表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
第2章 動き出した探偵王女
7/23

第6話 捨てられた想い

 音の流れ。軽やかで、ときには重く、ほがらかで、ときには悲しい。そんな音符の妖精たちを操ることができたら、どんなにステキだろうと、こどもの頃に思った。そして今、わたしの手のなかで、一本の横笛が、その夢を叶えてくれていた。

 わたしは吹き口にくちびるを寄せて、自分の奏でる音に、耳を澄ませた。

「……結構です」

 もうすこしだけ、吹いていたかった。でも、おとなしく演奏をやめた。

 うっすらまぶたをあげると、そこには、ちょっと難しい顔をした音楽教師が、ひげを撫でつつ、ああでもない、こうでもないと、くびをかしげていた。

「ええ、なんと申しあげますか……たいへん、おじょうずです」

 お世辞でないことは、相手の表情から察せた。うまいとは認めたくないけど、しょうがない。そんな感情のこもった言い方だった。

「ありがとう」

「ただ、わたくしが教えておりますところの、カマルの技法から、少々離れすぎな気がいたしますな。まずは、伝統を学ぶことこそ肝要。しかるのちに……」

 わたしは適当に相づちを打って、それから笛を箱にもどした。宝石をちりばめた、あまりにも気取りすぎな入れ物だった。横笛も、吹きにくいくらい、ごてごてしていた。音楽教師は、あいかわらずなにか言っていたけれど、わたしは聞き流していた。

 そして、ユーリがあいだに入った。

「ラバーブ先生、王女は、つぎのお努めがございますので」

「おっと、そうでしたか……次回は、もういちど基本から始めましょう」

 わたしは、バレない程度に肩をすくめて、席を立った。

 ユーリに連れられて部屋を出ると、そのまま王女の寝室にもどらされた。

 パタンととびらが閉まり、ひと殺しとふたりきりになる。

「つぎのお努めっていうのは?」

 わたしは、あくまでも気丈にふるまった。

「……」

「ようするに、嘘なわけね」

 ユーリは腕組みをすると、入り口近くの衣装棚にもたれかかった。

「なかなか、うまくやったな。褒めてやる」

「ひと殺しに褒められても、うれしくないわ。遠慮しとく」

「出過ぎたマネはするな。譜面を見ないと言ったときは、どうしようかと思ったぞ。おまえのしごとは、王女の身代わりだ。笛吹きになられても困る」

 わたしはベッドに飛び乗って、両足を組んだ。

「わたしが吹奏楽部じゃなかったら、どうするつもりだったわけ?」

「すいそう……なんだ?」

「わたしが横笛を吹けなかったら、どうするつもりだったって訊いてるの」

 ユーリは、表情ひとつ変えずに、かるく鼻であしらった。

「そのあたりは、召喚の段階で条件づけしている。うぬぼれるな」

「うぬぼれてるのは、あなたでしょう。こんなの、そのうち絶対にバレるわよ。楽譜を見なかったのは、単純に読めなかったから。わたしの世界の記法と、全然違うんだもの。機転を利かせてあげたってわけ」

「自分の才能を、過信してるわけではない。つじつま合わせが必要なのは、カマルにいるあいだだけだ。シャムスに輿入れすれば、その手間もはぶける。有名であれ、ゼナがどういう女かは、だれも知らないのだからな」

 室内が、しんと静まり返った。わたしは、あっけにとられていた。

「あなた……それ、本気で言ってるの?」

「ほんとうに物覚えが悪いな。ゼナ王女はマリク王子の許嫁(いいなづけ)だ」

「覚えてるに決まってるでしょ。でも、さっきの雰囲気は、なに? あのひとが王女に片思いしてただけなんじゃないの? 王女は、結婚を嫌がってたんでしょう?」

 わたしの反論に、一瞬だけ、ユーリの顔色が変わった。

 図星だったんだろう。わたしは、そう推測した。

「……王女は、結婚を嫌がってなどいない」

「ウソよ」

「本当だ」

「ウソ」

「疑うなら、そのあたりの召使いにでも訊いてみるんだな」

 望むところだ。なんでこんな簡単なウソを吐くのか、理解できなかった。朝食を用意してくれたあの少女にでも確認してみよう。わたしは、ベッドから立ち上がった。

「いますぐに、とは言わなかったぞ」

 ユーリは、とびらのまえに立ちはだかった。

 わたしは、じっとにらみ返した。相手が、ひと殺しだと言うのに。ここに来て、気が大きくなったのだろうか。たぶん、違う。半分は、やぶれかぶれ。もう半分は、ユーリがわたしを殺さないだろうという、漠然とした確信からだった。

「そんなに怖い顔をするな。ゼナは、ひとをにらんだりしなかった」

「あなた、死体をどこに隠したの? 地下の倉庫? それとも墓所?」

 わたしは、適当に思いつく場所を列挙した。ユーリの顔色は変わらない。

 こうなったら、奥の手だ。わたしはくちびるに指を添えて、視線を横に流した。

「それとも……中庭の井戸かしら?」

 ユーリは目を閉じると、フッとため息をもらした。

「あんなところに、死体を隠せるわけがない」

「ええ、死体は入らないかもしれないわね……でも、服なんかは?」

「王女の服なら、おまえがいま着ているだろう」

「じゃあ、指輪は?」

 わたしは視線をもどして、ユーリの表情をうかがった。そして、拍子抜けした。

(……変化なし?)

 いや、微妙に変化はあった。なんというか……突拍子もないことを言われて、思考が追いつかないときの反応。きょとんとする、というやつだ。

 ユーリの人間的な表情を、はじめてかいま見た気がした。

「指輪……? なんの指輪だ?」

 わたしは慌てた。とっさに、思いついたことを口走る。

「こ、婚約指輪よ。王女が許嫁なら、指輪くらいプレゼントされてるでしょ?」

 ユーリは首を横に振って、わずかに顎を引いた。

「プレゼントか……それなら、ありうるだろうな。だが、この世界で婚約を決めるものは、指輪じゃない。おまえの耳についているイヤリングだ」

 わたしは、左の耳朶にぶらさがった、三日月型のイヤリングに触れた。

「これが……? 婚約イヤリングだっていうの?」

「この世界では、婚約者はおたがいに、イヤリングを片方だけ送り合う。残りは、結婚式のときに、会場であいてにつけてやることになっている」

 わたしは、マリク王子の右耳に、太陽のかたちをした金のイヤリングがあったことを思い出した。あのときは、緊張で気にもかけなかったけれど、あれがそうなのだろう。

「じゃあ、もう片方は? あなたが持ってるの?」

「もちろんだ。結婚式のときに困るからな」

 わたしは、そんな質問をしながらも、べつのことを考えていた。

(わたしが持ってるこの指輪は、なに? ユーリは知らないみたいだけど……騙されてるのかしら?)

 さっきの反応が演技なら……もう、お手上げだ。ユーリの心を見破る方法は、ないということになる。でも、今日のわずかなやり取りで、ちょっとだけ気づいたことがあった。冷静で無感情な少年を装っていても、どこか隠しきれない、感情のブレがあるのだ。

 わたしは、自分の勘を信じることにした。

「そう……じゃあ、指輪みたいなものは、ないのね」

「なぜ指輪にこだわる? なにかあったのか?」

 いえ、なにも。そう言いかけたところで、わたしはふと我に返った。

(ユーリが知らないとしたら、この指輪、だれが捨てたの……?)

 召使いがどこかで見つけて、井戸に捨てた……わけがない。悪い召使いなら、そのまま自分のふところに仕舞うだろうし、善い召使いなら、上司に届け出るだろう。いずれにせよ、井戸に捨てる理由が見当たらなかった。

(王女が自分で捨てたなんて……ありうるわね。王女が、マリク王子のことを嫌っていたのなら、受け取ったフリをして、あとで井戸に捨てた可能性もあるわ)

 この指輪は、王女の心情をあらわしている。私は、そう思った。

 それと同時に、マリク王子のことが、すこしだけ可哀想になった。きっと、思いを込めて送ったんだろうけど、井戸に捨てられちゃうなんて。ゼナ王女のイメージが、わたしのなかで、急降下し始めていた。

「おまえがなんで指輪のことを言い出したのか分からないが……まあ、いい。ここまでは、よくやっている。マリクの印象は、どうだ? 気に入ったか?」

「王子様っていうより、お金持ちのおぼっちゃんって感じだわ」

 わたしは思わず、本音を漏らしてしまった。

 その瞬間、ユーリは、くすりと笑った……ほんとうに笑ったのだ。

「な、なにがおかしいのよ」

「いや、的を射ていると思ってな……なかなか、ひとをみる目がある」

「あなた、ほんとはマリク王子のこと、バカにしてるでしょ?」

 わたしの指摘に、ユーリはムスッとした。

「そんなことはない。どうしてそう思った?」

「とてもじゃないけど、あなたの態度、王族に対するものとは思えないわ」

 王族と家臣のあいだに、友情は存在しない。

 あの晩餐の夜、ユーリはそう言っていた。それなのに、違和感がある。

 もやもやとしたものが残るなか、ユーリはわたしに背をむけた。

「どこへ行くの? 次の仕事? ちょっとは休ませてくれない?」

「おまえには、カマルのことを、もっと勉強してもらう必要がある……ついてこい」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=557603618&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ