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元冒険者クリューの穏やかな一日  作者: 神山 りお


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10/20

10 ワイバーンのシチューと?



「ワイバーンのシチューはとろける」




 一昨日、狩り獲ったワイバーンはシチューになっていた。

 ミクリが望んだ通りのデミグラスソースのシチューである。

 朝からミクリは、ご機嫌でそのシチューを頬張っていた。




「クリューさん、悪いな。俺達までご馳走になって」

「しかも、ワイバーンとか」

「生まれて初めて食ったし、超蕩けるし」

「一昨日のお詫びだから」

 そう、ミクリがカラーコブラを床にぶち撒け……いや、放ってしまったお詫びとして、100食限定で振る舞っていたのだ。

 とりあえずは、その時にいた人が優先。余ったら、早い物勝ちであげる様にしてある。

 まぁ、皆は子供のした事だと笑ってくれたけど、罪悪感はあるからね。

 逆に高級食材を食べれられて、ありがとうとお礼を言われていた。



「カラーコブラは、わぎりにしてスープにするとおいしい」

 ミクリはそう言いながら、おかわりを貰っていた。

 ワイバーンのシチューは、とても気に入ったらしい。

 その話を聞いていた冒険者達は、顔が引き攣っている。多分、あの惨事を思い出したのだろう。

「カラーコブラも美味しいのか。ん、シチューが旨い」

 なんでも食べるんだなとミクリに笑いつつ、ワイバーンのシチューを口にすると、クリューは感嘆の声を上げた。

 ミクリの言う通り、ホロホロとワイバーンの肉が蕩けて口が幸せになる。

 コクのあるデミグラスソースに負けない、肉の旨味があるワイバーン。ワイバーンの旨味がソースに溶け込んでいて、カリカリに焼いたパンつけるとコレがまた旨かった。

 生クリームを後入れすると、まろやかになるしでスプーンが止まらない。



「マリアちゃん。これ、ミクリ用に少し分けて貰える?」

「あ、なら、小さい器に何個か用意しておきますね」

「ありがとう」

 コレでしばらくは、ワイバーンワイバーンと叫ばないだろう。

 食べたいと言ってきたら、魔法鞄マジックバッグから出してあげれば良い。

 そう思って、店員のマリアに頼んだのだ。



「クリューさん。ワイバーンを狩り獲ったと耳にしましたが、本当ですか?」

 クリューがシチューに舌鼓を打っていると、背後から声が掛かった。

 振り返って見れば、家具屋の店長マクガイルだった。

 無表情で立つのをヤメてもらえるとありがたい。顔色が薄白いから怖いんだよね。

「耳が早いね」

「まだ、お持ちですか? もう売却されましたか?」

「肉はシチューになったけど、皮とかはまだあるよ」

 とりあえず、解体して貰っただけだ。

 金糸鳥の卵は、明日の朝食に食べるとミクリは言っていたし、肉はからあげにして昼食か夕食にする。

 羽根は依頼者の物だから、ギルドに渡してある。

 マクガイルの欲しいワイバーンは、モモ肉はシチューにしたけど後は考えていない。皮や牙、爪等は魔法鞄マジックバッグに入れてある。



「売って頂けませんか?」

「フリーじゃないから、ギルド扱いになるけど、それで良いかな?」

「構いません」

 ギルドに登録した以上は、個人売買は違反だ。

 だが、交渉は出来る。本人と顔見知りの場合は、直接交渉してからの方が、上手くいきやすいのだ。



「マクガイルもワイバーンのシチュー食べて行きなよ」

「……いただきます!!」

 これからもお世話になるかもと、マクガイルにワイバーンのシチューを勧めてみたら、ビックリするくらいに食い付いた。

 ワイバーンのシチューはミクリだけでなく、皆が虜になる味だった。





「ところで、新居にはお婆さんは迎えたのですか?」




 ーーぶふっ。




 マクガイルが急に変な事を言ったので、クリューは飲んでいた水を噴き出してしまった。

「迎える訳がないだろう!?」

「霊には自縛と浮遊、背後など様々な種類がある様なので、付いて来られたのかと」

 マクガイルは無表情にシチューを食べていた。

 好奇心や心配と言うより、ただ普通にどうなったのか気になっていた様である。

「気になるなら、住所を教えるから住めば?」

「お年寄りはちょっと」

「え、ソコ?」

 若くて美人な幽霊なら可なのかよと、クリューはツッコミたかった。

 どうせ見えないんだから、若さ関係なくない?




「パパ」

 シチューを食べ終えたミクリが、クリューの袖をツンツンとした。

「どした?」

「クイーンベリーが食べたい」




 ーーぶっ。




 クリューは危うく、口から何かが出るところだった。

 クイーンベリーは、苺の女王様だ。

 滅多にお目にかかれない極上品である。

 ミクリの母、ミリーナはしょっちゅう食べていたけど。




「クイーンベリーなんて、ココにはーー」

 ないよ、と言いかけた瞬間。店員マリアがニコリと笑った。

「ありますよ?」

「え?」

「ありますよ」

 そう言って冷蔵庫からクイーンベリーを取り出し見せた。

 真っ黒な苺。間違いなくクイーンベリーである。



「ミクリちゃん、練乳かけて食べたいよね?」

「うん!!」

 マリアはクリューに聞くよりも先に、ミクリに売り込んだ。

 卑怯だよね。

 可愛い瞳に見つめられたら、こう言うしかないじゃないか。

「分かったよ。なら、ミクリに出してあげて」

「パパありがとう!!」

 ニッコニコのミクリを見ると、ついつい甘やかしたくなってしまうよ。

「ありがとうございます!!」

「なんで、マリアちゃんまでお礼を言うんだよ」

 マリアが手を合わせて喜ぶものだから、クリューは眉を寄せてしまった。

 あげるのはミクリだけだよ?



「だって、すっごく高かったから、売れなかったらどうしようかと思って!!」

 あからさま過ぎるよね。

「ちなみにいくらするの?」

「1万ギル」




 ーーぶふっ。




 鼻から何かが出るところだった。

 高いなんてモノじゃない。キングスターメロンとイイ勝負である。




「1皿?」

「1皿」

 5粒しか入ってないのに、手数料込みでも高くない? ぼったくりだよね?

「パパ、チョーおいしいよ?」

「ヨカッタデスネ」

 何も知らないミクリは、満面の笑みで言うけれど、クリューは苦笑いしか出なかった。

 こんな贅沢していたら、お金がいくらあっても足りない。





 ◇ ◇ ◇





「あ、クリューさん!! 一昨日はどうも」

 ギルドの食堂にご機嫌のポールが入って来た。

 念願のワイバーンのシチューが貰えるとなり、鼻歌交じりである。

 その後ろには、キョロキョロとしているアンナもいる。

 ヘビがいないか気にしている様だ。

「あ、ミクリ先輩、苺っすか?」

 隣のミクリに気付いたポールが、わざとらしくペコリと頭を下げていた。

 触らぬミクリに祟りなし、とでも思っている様だ。

「ポールもイチゴをたべるとイイ」

「ゴチになりまーす!!」

「なんでだよ」

 ミクリが勝手に勧めて、ポールが頭を下げるから、クリューは呆れていた。

 安い苺ではないのだから、ノリで勝手にご馳走にならないでくれるかな?



「マリアちゃん。ポールには出さなくてイイし」

 そそくさと準備をする店員マリアに、クリューは止めた。

 1皿5粒で1万もするアホ高い苺を、大盤振る舞いする訳にはいかないのだよ。

「そんな悲しい目で見ないでくれる? マリアちゃん」

「だって、苺は傷みやすいんですよ?」

 悲壮感漂う瞳でこちらを見るものだから、クリューは苦笑いしていた。

「ここ、魔法の冷蔵庫があるよね?」

 だが、騙されない。

 魔法鞄マジックバッグと同様に、この世界にはそのままで保存出来る魔法の冷蔵庫があるのだ。ギルドの食堂にもあるのは知っている。

「むぅ」

 バレたとばかりに、マリアは口を尖らせていた。




「柔らかっ!!」

「ホロホロ蕩けるって意味が分かった」

 ワイバーンのシチューを一口食べた、ポールとアンナが舌鼓を打っていた。

 想像以上に柔らかく、噛み締めるたびに口いっぱいに、肉の旨味と香りが広がった。

 こんなに美味しいとは思わず、次々と口に放り込めば、あっという間に皿のシチューがなくなった。

「おかわりが欲しければ、どうぞ?」

 悲壮感漂う姿で見つめられれば、クリューは断れなかった。

 満足いくまで食べればいいと、2人に勧めたのである。




「クリューさん。今日はなんか依頼受けないの?」

 おかわりのシチューを食べながら、ポールがなんとなく訊いた。

 予想外の事はあり過ぎたが、なんだかんだでクリューとミクリとの冒険は有意義で楽しかった。

「今日は採取の依頼が少ないんだよ」

 その少ない依頼は、冒険者になりたての新参者に取っておこうと、クリューは依頼を受けていなかった。

「討伐は?」

「ポール、討伐依頼を見たか? ブラックボーンブルなんて、無理だよ」

「ミクリちゃんの【硬直】でどうにかなるんじゃね?」

「もれなく、私達も固まるのに?」

 相手は群れを作って移動する事が多い。

 クリューだけでも動ければ何とかなるが、動けるのは現状ミクリ1人。それも、目先の物に惹かれれば、私達などすぐに忘れてドロンと消える。

 屍が3体、出来上がる未来しか視えない。

「ソレな?」

「それが一番大事なんだよ」

 クリューは笑いも出なかった。




「あ〜ぁ。クリューさんと依頼やりたかったのに」

 ポールが頭の後ろに腕を組み、つまらなそうに呟いた。

「やりたかったのにって、私なんかと一緒にやっても、なんの役にも立たないだろう?」

「精神が鍛えられる」

 ミクリといると、絶対に想定外の事しか起きないから、臨機応変な対応が必要になる。

 よって、瞬時の判断力が鍛えられるとポールは踏んだ。

 そして、なんだかんだとクリューは強いし、何より一緒にいて楽しいからだ。

「何言ってんだか」

 クリューは呆れ笑いをしていた。

 そんな褒め方をされても、何も響いてこない。



「あ、おばあちゃん」

 呑気に話をしていたら、ミクリが何処かを見て声を上げた。

「「お婆ちゃん??」」

 ミクリの視線の先を見たクリューとマクガイル。

 さっきまで話をしていた"レイ"のお婆ちゃんかと思ってしまったのだ。

 だが、そこにいたのは常連の近所の婆さんだった。



「おはようさん。ミクリちゃんや」

「おはよう。ばあちゃん」

 最近では毎朝の様に会うから、顔見知りになっていた。

 ミクリは人見知りをしないし、誰とでも気さくに話すから、今では仲良しの様だ。

「マリアちゃん。いつもの」

 店員を見つけると、毎朝の定番メニューを頼み、ミクリの近くのテーブル席に座ったお婆さん。

「ばあちゃん」

 ミクリはピョンと椅子から飛び降り、お婆さんの元へ向かう。

「なんだい?」

「このあいだ、キンタ○のニクをとってきたよ!!」




 ーーブッ!




 あの冷静なマクガイルが、水を吹き出した。

 キンタ○の肉は、金糸鳥の肉の事なのだろうけど、金糸鳥の卵で金の卵、キンタ○だったのではないのかな。

 ミクリの言葉のチョイスに、疑問を持つクリューなのだった。



「そうかい、そうかい。キン○マのニクかい。それはさぞかし美味しいんだろうねぇ」

 ある意味、百戦錬磨の婆さんはヒャッハと、愉快そうに笑って返していた。慣れたものである。

「はごたえがあってオイシイ。ヨルにたべるから、ばあちゃんもたべにくるとイイ」

 ミクリから、夕食のお誘いだ。

 獲ったのは父のクリューなのだが、ミクリには関係ないらしい。まぁ、いいけど。

「ありがとよ、ミクリちゃん。そういや、父ちゃんのキン○マは見せて貰えたのかい?」

「ケチだから、みせてくれない」

「アハハ。じゃあ仕方がないねぇ」

 婆さんはあっけらかんとして、笑っていた。

 ケチとかケチじゃないとか、そういう事じゃないんだよ。話を広げないで欲しい。




「なら、あの若いお兄ちゃんに見せて貰うとイイ」

 婆さんは、クリューの近くに座るポールを見てケラケラと笑った。

「え?」

 突然のご指名に、ポールは目を丸くさせた。

 クリューは頬を引き攣らせていた。

 この婆さんは、ミクリに何を吹き込みやがりますかね?

「ポールもキン○マもってるの?」

「大抵の男なら持ってるよ」

「ほんとう!!」

 何がそんなに嬉しいのか分からないが、ミクリの瞳はキラキラとしていた。




「ポールみせて!!」




 うん。絶対に言うと思ったよ、ミクリさん。




 ーーゲホッゴホッゴホッ!!




 ポールは吹き出すどころか、咽せていた。

 そりゃあ咽せるよね。

 小さな子供に良い笑顔で、そんな所を見せろなんて言われたら。

 



「ミ、ミクリちゃん??」

 アンナは聞き間違いかとクリューを咄嗟に見たが、クリューが遠い目をしていたので無言になったけど。




「シチューたべたでしょ? みせて!!」

「え!? ここでシチューを出す? え、卑怯じゃない?」

 目の前で強請るミクリに、ポールはタジタジである。

 しかも、ワイバーンのシチューの対価に見せろと言うのだ。どうしてイイのか分からない。

「おかわりもした」

「え? あ、う、うん? いや、なんていうか」

 クリューに助けを求めるポール。

 見せてと言われて、見せられるモノではないのだ。誤魔化せる様な答えを知りたい。

「ミクリ」

「なぁに?」

「キングスターメロンのジュースを頼んであげるから、その話は終わりにしようか?」

 食堂の空気がソワソワしているし。

 親〈クリュー〉のいない所で、そんな事を言われた日には犯罪臭しかしないからね。

 勿論、ここにいる冒険者達は分別を弁えた大人だと、信じているよ?



「キングスターメロン!!」

「だから、その話はシィーね?」

 クリューは人差し指を鼻に充てた。

 内緒だよと、伝えるしか方法がない。

 だって、ダメと言った所で、何でダメなのかを一から説明しなければならないからだ。子供の何では終わりが見えない。

「わかった?」

「うん」

 ミクリが頷いたので、とりあえずホッと胸を撫で下ろしたのだがーー。

「キンタ○のはなしは、シィーする!!」





 お願いした瞬間から、ミクリは大きな声で元気良く言ったのだ。

 うん。ダメだ、コレ。

 絶対に分かってないし。





 ーー後日。





 ミクリの身を案じたギルド所属の冒険者達の有志で、"ミクリ見守り隊"なるモノが結成されたのであった。



 
















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[一言] ミクリちゃん。良い食生活を送っていますね。 キン〇マ・キン〇マ 幸せと笑いの呪文。
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