おしまいがくる
ぼくが中学生だったころに、学校が取り壊されかけた話です。最近同窓会があったので書きました。どうぞよろしくお願いします。
「この学校、取り壊しになるんだってね」
世間話のように告げられたニュースで、しかしぼくは生まれて初めて絶叫した。書いてる今だから分かることだが、これは人生で最後の絶叫になる。
母校___北陵中学校のことは今でもよく覚えている。商店街の外れに立つ、ひどく小さな学校だった。
全校生徒は二十六人(二年生当時の人数である)、教員七名。冷静に考えれば、確かに廃校は免れない過疎具合だろう。
けれどあの時のぼくは、まだ赤子と変わらぬ十四歳だ。自らの世界に降りかかる危機など、考えもしない子供だった。
冷静になんかなれるものか。
いきなり地球が終わるみたいだ、なんて冷や汗すらかいた。
焦り、慌て、それで彼女の___ジョーの肩を思い切り掴む。これくらいで不快に思うやつじゃないし、思ったとしても構ってられない。なかなか出てこない言葉の代わりに、その細身を押して揺さぶった。
「な、それ、ど、どう」
「懺悔くんがこんなに驚いてるの、初めて見たけどハイパー面白いね」
「どういうこと!?」
「そのままだよ」
ジョーはいつもの無表情で、もう一度言い直す。イントネーションが変わらない、機械的繰り返し___それは、まあ当然なんだけど。
「取り壊しになるんだってね」
「だってね、じゃねえだろ!なんでぼくがこれだけ驚いた後に知ってるていでもう一回話すんだよ!知らねえよ!」
「だってさ」
「そうそうそう……」
いや、そうではないけれど。
しかしながら、不思議と落ち着いた。目の前にいるこいつが動じていないおかげだ。
一度、深呼吸。大丈夫、ぼくは大丈夫。学校もきっと大丈夫。だから、取り繕って聞こう。
「……ジョー。それって、いつ?五年後とか、十年後とか、それとも」
「来年に決まった。懺悔くん、わたしたちは北陵の三年生にはなれないんだ」
宣言通り、ここでぼくが叫ぶことはなかった。ただただ絶句し、空を仰ぎ、頭を抱えて___ええとそれで、どうしたんだっけ?
「古きよき、の風潮のせいじゃな」
ぼくの質問に答えた彼女、平腑木鐸は天才児だった。
そして三歳児だった。
……彼女がどうしてぼくと同じ二年一組で授業を受けていたのか、今となってはもう分からない。けれどまあ、彼女は勉学において北陵の誰よりも秀でていたために、ぼくたちはあまり不便もなく彼女を受け入れていた。
もっと変な人もいたし。
「この間デパート潰れたじゃろ」
「平腑さんが生まれる前だけどね」
「そうだったの。で、商店街建ったじゃろ。
これは言うなれば、考え方の逆行………という思想に基づいておってな」
平腑さんが「分かるか?」と問うので、ぼくたちは揃って顔を見合わせた。このぐらいの付き合いになると、もうお互いの知能レベルは把握済みだ___ぼくが分からないことが、こいつに分かるわけがない。
と、相手も思っている。それがぼくたちだ。
「分からんなら、例え話をしてやろうか。お前の爺さん婆さん、たまに「昔は良かった」とか抜かすじゃろ?」
「ぼくに爺婆はいないよ」
どころか、血縁すら妹ただ一人だ。仕方ないので平腑さんは「では居るとする」と強引にぼくの祖父母を産んだ。
「端的に言えば、その世代の力が強過ぎる。
戻りたい人間の数が多過ぎる。少子高齢化社会の限界じゃ。
戻りたい人間の財力が高過ぎる。何もかにもを受け取り過ぎじゃ。
だから、もう誰にも止められない。これから北陵は逆行する」
「逆行___」
「デパートは潰れる。商店街になる。
学校は潰れる。そして___」
「神社になる」
ジョーが、ぽつりと告げた。冷たくて鋭くて、まるで死刑宣告みたいだった。
「神社。神社と来たか。馬鹿っぽいの」
「本当に、本当の本当に神社になるのか?学生の教育をほっといて、本当に神社なんか建てるのか?ていうか、なんでここなんだ?」
「詳しくは知らないけれど、神社になるってのは間違いないよ。まあウチ、近々廃校予定だったらしいしね」
来年とまではいかなくても、と付け加える。それこそ五年だったのだろうか、十年だったのだろうか。
今更事実を突きつけられて、やり切れない気持ちだけが残る。憤りと寂しさと、やってくる別れへの不安。
そして___何よりの心残り。
贅沢は言わない。五年も十年もいらない。ただぼくにもしも、あとたった二年あれば。来年の三月さえ、迎えることが出来たなら___!
「原良さんと、桜の下で卒業出来た筈なのに……っ!」
「また言ってるよ。いっそここで諦められて良かったんじゃない?」
「お前にぱるは無理じゃ。普通に無理じゃ。高嶺の花というか、ありゃもう月みたいなもんぞ」
「うるせえうるせえ!良いんだよ卒業するだけで!ぼくが欲しいのは原良さんの顔写真載っかってる卒業アルバムなんだよ!」
「生理的に無理じゃ」
三歳児に酷い罵倒を受けた。
……結末を知っている身としては、この頃の自分があまりに哀れで愚かだ。古傷は開くだろうけど、しかし思いは思い出すべきか。話の腰を折ってでも、原良さんについても書き残しておこう。
原良ぱるはアイドルであった。
誰もを魅了する大きな瞳、整った顔立ち、艶のある唇、美しい黒髪。人気グループ、「クラウン」のセンターを張る、絶世の美人。
こんなド田舎生まれとは思えない、それこそ月みたいな人で。
それで___ぼくの初恋だった。
仕事上、あまり学校にはこなかったけれど。そういうどこか遠いところも含めて、ぼくは原良さんのファンなのだ。
それももう、なのだった、だけど。