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 政務の手を休め一息つくとパラムは蒼穹の事を考えた。

 表だって力を持つことを人に知られたくないと申し出た巫女など今まで一人もいないが、蒼穹の言い分は尤もで、賤民の生まれながら賢く聡い娘だと感心するばかりだ。

 目の前に飴をぶら下げてもおいそれと引っ掛かる相手ではなさそうで、どうすれば蒼穹が思い通りに働いてくれるか今も思案の最中だ。

 貧しいながらも楽しみを見つけて、自分らしく逞しく暮らす知恵が蒼穹にはある。上ばかりを見て足元に転がる石ころに躓くような愚か者ではない。殺伐とした世の中で己の卑しい欲や妬みに負けない信念を持つことは容易い事ではないにも関わらず、困っている人の力になり、徳を積むことで自らの欲を捨て去る術をあの幼さの残る娘は知っている。


 それに比べてあの偽巫女はどうだろう。

 見掛けだけは見事な芸術作品の様だが自分の欲に忠実で欲しいものは全て手に入れないと気が済まないときている。

 自分が王宮にいる意味などまるでわかっていないのだ。

 確かに人を引き付ける力はあるようだ。

 近付けば利用されて骨の髄までしゃぶられるとも知らずに巫女に魅せられた馬鹿どもは虜になってしまう。

 蒼穹の言うように暫くは様子を見る以外に解決方法はなさそうだ。


「それにしてもあの偽巫女を利用しようとは大した娘だ」


「まるで陰と陽のように真逆の二人ですね」


「そうだな。姿を違えて生まれてきたようにも思えるな」


「しかしながらあの娘の正体が分かれば良からぬ輩が動き出すのは間違いありません。ユクという女が表に立つ必要があるでしょう」


「このことは暫く伏せておこう。私とクルム二人だけの秘密だ。よいな」


「はい、殿下」

 結界を修復して蒼穹は揚々と帰って行った。

 誰も出来ない特別な事を易々とやってのけ呆れるほど平然としていた。

 パラムには国の一大事と騒ぎ立てる宮廷内の全ての者を皮肉っているようにも見えた。


 確かに結界が張られてからのこの国の警備体制はずさんだと言える。

 結界に頼りっぱなしで有事の際の指揮命令も統制がとれていない状態だ。

 中には平和ボケと声を荒げる武官もいる。

 ただ軍事に予算を掛けず、医療や農地の開拓などに充てる政策は民に直接還元される民意に沿った政策だ。

 合わせ絵の様に官民一体となって正しい国を築いていく為に何を優先すべきか日々議論を重ねている。理想と現実の溝はなかなか埋めるのは難しいものだ。


 国の一大事を救った手柄をユクに譲って素知らぬ振りをして今まで通り暮らすことが蒼穹の望みだ。

 願いを叶えるのに何の意義もないが、余りにも些細な願いでパラムは何かしてやらねばならないと焦りが募る。

 事情を未だ知らぬ王をはじめ王宮の重臣たちは結界の安定を機会に新巫女のお披露目を目的とした宴を計画中だ。パラムはうんざりだが、王族として欠席する訳にも行かず宴の準備に追われている。

 

 宴の席でユクが本性を表しては大変だと蒼穹を呼び出して備えも万端だ。

 

 蒼穹は以前も利用した秘密の裏門から通され、クルムが用意した王宮で働く女官の衣装に着替えた。


「これが女官様の衣ですか。肌触りが良くて滑らかですね」


「今日は普段にも増して大勢の者が出入りするので怪しまれることはないと思うが十分に用心するのだぞ。私は殿下のお側を離れられないから気を緩ませないようにせよ」


「はい侍従様。私は巫女様のお側についていれば良いのですね」


「そうだ。あれが良からぬ行動に出ないようにしっかり見張ってくれ」


「お任せください」

 女官の衣装に袖を通せば気分はすっかりその通りで、蒼穹はうきうきと自分の姿を見つめる。栄養も足りず、身体は貧弱だがこうしてみると似合わないこともないではないか。綺麗に着飾ればあのユクにも負けていない気になってくる。


「お前も着飾ればそれなりに見えるのだな」


「失礼ですね。侍従様はこれまでお綺麗なお嬢さましか目に入らなかったのでしょう。賤民の女でも着飾れば負けてませんよ」


「別に馬鹿にしているわけではない。すまなかった」

 蒼穹にとってもクルムは気の置けない特別な存在だ。

 パラムは王子然としていて近付きがたい雰囲気だがクルムには親しみを感じる。

 男のくせに二重の大きな瞳は黒目が多く子供の眼のようだ。薄い唇の口角は微笑んでいるようにやや上がり気味で卵型の輪郭にきりりとした顎の丸みは人の好さそうな印象を受ける。

 主に忠実で黙々と仕事に打ち込む姿は身分を超えて誠実さを伝えてくれる。

 貧乏症の蒼穹にはクルムの仕事ぶりがお手本の様に映って見える。怠けて自分の力を発揮しない毎日の方がよっぽど疲れる。生き方が似ているのだと蒼穹は勝手に思っている。


 蒼穹が久しぶりに見たユクは以前にも増して邪な気を発していた。

 毒に当てられた草花のように周りの女官たちの精気は萎れている。

 彼女の思うままに操られる魂の抜けた人形はユクの機嫌を損なわないように訓練され諫める者は一人もいない。彼女が白と言えばそれはどんな色でも白なのだ。

 ユクが巫女になって以来神殿の女官は気に入らないと直ぐに部署を替えられた。そのために人は入れ替わり立ち代わり、長年勤めた者でさえ、顔と名前を覚える前に神殿を去っていった女官も少なくない。

 そんな事情もあって今日初めて見る蒼穹の姿を怪しむ者は誰もいなかった。今日という日を待ちわびていたユクも興奮を抑えられず、蒼穹に気を取られることはないようだ。

 すべてが今日という日のために作られてきた。

 新しい時代の始まりなのだと誰もが期待に胸を膨らませていた。


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