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令嬢戦記グランドリル

作者: 越波

「ねえ、セバス。私頑張ってるわよね?」


「はいお嬢様。お嬢様ほど勤勉で意欲的に政務に取り組んでいらっしゃる方はございません」


「ならもうゴールしていいかしら‥‥いいわよね。いいに決まってる。異論は認めないわ」


「ハッハッハッ、寝言は寝てほざいてください。就寝時間まで後4時間もございます。夜食をご用意致しますのでキリキリお仕事してください」


 セバスチャンというテンプレな名前からは想像もつかない金髪オールバックのチャラ男は白い歯を見せて爽やかにスマイルを決めると静かに退室した。きっと公言通り夜食を作るよう厨房に指示を出しに行ったのだろう。


 この夜更けに何の躊躇もなく栄養補給目的で食事を用意しようとする辺り、私の事が年頃の令嬢に見えてないのは確かだ。


 ‥‥よし、逃げるなら、今。


 私はそっと音を立てないように席を立つと、書棚に並べられた分厚い革の背表紙の本を押し込んだ。やがて書棚の奥から重い微かな振動が伝わり、少し離れた壁がスライドしてひんやりとした夜気が書斎に忍び込んでくる。


 この秘密の通路は代々の当主が緊急用の避難経路として仕立てた趣味満載のギミックだ。通路を伝って都市郊外まで逃げられる設計になっている。


「さて、春とは言え夜は冷えるし‥‥このぐらいでいいかしらね」


 避難用に備え付けられた実用一点張りの地味な革のポンチョを羽織り、視察に使う肩掛け鞄とランタンを手に隠し通路に足を踏み入れる。


 ランタンの灯りに照らされた隠し通路は、思った程汚れていない。清掃用のゴーレムがちゃんと機能しているのだろう。下水を這い回るような目に遭う覚悟もしていたので、これは本当に有り難い。


「まずは馬を調達して、街道沿いに西にでも行こうかしら。そう言えば新しく出来た宿場町に美味しいピザの店が出来たっていうし、ついでに寄って行こうかな」


 セバスの夜食から逃げた挙げ句にジャンクフードかよ、とは思うけど。たまには自分にご褒美をあげないとね。ここ数日は会食と議会以外は徹頭徹尾書斎に缶詰めだった。可及的速やかに自由を満喫しないと死んでしまう。


 思い立ったが吉日。私はランタン片手に隠し通路を駆け抜けた。






『虹色のコンツェルト』


 それが、私の転生する事になったゲームの世界だった。


 女性をターゲットにしたいわゆる王道ファンタジーアドベンチャーで、プレイヤーはヒロインを成長させながら出会う事になる魅力的な男性キャラクターと恋を育くみ、様々なストーリーを楽しむ事が出来る‥‥らしい。


 らしい、と言うのは私がそのゲームをサッパリ知らなくて、人伝に聞いた曖昧な情報だからだ。


 異世界転生ってシチュエーションはコミックやラノベでもたまに読んでいたので何となく想像がついた。でも、当てはまるゲームがあるとは知らず私はごく普通に幼少期をこの世界で過ごしていた。


 異変に気付いたのは王立の貴族子女学院に進学してからしばらくしての事だった。


 我が物顔で学院を権力で支配しようとする令嬢が現れ、その頃生徒会役員として真面目に勤めていた私は在学期間の大半を費やして対策に追われたのだ。


 ‥‥あれは大変だった。話は通じないし妙に肩入れするシンパはいるしで、無力化しつつ親元の貴族と落とし所を調整するのが何より胃に辛かった。何で年端も行かない少女が現役バリバリの王宮勤めのエリート貴族とネゴシエートしなくちゃならんのだ。


 とは言え、努力の甲斐あって問題の令嬢は自主的に謹慎。形だけは卒業したという体裁は取り繕いながら、周りも何もなかった事にして円満に学院生活を全うできた。


 私も当時の功績が認められて問題令嬢の父親が辣腕を振るう宮庁に推薦を受けられた。今思えば西洋中世風の封建社会でエリート官僚コースに女性が進むとか、女性向けゲーム世界ならではの世界観なんだろうけど。


 それからしばらくして、私は在学中の騒動について謝罪に訪れたボスの娘――問題令嬢からこの世界がゲーム世界である、という話を聴いたのだった。






 それから数年。私は国内を飛び回って問題令嬢()の起こすトラブルと格闘し続けている。


 そう。


 問題令嬢(転生者)は、彼女だけではなかった。


 その数、100人。


 前代未聞の転生神による発注伝票ミスである。


 神様‥‥バイトかよ。






 そんな訳で、『虹のコンツェルト』をゲームだと知る女性が100人、同時接続で好き勝手にヒロインプレイしているのが今のこの国の実状だったりする。


 悪役令嬢プレイに走る者あり、モブプレイと称しながらシンデレラストーリーを虎視眈々と狙う者あり。


 一人しかいない王太子を巡っての東西二大公爵令嬢と平民出身の王道成り上がり令嬢の争いはここ数年苛烈さを増し、人気の吟遊詩人キャラや若手騎士ホープの取り巻きと化した令嬢グループも王都を賑わしている。


 正に今、この国は問題令嬢達の群雄割拠。異世界知識チートも100人もいれば独占技術にはならず泥沼の脚の引っ張り合いにもつれ込み、有力商会や後援貴族も数が有限なのだから奪い合いだ。


 金と知恵に策謀が乱れ飛び、人々は誰につけば良いのか、誰につけば巻き込まれないのか。戦々恐々としながら嵐が過ぎ去るのを待つしかなかったのである。


 そんな中、この世界をゲームとして捉えず、平穏に国家を運営する事に主軸を置いて活動する“風紀委員会“が設立された。


 提案者は私のボス――問題令嬢の父親貴族。必然的に私も混乱の真っ只中に引きずり込まれた。






 真新しい宿場町のトラットリア。まだ木の香りが強く漂う店内に入り、空いた席に腰掛ける。エスコートもなく、と叱責されそうな振る舞いだけど、大衆向けの店だし他の客も気にしていない。


「ご注文は」


「赤と、前菜盛り合わせ(アンティパスト)。それに何かお勧めのピザを」


「そうですね‥‥今日はいいトマトが入ってますし、マルゲリータなんてどうでしょう?」


「じゃあ、それで」


 宿場町にしては小洒落たウェイターにワインとピザを頼む。やがて先にワインと前菜の皿が運ばれ、私は数時間ぶりの食事を口にした。


 まずはバケットにレバーペーストを塗ったもの。新鮮なレバーを使っているのか、嫌な臭みはなくねっとりと濃厚な旨味を強く楽しめる。カリカリに焼いたバケットの香ばしい小麦の香りと相まって、ついつい手が進んでしまう。


 マリネはイワシだろうか。癖のあるレバーペーストから風味が一気に変わってこちらも口が楽しい。魚を食べるのも久し振りだ。


 ここでワインを一口。生まれ変わる前の私はアルコールと言えば手軽なサワーやカクテルが多かったが、食育のせいか体質のせいか、ワインも美味しく楽しめるようになっている。国民にとっては水の次に身近な飲み物だろう。


 次はキッシュかソーセージか‥‥と悩んでいる所で向かいの席に座る人影があった。


「すまない、相席よろしいかな」


 大衆向けの店なのでこういう事もある。笑顔で了承しようとして、表情が固まった。


 彫りの深い造作に整えられたライトブラウンの顎髭と、見つめられると落ち着かなくなるアイスブルーの怜悧な瞳。慣れないと鼻につくパイプの香り。


「‥‥美味そうだな。俺ももらうか」


 落ち着いたお腹に響くバリトン。ツイードのダブルのジャケット。ポケットチーフに覗く大鷲の紋章。


『‥‥こんばんは、アルドノート侯爵(ボ   ス)


「ああ、こんばんはステラ嬢。奇遇な事もあるものだ。こんな夜更けに供もない君を見かけるとは」


 嘘付け~‥‥。絶対これセバスチャンの仕業だろー。


 当主秘伝の隠し通路も把握してるとか、あのチャラ男から逃げ切れるヴィジョンが浮かばないわ‥‥。






「‥‥では、丁重にお送りするようにな」


 神妙な表情で俯いたまま馬車に乗ったステラ嬢を見送り、初老の男――バーンズ・アルドノート侯爵はパイプをくゆらせた。


 揃いの紅色の制服に身を包んだ衛兵が馬車に騎馬で併走する中、古馴染みの衛兵隊長が辞去の挨拶に侯爵の前に進み出る。


「それでは、我々はこれにて‥‥しかし、少しばかり大袈裟だったようにも感じますが」


 令嬢の送迎にしては過剰過ぎる、と言いたげな様子の衛兵隊長に、侯爵は薄い笑みを返す。


「そう見えるか。独楽比べ(ドリルランブル)撃墜王(エース)、“明星“のステラだとしても?」


 衛兵隊長が絶句する。それは、今王都で取り沙汰されている最大のゴシップのスターの名前だった。


 問題令嬢(転生者)達の起こす騒動は凄まじい。被害も多いがそれに匹敵する程の利益も出ており、巻き込まれさえしなければ観賞するのにこれほど白熱する娯楽はない。


 街角やクラブハウス、婦人のお茶会などあらゆる場所で賭けが行われ、遂には風紀委員会が腰を上げて胴元をやらなければ賭博のトラブルで国が成り立たなくなる程の乱痴気騒ぎ。


 問題令嬢達の身体的特徴――大小いずれかの巻き髪(ドリル)を独楽に見立て、誰が勝つのか。どんな闘いになるのか。誰もが息を呑んで見守っている。


 その中でも戦績がトップに位置する対戦カードは注目度も一際高く、動くチップの額も期待も桁外れになる。


 “明星“のステラ。連戦連勝、勝利しても無駄な騒ぎを嫌い、ただ王都の平和と治安の維持に心を砕くという風紀委員会の伝家の宝刀。人気抜群の正義のヒロインの一人。


 だがそれだけに恨む者が多いのも事実だ。ひとりで深夜の裏路地など歩けば、襲ってくれと言うものだろう。


「‥‥それなら、納得です。彼女が万が一破れるとしたら、それは“独楽較べ(ドリルランブル)“のトップカードであるべきです」


「そうだな。その時は世紀のカードを用意して盛大にやるさ‥‥今はまだ、その時じゃない」


 そう言ってアルドノート侯爵は風紀委員会を示す腕章を懐から取り出した。ステラ嬢がしているものと揃いの物だ。


 治安を担う職責を示す真紅と白の帯の上に、金糸で縁取られた星形の刺繍が5つ。銀糸で縁取られた少し小さめの星形の刺繍が8つ。


 それは、“明星“ステラが絶対的な人気を誇る証。


 過去58戦、全勝無敗であるという現在進行形の伝説の記録だ。


 いつか、100人いるという他の99人の令嬢を下したその時。アルドノート侯爵はどんな星を意匠しようか楽しみにしている。


 その時は腕章ではなく、陛下に奏上して勲章として彼女の胸に堂々と飾られる事を夢見ながら。






 やがて王都には神の御告げがあった。


 巷を騒がせる“巻き髪(ドリル)“あり。しかしこれを全て下した最優の“巻き髪(ドリル)“が現れた暁には全ての“巻き髪(ドリル)“を従える神の恩寵を授ける。


 これを――“グランドリル”と称する、と。






 今、“グランドリル”の座を賭けた大陸最高の乱痴気騒ぎが始まろうとしていた。


 各令嬢の特色と華やかさもあり、後の世の人はこの一連の騒動をこう名付けたと言う。


 『虹色の協奏曲(コンツェルト)』ならぬ、『万華鏡狂想曲カレイドカプリッツォ』と。


 “グランドリル”の栄冠がどの巻き髪(ドリル)を選ぶのか――物語はこれから始まる。

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