ツインズ
どうしてこうなってしまったんだろう。
入学した時はあんなに優しくて一緒にお話したりノートを見せてもらったりしていたのに………。
隣の席の安藤ももとは高校入学の時に知り合った。
常見くるみは出身中学から一緒にこの学校に進学した生徒が居なかった。
『常見さん、全然喋らないね。』
3日目の休み時間、突然ももから話掛けられた。
『え?………あ、……私、知らない子ばかりで気後れしちゃって………。』
驚いたくるみは焦ってももに答えると、ももはにこりと笑った。
『じゃあ友だちになろ!』
ももはポニーテールにまとめた長い髪が揺れている可愛い娘だった。
『………良いの?』
『常見さんの横顔、とても素敵だから。正面からももっと見たいな。名前で呼んでも良いかな?くるみさん。』
『うん、宜しくお願いします。』
『私の事もももって呼んでね!』
それなのに、いつの頃からか、除け者にされ、邪魔者扱いをされる様になった。
たぶん他の友だちから常見さんとは付き合わない様にと言われたりしたのだろう。
話どころか、目を合わせる事すらもしなくなった。
くるみは次第にクラスで苛めを受ける様になる。
『助けて………。』
ももな直接苛めには加わる事は無かったが、見て見ぬふりをしている。
『………もうイヤだ。』
気が付いた時には屋上の端に立っていた。
『サヨナラ………。ももちゃんがひと言でも声を掛けてくれたらまだ頑張れると思ったけど、最後まで目を合わせてくれなかったね。』
くるみの短い生涯は終わりを告げた。
閻魔さまの審判を待つ長い列は、誰しも暗い表情で言葉ひとつ無い。
『次の者。』
くるみは門番から呼ばれ、何十メートルもありそうな大きな扉の中に入った。
奥にはやはり何十メートルもありそうな大きな閻魔大王がものすごい顔でくるみを睨み付けた。
『お前は自らの命を粗末に扱ったな?』
『はい。申し訳ございません。』
『………ったく、今日は何人目だ?』
呆れた顔で普通の人間と同じ背丈の事務官に尋ねる。
『今日は今の所日本だけで77名でございます。後14名が待っている様です。』
書類を見ながら事務官が答えた。
『いい加減、罰を与える者の事も考えよ!人手が足りんと言うのに。』
『はぁ………。』
そんな事私に言われても困るとくるみは思う。
確かに自殺した罪は償わなきゃいけないが、他人の事は知らない。
『大王さま、私情を挟まない様にお願いします。』
事務官が嗜める。
『そうは言うが、わしも3年前に第987代日本の閻魔職に就いてというもの毎日毎日自殺者ばかりでイヤ気が差しているのだ。わしとて死にたくなるわい。』
『とは言いますが、またお目こぼしをされると毎月悪魔大王さまに数字が合わないと私めがお仕置きを受けるのでございます。』
『うるさい!わしは若い女性には甘いのだ!』
閻魔と事務官が言い争いをする中で、くるみは一人取り残された。
『お前は今まで生きてきた世界に未練は無いのか?』
『あ………はい。私は学校での苛めに耐えられませんでしたが、唯一優しくしてくれた友だちの気持ちを聞く事が出来ずにこちらに来てしまいました。その友だちの気持ちを確かめたい想いはあります。』
『なるほど。ではお前の魂をその友だちの大切なものに憑依させてやろう。』
『大王さま!』
『書類はなんとか誤魔化せ!』
事務官の制止を振り切り、くるみの魂は大王によってももの傍に送られた。
気付くとくるみは見覚えのある風景に居た。
(ここってももちゃんの部屋?)
くるみは立ち上がろうとするが、手も足も全く動かす事が出来ない。
(なにこれ?)
以前何度か訪れたももの部屋には違いないが、なんとなく前より大きく見える。
かろうじて、前屈姿勢で座っているので自分の足が見えた。
(お人形……?ももちゃんの大切なものってお人形なの?)
憑依というより、自分の魂は人形に閉じ込められてしまった様だ。
(そういう事なのね。地獄で辛い苦役をする事を考えたらまだ良いのかな?でも身体を動かせないって退屈だな。)
身体も動かせず、ただ部屋に飾られているだけでこれからずっと過ごすと思うと少し憂うつだ。
(せめてももちゃんとお話したいなぁ。)
夕方になり、ももが部屋に帰ってきた。
ももは沈んだ表情で人形になったくるみを持ってベッドに仰向けになった。
(ちょっと、乱暴!)
暫くももは人形の顔を見て涙をこぼした。
『………くるみちゃん、ごめんなさい………。』
(ももちゃん………。)
『……私、くるみちゃんと一緒にいると私も苛められるのが怖かったの………。くるみちゃんひとりで苦しんでたんだよね。……分かってあげられなくてごめん………。』
今日はくるみの告別式が行なわれて、くるみが苛めを苦に自殺をしたと父親が語っていた。
くるみはももに抱きしめられた。
(く、苦しいよ!息が出来ない!)
人形だから最初から息はしていないが、くるみの魂はももの行為を自分が生きていた時の感覚で受け止めてしまう様だった。
ももがお風呂やごはんの時はまたひとりになるが、勉強の時は机の上に置かれた。
(ももちゃん、この人形の事本当に好きなんだね。これからも大切にしてくれると良いな。)
寝る時も枕元に置かれて一緒だった。
ももが眠りに付くと、辺りは深い闇に包まれた。
『ももちゃん、ももちゃん。』
くるみは人形の姿ではあったが、身体を動かせる事が出来、声も出た。
ここはももの夢の中の様だった。
『くるみちゃん?』
ももはくるみに気付いた。
『私の事、分かるの?』
『くるみちゃん?くるみちゃんなの?』
『私、ももちゃんの気持ちを知りたいと思ってももちゃんの人形になったみたいなの。』
『本当にごめんなさい!私、勇気が出せなくて。まさかこんな事になるなんて思わなかったから。』
『うん、そのひと言で充分。私ずっとこのお人形の中に居て良い?』
昼間は暇だけど夜になればこうしてお話が出来る気がした。
『このお人形もくるみちゃんって言うの。私も友だち少なかったから小さい時からお話相手だったの。だから隣の席にくるみちゃんが来て嬉しかったから是非友だちになろうと思ったのに………。』
ももが泣き出した。
『いつも傍に居るから大丈夫だよ。泣かないで。』
『………うん……。』
それから、ももはくるみの人形をずっと大切にした。
汚れやほつれがあれば直し、季節毎に洋服を縫って着せた。
そんなももも、就職をすると男性と付き合う様になる。
『くるみちゃん、真太郎くんって人なんだけどどう思うかな?』
会社の2年先輩らしい。
その晩、夢の中でくるみは祝福した。
『好い人みたいだね。おめでとう!』
『ありがとう。』
くるみは幸せそうなももを見て嬉しく思った。
ところが数週間たち、ももが寂しそうな顔をして帰ってきた。
『………別れちゃった………。』
(えっ、なんで?)
その晩、夢の中でくるみはももに聞いた。
『あの人ね、くるみちゃんの事を否定したの。二十歳過ぎて人形遊びなんてバカじゃないかだって。』
『そりゃそう言うよ。私なんかもう忘れて幸せになりなよ。』
くるみはずっと大切にされて満足だった。
『やだよ!私一生結婚出来なくても良い!くるみちゃんと一緒に居る!』
朝になり、くるみはももに何もしてあげられない自分を悔やんだ。
ももは目を覚ますと、くるみを抱きしめた。
(苦しいよ!)
『私、何があってもくるみちゃんを離さないから。』
くるみはももに捨てられたら行く場所は無い。
(私なんか地獄に堕ちる筈だったんだから気にしないで良いのに。)
そんな事があって、さらに数年たった。
『もう一生独身で通すよ。くるみちゃんと居れば寂しく無いから。』
30歳になって、恋人も作らずに人形に語りかけるももは近所の人からもアブない人にしか見えない。
『もう、いい加減誰かと一緒になっちゃいなよ!』
『もう手遅れだよ。』
そんなある日。
『くるみちゃん、取引先の松本さんから誘われたんだけど、今どき変わった人も居るんだね。』
(良かったね。)
その晩からくるみはももの夢には出て来なかった。
それでもももは毎日帰宅するとくるみに語りかける。
『くるみちゃん、今度松本さんと映画行くの。』
『くるみちゃん、松本さんってあんまりお酒強く無いみたい。無理しちゃってさ……。』
毎日の様に松本との話をするももだが、くるみは答えてくれない。
『ねぇくるみちゃん、最近なんで出てきてくれないの?もうこの中には居ないの?』
くるみはももが幸せになるためずっと人形のまま、ももの事を見守っていようと思った。
『くるみちゃん、怒ってるのかな?』
『誰だい?くるみって。』
デートの最中、ついももはくるみの事を相手の松本高明に口走ってしまった。
『あ……。ごめんなさい。』
『水くさいな。このところ上の空になる事が多いけど僕に言えない事なの?』
高明はももにはお互い隠し事はしない様にと言ったが、ももはくるみの事を話してはいない。
『だって、こんな歳だから嫌われたらイヤだから……。』
『バカだなぁ。どんな事だって僕は受け入れるって言ったろう?嫌ったりしないから、話して欲しいな。』
ももは高明に自殺した友人の魂が人形に入っていると話した。
『それは素晴らしい事だよ。僕はももさんと一緒にくるみさんの魂を大切にしたいと思う。』
高明は真面目にももの目を見て言った。
『本当に良いの?』
『うん。子どもが生まれても、ももさんもくるみさんも一緒だよ。』
『………ありがとう………。』
ももは高明の前で泣きながら感謝した。
ももは帰宅するとくるみに報告した。
『くるみちゃん聞いてる?松本さん、くるみちゃんも一緒に一生大切にしてくれるって!』
(良かったね、ももちゃん。)
高明とももの結婚式、披露宴では二人の間にウェディングドレスを着たくるみもテーブルの上で座っている。
(ありがとう。)
高明とももの間には二人の女の子が生まれたが、くるみはずっと家族に大事にされている。
『お願いがあるの。いつか、ママが死んだらこの人形も一緒に棺の中に入れて欲しいの。』
ももは娘たちに遺言を伝える。
(やだなぁ。最後の最後で燃やされるの、熱いだろうなぁ。ももちゃん、閻魔さまより怖いかも?)
『あの世に行く時は一緒だからね、くるみちゃん。』
それはまだまだ先の話だが、くるみはずっとももたちを見守って暮らしていた。
令和になったのでハッピーエンドな物語を書いてみました。