◇そして、私はキキに指示を出してみる。
さてと、今日の午前中は先ず、昨日取ったスキル【測量】の検証をしないとね。
あっ! と、その前に、クエストの「従魔に指示を出してみよう」も、キキで確かめてみないと。
それと、直ぐに出口が見つかれば良いけど、駄目ならこの部屋を中心にして、辺りの探索といったところかしら。
それは昨日、通路に出た感じでは、ゲームの時に訪れた『始まりの迷宮』とは、かなり様子が変わっていたからだ。
全く別の場所だと、考えた方が良さそうだった。
私は立ち上がり部屋の隅へと行く。そこで顔を洗って、素早く身支度を整える。
昨日は出口を目指そうと、荷物を全て持ち通路へと出た。そのため動きが制限されてしまい、魔獣に出会った時は結構危うかった。キキのお陰で、その危機からは何とか助かったのだ。
だから、今日は最低限の荷物、小剣に弓と矢筒、それに水の入った革袋だけを持って、周辺の探索を重点的に行う事にする。
全ての確認を行って、私は壁の前に立つ。そして、大きく息を吐き出し気合を入れる。
「さあ、行くわよキキ!」
「キュウ!」
キキが肩の上で、元気良く返事した。
それに頷き、石壁に向かって手のひらを伸ばし軽く石壁に触れる。その後、心の中で念じた。
――お願い、ここから出して。
途端に、手のひらが触れてる箇所から上下に向かって、ピシリと音を鳴らして石壁に亀裂が走る。天井から床まで達したその亀裂は、上下はそのままに、真ん中辺りがぐにゃりと左右に分かれ、楕円形の穴がぽっかりと開く。その穴の向こうには、昨日も歩いた通路が見えた。通路は部屋の中と同じような、四角い石を積み上げた壁が左右に続き、遠く見えなくなるまで伸びていた。
もう一度、深呼吸を繰り返し力強く一歩、その通路へと踏み出す。しばらく歩いて振り返ると、楕円形の出入り口は影も形もなくなり痕跡すら消失していた。一直線に続く通路の突き当たりの壁が、摩訶不思議な現象を引き起こし、あの部屋へと繋がるのだ。
今さらだけど、どういった現象なのか、本当に不思議。
でも、そのお陰で、私は安全な場所を確保できている。
魔法的な何かなのだろうと、ひとり納得しつつ前に進む事にした。
首を捻りつつしばらく歩いた所で、
――あっ、そうそう。キキに何か命令しないと。そうねぇ、何が良いかしら……。
「キキ、ちょっとお願いしても良いかな」
「キュウ?」
肩の上にいるキキが、何々? といった感じで私を見詰めてくる。
「周囲を警戒して、昨日みたいな魔獣が現れたら、私に直ぐに知らせて欲しいの。できるかな?」
「キュ、キュウ!」
キキが、任せろと言わんばかりに、肩の上で宙返りして喜んでいた。
「ふふ。じゃあ、任せたわよ」
キキは小さな魔獣? だから、周囲にいる生き物の気配に敏感だろうと、辺りの警戒を任せる事にしたのだ。
といっても、ここは一本道の通路。私にも、何かが居れば、直ぐに分かると思うけどね。
しかし、キキは嬉しそうに、周りをキョロキョロと眺め回している。
私に任されたのが、そんなに嬉しいのかしら。そんなキキの様子に、緊張してた私は少しほっとする。
それにしても、「従魔に指示を出してみよう」は、キキに周囲を警戒してと指示を出したから、達成できたと思ったのだけれど……。
でも、チューさんからの、達成したといったメッセージが届かない。
あれっ、命令しただけだと駄目なのかしら。何がいけないのかな。うぅん、他に何をすれば……。
あれこれ悩みながら十分ほど歩いていると、通路が少し広がる場所へと差し掛かった。少し先には、通路が2つの道へと分かれる、三叉路になってる場所が見えてくる。
そうそう、昨日はこの辺りに、あの蜘蛛に似た魔獣が居たのよね。
私は緊張しながら周囲を見渡すが、どうやら今日は何も居ないようだ。
けど、ほっとしたのも束の間、突然キキが「キュ、キュ、キュ!」と大騒ぎして鳴き始めた。
「えっ、何々。何か居るの?」
慌てて周囲をもう一度見渡すが、やはり、私には何も見えない。
でも、そこでチューさんの声が、頭の中に鳴り響く。
《クエスト、「従魔に指示を出してみよう」を達成しました。クエストボーナスが経験値に加算されます。スキルポイント5を獲得しました。称号、『炎帝の愛し子』の成長促進により、獲得スキルポイントが倍化10となりました。新たなクエスト、「獣魔をレベルアップさせよう」「獣魔を進化させよう」が発生しました……追加クエスト「スライム10匹を討伐しよう」が、新たに加わりました》
おろ、何故か、勝手にクエストが達成出来てるけど、何それ。
うぅむ、考えるに指示を出しただけだと駄目で、キキがその指示を達成して初めて、クエストも達成出来るようになってたのね。
もう、チューさんは何時も言葉足らずなのよ……って、ということは、近くに魔獣がいるって事じゃない!
――あわわわ、どこ? どこに居るのよ?
ふと、キキに目を向けると、頻りに天井に向かって警戒の声をあげている。
――もしかして真上?
天井を見上げると、石組の隙間から半透明になった液状の物がヌルッと染み出てきていた。ぬめぬめとしたその液状体は、サッカーボールぐらいの大きさの滴となり、ぼたりと落ちてくる。
それを見て、慌てて飛び退く。
「ひぇ! あ、危なぁ……」
さっきまで私が立ってた場所に、そいつが落ちて来たのだ。気付かず、あのままあの場所に立っていたら、私はその液体を頭から被っていただろう。
危ういところだった。どうやら、今回もキキに助けられたようね。
「ありがとう、キキ」
キキに声を掛けると嬉しそうにしてるけど、まだ、その液体に向けて警戒の鳴き声をあげ続けていた。
「ん?」
その液状の物体が、ずるずると這うように動いているように見える。
――うっそ! こいつ、もしかして生きてるの!
そういえば、さっきチューさんが最後に、「スライム10匹を討伐しよう」とか言ってたけど……もしかして、こいつがスライム?
改めて、そのスライムらしき物を眺める。
半透明の少し白濁した液状体、いえ、粘液体の生き物?
ぬめぬめと体をテカらせて、ぬちゃりぬちゃりと這うようにゆっくり此方に進んでくる。
――うぅぅ、きもっ!
その気色悪さに、思わず鳥肌が立つ。
スライムは、ゲームの類いをあまりしたことの無い私でも知ってる、定番のモンスター。
ふつうスライムといえば、ゼリー状のぷるんとした、どちらかといえば可愛らしい魔物を思い浮かべるのだけど、これはあんまりね。
でも、動きは鈍そう。これなら、昨日みたいに慌てることもなく、十分に落ち着いて対処できそう。ゲームなんかだと、序盤の雑魚扱いらしいって聞いたことあるけど、こちらの世界でも同じような感じみたい。
私は安堵の吐息を付くと、背に負う弓を手に取り矢を番えようとする。
けど、キキがまた「キュキュッ!」と警戒の声をあげて大騒ぎし始めた。しかも今度は、天井、壁、床に至るまで、あらゆる方向に向けて。
「えっ、どうしたのキキ?」
でも、直ぐに私にも、それが何故だか分かる。
そう、前後左右上下、周囲のあらゆる箇所の石組の隙間から、同じような粘液体が染み出てきていたのだ。
その数は、数匹どころでなく、既に数十……いえ、もう数えきれないほどの多さに。
「い、いやあぁぁぁぁ!」
私の絶叫が、通路内に反響してこだまする。