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 天から舞い降りてきたのは神に愛されし幸いの天女だろうか。

 月も霞む程の眩い姿に引き付けられ誰もがその瞳に映ることを望む。

 彼女の言葉は風に乗って詩になり遥か彼方を旅する流浪人にも届けられる。

 鶯のような鳴き声で神名を紡ぎ、穢れのない澄んだ瞳で誰にも平等に手を差し伸べる神の申し子。

 そんな少女をこの国の民は敬意を込めて巫女様と呼ぶ。

 

 巫女は力さえ持っていればどんなに卑しい人であっても巫女だというのに、一体何時から巫女様は清廉潔白な者だと思われるようになったのか。

 

 


 


 ユクの世話を焼くのはなかなかに刺激的だ。

 新巫女の宣誓を待つ間も鏡から目を逸らすことはなく外見の手入れに抜かりはない。

 口角を上げては下げてを繰り返し強張った顔の筋肉も解しておく。

 はったりは得意中の得意だから宣誓書を暗記する気は更々なさそうだ。

 己を魅せる術に長けているユクには表舞台に立つ事は苦痛どころか快感に感じるらしい。この日の為に用意した衣装も、煌びやかな宝石もユクの自信に満ちた姿の前ではただの飾り物でしかない。

 蒼穹が聞いたところによると、結界が安定して歪みが消えた途端に私が神に祈りを捧げて願いを聞き入れてもらったと、ユクは言い切ったらしい。そんなユクを蒼穹はあっぱれと称した。

 伝説の名だたる悪女たちも真っ青の大物ぶりだ。

 陰謀を企み世の中を混乱に貶める悪行を働けばパラムも黙っていまいがこれしきの悪さなら見逃してくれるに違いない。

 もしかしたら本当にその通りかも知れないのだ。

 実際に力を使ったのは蒼穹だが、この力だって神が与えたものだ。

 神が国を憂いた王やパラムを哀れに思い、底意地の悪いユクでさえも祈りを捧げる姿を見て、まあしょうがないから助けてやるかと重い腰を上げたのかもしれない。

 そう考えるとユクの言うこともあながち嘘とは言えない。

 

 やっていることは小さな子どもの自分を正当化する嘘と何ら変わらないが、それを国王の前で堂々と宣言するあたりがユクの恐ろしいところだ。


 ユクがわがままを発動してどうにも理不尽な振る舞いを見せれば蒼穹は力を行使するつもりだ。それまでは巫女付きの女官の勤めを果たさなければならない。香をくゆらせろ、茶を用意しろ、扇子を仰げと世話をする仕事は尽きない。満足を知らない底なしの欲求はユクの不幸を物語っているようで、蒼穹はいっそ哀れに思うのだった。


 やがて時が来て、神殿の女官がユクの腕をとり王様たちが待つ大広間へ導いていく。

 石畳には赤い絨毯が敷かれ新巫女の登場を大勢が今かと待ちわびているところだ。

 ユクがゆっくりとその絨毯の上を歩けば、両脇に控える人々が一様に頭を垂れる。まるで神が天から降臨してきたかのような張り詰めた場内に巫女の鮮烈な言葉が木霊する。


「神に怯える日々は過ぎ去ったのです。安心なさい。私が神に代わってこの国の民を幸福に導きましょう」


「有難きお言葉。巫女様万歳」

「巫女様万歳」

「巫女様万歳」


 賤民である蒼穹を忌み嫌って差別的に罵った女と思えない宣言だ。彼女の言う幸福が民の望む幸せと一致しているか甚だ怪しい限りだ。 

 神さえも冒涜するような内容に蒼穹は頭を抱えたくなる。けれど彼女の暴走はこれだけでは止まらない。


「私は誓います。私の全てをこの国に捧げ力を尽くして務めます。---テヤン王子と共に」

 

(あーあ、言っちゃったよこの巫女さん)


「おおっ!」

 一斉にどよめきが走る。

 王族方の名を呼ぶことは一般的には無礼に値する。余程親しい間柄でない限り人前で名を呼ぶことはない。

 この場で名を呼ぶことは二人の間がそれ程近しいことを意味する。

 二人の間はそれくらい距離が縮まり同じ目的のために協力できる間柄だと言いたいのだろう。

 ユクの意図が見えて蒼穹はちらりとパラムを見やった。


 憮然としたパラムの瞳は巫女ではなく何故か蒼穹に向けられ蒼穹は責められているように感じる。


(どうして私なの。悪いのはあの娘でしょう)

 

 こうして新巫女のお披露目会は終了した。


 とりあえず結界は安定しているのだから重要な巫女の仕事はさしてないはずだ。宮殿に籠って朝から晩まで神に祈っているだけで朝昼夜と豪勢な食事を食べられる。後は皇太子とふたりでよくお互いを理解しあって絆を深めていけば何となく夫婦の真似事は出来るだろう。

 どうせ相手は皇太子なのだから第二、第三の妃を娶るだろう。愛情を求めるならそちらに注げばいい。跡取りの男子さえユクに譲ってやれば彼女が他の妃について文句を言うことはないだろう。正妃とはむやみに夫の愛情を独占したがる下品な夫人ではいけない。冷静を保ち、夫の甲斐性で娶った女性達を束ねる貴婦人でなければならないのだ。夫が情けを掛けたそれらの女たちに、誰が一番であるかを思い知らせることが唯一の慰みになる。意地悪く妾妃を見下すユクの姿が目に浮かんで蒼穹は身を震わせた。


「これで万事解決じゃない」


「何が万事解決だ。お前は側に居ながら何をしていたのだ」


「殿下、何か問題ですか」


「好きに言わせてほったらかしか。あの偽巫女と従兄殿が力を合わせるだと? 笑わせてくれるな。有り得ん」


「まあまあそう言わずに、殿下ももう少し心を開いて巫女様に接してみては如何でしょう」


「うるさい!」


「うるさいとはなんです。せっかくこうして出向いたのに叱られるなんて心外です」


「お前は他人ごとだと思って」


「でも歴代の巫女様は皆さん王族の方に嫁いでますよね」

 

「それは、妃に相応しい人格を備え立派に役目を果たしたから夫婦になったのだ」


「そうなんですか。巫女様もなかなかご立派でしたよ」


「驕れる者は久しからずと言う言葉がある。己の立場に胡坐をかいて威張っていれば何れはその地位から引き摺り下ろされるだろう。お前にはあれが立派に見えたのか」


「それはもう堂々としていて立派でした。私だったら足がすくんで一言も言葉が出ませんよ」


「そうか。お前なら捨て犬のように怯えて震えているだけだと言うのだな。ではワンと鳴いてみろ」


「は?」


「お前の願いを聞いてやったのだから私の願いも聞くべきだろう。さあ鳴け。お前の遠吠えを聞かせろ」


「本気で言ってます?」


「私が冗談など言うわけがないだろう。早く鳴け」


「…………ゎん」


「はははっ。今日からお前の主はこの私だ。私が呼んだら直ぐに駆け付けるのだぞ」

 完全にパラムに遊ばれている蒼穹は恨めしくパラムを見上げた。

 これからこうした行事が行われるたびに呼び出され、ユクの子守に付き合わされそうだ。

 パラムは双方の利害が釣り合うように妥協したつもりだろうが、これでは蒼穹の歩が悪い。

 パラムにまんまと嵌められたようで蒼穹はおもしろくないが、いたずらが成功した子供のように笑うパラムを見ると少しだけ近づけた気持ちになる。王族の子も蒼穹と同じ感情を持った人であると安心したくなる。


「見ろ。空が澄み渡っている。結界が安定している証拠だ。これからもよろしく頼むぞ蒼穹よ」


「はい、殿下」


 空は眼前に広がり悠然と青い色を映し出す。

 雲が気ままな風に乗って大空を泳いでいくところだ。


 あの雲は何処へ行こうとしているのだろう。


 答えを知るものは誰一人としていない。


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