◇そして、私は過去を思い出す。
私は夢を見ていた。
何故、分かったかって?
だってこれ、2年前の私がまだ中学2年だった頃の、夏休みの出来事。
もう、起きてしまった事だから……。
頭の片隅で、これは夢だと覚めた目で見ながら、夢の中の私は今起きてるように体験している……変な感じ。
あれは、夏休みも中盤に差し掛かった頃の事だったと思う。
前後の記憶はあやふやになってるけど、あの強烈な出来事だけは未だに覚えている。だから、夢に見ているのだろう。
あれは確か、勇吾の家族と私の家族が合同で旅行に行く事が決まって、その買い物のために、国道沿いにあるショッピングモールに出かけた時の事だったと思う。
「だからぁ、俺の夢は異世界に行って大冒険することなんだよ」
「馬っ鹿じゃないの!」
「なんだよ、優子が夢は何? って聞くから正直に答えただけだろ」
「そんな有り得ない事、夢とは言わないわよ」
「じゃ、なんだよ。夢は夢だろ」
「それは夢じゃなくて、た・だ・の・妄想でしょう。ホント勇吾はいつまでたっても馬鹿なんだから!」
「なんだよ、それ……」
相変わらず、勇吾が子供みたいな事を言ってる。
本当に男子って、同じ年齢の女子に比べて精神年齢が低いわね。
皆には「二人は付き合ってるの?」って、よくからかわれるけど、こんな子供みたいな勇吾が、私の恋愛対象になる訳ないでしょう。
横で、まだぶつぶつと文句を言ってる勇吾を無視して、国道沿いを歩いていると、私はそれを発見した。
国道は4車線のそこそこ大きな道路。近くに信号もないから、走ってる車は結構な速度で絶え間なく通ってる。だから、たまに警察が速度違反の取り締まりをやってたりする。
その国道の中央分離帯に、一匹の猫が怯えた様子で通る車を窺っているのが見えた。
「まさか……渡ろうとしてる?」
「ん、何が?」
勇吾が、キョトンとした顔を向けてくる。そのまぬけ顔が、私をイラつかせて大きな声で返事してしまう。
「ほら、あれよ、あれ……あ、危ない!」
まるで私の声に反応したかのように、猫が飛び出そうとしていた。
でも、走る車に驚き、すぐに戻った。
その様子に、私はホッとする。
けど、勇吾は……。
「あぁ、猫か」
興味が無いのか、気だるげな声で返事した。
それが、更に私を苛立たせた。
「何よ! ちょっとは可哀想だとか思わないわけ!」
「放っておけ、猫はあぁ見えて、意外と用心深い。俺たち人間より、よっぽど危険察知能力が高い。下手に――」
「何それ! こんな時まで、得意のうんちくを語るわけ、もう良いわよ!」
腹立たしさも手伝って勢いそのままに、私は国道に飛び出そうと――
「ばか、優子!」
私の腕を掴んだ勇吾が、私を引き戻した。
「放してよ! 私はあの猫を助けるの!」
「ちっ、分かった分かった。俺が行くから!」
勇吾が、いままで見たこともないような怖い顔を向けてきた。
それに吃驚して、思わず体が竦んでしまう。
「良いかぁ、お前はここでじっとしてろよ」
勇吾の迫力に、私の勢いは途端に萎み、こくこくと頷くしかできなかった。
走る車の間隙をついて、勇吾が駆け出していく。
だけど……近づく勇吾に驚いて猫が……。
キキィィ!
辺りに鳴り響くブレーキ音。
逃げ出した猫が、車に跳ねられ宙を舞う。
「いやぁぁぁ!」
私の悲鳴が、国道にこだましていた。
結局、あの猫は助からなかった。
泣き崩れる私を、勇吾がいつまでも慰めてくれた。
「あれが、あの猫の運命だったんだよ」と。
でも……。
勇吾の手の平が、私を落ち着かせようと頭を撫でてくれる。
その手が、頬に触れて……。
ん? 勇吾?
「ぺちゃ、ぺちゃ」
――なんだろう?
何かの音が聞こえる。
それと同時に、私の顔を生暖かい物が何回も触っている。
うっすらと瞼を開けると……何かがぺろぺろと、私の顔を舐めていた。
「あっ、キキ!」
「キュウ?」
それは私の従魔、キキだった。私の呼び掛けに、顔の上で可愛らしく小首を傾げるキキ。
あれは夢。勇吾の手のひらだと思ったのは、どうやらキキの舌だったみたい。
私は「ふぅ」と短く息を吐き出す。
いつの間にか、私は床で横になっていたようだった。
今のは夢。でも……。
そっかぁ……昨日の事は、夢じゃなかったのかぁ。期待してた訳じゃないけど、あまりにも突拍子もない出来事が続いたので、何となくそんな事を思ってしまう。
キキはお腹がすいたのか、横になって寝ている私を、起こそうとしていたようだ。頬に付いた苔を払いながら体を起こすと、キキが横に転がるリュックの上に飛び乗り跳ね回っていた。
「もう、仕方ないわねぇ」
座り直して、「うぅん」と一度、思いっきり伸びをする。
その後、キキに急かされるまま、おもむろにリュックを引き寄せた。
「はいはい、キキにはこれね」
おむすびに似た、練り固めた物をキキに与え、私は革袋に入ってる水をゴクゴクと音を鳴らして飲む。
キキが喜んで齧り付くのを横目に見ながら、メニューを呼び出し時間を確かめる。時刻は、8時を少し回っていた。
ちょうど5時間ぐらい寝てたのかしら。
固い床に変な体勢で寝てたせいか、体を少し動かすと関節がポキポキと音を鳴らす。
体は強張り、頭も靄が掛かったような状態。ここは、シャワーでも浴びてすっきりとしたいとこだけど、そんな都合の良い物がここにある訳もない。
もう一度ため息を吐き出すと、今見た夢のことを考える。
私が間違っていたのだろうか?
勇吾が言ってたように、あのまま放っておいた方が良かったのだろうか?
そうすれば、あの猫は助かっていた?
私の軽はずみな考えが、あの猫を……。
私はどうすれば良かったのだろう。
今回の勇吾の件も……。
でもやっぱり、見て見ぬ振りなんて私にはできない。
後で、きっと後悔することになるから。
私は両の手のひらで頬をぱちんと叩く。
マイナス思考に落ちそうになるのを、強引に引き戻した。
――そうよ、覚悟を決めて来たのだもの、泣き言は駄目。
気を入れ直して、私は今日一日をどうするか考えることにしたのだった。