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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白竜と老人シリーズ

白竜と不滅の王国の銀王

作者: 秋月

こちらは、拙作、"白竜と滅びた国の老人"の続編となっております。

よろしければそちらもご覧ください。

 フシュゥ、と白竜の口から白い吐息が漏れた。

 辺りが寒いのではない。竜の息が熱すぎるだけだ。なればこそ、竜の殺す気を込めた炎の風の暴威は押して知るべし。


 老人が、その白竜の側に寄り添っている。一般的な背丈の老人はしかし、白竜の巨躯と比べれば、些か小さいとしか言いようがないだろう。しかし、初見の人、それもなんの心得も無くとも、"ただ者ではない"という感想を抱くであろう。


 人の老人に過ぎないその男は、針のようなピンとした背を持っていた。否、地に立って小揺るぎ一つしない男を表す言葉は、針と言うより釘といった方が正しいだろう。近くで凝視すればわかるだろうが、釘の老人の筋肉は一流の戦士と比べても遜色無い、研ぎ澄まされたものであった。


 更に言うなら、背に背負った身の丈ほども有ろうかという大剣と、腰の革帯(ベルト)に紐で結び付けられた銀色の王冠。これを唯の人と言うのは恐らく、愚者かそれこそ竜ぐらいのものであろう。


 して、今日はどうするのだ。白竜が退屈そうに言った。飯はうまい、老人も興味深い。だが、毎日同じ作業をしていれば飽きると言うもの。しかも、大抵の竜は数日食べて数日食べないという生活をする。その為、竜にとって数日を掛けて"食べ終わった"後は、非常に退屈になるのである。


「ふぅむ、退屈ですか。とは言いましても、特にやることも御座いませんしなぁ」


 顎の髭を親指で撫でながら老人――元リブラーク王は思案した。彼こそは銀の国と呼ばれたリブラークの王であった。今でこそ王では無いが、その顔は銀王と呼ばれるだけの威厳を保っていた。


 この恩人、いや恩竜を退屈させたくはないと言うのは当たり前だが、この辺りも随分荒らされてしまっている。散歩をするには、些か殺風景極まりない。さてどうするか。と、そう思考したとき、僅かに竜の頭が動く。おや、と思うと、竜の顔が楽しげに――王は雰囲気で察したが――歪んだ。


 ――何か来るようだぞ? 楽しげに笑っているような(テレパス)だった。鱗もたぬ人である老人には、あまり変わっていないように見えたのだろうが。


 竜の耳と目は、人とは比べ物にならない。故に、その音を察知した。ガラガラと言う独特な音が聞こえると言う。「客人ですかな?」と問う老人に対して、わからん、と白竜が喉を震わせずに返す。竜とはいえ、流石に足音だけで客かなど計りようがない。だが、目で見ればわかる。




 竜は突然、バサリとその雄大な翼を広げた。竜の体格である三十九尺強(約十二メートル)を優に越すその翼は、幾千の時を過ごした証の様に傷だらけだ。だが、数多くの破れを残して大きくなった翼は、竜の(ほま)れであった。


 乗れ、と白竜が老人に言う。白竜がそう言うのだから、こちらとしても乗らせていただきたい。だが、どう乗ったものか。低く(かが)んでいると思えるその背は、しかし尚二十尺(約六メートル)はあると見え、とても老人が跳ぶ程度では乗れそうに無かった。


 白竜は急かしもせずに音の方をみている。ふむ、と思考するのも一瞬。老人は近くの壁へ跳び、さらにその壁を蹴って跳躍。三角蹴りの要領で宙へ舞い上がった老人は、白竜の背に降りる。つるつるとして掴みどころのない白竜の鱗に、しかし滑る事無く着地する姿は見事と言っていい。


 老人が竜の上に乗った瞬間、バサァッ、とその雄大な翼をはためかせた。風が唸り、竜の体が僅かに浮き上がる。そして、竜は意外なほどの早さで走り出した。


 如何な竜とて、翼の力だけで飛びたつ事は不可能。故、竜の飛躍には助走がいる。今のは恐らく、調子を確かめたのだろう。急速に早くなる竜の体の上で、老人は体を低くして竜の体を軽く掴み、身構えた。


 ドンッ、と石畳を盛大にへこませると同時に、竜が跳ぶ。竜の身長以上の高さまで跳んだ竜は、風を唸らせ翼をはためかせる。やがて、急激な加速感は薄れ、竜は空を飛んでいた。空を飛ぶ白銀の竜は、チラリと老人を一瞥した。唯の人はもろい。落としてしまえば、老人は唯の死肉になることだろう。


 だが、老人はそんな事を考えていない様に見えた。爛々と目を輝かせ、まるで好奇心旺盛な少年の様だったからだ。空を飛ぶと言う、言わば人の夢を体感しているのだから、仕方がないとも言えたが。


 まぁいいと、白竜は息を吐き、ふっと下降し始める。音の正体を捉えたからだ。老人も始めての空に興奮しながらも見た。あれは? と問う白竜に対して、「旅団(キャラバン)でしょうや」と返す老人。四両の馬車に、御者、馬。竜の耳には、馬車という箱の中の賑やかな音が確かに聞こえた。ガラガラと言うのはあの車輪の音だろう。




 空を飛ぶ光、或いは不自然な影に気付いたのか、旅団が停止した。その馬車の前に、白竜が降り立った。おおっ、と声が上がる。白竜は誰がみても勇壮であるから、それが目の前に降りてきたら驚く他あるまい。ましてやそれが、帝国軍に対し、一人と一匹で勝利の名誉を勝ち取った"白銀(しろがね)竜"ともなれば、尚更だ


「ご客人かな?」


 その背から飛び降りつつ、老人は旅団に問い掛けた。今度はさらに大きく、おおおっ、と声。かの名高き"銀王"だ! そんな声に、老人は顔を顰めた。なにせ、"銀王"は古い名であり、元、が付いてしまうからだった。


「すみません、馬鹿どもが……。私がこの旅団の長をしております、ディディエと申します」

「いえ、かまいませんよ。私は……まぁ、ご存知のようすですがな。ノンヴァルクです。姓名は捨てました」


 出てきた壮年の男が申し訳なさそうに言い、それに老人が返す。ディディエと名乗った旅団長は綺麗な顔立ちだ。整った眉、睫毛、目、鼻、口。さぞ婦人達を騒がせられるだろう見た目をしていた。恐らく、いい所の坊ちゃまと言っても通じるだろう。


「それで、元リブラーク王国に何か御用で? ご客人であるなら、もてなしたいと思うのです」


 老人の言葉にハッとしたように、旅団長は慌てて頭を下げた。


「あ、はい! リブラーク王国で、三日程滞在したく、此方まで参りました」


 なるほど、と一人ごちる老人。まぁ、たかだか四両の馬車分の兵士がきたとしても、老人だけで十分事足りる。白竜ハルアもいるなら蹂躙になるだろう。客人として断る理由もなし。一瞬の思考でそこまで考えた老人は、一言


「歓迎しましょう」


 とだけ言い、クルリと踵を返した。


 その後、何もかもが崩れていた街は、久々の喧騒に包まれた。老人は若い者達の芸の練習をにこやかに眺めていた。二十数名しかいないとはいえ、巨人族や太陽族、月神族など、亜人を含めた多種多様な者達がそれぞれの芸を披露していく様は実に見事であったからだ。


 巨人族(ジャイアント)はその巨躯と強力を生かして、棺桶のような大きさの鉄の重りを軽々と持ち上げ、濃褐色肌の太陽族(ラ・ク・ドゥー)は熱さに強い体を活用しての火吹きや火の輪潜りなど、実に見ごたえのある演技を見せてくれた。


 太陽族とは対極と言える月神族(ル・シャナ・ヴァー)は白い肌と、細く磨かれた様な艶のある肉体を見せびらかすように、滑らかな踊りを披露する。細い指を持つ小柄な小人族(ルビエス)がその間を通り抜ける様にナイフを投げていく。


 以心伝心が必須なそれは、彼らの結束力を示す。


 かと思えば、月神族が太陽族の豪快さをを鼻で笑って取っ組み合いの喧嘩になる。しかし、よく見ればお互いに笑っており、和気藹々とした物なのだと気付ける。まるでかつての町並みが戻ったような気がして、老人はよりその微笑を深くした。


 竜も実に楽しそうである。彼らの披露する様々な芸を見て、これは何だ、あれはどうやっていると、次々と老人に聞き、笑みを浮かべたまま老人が返していく。そんな一人と一匹の様子を見た旅団の者達も誘われるように笑い、もっと賑やかになっていく。


 そこには、老人が。否、銀の国が追い求めた理想があった。多種族が手を取り合って、微笑みを交わし、笑い合う光景がそこに在ったのだ。老人の頬に、人知れず涙が零れていった。


 白竜はそれに気づきながらも、しかし野暮だろうと問い掛ける事は無かった。




「さて」


 誰に言うとも無く、老人が呟いた。明け方というには早すぎる、まだ陽の上っていない早朝。老人だけが立ち、その場で思案していた。その場、と言うのは、城壁の事である。城壁の上で仁王立ち、一人考えていたのだ。


 ――昨日見たあれは、私の守るべき物なのでしょうな。老人は自らの顎髭を手で撫でつつ、静かに風を感じた。


 老人が見据える先には、今に上ろうとしている陽と、その光を背にあびた逆光の影。帝国軍だ。老人の目測では、その数およそ四千程。また数を増やしてきたらしいと、老人はやはり何も言う事なく考えている。あれが生涯をかけて守るべき物なれば、帝国の奴ばらに引き裂かせる道理など何処にもない。


 老人は、磨き抜かれた刃を引き抜く。やや黒ずんだ刃が、しかと老人の顔を反射した。


 今の私に、一体何がある? 地位は失くした。富も、民も。だがここに、守るべき理想がある。それ以外に一体何がいると言うのか。老人はにやりと笑って、傍らに立つ白竜をみた。竜が何時起きたかは分らないが、先程からすっくと起き上がって、地平線を共に眺めている。


「ハルア様」

「"うむ"」


 老人が名を呼ぶ。先日までは白竜様と呼んでいたが、竜の許しによって名で呼ぶ事を許された。そして、竜が思念で相槌を打つ。竜も竜で、老人の考えが何となく理解できるようになっていた。三ヵ月も経てば、多少は気心も知れるという物。故、その呼びかけに続きが有る事をしっていた。


「私は、あの者達を守りたく思います」


 流がのっそりと頭を上下に動かす。頷いているのだ。


「手伝っていただけますかな?」

「"無論だ。あの者達が起きるまでの退屈凌ぎにもなる。人の言葉にもあるだろう"」


 その言葉が思い出せないらしく、あれだ、あれ。と繰り返す白竜ハルアに、老人が助け舟を出す。


「一石二鳥ですかな」

「"それだ"」


 一人と一匹は笑い合う。そして、再度軍団に向かい合った。


「いきましょうや」


 応とも、と返す白竜。快活に笑う。


 三ヶ月前と同じやり取り。しかし、お互いに大きく変わっている様をみて、同じという者はいないだろう。老人は守るべき理想の為、白竜は"仲間"の為。二人は戦場へ赴くのだ。




 まだ夜明け前。軍団の前に立った老人、否。深き銀色に燃える魂を宿せし王が、四千という数の耳に木霊する声で叫んだ。


「我が、銀の国を穢さんとする者達よ! この国欲しくば、この(おきな)の首一つ、とって見せいッ!」


 ビリビリと震える空気を感じたものは、まるで砲を放った様な叫びであったと口々に言う。本当にこれは、滅んだ国の王なのか? 兵士全てがそう感じる程の威厳と、溢るる覇気。ともすれば、帝国が誇る九騎士にも勝らんとするその気配を感じ取った者は戦慄した。


「GURUAAAAAAAAAAッ!」


 それに追随するように、白竜も雄叫びを上げる。山を砕くかと思う程の音量。ほんの僅かに昇ってきた陽の光が、その鱗で反射する。神代の光景のようなそれに、しり込みする者は少なくなかった。


 そして何よりも、兵士達の疑問。勝てるのか、という事よりも深いそれ。戦闘が始まる。だと言うのに――


 彼らは何故、あんなにも笑っているのか。




 まずは戦列へ老人が飛び込む。呪術士や魔法使いがいないのをこれ幸いとばかりに刃を先頭の兵士へ叩き込む。めり込む剣がまず一つ、命の灯火を散らす。次いで切りかかって来た刃を避け、柄を兵士のスリット(鎧の覗き穴)へ思い切り付き込む。悲鳴。倒れる音。


 英雄譚では雑魚な兵士とて、正式な訓練を受けた者達。しかし、そんな物知るかと言わんばかりに、老人は兵士を切り飛ばしていく。


 上段から振り下ろされた刃を受け止め、するどい蹴りを剣を振り下ろした兵士の鳩尾へ叩き込む。ガッと短い悲鳴。その兵士の剣を取り、槍を突きこもうとした兵士の方へ投げ付ける。再度短い悲鳴。血飛沫が舞う。薙ぐ様に振られた槍を叩き折り、王は一旦構え直した。


 堂々と隊列の中心に居座る王を、取り囲む様に位置する兵士達。円状に開いた空間に、時たま勇敢なものが戦いを挑んでは切り捨てられていく。王の師曰く「数が多くても、冷静に一対一で始末し続けよ」。王は今、単体対複数の戦いを、畏怖をもちいて一対一の戦いへと持ち込む事でこの場を制していた。


 剣を下段に構えたまま、老人はゆっくりとその場で回る。同じく師曰く「背後を目を使わずして活目せよ」。人の死角は、横や斜め後もあるが、どうしても背後に集中する。故、王は剣の師より、"背の瞳"の秘技を会得していた。背後に立つ者の気配を感じ取る、戦場に立つ者の秘技である。


 背後に回ろうとしていた兵士が業を煮やしたか、切りかかった。その刃を屈んで避け、左手の掌底打ちで顎を打ち抜く。グラリと不安定に揺れた兵士の首を掴んで、取り囲む兵士達に投げつけた。おおっ、と驚愕の声。胸当(ブレストプレート)を付けたそれなりに重量のある兵士を、紙切れ同然に投げ捨てたのだから、当然とも言える。


 竜はどうかと言えば、此方は此方で酷い有様である。あまり惨めな様にならぬよう加減はしているのだろうが、それでも児戯のための人形かと見まがう程重装備の兵士達を蹴散らしていく。数打ちの矢、槍、剣は物の役にもたたない。


 火を噴かないのは、王への誤射を恐れているからだ。無論、王ならば難なく避けるとは思うが、それでも万が一は無くしたいというのが竜の考えであった。


 飛び掛ってきた騎士の一体が鬱陶しげに白竜の爪の腹で殴られる。強靭な筈の鉄の鎧は、しかし派手にへこんで千切れ飛ぶ。帝国軍の側からすれば何の悪夢だという光景であった。


 再び王に視点を戻せば、形振り構わずに一斉に突っこんでくる兵士達をいなしている。時に刃の腹に手をあわせて逸らして同士討ちさせ、その刃でもって次々と兵士を切り裂いていく。


 竜が竜なら、王も王だ。完全な包囲状態からの一斉攻撃だと言うのに、どの攻撃が一番早く自分に届くかを目測で計り、的確にその攻撃をかわし、いなし、そして切り捨てていく。剣が押さえられれば手や足が飛び出る事となり、それは兵の体の芯を揺らしていく。


 今の時点で、王による損害は約三百五十、竜による損害が約千二百。たったの一人と一匹に対するなら、大損害である。衰える勢いを見せないそれは、もっと被害が拡大することを示していた。


「ハハハハハハ! これはこれは、四千の兵が蹴散らされているではないか!」


 何処からか、快活な声。王ではない。竜でもなかった。敵方、帝国の麗騎士であった。麗騎士とは、いわば上級騎士の立ち位置にいる帝国の地位である。権力ではなる事が出来ず、純粋な技量がなければなれぬ、"強き騎士"である。


ノズワール卿(サー・ノズワール)! 前に出すぎかと存じますが!?」

「ハハハ、エリディエド! 構わぬでは無いか!」


 戦列を掻き分け出て来たのは、戦旗槍を持った従者らしき男と、馬に乗り、鋼色に輝く鎧の若い騎士だ。その若い騎士を見た王は、蹴散らした兵士とは技量(レベル)が違うのだろうと察する事ができた。騎士は体重を感じさせない動きで馬から飛び降り、その腰の片手半剣(バスターソード)を抜き、王へ向かって突きつけた。


「帝国の麗騎士が一人、ノズワール・フォン・デリバトゥカ! 銀の国が王、"竜騎士"よ! 決闘がしたい! いかがか!」

「……良かろう!」


 一瞬の思考の後、王は大きな声で応えた。突然の決闘宣言であったが、王としてもありがたい申し出であったからだ。このまま負ける事は無いにせよ、帝国の人間だからといって無用に切り捨てたい訳ではない。王としては、両方の被害など少ないに越した事は無かった。


 白竜は老人の叫びを聞き、攻撃をやめた。ホッとしたような声が兵士から漏れた。


「ノズワール卿ッ!? お戯れが過ぎます!」

「いいではないかエリディエド! どうせこのままでは我が軍は負ける! となれば、部下の犠牲を減らすのが上の仕事ではないか!」


 良き青年よな。と、敵ながらに王は思った。上に立つ者が務めノブレス・オブリージュを理解している。ああいう貴族がもっと増えれば、この世はもっと平和になるはずだが。


「エリディエド殿。この戦いで決めるは命にあらず。故、負けを認めるが負けとしてはいかがか?」


 従者エリディエドに向かって、王は譲歩の提案を出した。要するに、王は「命を賭けぬ決闘ならどうか」と聞いているのだ。エリディエドは自分が話しかけられた事に驚いたようだったが、すぐに腕を組んで思案した。他の兵士達も、流石にこの状況下で切りかかるような無粋な真似はしない。


「……無様な姿を、極力見せないでください。帝国麗騎士の名に傷が付きます故」


 暫くの熟考を経て、ようやく従者エリディエドは口を開いた。不遜な物言いではあったが、麗騎士は特に気にした様子はない。これが常の様だった。


「よし。エリディエド、立会い人を務めろ! 決闘だ!」


 即座に整えられていく場。約十七尺の即席決闘場が出来、王の剣は預かられる。片方が業物で片方が鈍らであったりする場合、あまりにも有利不利の差が分かれる事が多い為、武器はお互いに同じ品質の物を使うのが古来より伝わる決闘の作法であった。


 麗騎士は高品質と言える片手半剣(バスターソード)凧型盾(カイトシールド)を手にもっていた。騎士としては基本と言える装備だ。クルリと剣を一回転させる姿は様になっている。


 王はと言えば、同じく良品であろう両手剣(ツヴァイハンダー)を素振りして調子を確かめていた。重厚なその刃は、王にはやや軽かったが、当れば一たまりもないだろうと思えた。


 従者が戦旗槍を両手で持った。赤い旗が翻る。これを決闘の合図にするつもりらしい。


「この決闘に何を望むか!」


 エリディエドは旗を支えながら叫んだ。王も麗騎士もそちらを見ようとはせず、お互いを見つめながら言った。


「麗騎士ノズワールは銀の国を望む!」

「……銀王、ノンヴァルクはこの軍の一時撤退を望もう」

「双方の願いは聞き届けたり。では、構えよ!」


 麗騎士が盾で柄を隠し、剣の先を天へと向けて構えた。王は柄を顔の前に持ってきて、地面へと剣の先向ける。無論これは儀礼的な構えだが、決闘ではまず最初にこの構えをしなければならない。通さなければならない礼儀の一つである。


「天地神明にかけて、いざ! ――始めェッ!」


 お互いに構えを直し、駆け出した。




 これは、詩人には語られぬ、王と竜による帝国との戦い。だが、語られずとも誰もが知っている事がある。


 "銀の国は不滅"だと言う事を。


 笑み絶やさぬ白竜と銀王の戦いを。


 詩人に語られずとも、彼らの元に人が訪れ絶えぬ事を。


 "旅人の国"として知られる事となった王国の名を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前作に引き続き、童話のような児童向けファンタジーのような、独特の空気がありました。 その文体が作品のストーリーにあっていて、楽しく読めました。 [気になる点] 固有名詞が多くなったので、こ…
[良い点] 登場人物たちが魅力溢れていて、つい一緒にニヤリとしたりします。 [一言] まだまだ続編いけそうですね(* ̄ー ̄)ニヤリ
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