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青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
第3章 奪われた証拠品
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第7話 告発

「そこの、お嬢さん、いい布地が入ってるよ。ちょっと買って行かない?」

「お嬢さん、絞り立てのジュースはどうだい? まけとくよ」

 わたしの足取りに並んで、あちこちから声がかかる。お得意さんに話しかけるような、愛想のよさ。それでいて、腹の探り合いにもみえる。わたしは、顔をスカーフのようなもので覆ったまま、左右をきょろきょろとしていた。いろとりどりの商品に、いろとりどりの売り手たち。視線をうばうものが、そこかしこにあった。

「はぐれるなよ」

「分かってる」

「顔もみせるな」

「分かってるってば」

 わたしは、ユーリの忠告をあしらって、手近な露天をのぞきこんだ。天幕の影に、さまざまな宝石類が眠っている。あれこれ吟味していると、スッと店主の手が伸びてきた。

「お嬢さん、いかがですか? 試しにつけてみては?」

 差し出されたのがネックレスだったので、わたしは黙って遠慮した。

 顔をみせられないからだ。それに、お金を持ち合わせていない。

「ヒナ、あまり覗き込むな。しつこい店だと、やっかいだぞ」

 ユーリは、わたしにもういちど注意した。彼もまた、顔の下半分にスカーフをまいて、なんだかニンジャみたいな格好をしていた。もちろん、ユーリにそんな比喩を使っても、分からないでしょうけれど。

「あなた、わたしの本名を覚えてたのね。意外だわ」

「例の名前では呼べないからな。短いし、便利でいい」

 そう、わたしたちはお忍びで、城下町の商店街にやって来ていた。石畳がどこまでも続く大通りに、大小の店が立ち並ぶ風景。わたしは、ものめずらしさと解放感で、あちこちに足をむけては、立ち止まっていた。

「あのインコみたいな生き物は、なに?」

「知らんな。インコとは、なんだ?」

「あそこにある、トゲのついた赤い果物は?」

「知らん」

 わたしは、あきれてユーリを振り返る。

「さっきから、知らない知らないって、そればっかりじゃない」

「おれは、飼育係でもなければ、料理人でもない」

「お城での生活がながくて、一般常識がないんでしょ」

 わたしの皮肉に、ユーリはすこしばかり口元をゆがめた。

「おれは、王侯貴族でもない。それから……」

 わかったわかったと、わたしは右手でユーリを押しとどめた。

 くだらない口喧嘩で、時間を使うのが惜しかったからだ。

 ユーリは、わたしのうしろをぴったりとついてきた。そして、彼の横顔にむけて、年頃の少女たちが、意味深なまなざしを送っていた。正体がバレてるんじゃないかと思ったけど、そうではなかった。どうも、ユーリの顔立ちが原因らしい。なるほど、上半分だけみても、美形だろう。それと同時に、わたしのほうにも、とばっちりの視線が飛んできた。わたしはスカーフを深くかぶって、迷惑そうに首の角度を変えた。

「さっきから、見られてるわよ」

「気にするな。気にすると、かえって怪しまれる」

 普段から、慣れているような反応だった。それがまた腹立たしい。

「あなた、顔バレしてないでしょうね?」

親衛隊(ハンジャル)の顔など、庶民はだれも知らない」

 わたしはもう、反論する気も起きなかった。

 向かってくるひととぶつからないように、前を見すえた。

 ユーリはと言えば、真昼の夜空を見上げて、なにやらくちびるを動かしていた。

「……月の傾きからして、そろそろだな」

「なにが?」

変化の術(ミラージュ)が解ける」

 わたしは、びっくりした。そんなこと、ひとことも聞いていなかったからだ。

「ちょ、ちょっと、マズいじゃない」

「マズくはない。むしろ、もとの顔のほうが、歩き回りやすいだろう」

 ユーリはそう言って、わたしの顔をいきなり覗き見た。

「ああ、もどっているな」

 わたしは、自分の顔に、なんの変化も感じなかった。

「ほ、ほんとに? 顔がひきつったりは、しなかったわよ」

変化の術(ミラージュ)は、視覚にうったえかける魔法だ。おまえの顔が、ほんとうに変わっているわけじゃない。なんなら、たしかめてみるか?」

 ユーリはそう言うと、人混みを離れて、わたしを小さな池のほとりに連れて行った。近くには、若い商人たちがたむろしていた。馬の代わりに、ダチョウのような巨大な鳥がつながれていた。羽毛は黄土色で、嘴がひらべったく、爪と爪とのあいだには大きな水かきならぬ砂かきが広がっていた。ユーリに訊くと、あれは砂漠を渡る鳥で、サフィーというらしい。別名【砂漠の船】だとも教えてくれた。商人たちは水を汲み、それを壷に入れては、幌のなかに仕舞い込んでいく。

「こっそりみろ」

 わたしは、池のそばにかがみこんで、そっとスカーフをずらした。波ひとつない水の表面に、見知った顔が映った。目鼻立ちは浅く、ぱっちりとしたふたえ。

 わたしは、安堵した。自分の顔を、取り戻したと感じた。

「おい、長々とみるな」

「待って、もうすこし……」

 ユーリは、わざとらしくため息をついた。

「自分の顔にみとれるやつがあるか」

 わたしは、しばらく水面を凝視した。

 このスキに逃げて……も意味はない。どこかで野垂れ死ぬだけだろう。

 ちらりとユーリを盗み見る。すると、ユーリは市場のほうを遠目にみていた。

「なにか買いたいものがあるの?」

「いや……ああいう品物は、いったいどこから届くのかと思ってな」

「そりゃあ、あちこちの国から動物なんかを使って運んでくるんでしょ」

「ヒナは、そういう旅をしたことがあるか?」

「ないけど……なに、旅行でもしたいの?」

「……そういう気分になることもある」

 ノスタルジックな空気が、一瞬だけあたりをただよった。

 ユーリはしゃべりすぎたと思ったのか、すこし強い口調で、

「いつまでかかるんだ」

 と催促してきた。

 わたしはスカーフをもとにもどした。

 立ち上がろうとした瞬間、ふらりと足もとが揺らいだ。

 池に落ちかけたところで、ユーリの腕がわたしのからだを支えた。

「おい、どうした?」

「さ、さわらないで……」

 ユーリは、わたしをそばの石に座らせた。

 わたしは額に手をやって、うつむく。

「気分が悪いのか?」

「立ちくらみだと思うわ……いきなり腰を上げたから……」

「いや、熱中症かもしれない。飲み物を買ってくる」

 さすがに、池の水は飲ませられないと思ったのか、ユーリはその場を離れた。

 わたしは、じっとしていた。逃げようかとも思ったが、逃げたところでどうしようもないだろう。それでなんとかなるなら、とっくに王宮の裏手から逃げ出している。

「……ッ!?」

 体が宙に浮いた。いったいなにが起こったのか。

 パニックになる間もなく、口を塞がれ、からだを乱暴に揺さぶられた。

 運ばれてる? そう認識できたときには、背中に強烈な痛みが走った。

 木の板にぶつかったような感覚。

「走らせろッ!」

 目の前で、きらりとなにかが光った。

 それが剣で、一本の綱を断ち切ったのだと分かった瞬間、馬車は動き始めた。

「なにッ!? なんなのッ!?」

「おいッ! ちゃんと押さえてろッ!」

 もういちど、くちもとに手が伸びてきた。

 わたしは、思いっきり歯を立てる。男の悲鳴と同時に、背中に痛みが走った。

「バカッ! 蹴るなッ! 王女だぞッ!」

「こいつ、噛みやがったッ!」

「いいから押さえてろッ!」

 怒声(どせい)罵声(ばせい)叫声(きょうせい)

 助けを求めるわたしの顔に、麻袋のようなものがかぶせられた。

 手をしばられ、身動きがとれなくなる。涙がとまらない。

 なんでこんなことに。そうだ、ユーリのせいだ。

 すべて、あいつのせいだ。

 わたしは、怒りと憎しみと恐怖で混乱したまま、気をうしなった。

 

  ○

   。

    .


 目を覚ましたとき、わたしは床のうえに転がっていた。ひんやりとした、石の感触。からだを動かすと、ひじがこすれた。じめじめとした壁と天井。ちらちらと、壁にかけられた松明(たいまつ)が燃えていた。空気が(すす)けている。

 口を動かすと、さるぐつわの感触。わたしは、うめき声をあげた。

「お目覚めかね」

 びっくりと、からだがちぢこまった。

 おそるおそる、声のしたほうへと首をうごかす。

 ゆったりとしたローブに身を包んだ、かっぷのいい髭の男が立っていた。よく日焼けしていて、おそろしく残忍な顔をしていた。頬の刀傷がみえた。右手のムチに気づいたわたしは、無意識のうちに身をよじらせ、うしろに逃げようとした。


 ピシリ!

 

 強烈な打擲音(ちょうちゃくおん)に、わたしは目を堅くつむった。

 だけど、痛みは感じない。脅しだろうか。わたしは、まぶたをあげた。

 みると、叩かれたのは、男の横に立っている、別の男性だった。すこし痩せ気味で、気疲れしたようなその男は、赤く腫れたほほを押さえることもせず、頭をさげた。

「ジンさま、まことに申しわけございません……」

「なぜ顔を確認しなかった? おまえの目は節穴か?」

「依頼人の情報では、たしかに王女でした」

「バカどものタレ込みを、いちいち信用するやつがあるかッ!」

「事実、親衛隊(ハンジャル)のユリディーズに付き添われておりましたゆえ……」

親衛隊(ハンジャル)と一緒にいる女は、みな王女か? ん?」

 親玉とおぼしき男、ジンは、もういちどムチを振るおうとした。

 だがそれよりも早く、痩せ気味の男は、鋭く視線をあげた。

「ユリディーズは、王女直属の親衛隊(ハンジャル)です。ほかの女にはつきません」

「ならば、このえものを、どう説明する? どこからみても、異国の女奴隷だ」

「理由はわかりませんが……この女、ゼナ王女の替え玉かと思われます」

 痩せ気味の男の返事に、ジンは目を細めた。

「替え玉……? 王女には、まったく似ていないぞ」

「王宮には、名だたる魔術師が幾人もおります。容姿を変えるなど、たやすいこと」

 この男、するどい。わたしは、そらおそろしくなった。

 話を聞き終えたジンは、立ったままわたしを見下ろしてきた。

 すさまじい威圧感。からだの震えが止まらない。

「女、いまのカイードの話、ほんとうか?」

「……」

「ほんとうか?」

 ジンは、ムチを両手で伸ばした。わたしは、首を縦に振った。

 ジンは舌打ちをすると、ムチをわたしの目のまえの床に振りおろした。

 わたしは、三たび目を閉じた。

「替え玉ではしょうがない……殺せ」

 戦慄。わたしは、鳥肌が立つ間もなく、床から引きずりあげられた。

 ふたり組の男に反抗して、思いっきり暴れる。

 その拍子に、さるぐつわが外れた。

「待ってッ! わたしの話を聞いてッ!」

 退室しかけていたジンとカイードは、軽蔑したようにこちらを振り向いた。

「女奴隷よ、王女の替え玉とは、このようなリスクを負うものだ。すこしは王族の暮らしができただろう。感謝して死ぬがいい」

 カイードは、眉ひとつ動かさず、冷酷な台詞を吐いた。

「待ってッ! わたしは奴隷じゃないのッ! 異世界の人間よッ!」

 親玉のジンは、カイードに目配せして、人差し指をこめかみにあてた。

「カイード、どうやらこの女、気が触れたらしい」

 そう思われてもしかたがない。わたしは、絶望に打ちひしがれた。

 けれど、カイードのほうは、その残忍な目つきを、ますますとがらせていた。

「いえ、ジンさま、そうとも言い切れません」

「……なに?」

「王宮には、われわれとはべつの世界から、人間を呼び出す術があると聞きます。この女の容姿、どの国のものとも知れません。あるいは、真実やも」

 この男なら、話が通る。わたしは、そう判断した。

「そうよ、魔法で連れてこられたのよ」

「なんのために?」

 カイードは、わたしの話に耳をかたむけた。

「王女の身代わりになるため」

「なぜ、わざわざ異世界の人間を使う? ただの替え玉だぞ?」

「王女は殺されたからよ」

 今度ばかりは、さすがのカイードも、眉間にしわを寄せた。

 ジンは、下品な笑いを浮かべて、ひげをなでた。

「カイード、やはり気が触れているのではないか?」

「少々、お待ちを……殺されたとは、どういうことだ? 政争か?」

「分からないわ。でも、犯人はユーリよ」

「ユーリ?」

「ユリディーズよ。あなた、さっき言ってたじゃない」

 そうだ。ユーリだ。ユーリの犯行を暴けば……。

 わたしの期待とは裏腹に、カイードは鼻でせせら笑った。

「女奴隷よ、罪をなすりつける相手を間違えたな」

「え……?」

「ユリディーズが王女殺しだと? ……ありえん」

「ほんとうよッ! 証拠ならあるわッ! 指輪よッ!」

 わたしの大声に、カイードはすばやく反応した。

「指輪? なんの指輪だ?」

「マリク王子から、ゼナ王女にプレゼントされた指輪よッ!」

「どこにある? 王宮に忘れたでは、話にならんぞ」

 わたしは、指輪がローブの隠しポケットに入っていることを伝えた。

 乱暴に、部下がそれを取り出す。そして、カイードに手渡した。

 カイードは、宝石商のようなするどい目つきで、指輪を鑑定しはじめた。

「本物ではあるまい。奴隷が好む、金メッキであろう」

 はなから信じていないのか、親玉のジンは、そう言い捨てた。

「いえ……これは純金です。ここに、シャムス王家の紋章が」

「なに?」

 ジンは、指輪をカイードから取り上げると、それを近くの松明(たいまつ)にかざした。

「……たしかに、これはシャムスの紋章。寸分(たが)わぬ」

「そうでしょう……納得してくれた?」

 ジンは、わたしの問いかけを無視した。

 代わりにカイードが、慇懃(いんぎん)にこうべを垂れた。

「どこの女奴隷かは分からないが、貴重な情報、感謝する」

「だったら、わたしを……」

「おまえたち、その女はもう用済みだ。殺しておけ」

「ッ!?」

 わたしは、しばらくのあいだ、口をぱくぱくさせた。息ができない。

「ウソ……でしょ?」

「このカイード、命に関わることがらで、ウソを吐いたことはない」

「話が違うじゃないッ!」

「だれも助けるとは言っていない。おまえがひとりでしゃべったのだろう」

「そんな……」

 わたしは、反論する気力も失せて、その場にへたりこんだ。

「待って……わたしは……」

 ジンとカイードは、そのままとびらの向こうがわへと消えた。

 のこった手下たちは、縛ったひもの端を引っ張る。

 わたしは、力なく床にころがった。

「どうする? このまま殺すか?」

「いやいや、どこの国の女かは知らないが、なかなかべっぴんじゃないか」

「そうか……じゃあ、俺も乗る」

 わたしのなかから、スーっと血の気が引いた。

「あ、あなたたち……なにを……」

「どっちが先だ?」

「こういうときは、コイントスだろ」

「ちょっとッ! わたしに触ったら殺すわよッ!」

 片方の男は、古びたコインを取り出し、それを宙に放った。

「表? 裏?」

「表」

「……チッ」

 わたしは叫んだ。のどから血が出るほどに。

 だが、それを楽しむかのように、男はわたしのうえに覆いかぶさってきた。

「暴れるな。おい、そっちの足を押さえてくれ……おい」

 男の手が緩んだ。わたしは、ぐるりとからだを横に転がす。

 一ミリでも遠くに逃げようと、必死にもがいた。

 ムダだと分かっていても、遠くに。そして、背中に手が触れた。

 わたしは、もういちど絶叫した。

「うるさいぞ、静かにしろ」

 その声に、わたしはハッとなった。ふりかえると……ユーリが立っていた。顔に血しぶき、左手に短剣を持って。わたしは、視線を床に落とす。真っ赤な血だまりが見えたとたん、わたしはふたたび、意識を失った。

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