懐古屋
友人がまた何かを拾ってきた。
「……カメラ?」
「うん」夕日の橙を映した髪に水滴を纏いながら彼女はそう答えた。
「海に沈んでたんです。もう使えないと思うけれど、取り敢えず店主にって思って」
「また持ち主不明の物が増えていく……いや、いいと思うけどさ」
部屋が更に散らかってしまうのでね、と彼女は苦笑して友人の手からカメラを受け取った。
友人の手は、冷たかった。
「みっちゃん」そそくさとまた出ていこうとする友人に向かって言葉を投げる。
「まだ見つかんねぇの?」
「はい」
友人は応える。
「だから、はやく、見つけなきゃ」
そう言ってまた外に出て行った。
◇◆◆
物としての存在理由を与えるための『懐古屋』だと店主は言うのだが、当の本人は隣と併合している喫茶店にかかりっきりで、実質懐古屋の店主は彼女のようなものである。
夜空をそのまま落とした藍色の髪と、海を閉じ込めた碧の瞳。
飾らない洋装の上から着流しを羽織り、丈の高いブーツで足音を立てて歩く様から『碧の御方』と呼ばれている。
自分の背丈程もある本棚で作られた通路を抜けた先にあるカウンター。一瞬だけ開けた視界も再び遮られてしまうほどに周囲は物で溢れていた。
片付けが苦手な部分もあるが、何処に何があるのかを全て把握出来ているので問題は無いだろう。
そうして彼女は、先程友人から受け取ったカメラを棚の中に仕舞った。
彼女の仕事はここまでだ。一度憑かれてからは長く触れないようにしている。どうも物に好かれる性質らしい。
ふわりと、目の前を小さな魚が泳いでいった。
『空を泳ぐ魚』との意でそのまま『空遊魚』と呼ばれている、観賞用に友人が連れてきた生き物だ。
海底で眠りについた魚たちの亡霊だとも言われている空遊魚は、いつも潮の香りに惹かれてやってくる。
「ごめんな、みっちゃん、まだ外だってさ」
桃色の鱗が照明の光を反射する。
空遊魚は暫く旋回したあと、再び気ままに泳ぎ始めた。
友人が何を餌に何をあげているのか、そもそも何を食べるのかも分からないので、ただ見ているだけにした。
机の引き出しから原稿用紙を取り出して、万年筆を手に取る。
他人の物語なんざ知ったことかと思うけれど、他人の生き方には興味がある。
だから、彼女は言葉を紡ぐのだ。
物語が持ち主の所へ還るまで。
空の茜が懐古屋を紅く染める。
桃色の魚が友人の帰りを待ちわびるように忙しなく泳いでいた。
終