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第1話:戦禍の中で

久々の創作です。

書きたいと思ったものを書きました。

5話完結ですので、是非まとめて読んでください。






 戦争をしていた。





 血生臭い死の香り。

 鉄臭い硝煙の香り。

 生を痛感する死者の群れ。

 死を実感する生者の叫び。


 部下が私の真隣で飛来した銃撃を頭に受け、脳漿と血液を撒き散らして息絶えた。肩を並べた仲間が、次の秒には肉塊になって転がっている。


 絶命した死骸を見る間もなく私は部下へ指示を飛ばす。一人でも多くの敵を(ほふ)らねばならない。

 飛び交う怒号と銃弾の中で右往左往する兵士はおらず、統率の取れた一個軍隊は国のためにと命を絞る。


 硬い鉄の銃身に手を添え、私がその引き金を引けば目の前の敵兵は崩折れその生を終えて行く。

 苦悶の中で死んで行く人々の魂は、集約したように灰色の曇天へ(ちりば)める。辺りには血の濃霧が立ち込め、鉄の香りが鼻腔に刺さる。赤く染まった世界に視界は灼け、目玉の痺れは止まらない。

 足を一歩踏み出すだけで爆破する地雷が自らの身を焦がす。そんな危険な地帯で四肢を稼働させながらもなお、この命は潰えることなくただ前へと歩を進めさせる。物言わず次第に(あざ)れゆく(しかばね)をその目に刻みながら。


 流れた汗と飛び散った血液は暗碧色(あんへきしょく)の軍服内で混ざり合い、カビ臭い異臭を放つ。慣れたはずのその臭いに、今更顔を(しか)めることはない。汗、血、土、埃、戦場に湧き出るそれら全ては身体の一部であるかのようだ。

 乱れた髪が視界を遮る。いつのまにこんなに伸びたのかと感じる間も無く、懐から引き抜いたナイフで前髪をバッサリと切り落とす。長い髪は簡素な髪留め(バレッタ)で後ろに纏めているが、砂埃を吸い込んで重い。手入れ不足だ、これでは任命されたばかりの中将の名が泣く。

 落ちた黒い髪は死体に溶け込み、自分のものがどれかも判別が付かなくなる。


 視界に入った(まと)を撃っては殺し、身を隠す。それの繰り返し。

 幾度となく実感したはずの死や、本能的な恐怖心は麻痺し焼き切れ、自動機械さながらに戦いへ己を推進させる。

 喉が乾いた。最後に食事を摂ったのはいつだったろうか。胃が空だ。勘弁してくれ。

 生きているのに、ほら。こんなに苦しいではないか。

 そこらに散らばっている死体の胃を掻き漁り、腹の足しになりそうなものでも詰め込もう。

 腹が減っては戦はできぬ、とは良く言ったものだ。こうして最前線にて死地を潜り抜け愁嘆場(しゅうたんば)に立ち会った者にしか生み出せない言葉だろう。

 携帯食料はもうない、そもそもこの軍服に備蓄出来るものなど限られている。喉も渇いた、()えた水にはもう飽きた。


 ああ、しかし。湧き出る相手の底は尽きない。

 なるほど、そちらが生者を与えてくれるというのなら、私はそれを甘んじて受け入れるのみだ。

 替えの弾丸を装填し、単純作業(ルーチンワーク)の渦中に入る。


 パン、と乾いた音に合わせて人の命は消え失せる。そして、あの世への旅立ちを見送る。

 光栄に思うといい。

 この地獄の(くさび)から解き放たれたことを。私の手によって、握り締めた死への切符を使用できる。

 次は私の番だろうか。そんな高揚感とは裏腹に一人、また一人と撃ち殺す。

 部下も半数は減っただろう。上官を置いて先に楽をしようとは失敬にも程がある、が。

 そんな思いも何百人という部下に先立たれると薄れていく。


 私はポツリと、微笑を浮かべながら呟いた。


「さあ、もっと生者を寄越せ。私が、天国(あの世)へ迎えに来た救世主だ」


――ここは、戦禍の最前線。世界で最も人が死ぬ場所。

 私は今、人を救うため此処にいる。





⌘  ⌘  ⌘  ⌘





 終戦を実感するのは部下の死者を数える時だ。戦争を終えたばかりの兵士は憔悴(しょうすい)しきり死体同然である。生き残ったことも分からず呆然自若としている。

 終戦、と言ってもたかが国との小競り合い。最終決戦とでも銘打たない限り争いは続く。


「隊長、お疲れ様です」


 そう言いながら部下の一人がボトルを渡す。どうせ生温い水だ。しかし、文句など言う間もなく一息に飲み干した。

 部下は血塗れだった服をすっかり洗い終え、清潔さを前面に押し出している。この男の顔を見る度、私はまだ生き残ってしまったのかと肩を落とす。長年戦線を共にしたこの男も、どうやらまた生き残ったらしい。

 作戦に失敗はない。なのに、結果こちらの負けで戦いは幕を引いた。

 この男の言う通りの采配で、部下の死を最小限に留めることとなった。消費が前提に雇用される兵士の死者を抑えるにはそれなりの労力を要する。

 次いで言えばこの男。軍事理論や兵站学(へいたんがく)を首席で修学し、本来参謀となるはずだったのに、何の風が吹き回したのか私の軍へと志願した。

 如才(じょさい)なく今後の指示に受け答えするこの男は、私に(おもね)たり憶する風もなく、淡々と雑事をこなし命令を遂行していく。

 自殺願望者くらいしか志願しない万年欠員の私の部隊にこんな(さか)しい軍人が配属され、最前線で戦うなど気でも触れているのだろう。

 と、実感するのがこの男の人を殺す腕と冷徹さが示している。今更一つずつ思い返すこともあるまい。


 一時的だが戦争は終わった。先程の会議で色々と国同士どのようなやり取りがあったかなどの報告があったが、いかんせん興味がないため、全て部下の男に任せている。

 軍事学院(アカデミー)に入ることなく幼い頃から戦場を走り回っていた私には知財はない。


 ”最前線で27度生き残り、敵兵を最も多く撃ち殺した女”

 そんな肩書きだけが、私をいつのまにか中将に押しやっていた。


 着々と進む撤収作業の中、私は陸軍元帥の待つ隊舎へ向かう。無愛想に扉を通過すれば、大業な椅子に座る元帥との対面だ。

 擦過傷を多く残した仰々しい顔に刻まれた深い眼は、机に広げた地形図に落ちている。


「来たか、中将。此度もまた、随分と屠ってくれたな」

「いえ、当然の事です。それこそが、私の使命ですから」

「そうか。しかしわざわざ俺の所に来るということは今回もまた行くのか?」

「ええ。近くにそういった所は?」


 そう、何十回目と知れぬやり取りの後、元帥は地形図の一地点を指差した。


「ここから南東の街の一角にスラム街がある。そこから更に西へ行けば小さな村落もある。人ならごまんといるさ。それでまた、一人で行くのか?」

「はい。少し遅れて部下を迎えに来させます」

「何度も言うが、お前へのこの処置は特例だ。その功績さえなければ、こうして羽根を伸ばすこともままならない」

「重々承知しています」

「まあ、古い仲だ。幾らでも言い分は立つ。毎度の事だしな」

「助かります。ではまた、残った弾丸を全て」

「一発17エテルノ。それ以下では売らん」

「感謝します」


 残った弾数は既に数え終えている。次のために取っておく事もできるその弾を、私はまた買い取った。ゴッソリと紙幣(エテルノ)が財布から消えるが他に使う道もない。

 これにあたり随分と前に元帥は17エテルノの価格設定を私に敷いたが、その値段の意味は分からない。そもそも部隊に補給される消耗品を、決して多いとは言えない給金でわざわざ買い取る物好きなどいないのだ。

 軽く敬礼をしてから隊舎を後にする。後方支援の配給部隊から受け取った書類に備考を添えサインを済ませる。銃弾を可能な数だけポーチに詰めると、自分の部隊へ戻り手早く準備を済ませる。

 天頂にあった太陽は少しずつ傾いている。帰宅の途を辿るのは夜になりそうだ。

 荷物をまとめると、私は隊を後にする。

 部下はいつもの事だと私に何かを問う事もなく敬礼で見送る。馬に乗ると、葦毛色(あしげいろ)の愛馬は低く(いなな)いた。


「後で参ります。無理のなさらないように」


 部下の男の声を最後に私は馬腹を蹴って()け出した。


 戦争後の一服だ。ゆっくり、味わおう。




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