2 ドチラサマですか?
朝食を食べ終わり、クリューは食後の珈琲を飲みながら、これからの事を考える。
現役冒険者の時にそれなりに蓄えておいたお金はある。だが、ミクリがいると、何だか色々とお金が必要になる様な気がして仕方がない。
しかし、現役に戻るとなると6年程前に引退してしまったから、冒険者カードは新しく申請しなければならない。また1から出直しでEランクからとなる。
現役時代程には戻れないだろうが、頑張ればCランクくらいの依頼はクリア出来るだろうと算段する。
今さらパーティーを組むのは面倒くさいし、組めたとしても仲間の足を引っ張る可能性もある。ソロでやるしかないだろう。
ミクリを連れて出来る簡単な採取依頼か、預けて討伐依頼を受けてもイイかなと、本気で復帰を考えるクリューだった。
まぁ、どちらにしてもブランクで鈍っているだろうから、1度街から出て今の実力を知った方が良さそうだ。
そんな事よりも今すぐ必要なベッドを買いに行かねばならない。
今はミクリと一緒に寝ているが、子供とはいえ2人で使うには手狭だ。だが、部屋にもう1床置く程のスペースはないから、少し大きいのを買おう。
「パパ、どこいくの?」
「新しいベッドを買いに行くんだよ」
「こわしたの?」
「壊してない」
何で壊した事を前提で話すのかな?
朝一緒に寝てたでしょうよ。
クリューはミクリの発想にう〜んと唸っていた。
そんなクリューを見ていたミクリは、首を傾げていた。
「パパ、なにうなってるの? うんこ?」
「うん……違うね」
別に便意をもよおした訳ではない。もよおしたとしても唸らないから。
「なら、うんち?」
「言い方違うだけで同じだよね?」
「アハハ。パパおもしろ〜い」
「…………」
面白いのはキミだよ。
そんな他愛もない話をしたり、馬車に揺られたりとしながら家具屋に着いた。
この家具屋、魔法鞄を利用して毎日違う家具を置いている。月曜日にタンスなら、火曜日はテーブルやイス専門。狭い店ながらも、そうやって上手く活用して上手くやっているのだ。
それをアドバイスしたのは、当時冒険者だったクリューである。店を広くさせたいけど場所が郊外になると、悩んでいたから魔法鞄を利用したらどうか? と言ってみた。
そうしたら、店主がその方法をいたく気に入りこうなったのだ。
ちなみに、寝具の日にタンスとかが欲しかったら、店主に言うと奥のスペースに出して見せてくれる。
魔法鞄のおかげで在庫用の倉庫を借りなくて済むからと、ココは割と安価で人気がある店だった。
「お久しぶりです、クリュー様」
店に入った途端、スラリとした店主のマクガイルが挨拶をしてきた。
家具の材料も下ろした事もあるし、家具は大概ココで買っているから割と親しい仲だった。
「あぁ、久しぶり。ベッドが見たかったんだけど、今日はちょうど寝具の日だったな」
クリューが見渡せば、色々なベッドやベッドサイドに置くテーブル等がディスプレイしてあった。
違う日ならマクガイルに言って見せて貰おうと思っていたけど、ちょうど良かった。
「どの様なベッドをお求めですか?」
「この子と一緒に……あれ? ミクリ?」
そう言ってミクリの肩に手を置こうとしたら、左手が空を切った。
キョロキョロと辺りを見れば、少し離れた所で面白そうに、ベッドの上に乗ったり座ったりしていた。
「すまない、マック。ミクリ〜、ベッドに乗るなら靴は脱ぎなさい!」
クリューは自由にベッドに乗ったりしているミクリに、慌てて注意しマクガイルには平謝りした。
ミクリは子供だから仕方がないとは云え、それを見ている親〈クリュー〉には責任があるからね。売り物を汚したら申し訳ない。
「このサイズだと、家と同じくらいか。やっぱりダブルは欲しいな」
クリューは部屋に置くスペースと、自分達の寝る事を想定しながらマクガイルに相談していた。
「パパ」
「ん?」
「ベッドはいくつかうの?」
大人しく寝具を見ていたミクリが、何か気になるのかクリューの袖をツンツンと引っ張った。
「いくつって1つだよ?」
ミクリも自分のベッドが欲しいのかな? とクリューは首を傾げた。
当初はベッドを譲ってソファにクリューが寝ようとした。だが、ミクリはパパも一緒にと言うから一緒に寝ていた。母が急にいなくなって寂しかっただけなのかもしれない。
「1つじゃせまくない?」
「そうかな? ダブルならミクリと2人でも広いと思うよ?」
「でも、3人だとせまくない?」
「え? 3人?」
ミクリの母ミリーナはここにはいない。
いたとしても仲良く1つのベッドで寝る仲ではない。クリューは眉間に皺を寄せていた。
「おばあちゃんはどこでねるの?」
「へ? おばあちゃん?」
はて? 誰のお婆ちゃんだ?
お婆ちゃんがいたとしても、何故同じベッドで川の字で寝ないといけないのか。
クリューが更に眉間に皺を寄せていると、ミクリがキョトンと爆弾を投下した。
「いつもへやのすみにたっているおばあちゃんはいっしょにねないの?」
はぁーーーーっ!?
「ど、どういう事!?」
クリューは動揺していた。何故急にそんな怖い事を言うのかなミクリさん。
借りている部屋では、何年もずっと1人暮らしだった。
そこにミクリが来て、今は2人暮らし。3人目の同居者はいない。ましてやお婆ちゃんなんて知らない。
なんの話なのかな!?
「このベッドだとおばあちゃんがねれない」
「スミマセン、ミクリさん。お婆ちゃんって誰か教えてもらってもイイかな?」
「へやのすみにいつもいるひと」
「…………」
クリューは更に動揺して助けを求める様に、バッと思わずマクガイルを見てしまったが、彼が家の事情など知る訳もない。
マクガイルは苦笑いを返してきたが、頬がピクピクと若干引き攣っている。
「ミクリさん? 家の部屋の隅にはお婆ちゃんがいるの?」
「いるよ?」
「ソウデスカ」
怖くはないのかミクリはキョトンとして答えた。
反対にクリューは頬が引き攣りまくっていた。
だって "ソレ" 私は見た事ないし知らない。
ミクリサンソレッテ "幽霊" デスヨネ?
「パパには見えないけど、ミクリには見えるの?」
「? みえるよ?」
「いつからいるの?」
「ミクリがきたときから」
「ソウ」
と言う事は、今まで私はその謎のお婆ちゃんと "2人" 暮らしをしていた事になる。
いつからいたのか知らないけど、アンナ事やコンナ事をしていたのもガッツリ覗かれていたみたいである。
マジですか。1人エッチも2人エッチもですか。
え? なんだろう。
恐怖よりも見られていた事実がもの凄く恥ずかしいんですけど?
「ミクリちゃん。ベッドは今度にしよう」
クリューは隣でまだまだ棚やランプをいじっているミクリに、ココを出ようと促した。
「なんで?」
買いに来たのにクリューが急にそんな事を言ったから、ミクリは不思議そうに訊いた。
「ベッドより先に、部屋を引っ越すのが先みたい」
実害があるナシにしても、知らないお婆ちゃん、しかも見えない人と同居なんて御免だ。
早急に部屋を引っ越そう。いつかミクリはミリーナの元に帰るから家は必要ないけど、少し広い宿には引っ越そう。
「ひっこし?」
「ミクリと一緒だから、もう少し広い部屋に引っ越そう」
「あ、じゃあおばあちゃんにもしらせなきゃ!」
「知らせないでくれるかな?」
連れて行く気はないんだよ。ミクリさんや。
「なんで?」
「あの人、私の知り合いじゃないし、部屋に無断で住んでるの」
「そうなの?」
「そうなの。だから、今度こそ2人で暮らそうね?」
「わかった」
ミクリには念を押しといた。だってそうでもしないと、連れて来そうな勢いだし。
連れて来られたら、一体何のための引っ越しか分からない。
「お気を付けて」
慌てて帰るクリューの背に、マクガイルが言葉を掛けてきたけど、その言葉のチョイスヤメてもらってイイかな?
お気を付けてなんて言われたら、何か気をつける事があるみたいじゃないか。
そこは「またの御来店をお待ちしております」って言うべきじゃないの?
そんな事を考えながらクリューは、足早に不動産屋に向かうのであった。




