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見つめる先に

とても静かだ。

早朝の薄暗い誰もいない港には無音という音のほか何も聞こえない。


息を吐いてみる。

息が白く舞って、それから消えた。

もう三月の終わりだというのに、

まだ冬がそこに居座っているようだ。

少し分厚目のコートをきてきてよかったと、ふと思った。


静けさに溶け込むように目をとじ、

精一杯息を吸い込む。

潮の独特な匂いが胸いっぱいに広がった。

それはいつもと変わらない、いつもの朝、だった。




少し明るくなってきた。

限りなく広い水平線がほのかに赤みをおびている。

息の白さもさっきより薄くなっていた。


そろそろだ____

そう思ってコートを脱ぎ、首からかけていた双眼鏡を手に取った。


ほのかな光に包まれて、ぼんやりとその影を表している友が島の方に

目を向け、双眼鏡を覗く。


そこには何羽もの白い鳥が、海に面して鬱蒼と生い茂っている木々にとまっていた。

サギだろうか______

長い首をきょろきょろさせて、まるでなにか周囲を伺っているようだ。


友が島は、普段人は立ち入ることができない。

友が島は昔から地元の人々から神が宿るとされ、そこに人が立ち入れば深い森の中から二度と帰ることはできないという噂が現在に至るまで続いている。

それを裏付けるかのように町にはいくつか伝記が残っているらしいが、今まで読まされた事も、どこにあるのかも教えてもらっていない。



突然、一羽が大きな羽を伸ばして飛び立った。

するとそれが合図だったかのように

一斉にほかのサギたちが飛び立ち始めた。


やわらかな朝日に包まれた光の中を、悠々と飛ぶ姿は、何度見ても

感に堪えないほど綺麗だった。



レンズの倍率を下げ、群れを成して飛ぶサギを見ようとしたそのときだ。



視覚の右端にある白いものが写った。

それは島の方向で、その白いものに焦点を合わせるために倍率を上げた。


そこに映ったのは____



一人の少女であった。



しかも一人の少女がこちらに大きく手を振っている。


驚きのあまり、すぐさま双眼鏡を外し、肉眼で島の方向を見てみると、

やはり少女の姿は遠く、捉えることはできない。


少女は自分の存在に気づいているのか…?


だとしても、遠すぎる。

そんな、信じられないような感覚に捕らわれながらも、もう一度双眼鏡を覗いてみた。



やはり、少女はこちらに手を振っている。


思わず息を呑んだ。


それは、少女が自分を見ているという驚きに対するものも含まれていたが、もう一つ理由があった。


少女の容姿に対してである。


一切の不純物を取り除いたかのような純白の衣装。

それを打ち消すかのような漆黒の長い清らかな髪。

それはまるでこの世のものとは思えないほどの美しさがあった。



そして____


少女の頬を伝わる一筋の涙が目に見えた。

なぜだかは分からない。

ただ、それでもなお、必死に手を振っている。


____それはまるで自分に何か伝えようとしているようだ。




その時、強く風が海から吹き付けた。

思わす双眼鏡を外し、風に身構える。

港に泊まっていた船が、軋むような音を立てて揺れた。


それから、瞬間のうちに吹き付けた風は、どこともなしに消えていった。




再び、静寂が訪れる。


はっとして、双眼鏡を急いで手に取り、島を覗いた。



____あれ?



そこに、少女の姿はなかった。

島の見える限り探しても、その少女の影はどこにも見当たらない。


まるでそこには誰も立っていなかったように、島は静かに海の向こうに佇んでいた。


___気のせいだったのか…?


そう思っていたかった。


だが、(まもる)の心のどこかでそれを否定する自分がいて____



しばらくの間、気付かぬ間に明るくなってその影を鮮明に現している友が島を眺めていた。


___きっと何かの見間違いだろう。


守はそう心に言い聞かせて、港を後にした。



だがこの時すでに、守の物語は始まっていたのであった。


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