第二話
恐怖タイムの始まりだ。
現状のターゲットは、私の大好きな『押見 蛾雷』さんだ。
イジメのリーダーは、『聖神 姫奈』。
そして前ターゲットの『苗葉 汰一』さんの死は、
聖神財閥の権力でもみ消された。
人間なんて、やっぱり金なんだ。なんてか弱く、ダサいのだろう。
あ、申し遅れました。私、『香奈霧 カレン』と申します。
押見さんのせいで他の女の子から睨まれる羽目になりましたが、
押見さんがすぐに、『他の子を巻き込んではダメね』と言い、
なんとかイジメのターゲットは避けられました。
イジメは本当に怖い。
特にこのクラスのイジメは、残酷だ。
集団イジメどころじゃない。先生にも、友達にも、
親にすら相談できない。
なぜ親にも相談できないのかって?
この前聖神が言ってたんだけど、
『親に相談したって無駄よ。だって押見さん。
あなたは親に一億で売られたんですもの』
とかって。
だからおそらく、
『一億円でもいくらでもあげるから、押見さんと遊んでもいいですか? 』
とかって言ったんだろう。なんて最低なの!
押見さんが異常にかわいそうになる。
なのに、自分がイジメられるのが怖くて、
押見さんにブスとか言っちゃって……。
本当にどうすればいいの?
自分が情けなくなる。
聖神も最低だけど、それ以上に、イジメられるのが怖くて、
一緒になって何かと言った私もかなり悪いと思う。
いや、悪い。
自分は一人っ子で、親もなくしてて、叔母さんの家に泊まらせてもらってる。
高校からは、頑張って一人暮らしをしようと思ってる。
いつまでも頼ってるわけにはいかないから。
って、ごめんなさい。いきなり変な話しちゃって笑
押見さんは好きだけど、押見さんのことを考えると、
自分のした最低なことが頭に蘇ってきて、心臓がズキンとする。
**
休み時間に入る。
押見さんのバックに目をやると、いろんなゴミが入っている。
マジもんの毛虫まで入っている。
私は虫とか結構好きだから、家にイモムシとか飼ってたりする。
だから、ああいう虫とかをどけることはできる。
けど、怖くて出来なかった。
イジメが異常に怖くて。
トイレに入る。壁に寄りかかりながら、一息つく。
私立の中学ってだけあって、トイレまでもが綺麗。
手が震える。どうすればいいんだろう。
助けたいけど、助けられない。
確か今度、ニューヨーク旅行があった気がする。
来週……だったかなぁ? そこで何か、変わるといいけど……。
息を深く吸って、トイレを出る。
思い切り息を吐いて、教室に戻る。
教室の入り口に立つなり、すぐに押見さんの方を見る。
と、入り口のところに、マライ・流星君がいた。
聖神の逆鱗に触れると……。考えただけでも恐ろしいから、
なるべく当たらないように教室内に入ろうとした。
すると突然、マライ君から驚きの言葉が出た。
「押見さんって、いいよね。僕、押見さんに、一目惚れしちゃった。
初……恋? ってヤツだよ」
そ、そんな……!? こ、こんなことが聖神に知られたら、
大激怒するよ。今までのイジメの数倍ひどくなる。
絶対に内緒にしないと!
教室にはまだ押見さんは戻ってきていなかった。
この休み時間の間、どこに行ってるんだろう。
校内を探し回ることにした。
食堂……。いない。
トイレ? 一階から五階まで、どこのトイレにもいない。
一度自分の教室に戻り、風に当たろうと身を乗り出す。
バラバラバラバラバラと、ヘリコプターの独特な音が聞こえてくる。
上をふっと向く。すると、かなり目を凝らさないと分からないけど、
屋上から、ブラーンと、足が垂れてきている。
まさか!
ドキドキとウキウキが混ざったような、不思議な気持ちで屋上までエレベーターで行く。
普段は屋上の鍵は開いていない。
あの垂れてる足でわかった。
あの靴下は一年生の靴下だった。
一年は青色。二年は夜空のような色をした紺色。三年は黒色の靴下。
あの靴下は青色だった。
そして、みんな黒色のスクールシューズだけど、押見さんだけ白いスクールシューズなのだ。
あのスクールシューズは白。
つまりあの人は押見さんだ!
そんなことを考えながら、全速力で屋上に続く二十四段の階段を上る。
この二十四という数は、中等部から高等部までの全クラスの数なのだ。
この学校に入る前、そんなことを校長が言っていた気がする。
いつもなら開かない屋上の扉。
それを恐る恐る引っ張ってみる。
ガチャッ!
少し低めの音を立てて、扉が開いた。
かなり重かった。
ドアノブのところは、長い間掃除をしていなかったのかな?
少し錆びていた。
ゆっくりと、押見さんの気分を害してしまわないように、押見さんの隣へ行く。
「気持ちいいね。春の風って」
春の風。この生暖かい風を好きって思ってる人も、
そんなに少なくないと思う。
私が押見さんにそう言うと、押見さんは不思議そうな顔をして、
「私に話しかけないほうがいいよって言ってのに」
といって、また街の方に目をやった。
私は押見さんの言葉を無視したわけじゃないけど、押見さんにまた話しかけた。
「押見さんは、なんで授業中も、いつも窓の方を見てるの? 」
誰をターゲットにするか、誰がターゲットにされるか、そんな緊迫した雰囲気の時でも、
ずっと外を眺めていた押見さんが、どことなくカッコよく、
そして少し悲しそうに見えた。
「この時期にね。お花見に行ってたの」
やっと私の質問に答えてくれた押見さんは、外の景色を眺めていた時と同じように、
少し悲しそうな顔で話し始めた。
「ずいぶん前にね、私がお母さんと一緒に料理をしてて、
お母さんがトイレに行ってる途中に、面白そうなテレビが始まったの。
うっかり火をつけっぱでテレビを見に行っちゃって……。
お母さんがその頃お腹に赤ちゃんを授かってて、あんまりバタバタ動けなかったから、
私だけでもって、私を逃がしてくれて、でもお母さんは……」
押見さんは、少し涙目っぽくなりながら、話を続けてくれた。
聞いといた私が、なんか泣きそうになってしまった。
「だから、お父さんと二人でお花見に行ったの。
私が行きたいってだだこねて。
いい席が取れなかったからっていって、
車をゆっくり走らせながら桜を見ることにしたの。
すごい楽しかった。
けど、帰りに信号無視の対向車とぶつかっちゃって、
私は幸い、お花見だったってことで、助手席じゃなくて後ろの席に座ってたから、
軽い怪我で済んだけど、お父さんはそのまま……ね?
ごめんね。こんなながったるいお話を聞いてもらっちゃって」
私はもうポロポロ泣いちゃった。
こういうのって、なんて言えばいいんだろう。
悩みに悩んだ。結果。
「わだじも、親が……いだいんだぁ」
泣きながら言ったから、変な感じになってしまった。
押見さんは、おねぇちゃんみたいな感じに、
優しく頭をポンポンとしてくれた。
一息ついて、もう一度言った。
「私も親がいなんだ。二人ともロンドンに旅行に行った時、
連続殺人犯にやられたの。ダサいよね」
ダサいなんて思ってない。
泣きそうなのを我慢するために言ってるだけ。
「泣いていいんじゃない? 」
押見さんが優しくそう言ってくれた。
思わず泣いてしまった。
そして三分後ぐらいに、ハッとした。
「そうだ! なんか聖神達が押見さんのスクールバックの中に
ゴミだの毛虫だの入れてたよ! 」
押見さんの方を見ると、押見さんはずっと街を見ていた。
「お、押見さん……? 」
どうしたんだろう。また何か思い出してるのかなぁ。
「あと五分で授業始まるよ。あと、『私に話しかけないほうがいいよ』」
今の、ちょっとだけ怖かった。
でもやばい! 早く行かないと!
**
ふう。間に合ったぁ。
移動しないから、ほとんどの子が教室で座っている。
みんながボソボソ言っている。
目をつぶって、耳の力だけを使う。
「押見来ないな」「ビビったんじゃねぇの」
ちがう。そんなことないって言いたいけど、勇気が出ない。
言いたいけど言えない。
すると一人の男子が息を切らしながら教室に入ってきた。
「自習だって! 」
自……習? なんで?
すると、聖神率いる人たちが、私の周りにわらわらと人が集まってきた。
な……に?
「あと少しで修学旅行ね。
最高のイジメができそうだわぁ。何言いたいかわかるぅ?
押見さんに関係するなにか、イジメのネタにできそうなの教えてちょうだい。
もし言わないのなら……。次のターゲットはあなたよ」
なんで私!?
怖すぎる。何かある? あの親の死のこと……ダメ!
あんなこと、絶対言っちゃ!
そうだ! 押見さんを好きって言ってた人の名前は……。
「マライ君! 」
あ……。しまった。すっかり忘れてた。
聖神はマライ君のことを好きなんだった!
まるで、「はぁ? 」とでも言ってるような顔をしている。
突然自分の好きな人の名前を言われたら、(しかも自分よりも格下のひとに)
うざって思うよね。やばい。言わざるをえない!
「が、押見……さんのことが好き……なんだって」
聖神は目を大きく見開いて、今にも人一人殺してしまいそうな顔になった。
そして数秒立つと、いつもと同じ顔になって、
ニッコリと笑い、
「ありがとう、香奈霧さん。あなたを情報屋のトップに命じるわ」
じょ、情報屋ぁ?
周りから拍手が巻き起こる。
『おめでとー』と、みんなが口を揃えて言う。
ありがと……って、ちがーう! なんで言っちゃったの!?
ダメだよ! めっちゃ怒ってたもん! 聖神だと、何をしでかすかわかんないよ!
**
家に着く。
家に入るなり、ベットにバフンと飛び込む。
自分の言った言葉を思い出す。
思い出した途端に、無性にイライラしてきた。
聖神にも、自分にも。
すごい後悔している。
後悔するぐらいならやんなって話だけど……。
おそらく押見さんへのイジメは、相変わらずこのまま同じ感じに続くだろう。
しかし、問題は修学旅行からだ。
毎日似たような日々だと、時間なんてあっという間に過ぎる。
ああ。私は何を言ってしまったのだろう。
最低だ。
最悪だ。
もう嫌だ。私なんて、自殺しないと、ダメな存在なのかな……?