第七話
二日目。
六時に起きるって早すぎって思ってたのに、目が覚めたら五時半だった。
なんか、聖神たちはもう起きてた。
なんか騒いでる。
よく聞いてみよう。
「あれれ!? 香奈霧さんがいなぁい! 」
あ、ヤバ!
隣を見ると、押見さんが眠たげに目をこすって起きた。
「あ、ごめん、押見さん! 起こしちゃった? 」
押見さんは、コクリと首を縦にふる。私はゴメンと一言言うと、
聖神のところへ行く。
聖神は、私は見るなりほっと胸を撫で下ろした。
どこ行ってたの?
と聞かれたから、寝付けなかったからお風呂場に行ってたと正直に言うと、
突然感嘆の声をあげた。
「すごぉい!
お風呂場で寝れちゃう香奈霧さん、天災!? あ、天才!? 」
はぁ。心の声が漏れてるよ。
悪かったわね、天災で。
押見さんが、相変わらず目をこすりながら起きてきた。
その存在を無視するかのように、聖神たちは布団を片付け、着替え始めた。
はぁ。最低。
そう思いながら、押見さんを引っ張ってお風呂場に戻った。
私たちも布団の片付けをしよう。
そういえば、食事って何時からだったっけ……?
くだらないことを考えながら、一言も喋らずに布団を畳み始める。
チラリと押見さんを見ると、押見さんの目の色が黒に戻っている。
ど、どう言う仕組み!?
でもこれって、カラコンなんだよね……?
布団は折りたたむのではなくて、なんか、こう、説明しづらいけど、クニャッと畳むのだ。
押見さんが折りたたんでいたから、そのことを伝える。
押見さんは、ハッとした表情を見せ、
畳んでしまった布団を見つめながら、
はぁっと面倒くさそうなため息を漏らした。
押見さんって、毒舌でクールで謎が多いけど、なんだかんだいって、すごいいい人だ。
何をやれと言われても、文句一つ吐かないでやってそう。
それってやっぱり、バイトで鍛えたのかなぁ……。
尊敬するなぁ。
くだらないことを考えていたら、
布団畳が終わった。
あの広々とした、ツルツルした木の床の部屋に戻ると……ってか、この部屋なんて呼べばいいかなぁ。
毎回広々とした、ツルツルした木の床の部屋って言う訳にもいかないし……。
よし、豪華な部屋にしよう。
豪華な部屋に戻ると、私はすぐにしおりを出した。
食事はっと……。
六時四十五分からか……。
あと十分だね。
十分間することがなさそうだから、
トイレに行って、そのあとお風呂場でぼーっとしてた。
当然押見さんもついてくる。
再び、ふふっと笑ってしまった。
**
聖神たちの声がだんだん遠くになっていく。
おそらく、食堂に行ったのだろう。
てか、ホテルの食堂って……。
まぁいいや。
朝ごはんは、意外に普通だった。
普通っつっても、ニューヨーク料理っていうの? なんか、あんまり見たことないものもあったし、
見たことあるものもある。
けど一つ思ったこと。
朝ごはん多いっ!
小学校の頃の修学旅行でも思ったけど、朝ごはん……っというか、
ご飯全般多いっ!
まぁ、全部食べるけど。
ってか、朝からステーキ!?
かなり驚いた。
ステーキなんて、ここ三年ぐらい食べてないよ……。
いや、この私立学校に受かったときに、一回食べたかな?
あ、そういえば、この私立学校、
授業料高いだけで馬鹿なんだよ。
偏差値46。低いよねぇ……。
だけど、特別特待生徒っていうのに入ると、
中学から高校までの6年間の、半端ない授業料がなんと無料になるのです!
850万円トクする訳ですよ!
多分、押見さんは特別特待生徒になったのだろう。
あ、私もこう見えて一応特別特待生徒ですっ!
ちなみに特別特待生徒になるには、
偏差値65は必要ですっ!
ま、私は天災じゃない!
そういうことです。
で、ご飯も食べ終わって、今日の予定を確認する。
八時三十分)自由個人行動開始。
六月から始まるニューヨークで知ったことの新聞作りの材料を探す。
十一時五十分)ホテルに戻る。
食事開始!
十三時)班自由行動開始。
観光なので、勉強は忘れようぜぇ!
五時三十分)食事。
七時三十分)お風呂。
疲れを取ろうっ!
八時三十分)消灯です!
おやすみなさい おやすみなさい。
なるほど。こんな予定か。
個人行動は助かるっ!
でも、食事したらまた班自由行動かぁ……。
ま、自由なだけいっか。
財布と携帯、それとしおりと飲み物。
スケッチとかするかもしれないから、スケッチ用の画用紙10枚と鉛筆3本、
それと練り消しとゴム消し。
これをカバンに詰め込み、私は部屋を出ようとする。
もう聖神たちは部屋を出ている。
『また自由の女神みたいぃ!
自由の女神を新聞にするぅ』
とかって言ってたから、
自由の女神に行くのはやめよう。
そうだ! ブルックリン・ブリッジ。
あれが結構良かったから、あれのことでも書こうかなぁ。
部屋を出ようとすると、押見さんもついてきた。
なんか、面白いな!
ブルックリン・ブリッジの方へ行こうとすると、押見さんが突然立ち止まった。
「ブルックリンブリッジ行くの? 」
私がコクリとうなづくと、
押見さんは、なら、と言って、
違う方へ行ってしまった。
えぇ……。
「どうしたんだろう」
そうぼやきながら、私は
ブルックリンブリッジの方へ行った。
**
集合場所からかなり遠いから、
きてる人はいなかった。
でも、これで存分に観察できるぞ!
私は全能力ほぼ平均的な、平凡な
女子中学生だが、唯一絵だけが、
かなり優れているのだ。
お得意の絵で、スケッチすることにした。
ブルックリンブリッジがカッコよく見える位置を探す。
「ここだっ! 」
そう言い、スケッチを始める。
鉛筆をスルスル滑らしていく。
絵を描いてる時の私は、何もかも忘れて絵を描くことだけに集中できる。
周りの音、周りの視線。
騒音、熱視線。
その程度は耐えることなど容易い。
絵を描くのに集中している私は、
まるで人が変わったようになる。
「立体感を出すには影が必要。
遠近感をはっきりと。
細かい柄も見落とさないで……」
ブツブツ言っている。
周りから見たら、
「キモっ」
って感じだけど、気にしない。
「よし! できた〜! 」
できはまぁまぁ。
可もなく不可もなし!
自分の描いた絵をじっと見つめる。
周りからの視線が大変なことになっているのに、ハッと気づく。
顔から湯気が出たと思った。
とても恥ずかしい……。
今度学校とか家で、パソコンでこの橋について調べてみよう。
携帯で時間を確認する。
時計の針は、十一時をさしていた。
ここから集合場所までかなり距離があるから、もう帰らないとやばい。
たくさんの交通網をなんとか使って、
十一時四十五分と、かなりギリギリだった。
押見さんはもうロビーで座って小説を読んでいた。
聖神とかがニューヨークでイジメをするとかって行ってたけど、いざ来てみるとまるで忘れているのかのようにイジメていない。
まぁ、そっちの方がいいのだけども……。
はぁ……と、意味もなくため息をつく。なんだろうな。なにか、胸騒ぎがする。
なんとなく……だけど、なにか、胸騒ぎが。
「はい、みんな揃ったわね〜」
先生のその声で、はっとする。
気づいたら、先生がみんなの前に立っていた。
周りの子も皆、姿勢良く、体育座りをして先生を見ていた。
押見さん以外。
みんなが一斉に立ち上がり、機械のように皆、食堂に向かっていく。
その姿がなぜか面白く、笑えた。
押見さんは小説を丁寧にカバンにしまうと、そのカバンをズッシリと、重そうに抱きかかえた。
押見さんの元へ駆け寄る。
そのカバンの中に何が入っているのか、少し知りたかった。
押見さんは私がカバンの中身を聞くとすぐにカバンを開けて答えてくれた。
「小説と、しおりと、飲み物それから……あれ? 」
あれ?
そう一言言うと、押見さんは目を見開いて、口をぽっかりと開いた。
どうしたのだろう。
「財布が……ない」
その言葉を聞くと、頭には聖神が思い浮かぶ。
って、今はそんなことどうでも良くて、押見さんの財布がない!?
「え!? どっかに落としたの!? 」
私のその声は、広々としたロビーに孤独に響いた。
押見さんははぁーと息を思い切り吐き出すと、「ま、いっか」と、
人ごとのように言った。
「どうせ五千円ぐらいしか入ってないし」
五千円って、かなりの大金じゃん!
そう思いつつも、決して口には出さない。
何事もなかったかのように押見さんは食堂に向かって行く。
押見さんの家はおそらくかなり貧乏だから、なるべく金銭関係の話は口には出さないようにしている。
そんな押見さんが財布がなくなるなんて、かなりヤバイことなのかと勝手に思い込んでいた。
けど、五千円ぐらいって言ってたってことは、意外に……金持ち……?
そんなことを勝手に想像しながら、私もロビーを斜めに横断するようにエレベーターへ向かって行った。
男子は階段、女子はエレベーターを使って上へ上がる。
エレベーターは最大十五人まで乗れる。
そして、そのエレベーターが一階には五つある。
もう女子たちは二つのエレベーターを使って上へ上がったっぽい。
私と押見さんもエレベーターに乗り込む。
七階のボタンを押す。
食堂は七階にある。
なんで二階とかじゃないの〜なんて思う。
最近太って来たから、階段で行こうかな〜と思ったけど、疲れるからいいやってことで、押見さんとエレベーターに乗った。
押見さんをちらりとみると、
自分の腕を握りしめている。
すると突然、ガタンッという音とともに、エレベーターが止まった。
背筋がひんやりとする。
聖神たちの仕業?
もう最悪! なんで私まで〜!
そんなお気楽なこと考えながら、どうやってここから出ようかも考える。
私は昔、観覧車に閉じ込められたことがある。まだお母さんもお父さんもいた頃だ。
あの頃は確か、七歳ぐらいだっただろうか。すごい怖くて、ずっと叫んでた。ずっと閉じ込められたままで、
このまま死んだらどうしようって怖くて怖くて。
けど、お母さんに言われた言葉で怖くなくなったの。
「大丈夫。考えてごらん?
テレビのニュースとかで、
『観覧車に閉じ込められて、死んでしまいました』なぁんてニュース、
聞いたことある? ないでしょ。
だから大丈夫」
すごいポジティブで、なんか変ななだめ方だけど、私は確かにって納得した。
結局最終的に動いて、チャンチャンって感じだったけどね。
「押見さ……」
「ヤダっ!ここから出して!
死ぬ! 死んじゃう! ヤダっ! ヤダっ!! 」
押見さんは、顔を真っ青にしてエレベーターの扉を叩く。
私はまだ知らなかった。
押見さんの、とても悲しい過去を。