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青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
第2章 動き出した探偵王女
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第3話 求められるもの

 翌朝、目を覚ましたわたしは、やわらかな布団のうえにいた。お酒を飲んだわけでもないのに、あたまが痛かった。昨晩のできごとも、あまりうまく思い出せなかった。

 わたしは、なにをしていたのだろうか? 踊りを眺めつつも、ユーリの存在がうとましくてしかたがなかった気がする。ユーリは、わたしのそばをけっして離れなかった。普段からそうしているのか、それとも、わたしの演技を監視していたのか、それは分からない。

 ただひとつだけ覚えているのは、舞踏会が終わって、緊張がほどけると、一瞬にして疲れが押しよせてきたことだ。わたしはいちども踊らなかったから、すこし不審に思われたかもしれない。どうでもいいことだった。わたしは侍女に連れられて……軽く湯浴みして、そのまま……そのまま、寝てしまったのかしら? どこでユーリと分かれたのか、それすらも曖昧だった。

 わたしはひたいに手をそえて、そっと目をつむった……思い出せない。

「……水が飲みたい」

 わたしは、室内を見回した。いや、見回そうとした、と言ったほうがいいかもしれない。寝台は絹のレースに囲まれて、それを見透かすことしかできなかった。わたしがレースを上げると、薄暗い部屋の床に、一本のひかりの柱が走った。それは、窓から射し込んだ、陽のひかりだった。角度からして、日の出からまだ時間が経っていないように思えた。

 わたしはベッドからおりると、履物をさがした。すると、ちょうどあしもとに、植物の枝で編んだサンダルがおいてあった。それにつまさきを通すと、今度は水瓶をさがした。どこにも姿がなかった。

 自宅なら、部屋を出て台所にむかえばいいのだけれど……わたしは、声をあげた。

「だれか、いない?」

 すぐに、扉のむこうから、若々しい女の声が返ってきた。

「なにか御用でございましょうか」

「えっと……水を持ってきてくださらないかしら」

「かしこまりました」

 遠ざかる足音が聞こえた。

 わたしは腕組みをして、窓辺へと歩み寄った。そして、喫驚をあげた。

「これは……なに?」

 太陽は、どこにもみあたらなかった。ただ、空が、みずから輝いているかのように、青く青く澄み渡っていた。その澄み渡った空も、天頂へ進むにつれて、だんだんと暗くなり、すこし視線をあげると、そこは夜空だった。そう、地上だけが昼の輝きを帯び、空は、ぼやけながら夜の暗さをたもっていた。

 どういう仕組みなのか、異世界人のわたしには、見当もつかなかった。でも……なんて、きれいなのかしら。そう感じた。わたしは、カマルが夜の王国と呼ばれていることに、今更ながら思いを馳せた。

 青と黒のコントラストを眺めていると、ふいにとびらがノックされた。

「失礼いたします」

 侍従の少女が入ってきた。わたしよりも、もっと若い。日本なら、中学生くらい。人懐っこそうな顔立ちで、くちもとには、隠しだてのない笑みを浮かべていた。髪は丁寧にうしろのほうでまとめられていたけど、すこしだけ抜けているたばがあった。それがどこかしら、おっちょこちょいな印象をわたしに与えた。

 少女の手には、磁器土のコップがひとつ、にぎられていた。

「どうぞ」

「あ、ありがとう」

 わたしがコップにくちをつけるやいなや、少女は話しかけてきた。

「そう言えば、ファーラビーさまが、お呼びでしたよ」

「ファーラビー? ……だれ?」

 わたしは、うっかり名前をたずねてしまった。

 あわててくちをつぐんだけど、あとの祭りだった。

 少女は、ちょっと驚いたように、ぱちくりとした目を見開いた。

「天文館のファーラビーさまですよ、大魔術師の」

(てんもんかん? ……天文台のことかしら)

 わたしは、おおざっぱにあたりをつけた。

「え、ええ、そうだったわね……寝起きで、あたまが回ってなかったわ」

 わたしの適当なごまかしに、少女はほほえんだ。

 どうやら、納得してくれらしかった。

「ゼナさまが寝ぼけるだなんて、めずらしいですね」

 そんなことをいわれても……わたしは、コップを返して、その場をごまかした。

「どこで待ってるのかしら、その……ファーラビーさんは?」

「さあ、神出鬼没な方ですし……この時間帯なら、天文館にいらっしゃるのでは」

 さて、まいった。わたしは、逃げ出したくなった。だけど、さっき窓からみた砂漠の風景が、わたしを踏みとどまらせた。のたれ死ぬのがオチだった。

 わたしは、少女をもういちど観察した。

「……天文台って、どこにあるのかしら?」

「この部屋を出て、右をずっと進むと、となりの建物へ続くアーチに出ます。その奥に階段があるので、のぼったらそこが天文館です」

 やっぱり……どうも、この子は、抜けているところがあるらしい。自分が住んでいる建物の構造をたずねているのに、それを奇妙だとは思わなかったようだ。性格を突いているようで悪い気はしたけど、瀬に腹は代えられなかった。わたしだって、命は惜しいのだ。

「ありがとう……じゃあ、今から会いにいくわ」

「あ、着替えを手伝わさせていただきます」

 わたしは、少女の手を借りて、着替えを済ませた。ゆったりとした、白いワンピースのようなガウンに、右肩から赤いスカーフで色づけしたものだ。なかなかおしゃれだった。

 髪を結んでもらい、部屋を出る。

「つき添いは、いかがいたしましょうか?」

「ひとりでいくわ」

 わたしは寝室を出て、少女のいうとおりに廊下を歩いた。

 途中で、侍女や役人らしきひとびととすれ違って、ひやひやした。

 あしもとに気をつけながら、みすぼらしい階段をのぼると、古びた扉のまえに出た。星のかたちにくりぬかれた覗き穴からは、うっすらとやさしいひかりが漏れていた。

 わたしがノックすると(ノックでよかったのかしら?)、奥から返事があった。

「だれじゃ?」

 七海(ななうみ)陽凪(ひな)です。あやうく、本名を言いかけた。

「……ゼナです」

「おお、はいれ、はいれ」

 とびらを開けると、小さな、それでいて風通しのよい部屋が広がった。壁には、大きな窓がうがたれ、そこから天球を窺うように、望遠鏡がすえられていた。そして、望遠鏡ののぞき口のしたに、だらしのない緑色の長衣をはおった、老人がすわっていた。猫背で、白い髭をなでながら、わたしに意味深なまなざしを送ってきた。

 ほかにひとはいないし、いかにも魔法使いっぽいということで、ファーラビーというのはこの老人だろうと、わたしは見当をつけた。たぶん。

「そんなに緊張せんでも、よかろう。そこに座れ」

 老人はそう言って、背もたれのない、丸椅子をすすめた。

 わたしは、老人の言動に、不審なものを感じた。妙になれなれしい。

「失礼します」

 わたしは、椅子にこしをおろした。なんとも、居心地が悪かった。

「あの……なにか……?」

「うまくやっとるのか?」

 わたしは、まゆをひそめた。

「うまくやっている……というのは?」

「王女の代わりを、うまくやっているのか、と訊いておる」

 わたしは、椅子から転げるように立ち上がった。

「どうした? 異世界人は、椅子にも座れんのか?」

「あ、あなた……どうして、そのことを……?」

 老人は、わたしの質問を意外に思ったのか、ふむと声をもらした。

「なんじゃ、覚えておらんのか。召喚の儀式のときに、居合わせたんじゃがの」

「召喚の儀式……?」

 わたしは、とびらのほうへ逃げかけていたからだを、老人へとむけた。ふかく皺の刻まれた顔立ちを、ねんいりに観察した。

「あなた……あのとき……」

「おお、思い出してくれたか。あのときは、あんたが暴れ回って大変じゃったな」

 老人は……ファーラビーは、からかうように笑った。

 わたしは、あのときの取り乱し方を思い出して、頬が熱くなるのを感じた。

「いきなり違う世界に飛ばされたら、だれでもパニックになるわよ」

「それも、そうじゃな。しかし、慣れるのも早い」

 わたしは、首をよこに振った。

「慣れたんじゃなくて、脅迫されてるのよ、あのバンダナ男に」

「ユリディーズのことか?」

 わたしは、こくりとうなずいた。

「おまえさんには、手出しせんよ」

「殺し屋なのに?」

「暗殺者だからこそ、な。プロは余計な仕事をしない」

 わたしは、納得しなかった。ファーラビーの言葉に追いすがった。

「仕事の邪魔になれば、平気で殺すんじゃないの? プロなんでしょ?」

「おまえさんは、殺されたいのか、殺されたくないのか、どちらなんじゃ?」

「それは……」

 わたしは、返答に詰まった。だけど、こんなのは詭弁だ、明らかに。

「で、わたしに、なんの用なの?」

 ファーラビーは、いくつかの質問をぶつけてきた。体調は悪くないか。こちらに来てから変わったことはないか。鼻はむずむずしないか。目はちかちかしないか。

 なんだか、定期健康診断を受けているみたいだった。

「ふむ……適応しておるようじゃな」

「適応なんかしたくないわ……ねえ、もとの世界にもどる方法を知らない?」

「知らん」

 ファーラビーは、あっさりとそう答えた。わたしは驚愕した。

「知らないって……あなたが召喚したんじゃないの?」

「いかにも。この召喚の術を使えるのは、天文館の館長である、わしだけじゃ」

「だったら、もどす方法も知ってるでしょ?」

 ファーラビーは、髭をなでながら、わざとらしくそっぽをむいた。

「さあな……もどす方法は、魔術書に書かれておらんからのお」

 わたしは思わず、ファーラビーに詰め寄った。

「ウソよ」

「ウソじゃない」

「いいえ、その態度はウソをついてるわ」

「仮にウソだとして、どうする? おまえさんは、王女の身代わりなんじゃぞ。おうちが恋しいからと言って、はいそうですかと帰せるわけがなかろう」

 埒の明かない会話に、わたしは苛立ちをおぼえた。

「要するに、もどす気がないのね。だったら、わたしもボイコットするわよ」

「命を賭けてまで?」

「もどれなきゃ、死んだも同然じゃないッ!」

 わたしが大声を出すと、ファーラビーはふかくため息をついた。

「ひとつ質問なんじゃが、なにが気にくわん? 王女なんじゃぞ?」

「この世界の王族よりも、わたしの世界の一般人のほうが、よっぽどいい生活してるのよ。分かる? かってにそっちのものさしで測らないでちょうだい」

 ファーラビーは、左目をしかめて、疑わしげにわたしをみやった。

「ほんとうか? たしかに、衣装は上質だったが……」

「暴露されたくなかったら、譲歩しなさい。もとの世界にもどすって」

「それはできんのお。わしは、ユリディーズの共犯というわけではない。いや、共犯には違いないが、殺しにはかかわっておらんし、おまえさんをここに召喚しただけじゃ」

「わたしがあなたも犯人だって言えばいいだけでしょ」

「だれが信じる? 異世界からやってきた女だぞ? それどころか、ユリディーズはこう言うじゃろうな。この女が女王を殺して変装した。自分はなにも知らない、とな」

「ッ!?」

 わたしは、一歩引き下がった。あまりの仕打ちに、怒りで手がふるえていた。

「あなたたち……最初から、わたしを犯人にしたてるつもりだったのね……?」

「わしは共犯じゃないと言っとるだろうが。むしろ、アドバイスじゃよ。おまえさんは、自分を異世界人だと言う。ほかの世界から来た、とな。そして、ユリディーズがゼナ王女を殺したと訴える。じゃが、証拠はどこにある? 証拠は? おまえさんではなく、ユリディーズが、ゼナ王女から慕われていた親衛隊(ハンジャル)のユリディーズが犯人であると、どうやって信じさせる? ……不可能じゃな」

 最後の一文を、ファーラビーは区切るように告げた。

 わたしは、平手打ちをくらわせてやりたかった。その衝動を、ぎりぎり我慢した。

「……わかったわ。ご忠告、感謝します」

 ファーラビーは、にやりと笑い、胸元に手をあてて会釈した。

「ご理解いただけて、感謝いたします、ゼナさま」

「ほかに用は? 健康診断だけ?」

 ファーラビーは、両手を左右にひらいて、なにもないことを示した。

 わたしはとびらを開け、うしろでにそれを閉めた。ぐっと歯を噛み締める。

(ほんとうに感謝するわ……証拠があればいいんでしょ、証拠が、ね)

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