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 蒼穹の左手に宿る癒しの力はその役目を終えて今は放出を止めている。

 力は蒼穹の内に閉じられ次の出番まで蓄えられる。 

 この力の存在を知られてはいけないと用心を重ねてきたが、とうとう人に知られる事態に陥てしまった。誤魔化しが効く相手なら大芝居を打ってみるのも手だろうが、パラムはどうだろうか。さて困ったと思案してみるが、まずは商売を優先だと蒼穹は口を開いた。


「若様お待ちしておりました。ご注文の品は出来上がっております。お手に取ってご確認下さい」


「なかなかの出来栄えだ。そなたの母の腕前は確かなようだ」


「気に入って頂けて何よりです。ありがとうございます」

 蒼穹はお代をお供の者から受け取ると、これでもう用はないと言わんばかりに深々とお辞儀をした。

 顔を上げた時にここから消えていることを願ったが、そうは問屋が卸さなかった。


「次は私の質問に答える番だ。そなたは今あの子どもに何をした」


「賤民の間で流行しているおまじないですよ。痛いの痛いの飛んでいけーって、子供騙しのインチキですよ」


「嘘を申すな。あれは神力だ。本当に痛みを取ってやったのだろう」


「とんでもない。ご覧の通りの物売りです。この私にそんな力がある訳がございません」


「うむ」

 一言唸るとパラムはクルムの剣を抜いて蒼穹の前に突き出した。突然のことに驚いた蒼穹は、ひゅっと喉の奥に浅く息を吸い込んで呼吸を止めた。


「わっ若様、落ち着いてください。何の御冗談ですか」

 手入れの行き届いた切っ先がきらりと光って蒼穹の喉元を狙っている。馬鹿にされたと思ったのか、怒りが収まらない様子のパラムに蒼穹は慌てふためく。

 騒ぎになる前に何とか事を治めないと役人まで現れたら大ごとだ。

 その時、お付きのクルムが切っ先に無骨な手を差し出し、スッと指先を滑らせた。

 途端にその指先から赤い鮮血が滴り落ちる。

 血は止まることを知らぬようにぽたぽたと地面に落ちていく。


「何をなさるのです!」


「これは大変だ。失血で倒れる前に早く手当てをしてやれ」


「なんて無茶な事を!---」

 蒼穹はクルムの手を強く握り、血の流れる指先を左手で押さえた。言葉は乱暴でもクルムの手に伝わるのは傷を負ったクルムへの労わりの思いだ。

 痛む指先から何かが流れ込んでくる感覚をクルムは感じていた。蒼穹が言っていた誤魔化しのおまじないなどではない。温かく心地の良い感触は、戦いに疲れた体を慰める女人の滑らかな柔肌に似ている。

 気が付けば血は止まり、痛みも消えてなくなっていた。


「これ程とは。---見事だ」


「一体どういうおつもりですか。用が済んだらさっさとお帰り下さい」


「そうはいかぬ。この事を周りの者に知られたくなければ大人しく私に付いてまいれ」

 いつの世も脅し文句は変わらない。数か月前の出来事が思い出される。

 弱みに付け込まれ、痛いところを揺さぶってくるパラムにぐうの音も出ない。

 今回ばかりは蒼穹の負けだ。

 真実はいつかは暴かれるものだ。

 どんなに隠したい事実でも本当の事を知っている自分に嘘は通用しない。

 パラムが王族の血筋で、秀でた神力を持ち、観相師も一目置くような人を見抜く力が備わっている事を蒼穹は知らない。

 クルムの手はずっと剣の鍔に掛けられたままで、逃げ出せば直ぐにでも剣を向ける算段だろう。

 自分の為に力を使うことがなかった蒼穹はどの程度の傷までなら手当てが可能なのか試したことがない。剣で深手を負えば流石に回復には時間が必要だろう。


(切られたら痛いだろうな。痛いの苦手なんだけどな)


 蒼穹は想像も逞しく、肝を冷やしながら歩き続けていた。

 身分制度が厳しく布かれているこの国で、身分が上の彼に逆らうことは許されない。

 この先を進んでも続くのは山道ばかりで褒美に料理を御馳走してくれるわけでもなさそうだ。力が必要な重病人が行き倒れている可能性もゼロではないが慌てる様子もない。ただ不思議とふたりから殺気を感じなかったことがせめてもの救いだ。


 たどり着いたのは行き止まりの森の入り口だった。

 蒼穹はここへ来るのは初めてだが、好んで来たい場所ではなかった。

 森の中が騒めいているようで何事か嫌な気配を感じる。


「そなた、ここに立って何か感じるか」


「あまり良い場所ではありませんね。落ちつきません」


「そうか、やはりそなたにも神の加護が付いているのだな」


「どうしてそれを」


「そなたが巫女の選定に出向いた時衝立の奥で話を聞いたのはこの私だ」


「それではあなた様は」

 蒼穹の問いに答えたのは護衛のクルムだった。


「王族直系の宮家にあらせられるパラム殿下だ」


「宮家の殿下!」

 そんな高い身分だと知らずに蒼穹は腰が抜けるほど驚いた。

 こうして改めて姿を見ると確かに高貴なにおいが漂う。

 恐れを知らず目の前の相手にも臆せず、堂々としている姿は正に人の上に立つ者のお手本だ。


「殿下、知らぬこととは言え、数々の無礼をどうかお許しください」


「許さんと言ったらそなたはどうするのだ」

 牢屋に放り込まれても、首を切られても、文句は言えない賤民だ。

 死にたくないと許しを請う資格もない。

 従うしかない蒼穹に望みを聞くのは酷なことだとこの男は分かっているのだろうか。だがそれさえも口に出せはしない。


「殿下のお心のままに。私は殿下の命令に従います」


「そうか。良い心掛けだ。では尋ねよう。ここは結界の最北端だ。この空全体を結界が覆っている。そなたには見えるか?」

 見上げた空はいつも見ているそれと変わりない。

 蒼穹が知っている空がただ広がっていた。


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