第六話
ホテルに入る。
今までの小学校の修学旅行は、
こじんまりした、だけどとても楽しい宿舎だったけど、
中学で、さらに私立にもなると
ホテルなのか……。
広々としたロビーで私は、
シャンデリアなどを見つめながらその場に立ち尽くしてしまう。
聖神とか、その仲間たちは当たり前のようにロビーで話しているけれど、
私はそんなのできそうにない。
広すぎて、クラっとする。
押見さんの方を見ると、押見さんですら(ですらって失礼か)カバンの中から小さな小説を取り出して、
動揺も何もしないで、普通に
読んでいる。
な、なんか私……浮いてる!?
(ま、今気づいたことじゃないけど)
私たちは815号室だった。
ドアを開けると、いきなり広々とした靴箱に出迎えられた。
聖神たちは当たり前のように靴を脱ぎ、当たり前のように入っていく。
抵抗とかないの!?
さすがの押見さんも、眉間に皺を寄せ、中々靴を脱がない。
私が恐る恐る靴を脱ぎ、ゆっくりと部屋へ続くドアの方へ行く。
押見さんは、超高速で靴を脱ぐと、私にぴったりとくっついてくる。
んん?
ドアを開けると、そこはすごかった。
床が畳とか木じゃなくて、なんていうの? 木なんだけど、スベスベの木。
とにかくやばい。
私の知ってる旅館とかじゃない!
急いで部屋の隅の方へ行き、体育座りをする。
そうすると、押見さんも私についてきて、部屋の隅にこじんまりと座る。
押見さんもしかして……。
こういうところに慣れてない!?
私が立ち上がって、部屋から出ると、
押見さんも少し小走りで私の元へ走ってくる。
なんか、可愛い……!
そんなことを思いながら、トイレのドアを開ける。
疲れたから、トイレでもしよう。
そうすると、押見さんも一緒にトイレに入ってきた。
ちょちょちょちょ! それはさすがにダメ!
押見さんに、顔を真っ赤にしながらダメですと言うと、押見さんはハッとして、「ゴメンナサイ……」と言って、トイレから出て言った。
**
今日はこれで大きな行事は一通り終わった。あとは食堂でご飯を食べて、お風呂に入って寝るだけだ。
時計を見ると、まだ四時だ。
でも、ご飯は五時半に食べて、
お風呂は七時に入る。
布団を敷いたりして、
寝るのが八時半。
この八時半と言う時間は、先生たちがこの後子供達は枕投げとかなんだりで遊ぶだろうと計算した結果の時間だと思う。
なんか何もかも早すぎる。
んで、起きるのは六時。
早い! 早すぎやぁしませんか!?
食事の時間は何もなかった。
何もなかったというのは、イジメとかがってことです。
よかった、よかった。
お風呂の時間、お風呂セット片手に、「露天風呂」と書かれた女子風呂に入る。
相変わらず後ろからは押見さんがついてきている。
露天風呂か……。
そこでハッとする。
まって。聖神たちと同じ時間に入ったら、押見さんがイジメられちゃう気がする!
そう思い、急いでダッシュで来た道を引き返す。
突然走り出す私に少し驚いて動揺しながらも、押見さんは小走りでついてくる。
てか、押見さん足速っ!
私の全速力に小走りでついてくるとか、速すぎるよぉ〜。
部屋に入ると、誰もいなかった。
他の三人はお風呂に入ったのだろう。
私は部屋の隅の方で大の字になる。
押見さんは私の横で正座をしながら、
私に質問してくる。
(てか、押見さんから私に話しかけてくるって初めてじゃない!? )
「なんで露天風呂行かないの? 」
多分ここで、『押見さんがイジメられちゃうから』なんて言ったら、
『はぁ。香奈霧は心配しすぎ!
そんなくだらない理由なら、さっさといこ』
こういうに違いない。
「私、たくさんの人と入るの苦手だから、なるべく人がいない時間に行きたいなぁと思って……」
適当にそういうと、
押見さんは私の言葉を信じたようで、
そこからは何も言わなかった。
聖神たちが髪にタオルをかけながら、
話しながら戻って来た。
「ん? まだ行ってなかったの?
どうしたの? 香奈霧さん」
押見さんは無視ですか?
相変わらずひどいなぁ。
そう考えながら、私は聖神の質問に答えた。
「たくさんの人と一緒にお風呂はいるの苦手で……。
あと何人ぐらいいた? 」
私は押見さんに言った言い訳と同じことを言った。
「んー。そうなんだ。
そんなんじゃ三泊四日やってけないよ〜。あと三人ぐらい?
けどそいつらももう終わりそうだったから、今なら誰もいないんじゃん? 」
聖神は、なんの疑いもなく私の質問に答えてくれた。
『情報屋トップ』に命じられてから、
扱いが少し丁寧になった。
その代わり、押見さんの扱いはすごい雑になったけど。
私は聖神にペコリと頭を下げてから、
お風呂に行くことにした。
ふぅ。っとゆっくり息を吐き出しながら、湯船に浸かる。
湯船は広々としていて、人は私と押見さん以外、聖神が言っていた通り誰もいない。
押見さんは体を洗っている。
ついつい押見さんの体に見惚れてしまう。
美しい体だなぁ。
女の子の理想体型だよ。
そんなことを考えながら、
私は自分の体と見比べてしまう。
胸ぺっちゃんこ。
ウエスト普通。
太もも太い。
はぁっと、もう一度深く息を吐き出す。
押見さんが洗い終わったようで、お風呂の中に浸かってきた。
それと入れ違いになるように、私も体を洗いに行く。
押見さん、本当に全身をきれいに洗っていたなぁ。
すごい時間かけてた気がする。
私なんて、体洗うのに十五分ぐらいしかかけないよ……。
押見さんは四十五分ぐらい洗ってた気がする。まぁ、私は四十五分間もお湯に浸かってたわけだけど。
体を洗って、お湯に浸かった。
押見さんはずっと外の景色を眺めている。
そういえば、押見さんって景色を眺めるのが好きだよね。
なんでだろう。
なんで? と聞いてみると、押見さんは、「なんかいいから」
と一言答えた。
なんかいいから……か……。
確かに景色を見るって楽しいよね。
私も最近『景色を見る』の良さがわかってきた気がする。
気づいたら先生に声をかけられた。
「もうそろそろでなー。香奈霧」
はぁ。先生までもが押見さんを無視かよぉ……。
そんなことを思いながら押見さんと一緒にお風呂を出た。
お風呂に入ったのは七時ごろだというのに、もう八時十五分を指していた。
ふわぁ。すっかり長居しちゃったなぁ。こんなに長時間入ったの、初めてだよ。
なんか意識が遠のいて行く……。
バタンッ。
思い切り地面に体を打ちつけながら、気づいたら倒れていたみたい。
次に意識が元に戻ったのは、部屋の中だった。
目をパチリと開けると、聖神がいきなり視界に入った。
「イタタタ……」
なんか、頭がズキズキする。
クラクラする意識の中、押見さんを探す。
ほっぺが赤くなってる押見さんが視界に入る。押見……さん?
「大丈夫? のぼせちゃったみたいだけど……。なんか、押見さんが肩に香奈霧さんを担ぎながら部屋に入ってきて、『こんなに長くお風呂に入ってたら、か弱い香奈霧さんはのぼせるに決まってんでしょ! 考えなさいよ! 』って押見さんに怒鳴って、
思わず押見さんのほっぺをビンタしちゃったの。
そしたら押見さん、
何も言わないで香奈霧さんのことを床に寝させたの。それも玄関で!
全く押見さんは、常識がなってないわ〜! ま、香奈霧さんが意識を戻してくれてよかった。もう九時になったし、寝るわね。おやすみ」
常識がなってないのはどっちよっ!
そう怒鳴りたい気持ちを抑えた。
押見さんは私のことを助けてくれたんじゃん! なのにそんな人をビンタするなんて考えられない。
あー。イライラしたら余計頭が痛くなってきちゃった。
もう寝よう。
押見さんにぺこりと頭を下げて、私は布団に潜ろうとした。
けどなかなか寝れない。
普段こんな広いところで寝ないからなぁ。
探しに探した結果、私は部屋についているお風呂で寝ることにした。
布団を持ってきて、お風呂で寝ようとすると、ぐっすり眠れた。
私がお風呂で寝ようとしたら、押見さんも布団を持ってついてきて、一緒に隣同士で寝た。
ふと目を覚ますと、隣で寝ていた押見さんがいない。
あれ?
部屋の中には居なさそうだったから、
ホテル内(私たちの中学校が使っていい範囲)を探した。
やっと見つけた。
そこは、露天風呂の中だった。
お風呂の水がすっかり冷えてるっていうのに、裸でお風呂に入りながら外を眺めている。
カツラはとられ、目も赤色になっている。
月の光に反射して、押見さんの目がすごいきれいな色になっている。
「押見さん……」
そう言うと、押見さんは私の存在に気づいたようで、私を見るなり、
「あぁ」
と一言言った。
声は低めで、少し男の子っぽかった。
私はなんか、押見さんにつられて裸になってお風呂に飛び込んだ。
「ひゃっ! 冷たいっ! 」
時間が経ったのと、露天風呂だからっていうことで、温度はとても冷たく、ひんやりしていた。
広さは、んーそうだなー。
小学校のプールぐらいの広さはある。
その二倍ぐらい?
とにかく広い。
押見さんは、人が変わったみたいだった。水の中に潜ると、勢いよく水の中から出てきて、「あははははっ! 」
と、実に楽しそうに、無邪気に笑った。
その姿が、なんだかとても可愛くて、私も真似してしまった。
なんか楽しくなる。
心が跳ねるようにウキウキする。
こんなに楽しいの、この中学校に来てから初めてかも!
「はぁ。笑い疲れちゃった。
なんか、香奈霧といると楽しいかも」
その言葉は、私の心の中に一生残る。
押見さんが大人になったあの日でも、私の心の中の中心には、
その言葉が残り続けていた。
冷たく冷えたお風呂(? )から出ると、押見さんはカ……ツラ……(まだカツラっていうのには抵抗がある)
をかぶり、だけど赤色の目はそのままで、自分の部屋に戻った。
周りを見ると、ホテルは真っ暗で、外の月明かりと、街灯ぐらいの明るさの電気が一つ……二つ……と、ついているだけだ。
ホテルの通路途中にある時計を見ると、夜中の二時ごろをさしていた。
「随分と遅かったんだなぁ」
心のこもっていない声でそう言うと、
815号室の扉を開ける。
そして、お風呂場に行くと押見さんが寝ようとしていた。
ちょっと面白いなぁ。
ふふっと笑って、押見さんの隣でゴロンと横になった。
地面が少し、硬くて痛い。
そんなことは気にしないで、
押見さんの布団の中に、私は自分の手を入れる。
それに気づいた押見さんは、私の手をキュッと軽く握る。
それがなんかおかしくって、面白くって、思わずニヤけてしまった。
その日はとてもイジメ修学旅行とは考えられないような、楽しい終わり方をした。