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風に運ばれた雲 その壱

書き足りないので続きを。この先は不定期更新になります。

 まだ明けの明星が残る静かな朝に、ひとり目的もなく私邸を散歩しているのは王家一族の宮宅のパラムだ。現王の弟である彼の父は王位継承権第三位の位を持つ。

 そんな由緒ある家系でありながら侍従も従えずふらふらと歩くのは幼いころからの習慣になっている。

 大勢の者に傅かれて何の不自由もなく生きてきたパラムには一人になれる時間はとても貴重だ。時折こうして抜け出しては人目を気にせずに素のままで振舞える気楽さを存分に味わっている。


 王宮での生活が幸せであるとは思いませんと言った蒼穹の言葉はおそらく正しい。

 この国で最も尊い王が住まう宮殿は古臭い掟に縛られ窮屈な日常を強いられる。血生臭い悪魔が巣食い、少しでも隙を見せたら足元を掬おうと機会を窺っているような所だ。ひと時も心休まる時はなく常に毅然とした態度を取らねばならない。

 本当の敵は結界の外ではなく内側に潜んでいる。

 誰を信じていいのか疑心暗鬼に囚われてしまえば身動きは一切出来なくなる。

 パラムが最も信頼を寄せているのは護衛のクルムであるが、だからといって彼がパラムを裏切らないという保証は何処にもない。侍従関係がもたらす忠誠心は疑いようもないが、彼の本心は見えない。

 パラムが今の王政に歯向かうことになればクルムはパラムに剣を向けるだろうか。それとも許されないと知りながら死ぬまでパラムに付き従うだろうか。幼いころから共に過ごしてきたクルムを失うことは耐え難い悲しみを背負うことだとパラムは別れを思うと恐くなる。


 クルムはパラムによって生かされている。

 パラムなしには今のクルムは存在しないと言っても言い過ぎではない。

 それはパラムが誕生した幼い日にさかのぼる。


 パラムが産声を上げたその日にクルムは私邸の門前に捨てられていた。生まれて間もないその赤ん坊は産着を着せられて荷物を運ぶ籠の中に眠っていた。産声を上げるパラムに呼ばれたかのように目を覚ました赤ん坊はパラムに負けずに大きな声を上げて泣き出したという。泣かぬまま夜を過ごせば凍死していてもおかしくない凍えた日のことだった。

 役所に届け出て縁は切れるはずが、男子の誕生を喜んだ父親が邸に留めてそのまま成長を見届けることにしたのだ。今もクルムの素性は知れず、名乗り出るものもなく、パラムの護衛としてこの邸に暮らしている。

 外の世界と一切繋がらないのはパラムと同じだが、クルムは家族もいない天涯孤独の身だ。

 自分の身は自分で守らねば誰も助けてくれる者はいない。

 世の中の理を学び、武術の腕を磨いて、誰よりも努力を重ねて必死に生きる場所を守ろうとしている。

 クルムの勤勉さをなんと説明すればいいのかパラムにも上手い答えが見つけられない。  

 拾ってもらった恩なのか、生まれ持った性分なのか、寡黙なクルムの本音は見えない。


 父親が正式に長兄を後継者に任命したことでパラムは骨肉の争いから解放されてほっとしたところだ。家督に興味はなく昔から兄が家を継ぐべきだと考えていた。

 男子の誕生は後継者争いの火種となり権力に憑りつかれた毒虫が蠢く。幸いなことに妾腹に男子の子は生まれずに、いずれも妹ばかりが生まれたので無駄な血は流さずに済んだ。

 これからも兄を支えてこの家を守っていくつもりだ。


 市井で自由に生きる蒼穹は身分の垣根を越えて突然パラムの懐に飛び込んできた。

 巫女として生きるのではなくこの国の民として生きたいと言った。

 卑しい身分であるがための不当な扱いや蔑みを甘んじて受け入れる心構えは出来ているから心配はいらないと言う。


「この不平等な世の中を変えて下さるのは王様だと聞きました。民のない王様など存在しないのですよね。民は王様のために尽くし、王様もまた民のために尽くす。わたしはこれから世の中が良くなると信じています。だから、賤民のままで良いのです殿下」

 正論を謳われては返す言葉もない。

 権力に憑りつかれた重臣たちの詭弁を聞くよりずっと耳の痛い言葉だ。

 あの偽巫女に聞かせてやりたいくらいだ。

 巫女なら巫女らしく大人しく神殿に籠って祈りを捧げていればいいものをパラムの執務室に訪れてはつまらない話をしてご機嫌を伺う毎日だ。

 面の皮の厚さだけは抜きん出ているがそれ以外に褒める要素はひとつもない。あの女と一緒になれば命も縮まりそうだ。得になるなら火の中にも自ら飛び込んでいくような女だ。従兄である第二皇太子の正妃候補などとんでもない話だ。それだけは何としても阻止したいと考えている。

 そんな偽物を王宮に置いてやってほしいとパラムは蒼穹に頼まれた。

 あれはきっと野放しにすれば何か仕出かす。腫物がどんどん膨らんで破裂すれば世の中が汚染されて疫病のように広がっていくだろう。

 遠い未来を見据えれば手元に置いて見張る方が得策なのかも知れない。悪巧みを考える輩は同じ臭いを嗅ぎつけて捨て駒を増やしていくものだ。

 全く厄介な拾い物を見つけてしまったものだ。けれど今更知らぬ振りも出来ない。

 もしかしたら、毒にしかならない女をこの王宮に閉じ込めてしっかり管理しておけと蒼穹は言いたかったのかもしれない。


「否、そこまで賢いわけでもあるまいな。あの野良犬が、まさかな」

 今日も暑くなりそうだ。

 東の空が白み始め、パラムは来た道を振り返りながらくしゃみをひとつ零した。


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