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 遡ること数か月前の話になる。

 王宮からの使いだと名乗る男が蒼穹の前に突然現れ、有無を言わさず蒼穹を連れ出した。

 抵抗しなければ害を加えないと常套文句じょうとうもんくを吐き、嫌がる蒼穹の両脇を抱えて早々に歩き出す。そんなことを言われても安心なんて出来るはずもなく、容赦ない態度は罪人を引っ立てるようで、蒼穹には恐怖しか与えなかった。 

 蒼穹が心細さに震えながら、歩くこと数時間、辿り着いたのは言葉の通り王宮の入り口だった。何かしらの事情があるのか、門番に囁くと裏門から密かに中に通された。迷路のような狭い抜け道をいくつも通り、地下の突き当りに見えた扉が開かれる。

 中にはすでに先客が居て、蒼穹と歳も似通った男女三人が何事かとお互いを見やり不思議そうに首を傾けた。彼らの身なりは遜色なく裕福そうで、少女の絹の衣には帯飾りの玉が揺れている。見る限り賤民の出は蒼穹だけだ。花模様のかんざしが髪をまとめ上げて少女の顔立ちもはっきりと見て取れた。

 釣り目がちで意思の強そうな瞳が蒼穹を捉えて、今からどうやって遊んでやろうかと企んでいるのが見え見えだ。

 世の中の不平等な差別を少女は目にして生きてきたのだろう。彼女にとって身分差の優劣を付けるのは常識で、上流階級の特権として賤民は家畜と同等の扱いで十分なのだ。 


「嫌ね。何の臭いかしら」

 性格に多少の問題があるにしても世間は少女の味方だ。

 他のふたりもあからさまではないが蒼穹を同等とは見ていないだろう。

 お金になる相手なら蒼穹はどんな蔑みも受け入れる。

 けれど金にならない相手からのいわれのない差別を受け入れる気は毛頭なかった。

 

 先ずは未来の貴婦人の鼻っ柱をへし折ってやらなければ気が済まないと、蒼穹は他のふたりがよそ見をした隙に少女の袖を引っ張り、引き寄せた。


「ちょっと、何をするの。放しなさいよ」

 怪訝に眉をしかめる少女の腕を掴んで見つめること数分。

 するとどうしたことか、借りてきた猫の様に少女は大人しくなった。少女から毒気が抜けて、すっかりしおらしくなってしまったのだ。


「私、どうしたのかしら。頭の中の霧が晴れたように清々しい。体が軽くて空に浮かんでいるみたい」


「それはようございました。お嬢様の重い荷が下りて何よりです」

 憑依した物の怪が消えたように、年相応の無邪気な姿を見せ、意地の悪い目つきはいつの間にか消えていた。掌を返すとは絶妙な例えだと蒼穹は少女を見てほくそ笑んで見せた。


「全員揃ったな。いくつか聞きたいことがあるので、正直に包み隠さず答えるのだ。よいな」

 

「「はい」」

 衝立の奥の間から呼びかけられ、質問に答えていくのだが、垂れ幕が掛けられて中にいる人の姿を確認することは出来ない。身分の高い男子には違いないだろうが何者かは検討もつかない。それでも無事に終わらせるには言うことを聞く以外になさそうだ。順に話を聞かれて行き、最後は蒼穹の番になった。


「名は何と言う」


「蒼穹です」


「そら……そらとは、天に広がるあの空の事か」


「はい。さようでございます」


「では、お前はハヌルに間違いないな」


「ハヌル……」


「お上の出生届には確かにハヌルと記載されている。父親は不明。七月十日の新月の夜に生まれた十七歳で間違いないな」


「はい」

 蒼穹はこの国ではハヌルと言う読み名が正しいことを初めて知った。

 父親を知らない蒼穹は自分が生まれ育った経緯を知らない。もの心が付いた頃には母親とふたりで、物売りをして各地を転々と放浪していたのだ。

 母親が今の家に住み着いた理由も定かではないし、まして自分の名が異国の読み方だなんて考えたこともなかった。今この瞬間に初めて抱いた違和感だが、この国の民ではないのかも知れないと考えると不遇な半生にも納得がいく。世の中が冷たく誰も手を貸してくれなくとも異国の迷い人なら仕方ないことだ。得体の知れないよそ者に親切にしてやる義理はない。苦労を承知で背負った母親の数奇な運命を思えば生きているだけでありがたいことだ。


 名前の確認をされると、今度は白い小袖に緋袴姿の女性が現れた。観相師か、神眼がある者なのか、ひとり一人の姿を穴が開く位じっと見つめられる。

 男の話では同じ条件のもと生まれた四人には何かしらの神の加護が与えられたと言うのだ。


 ある者は神に守られ、災いから逃れる相を持っていた。

 ある者は神に愛され、幸いをもたらす相を持ち、神の慈悲によって癒しの力を持つ者や、神の力そのものを授かった者までいると聞かされた。

 

 四人の中で一番初めにはじき出されたのは蒼穹だった。

 身分も、教養も人並み以下。天から与えられた筈の力も感じられない。最初から賤民の代表のような蒼穹に誰も期待などしていない。誰もが当然の結果だとその場で納得したに違いない。


 選ばれたのはユクという名の少女だった。


 巫女の存在は国の重要な任を担っている。

 存在することで民の拠り所となり、役人たちに従うことが正しい事だと先導出来る。巫女が居なくなれば求心力は落ちて不平等な世の中に不満を持つ者が今以上に増えるだろう。神の使いと崇めながら、一方で政治的な利用価値に重点を置く。それが役人のやり方だ。

 けれど誰もが忘れていることがある。

 巫女も同じ人なのだ。

 神などでは決してない。

 ただの人であるのに、巫女に選ばれたと言うだけでこの国を背負っていかねばならない。たった一人で孤独に耐えながら、死ぬまで王宮から出ることも許されずに。

 力は使う者次第なのだ。

 どんなに大きな力を持っていても使い方を誤ればそれは災いを生む凶器になる。間違いを犯せば神は見逃してはくれないだろう。

 神はいたずらに人智を超える力を与え、人を惑わし、人の心を試そうとしているようだ。


(何が神の加護だよ。災いの間違いでしょう)

 

 人違いであったならこれ幸いと蒼穹は何の心残りもなく王宮を後にしたのだった。

 


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