10 ワイバーンのシチューと?
「ワイバーンのシチューはとろける」
一昨日、狩り獲ったワイバーンはシチューになっていた。
ミクリが望んだ通りのデミグラスソースのシチューである。
朝からミクリは、ご機嫌でそのシチューを頬張っていた。
「クリューさん、悪いな。俺達までご馳走になって」
「しかも、ワイバーンとか」
「生まれて初めて食ったし、超蕩けるし」
「一昨日のお詫びだから」
そう、ミクリがカラーコブラを床にぶち撒け……いや、放ってしまったお詫びとして、100食限定で振る舞っていたのだ。
とりあえずは、その時にいた人が優先。余ったら、早い物勝ちであげる様にしてある。
まぁ、皆は子供のした事だと笑ってくれたけど、罪悪感はあるからね。
逆に高級食材を食べれられて、ありがとうとお礼を言われていた。
「カラーコブラは、わぎりにしてスープにするとおいしい」
ミクリはそう言いながら、おかわりを貰っていた。
ワイバーンのシチューは、とても気に入ったらしい。
その話を聞いていた冒険者達は、顔が引き攣っている。多分、あの惨事を思い出したのだろう。
「カラーコブラも美味しいのか。ん、シチューが旨い」
なんでも食べるんだなとミクリに笑いつつ、ワイバーンのシチューを口にすると、クリューは感嘆の声を上げた。
ミクリの言う通り、ホロホロとワイバーンの肉が蕩けて口が幸せになる。
コクのあるデミグラスソースに負けない、肉の旨味があるワイバーン。ワイバーンの旨味がソースに溶け込んでいて、カリカリに焼いたパンつけるとコレがまた旨かった。
生クリームを後入れすると、まろやかになるしでスプーンが止まらない。
「マリアちゃん。これ、ミクリ用に少し分けて貰える?」
「あ、なら、小さい器に何個か用意しておきますね」
「ありがとう」
コレでしばらくは、ワイバーンワイバーンと叫ばないだろう。
食べたいと言ってきたら、魔法鞄から出してあげれば良い。
そう思って、店員のマリアに頼んだのだ。
「クリューさん。ワイバーンを狩り獲ったと耳にしましたが、本当ですか?」
クリューがシチューに舌鼓を打っていると、背後から声が掛かった。
振り返って見れば、家具屋の店長マクガイルだった。
無表情で立つのをヤメてもらえるとありがたい。顔色が薄白いから怖いんだよね。
「耳が早いね」
「まだ、お持ちですか? もう売却されましたか?」
「肉はシチューになったけど、皮とかはまだあるよ」
とりあえず、解体して貰っただけだ。
金糸鳥の卵は、明日の朝食に食べるとミクリは言っていたし、肉はからあげにして昼食か夕食にする。
羽根は依頼者の物だから、ギルドに渡してある。
マクガイルの欲しいワイバーンは、モモ肉はシチューにしたけど後は考えていない。皮や牙、爪等は魔法鞄に入れてある。
「売って頂けませんか?」
「フリーじゃないから、ギルド扱いになるけど、それで良いかな?」
「構いません」
ギルドに登録した以上は、個人売買は違反だ。
だが、交渉は出来る。本人と顔見知りの場合は、直接交渉してからの方が、上手くいきやすいのだ。
「マクガイルもワイバーンのシチュー食べて行きなよ」
「……いただきます!!」
これからもお世話になるかもと、マクガイルにワイバーンのシチューを勧めてみたら、ビックリするくらいに食い付いた。
ワイバーンのシチューはミクリだけでなく、皆が虜になる味だった。
「ところで、新居にはお婆さんは迎えたのですか?」
ーーぶふっ。
マクガイルが急に変な事を言ったので、クリューは飲んでいた水を噴き出してしまった。
「迎える訳がないだろう!?」
「霊には自縛と浮遊、背後など様々な種類がある様なので、付いて来られたのかと」
マクガイルは無表情にシチューを食べていた。
好奇心や心配と言うより、ただ普通にどうなったのか気になっていた様である。
「気になるなら、住所を教えるから住めば?」
「お年寄りはちょっと」
「え、ソコ?」
若くて美人な幽霊なら可なのかよと、クリューはツッコミたかった。
どうせ見えないんだから、若さ関係なくない?
「パパ」
シチューを食べ終えたミクリが、クリューの袖をツンツンとした。
「どした?」
「クイーンベリーが食べたい」
ーーぶっ。
クリューは危うく、口から何かが出るところだった。
クイーンベリーは、苺の女王様だ。
滅多にお目にかかれない極上品である。
ミクリの母、ミリーナはしょっちゅう食べていたけど。
「クイーンベリーなんて、ココにはーー」
ないよ、と言いかけた瞬間。店員マリアがニコリと笑った。
「ありますよ?」
「え?」
「ありますよ」
そう言って冷蔵庫からクイーンベリーを取り出し見せた。
真っ黒な苺。間違いなくクイーンベリーである。
「ミクリちゃん、練乳かけて食べたいよね?」
「うん!!」
マリアはクリューに聞くよりも先に、ミクリに売り込んだ。
卑怯だよね。
可愛い瞳に見つめられたら、こう言うしかないじゃないか。
「分かったよ。なら、ミクリに出してあげて」
「パパありがとう!!」
ニッコニコのミクリを見ると、ついつい甘やかしたくなってしまうよ。
「ありがとうございます!!」
「なんで、マリアちゃんまでお礼を言うんだよ」
マリアが手を合わせて喜ぶものだから、クリューは眉を寄せてしまった。
あげるのはミクリだけだよ?
「だって、すっごく高かったから、売れなかったらどうしようかと思って!!」
あからさま過ぎるよね。
「ちなみにいくらするの?」
「1万ギル」
ーーぶふっ。
鼻から何かが出るところだった。
高いなんてモノじゃない。キングスターメロンとイイ勝負である。
「1皿?」
「1皿」
5粒しか入ってないのに、手数料込みでも高くない? ぼったくりだよね?
「パパ、チョーおいしいよ?」
「ヨカッタデスネ」
何も知らないミクリは、満面の笑みで言うけれど、クリューは苦笑いしか出なかった。
こんな贅沢していたら、お金がいくらあっても足りない。
◇ ◇ ◇
「あ、クリューさん!! 一昨日はどうも」
ギルドの食堂にご機嫌のポールが入って来た。
念願のワイバーンのシチューが貰えるとなり、鼻歌交じりである。
その後ろには、キョロキョロとしているアンナもいる。
ヘビがいないか気にしている様だ。
「あ、ミクリ先輩、苺っすか?」
隣のミクリに気付いたポールが、わざとらしくペコリと頭を下げていた。
触らぬミクリに祟りなし、とでも思っている様だ。
「ポールもイチゴをたべるとイイ」
「ゴチになりまーす!!」
「なんでだよ」
ミクリが勝手に勧めて、ポールが頭を下げるから、クリューは呆れていた。
安い苺ではないのだから、ノリで勝手にご馳走にならないでくれるかな?
「マリアちゃん。ポールには出さなくてイイし」
そそくさと準備をする店員マリアに、クリューは止めた。
1皿5粒で1万もするアホ高い苺を、大盤振る舞いする訳にはいかないのだよ。
「そんな悲しい目で見ないでくれる? マリアちゃん」
「だって、苺は傷みやすいんですよ?」
悲壮感漂う瞳でこちらを見るものだから、クリューは苦笑いしていた。
「ここ、魔法の冷蔵庫があるよね?」
だが、騙されない。
魔法鞄と同様に、この世界にはそのままで保存出来る魔法の冷蔵庫があるのだ。ギルドの食堂にもあるのは知っている。
「むぅ」
バレたとばかりに、マリアは口を尖らせていた。
「柔らかっ!!」
「ホロホロ蕩けるって意味が分かった」
ワイバーンのシチューを一口食べた、ポールとアンナが舌鼓を打っていた。
想像以上に柔らかく、噛み締めるたびに口いっぱいに、肉の旨味と香りが広がった。
こんなに美味しいとは思わず、次々と口に放り込めば、あっという間に皿のシチューがなくなった。
「おかわりが欲しければ、どうぞ?」
悲壮感漂う姿で見つめられれば、クリューは断れなかった。
満足いくまで食べればいいと、2人に勧めたのである。
「クリューさん。今日はなんか依頼受けないの?」
おかわりのシチューを食べながら、ポールがなんとなく訊いた。
予想外の事はあり過ぎたが、なんだかんだでクリューとミクリとの冒険は有意義で楽しかった。
「今日は採取の依頼が少ないんだよ」
その少ない依頼は、冒険者になりたての新参者に取っておこうと、クリューは依頼を受けていなかった。
「討伐は?」
「ポール、討伐依頼を見たか? ブラックボーンブルなんて、無理だよ」
「ミクリちゃんの【硬直】でどうにかなるんじゃね?」
「もれなく、私達も固まるのに?」
相手は群れを作って移動する事が多い。
クリューだけでも動ければ何とかなるが、動けるのは現状ミクリ1人。それも、目先の物に惹かれれば、私達などすぐに忘れてドロンと消える。
屍が3体、出来上がる未来しか視えない。
「ソレな?」
「それが一番大事なんだよ」
クリューは笑いも出なかった。
「あ〜ぁ。クリューさんと依頼やりたかったのに」
ポールが頭の後ろに腕を組み、つまらなそうに呟いた。
「やりたかったのにって、私なんかと一緒にやっても、なんの役にも立たないだろう?」
「精神が鍛えられる」
ミクリといると、絶対に想定外の事しか起きないから、臨機応変な対応が必要になる。
よって、瞬時の判断力が鍛えられるとポールは踏んだ。
そして、なんだかんだとクリューは強いし、何より一緒にいて楽しいからだ。
「何言ってんだか」
クリューは呆れ笑いをしていた。
そんな褒め方をされても、何も響いてこない。
「あ、おばあちゃん」
呑気に話をしていたら、ミクリが何処かを見て声を上げた。
「「お婆ちゃん??」」
ミクリの視線の先を見たクリューとマクガイル。
さっきまで話をしていた"レイ"のお婆ちゃんかと思ってしまったのだ。
だが、そこにいたのは常連の近所の婆さんだった。
「おはようさん。ミクリちゃんや」
「おはよう。ばあちゃん」
最近では毎朝の様に会うから、顔見知りになっていた。
ミクリは人見知りをしないし、誰とでも気さくに話すから、今では仲良しの様だ。
「マリアちゃん。いつもの」
店員を見つけると、毎朝の定番メニューを頼み、ミクリの近くのテーブル席に座ったお婆さん。
「ばあちゃん」
ミクリはピョンと椅子から飛び降り、お婆さんの元へ向かう。
「なんだい?」
「このあいだ、キンタ○のニクをとってきたよ!!」
ーーブッ!
あの冷静なマクガイルが、水を吹き出した。
キンタ○の肉は、金糸鳥の肉の事なのだろうけど、金糸鳥の卵で金の卵、キンタ○だったのではないのかな。
ミクリの言葉のチョイスに、疑問を持つクリューなのだった。
「そうかい、そうかい。キン○マのニクかい。それはさぞかし美味しいんだろうねぇ」
ある意味、百戦錬磨の婆さんはヒャッハと、愉快そうに笑って返していた。慣れたものである。
「はごたえがあってオイシイ。ヨルにたべるから、ばあちゃんもたべにくるとイイ」
ミクリから、夕食のお誘いだ。
獲ったのは父のクリューなのだが、ミクリには関係ないらしい。まぁ、いいけど。
「ありがとよ、ミクリちゃん。そういや、父ちゃんのキン○マは見せて貰えたのかい?」
「ケチだから、みせてくれない」
「アハハ。じゃあ仕方がないねぇ」
婆さんはあっけらかんとして、笑っていた。
ケチとかケチじゃないとか、そういう事じゃないんだよ。話を広げないで欲しい。
「なら、あの若いお兄ちゃんに見せて貰うとイイ」
婆さんは、クリューの近くに座るポールを見てケラケラと笑った。
「え?」
突然のご指名に、ポールは目を丸くさせた。
クリューは頬を引き攣らせていた。
この婆さんは、ミクリに何を吹き込みやがりますかね?
「ポールもキン○マもってるの?」
「大抵の男なら持ってるよ」
「ほんとう!!」
何がそんなに嬉しいのか分からないが、ミクリの瞳はキラキラとしていた。
「ポールみせて!!」
うん。絶対に言うと思ったよ、ミクリさん。
ーーゲホッゴホッゴホッ!!
ポールは吹き出すどころか、咽せていた。
そりゃあ咽せるよね。
小さな子供に良い笑顔で、そんな所を見せろなんて言われたら。
「ミ、ミクリちゃん??」
アンナは聞き間違いかとクリューを咄嗟に見たが、クリューが遠い目をしていたので無言になったけど。
「シチューたべたでしょ? みせて!!」
「え!? ここでシチューを出す? え、卑怯じゃない?」
目の前で強請るミクリに、ポールはタジタジである。
しかも、ワイバーンのシチューの対価に見せろと言うのだ。どうしてイイのか分からない。
「おかわりもした」
「え? あ、う、うん? いや、なんていうか」
クリューに助けを求めるポール。
見せてと言われて、見せられるモノではないのだ。誤魔化せる様な答えを知りたい。
「ミクリ」
「なぁに?」
「キングスターメロンのジュースを頼んであげるから、その話は終わりにしようか?」
食堂の空気がソワソワしているし。
親〈クリュー〉のいない所で、そんな事を言われた日には犯罪臭しかしないからね。
勿論、ここにいる冒険者達は分別を弁えた大人だと、信じているよ?
「キングスターメロン!!」
「だから、その話はシィーね?」
クリューは人差し指を鼻に充てた。
内緒だよと、伝えるしか方法がない。
だって、ダメと言った所で、何でダメなのかを一から説明しなければならないからだ。子供の何では終わりが見えない。
「わかった?」
「うん」
ミクリが頷いたので、とりあえずホッと胸を撫で下ろしたのだがーー。
「キンタ○のはなしは、シィーする!!」
お願いした瞬間から、ミクリは大きな声で元気良く言ったのだ。
うん。ダメだ、コレ。
絶対に分かってないし。
ーー後日。
ミクリの身を案じたギルド所属の冒険者達の有志で、"ミクリ見守り隊"なるモノが結成されたのであった。




