をガチャリと開けられた。
あれ程、鍵を掛けようと心に誓った筈なのに。
「昨日ノ事ヲ、反省シテイル処」
長年の習慣は、昨日今日ですぐ直らなかった。本気で反省しようと、クリューは再度心に誓う。
そんな父の誓いなど知らないミクリは、ガンバレと言って戻って行った。
そして、クリューは深い深い溜め息を吐きながら、今度こそトイレの鍵をカチリと掛けたのであった。
◇◇◇
早朝にも関わらず、ギルド併設の食堂はいつも通りに賑わっている。
安くて美味しいため、新米の冒険者や独り身の者達が毎日の様に、来ているからだ。オマケにテイクアウトも出来るため、毎日作るのが大変な主婦達にも、重宝されていた。
「あれ?」
そんなギルド併設の食堂に現れたのは、ミクリ1人だった。いつも一緒にいる筈の保護者がいない。
店員のマリアはミクリの後ろを確認したが、やはりクリューはいない様だった。
顔馴染みの冒険者達も、先日の事を思い出して股間をモジモジ隠しながら同じくクリューを捜していた。
「ミクリちゃん1人?」
「うん」
「パパは?」
「ウンコしてる」
ーープッ。
誰とは言わず、失笑が漏れた。
どんな返答なんだよ。ミクリさん?
悲しい事にクリューはいない所で、小さな恥をかかされていた。
「ア、ソウデスカ」
店員マリアは笑顔のまま固まった。
後から来るとか、そう言う当たり前の答えを期待していたのに、全く違ったからだ。
「パパ、ウンコしてんのか? 長いなぁ?」
朝食を食べていたギルドマスターが、肩を震わせていた。
ミクリが1人でココに、来れてしまうくらいに長いのか。
マリアは、ソコを掘り下げるのは止めて欲しいと溜め息を吐き、ミクリのために飲み物を用意しに厨房へ消えた。
「パパはいつもながい」
「プッ、そ……そうか、いつも長いのか」
ギルマスは腹を抱えて笑っていた。
冒険者達は笑いつつ、いないクリューを憐れんでいた。いないのに、大層恥だけはかかされていたからだ。
ミクリがジュースを飲み始める事数分後ーー。
「ミ、ミクリ〜!?」
探し回ったのか、ヘロヘロになったクリューが入って来た。
トイレから出たらミクリがいなかったからだ。
行動力があり過ぎる彼女が何処に行ったのか、心配でならなかった。黙っていれば美幼女のミクリ。
誘拐も視野に入れていた程である。
「パパ」
心配を余所に、ミクリはキョトンとしていた。
クリューが何故、慌てているのか分からないらしい。
「急にいなくならないでくれるかな? パパ心配したし」
せめて何処に行くかを伝えて欲しかったと、お願いする。それでも1人で出歩いては欲しくはないが、伝えてからの方が、幾分安心するのだ。
「ウンコがながいから」
ミクリはキョトンとしたまま、答えた。
「長かったのはウンコだけのせいじゃないんだよ」
と言い訳するクリューに、皆はやっぱり大をしていたのかと失笑していた。
「おはようございます。クリューさん、朝食はいつもの?」
マリアが小さく笑いながら、注文を聞きに来た。
いつも飄々としているイケオジの彼が、小さな子供にてんやわんやとしている姿が妙に可愛らしかったのだ。
「おはようマリアちゃん、いつもので」
クリューはホッとしつつ、カウンターにいるミクリの隣に、疲れた様に椅子に座った。
「ガナン」
クリューは、先に淹れて持って来てくれた珈琲を一口飲んで落ち着くと、近くにいたギルマスに声を掛けた。
「なんだ?」
「トイレを壊したんだが、こういう時はどうすればイイんだっけ?」
「……なんで壊したんだよ」
"壊れた" ではなく "壊した" と言った。故意ではなく意図的にやったと言う事だろう。
お前は朝から、何をやっているんだと疑問が湧く。
「トイレの取っ手が外れて、閉じ込められて、ミクリが出て行く音がしたから、慌てて扉を蹴り飛ばしたんだよ」
「そりゃあ、朝から災難だったな」
ギルマスが憐む様に苦笑いしていた。
取っ手が外れるなんて事、人生で1回あるかないかの出来事に違いない。
想像すれば、確かに慌てるのも理解出来た。
ーーそうなのだ。
クリューは別に大だけで長かった訳ではなかったのだ。
用を足して、さて流そうと思った時に、待ちくたびれたのか、ミクリが部屋から出る様な音が聞こえた。
慌てたクリューは扉を開けようと力強く握ったら、取っ手が外れたのだ。ネジが緩んでいたのか、力強く握り過ぎたのかは定かではない。
……が結果、手に残るはトイレの取っ手のみ。
廻さなければ開かない扉。そして、今までは絶対に掛けない鍵が……掛かっていた。
トイレに付いている小窓があるにはある。
あるのだが、何故か上ではなく下に付いてあった。しかも、便器の真横に。
背丈がある成人男性が幾ら身を屈めた処で、便器が邪魔でどうにも出来ない。
「ミクリ〜!」
ミクリはやはり出て行ったのか、幾ら呼んでも返事がない。
クリューは途方に暮れた。
トイレから壁を叩いて、助けを呼ぶのは恥ずかしい。そして、その間にミクリに何かあっても困る。
仕方がないと潔く扉を蹴り飛ばしたのだ。
「家主に事情を話して、弁償すればイイんじゃねぇか?」
事情を聞いたギルマスは、家主も鬼じゃないから話せば分かるだろうと、ゲラゲラと笑っていた。
「他人事だと思って」
ゲラゲラ笑うギルマスをひと睨みし、マリアの持って来てくれた朝食を食べるクリューなのであった。
ーーこの後。
「余程、慌てたんですね?」
扉を修理しに来た業者に事情を説明し、色んな意味で苦笑いされたのは、クリューの恥ずかしい記憶の一つとなった。
ーー粉々に破壊された扉と
……便器の中の流し忘れた大便……。
シモの話しかしていない。
φ(*´ー`*)〜ア〜
書くのが恥ずかしくなってきました。