第4話 不安げな王女
わたしは寝室にもどると、あれこれ作戦を練りはじめた。最初に必要な一手は、なにか。その答えは、簡単にはみつからない。わたしはただの女子高校生で、警察でも探偵でもないのだ。でも、もとの世界に……あの日常に帰るためには、わたしの無実と、ユーリの犯行をどうしても証明しなければならなかった。
「……」
わたしは、黒い硬質の木製テーブルにひじをついて、じっと考えにふけった。ここに来たときからのできごとを、ひとつひとつ振り返ってみる。
「……そっか、あのナイフだわ」
ユーリにみせられた、血まみれの短剣。わたしは、あれが凶器であることを思い出した。けれど、わたしは黙って、くびを左右にふった。
(ユーリからあれを奪うのは、ムリだわ……だれか協力してくれないと……)
この世界にひとりぼっちであることが、あらためて痛切に感じられた。日本で家族や友人たちに囲まれていたときのしあわせが、身にしみて分かった。そして、そのしあわせを取りもどすためにも、わたしは気力をふりしぼった。
(凶器がダメなら、ほかになにがあるかしら? ……死体?)
その考えに、わたしはゾッとした。鏡をみやる。変化の術をかけられたわたしとそっくりな、二度ともの言わない女性。想像しただけで、気分が悪くなってきた。人間の死体なんて、リアルではいちども見かけたことがなかった。
でも、それ以外に、なにがあるだろうか。遺留品? 服はべつに処分したかもしれない。そんなものを、いつまでも保管してるとは思えなかった。むかし、なにかの小説か漫画で、殺人は死体の処分に一番こまると、そう読んだ記憶があった。ほんとうだろう。もしわたしがひとを殺したら……ありえない仮定だけど……死体を隠すのに、一番こまると思う。
(それに、死体が出たら一発で終わりだわ。傷が残ってるでしょうし、ユーリも言い逃れはできない。プロの仕業だとわかれば、すくなくともわたしは容疑者から外れる)
わたしは、自分にそう言い聞かせた。だけど、不安だった。ユーリとファーラビーが裏で示し合わせたら、わたしなんて簡単におとしいれられてしまうんじゃないだろうか。
「……」
それでも意を決して、腰をあげた。まずは、自分の……ゼナ王女の、死ぬ前の行動を調べないといけない。どうやって? そこが問題。
わたしはしばらく迷って、それからとびらを開けた。今朝の侍女と顔をあわせた。
「どうかなさいましたか?」
「ちょっと、話があるんだけど、いいかしら?」
「なんなりと」
わたしは少女を手招きして、部屋に引き入れた。テーブルに座りなおし、少女にも席を勧めた。けれど、少女はかたくなに断った。失礼だと言うのだ。
「すこし長くなるけど、大丈夫?」
「はい」
「それじゃあ……」
わたしは、ちょっとばかり焦ったことに気づいた。質問がまとまらない。
「えっと……きのうの午前中、わたしはどこにいたか、おぼえてる?」
「きのう……で、ございますか?」
少女は、さすがにきょとんとした。質問のしかたがまずかったらしい。
わたしは、あわてて取り繕おうとしたが、うまい言い訳が思い浮かばなかった。あたふたしていると、少女はくすりと笑った。
「昨日から、ご様子がおかしいかと思えば……許嫁のマリク王子がいらして、そわそわしていらっしゃるのですね」
「ちょ、ちょっとだけね……」
そう答えたわたしは、ハッとなった。
「昨日から……? いつのこと?」
「朝食でお会いしたときから、いつもと違うところがおありでしたよ」
おかしい。わたしがこの世界に来たのは……正確な時間は思い出せないけど、舞踏会の数時間前だったように思う。朝食のときにこの少女が出会ったのは、わたしじゃなくて、ほんもののゼナ王女だ。
(朝から様子がおかしかった? ……暗殺に気づいていたとか?)
わたしは深呼吸して、慎重に話をすすめた。
「わたし、なにか変なことを言ってなかったかしら?」
「いえ……むしろ、口数が減られて……ご気分がすぐれないのかと……」
「そうだったかしら? なにか、怖がってるようなことを言ってなかった?」
奇怪な質問にもかかわらず、少女は律儀に思い出してくれた。
やはりこの少女を選んで正解だったと、失礼ながらに思う。
「……とくに、そのようなことは」
ハズれか。わたしは、質問を変えることにした。
「最後にあなたと会ったのは、何時頃だったかしら?」
「もうしわけありません。時計を持っておりませんので……」
そうか。わたしは、この世界が細かい時間単位で動いていないことを察した。
「だいたいで、いいわ」
「……お昼をお下げしたときでしょうか……あッ」
少女は、いきなり声をあげた。わたしは、期待でドキリとした。
「なにか思い出した?」
「ゼナさま、まだ朝食をお済ませになってらっしゃらないのでは?」
わたしは、がっかりして、思わずため息をついてしまった。
「それは、あとでいいわ」
そう返したとたん、お腹がぐぅと鳴った。
わたしは顔を赤くし、少女はくすくすと笑った。
「すぐにお持ちします」
少女はそう言って、部屋を出て行こうとした。そして、とびらを閉める間際に、こちらを振り返った。たばねた髪を指差して、わたしに笑顔をむけた。
「ゼナさまのプレゼント、ほんとうにぴったりですわ。では、失礼します」