第四話
飛行機の中では、なにもなかった。
それも、不思議なほどに。
聖神たちは、他の男女とベラベラベラベラ話していた。
本当に、ニューヨーク修学旅行を心から楽しもうとしてるっぽい。
私は、そんな聖神たちを横目で見ながら、ぼうっと外を眺めていた。
ふと押見さんを見る。
押見さんも気だるそうに、
どんよりとした鉛色の空を見つめている。
なにか、耳がおかしくなるんだなぁ、飛行機っていうのは。
そんなことをあっけらかんと考えていた。
必要以上にため息をついてしまう。
そうなるのも当たり前。
これから起こることを、始まりから終わりまで、だいたい想像できているのだから。
恐らく聖神たちは、押見さんをノックアウトまで、とことんイジメ潰すのだろう。
そんなイジメを、見て見ぬ振りをする教師たちが想像できる。
ニューヨークまで、ものすごく長時間飛行機に乗らなければならない。
聖神の権力で、飛行機は貸切になってる。そのせいで余計、時間感覚がおかしくなってしまう。
長い。長すぎる。
飛行機に乗るのは初めてだから、
寝ようにも寝れない。
ふと、以前聖神が言っていた言葉を思い出す。
『親に相談したって無駄よ。だって押見さん。
あなたは親に一億で売られたんですもの』
押見さんが聖神に言われた言葉だ。
あれは確かに、押見さんに言っていた。
でも押見さんの親って確か……。
あの、気持ちいい春風の中、押見さんに聞いた話を思い出した。
今でも覚えてる。
あの春風の心地よさと、押見さんの悲しそうな顔。
なんで……? 押見さんの親に一億で売られるってどういうこと?
そんなことを考えながら、再び目線を窓にやった。
雲を切り抜けると晴れてるって本当なんだね。
すごい晴れてるよ。
眩しいぐらい。
けど、相変わらず私の心の中はどんよりしてて、バケツをひっくり返したぐらいの大雨だよ。
だんだん、意識が遠のいてきた。そういえば昨日は、五時間も寝てない気がする。
今日が怖くて、今日が不安で。
色んな気持ちが混じってたせいで。
**
「香奈霧さん、起きてっ! 」
聖神……?
気づいたら、空港にいた。
あれ? なんで空港に?
どうやら、飛行機の中で十時間ほど寝てたらしい。
のそのそと、ゆっくりとイスから降りる。
ふぅっ。と一息つくと、私は
大きく欠伸をする。
目をこすると、手に水滴がつく。
寝てると、私はなぜか知らないけど泣いてしまうのだ。
あ、そうだ。
ニューヨークに行ってたんだ。
飛行機から出ると、そこは不思議なところだった。
外国になんか行ったことないわけだから、その景色に驚く。
まぁ、つってもまだ空港だけど。
お土産コーナーではしゃいでしまう。
押見さんが、私を見て目で伝える。
(後で迷子になって後悔しても知らないよ)
まるでお母さんみたいだ。
来る時もそうだったけど、迷子になってしまいそうな広さだ。
エレベーターが見つからないわ、
トイレが無い(見つからない)わ、
もー空港嫌だ!
気づいたら空港を出ていた。
暑い日差しが照りつける。
思わず、「うっ……」と言ってしまう。
聖神は、腕になんか日焼け防止みたいなやつをつけて、サングラスをつけている。
言いたくも思いたくもないけど、
なんか似合ってる。
ふと押見さんを見る。
長い髪を水色のゴムで一つに結んで、
サングラスをかけている。
ちなみに私はというと……。
こんなに暑いとは思わなかったから、
学校の制服に体がひんやりするジュレみたいなのをつけて、
あとは何もしていない。
ひんやりジュレって結構イイよ!
イイよね!?
聖神の次にえらい男子が言う。
「香奈霧さんは姫を強調するように
控えめにオシャレをしてるんだなー。
なんかかっこよくて、常識がなってるな〜。なのに押見……。
てめぇ何オシャレしてんだよおおお!
てめぇはオシャレするほど可愛くもねぇだろおおお! 」
聖神たちは大笑いする。
何が面白いの?
てか、押見さんに謝って!
「香奈霧さんも思うだろ」
これでNoと言ったら、かなり危険だよね。
でもYESと言ったら、人間的にどうだろうか。
チラリと押見さんを見る。
押見さんは、呑気って言うのもなんだけど、髪の毛を結び直している。
「そ、そう……だね……」
心が痛むのを感じながら、
私は気づいたらそう言っていた。
私はビビリで最低だ。
自分がイジメられたくないがために、
最低なことを言った。
人間のクズだ。ゴメン。押見さんっ!
「ほらな、みんなお前はオシャレすんなって思ってんだよ!
キモ押見! 」
最っ低!
人間のクズ! (私もだけど……)
何回イジメれば気が済むわけ!?
もー呆れた!
当たり前のように行われていく
『集団イジメ』に、私は心から苛立った。
すると、押見さんが薄ピンク色の唇をゆっくり開いた。
「オシャレをしようがしまいが個人の勝手。それを決めつける権利は誰にもない。だからあなたが私のオシャレを止める権利はない。
あなたが他人のオシャレに対して文句を言う権利もない。
オシャレにケチをつけたいんだったら、将来コーディネーターにでもなれば? 」
その男子は、苛立ちながら、苦しみながら反論した。
「はぁ? みんながお前のその姿を批判してんだよ! お前がそう言う格好をしてるとみんながイライラすっから、俺はお前以外の人のためにお前はオシャレすんなって言ってんの!
みんながイライラするよりは、
お前一人が自由を奪われる方がマシだろ!? 」
長ったらしく、それっぽく言ってるだけで、内容はスカスカで理不尽だ。
要するにこの男子が言いたいのは、
『お前はオシャレをするな』
これでしょ。
ただの理不尽な言葉じゃん。
自分の意見を無理くり通そうとするなんて、そんなことしてっからモテないんじゃぁないの?
そんなことを心の中で思いながら、けど口には出さない。
そんな自分に、ものすごくイライラする。
押見さんは、サングラスを取り、帽子をかぶった。
「なら、これならいいわけ? 」
な、なんか……。
今の押見さんの発言、面白くて、めっちゃスカッとする!
そんなことを思いながら、必死に笑いをこらえる。
着替えとかがたくさん入っている、
少し息苦しそうなパンパンなリュックサックを抱きかかえながら、リュックサックに顔を潜り込ませて、
笑ってしまう。
「お、お前はオシャレすんなって言ってんだよ! 帽子をかぶろうが、サングラスかけようが、オシャレをすんなって言ってんだよ! 」
そう男子は、負けじと自分の意見を通そうとしている。
他の聖神たちも「そーだそーだー」
と言っている。
「オシャレをしてるかしてないか、
どう思うかは個人の勝手。
私はこの姿をオシャレをしているとは思えない。私のオシャレは、こうよ! 」
押見さんは突然大きな声でそう言うと、帽子を外し、カツラを取り(!? )茶髪の髪を丸出しにした。
後ろを向き、何かをゴソゴソっとしてこっちを向くと、なんと目が赤色に変わっていた。
「これがまず、私の素の姿。
髪は地毛が茶髪だから、いっつもカツラ付けてきてたの。
目はカラコン(黒)で、赤色を隠してた」
ゴクリと喉を鳴らして、唾を飲み込む。なんか、すごい印象が変わった。
あの時、私の家に来たときって、地毛……だったんだ……。
そして、押見さんは、手をクイクイッとさせて、私を呼ぶと、私に黒色の、人一人隠れるぐらいの布をもたせた。
「向こう向いて」
小声で押見さんはそう言うと、突然着替えだした。驚いてみんなの方を向く。
視線が私と押見さんに集中する。
こういうのって、どうしようもなく苦手なんだ。
全身から汗が吹き出る。
みんなの視線が怖い。
そんなことを考えていると、
押見さんが黒い布から出て来た。
私は黒い布を離すと、
急いで押見さんから離れた。
なんか、みんなの視線が怖すぎたから。
そして、押見さんを見た瞬間、
目を丸くして、とても驚いてしまった。思わず動揺してしまう。
虎が描かれたスカジャンに、
中には黒い服を着ている。
足首が少し出るぐらいの、
ダボっとしたズボン。
なんというか……。
ヤンキー。
「これが私流のオシャレ。
さっきのなんて、オシャレに過ぎない」
みんながゴクリと喉を鳴らす。
同時に私も、「うわぁ……」
と言う。
「お、おい、さっきの格好に戻せよ! 」
男子が言う。
私はこっちの格好の方が、かっこよくて好きなんだけどなぁ。
そんなことを思いながら、押見さんを見つめる。
「けど、あんた、さっきの格好嫌なんだろ? 」
声と言葉遣いも、少し変わった気がする。
かっこいい……。
男子は、いいから! と叫び、押見さんは渋々元の姿に戻った。
押見さん、ニューヨーク旅行初っ端から、面白すぎるよ〜っ!