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青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
第1章 王城で晩餐を
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第2話 愛の節穴

 音楽が始まった。

 わたしはなにをしてよいのか分からないまま、会場の雰囲気に身をまかせていた。そばに立つユーリに目くばせしても、彼は気づかないふりをした。それどころか、こちらを見るなという気配すら漂わせていた。わたしは、腹を立ててそっぽをむいた。

 しばらくすると、左右のカーテンのうしろから、踊り子がひとりずつあらわれた。ホールの中央へと、すべるように舞い込む。ゆったりとした薄手のズボンに、腹部をさらけ出した上着。ふたりは静かなリズムに乗りながら、ひらひらと踊り始めた。もの珍しいショーに、わたしは集中しようした。

 だけど、できなかった。緊張で、コップを強くにぎりしめる。

「ゼナ王女」

 とつぜんの呼びかけに、わたしは身をふるわせた。

 みれば、銀髪のマリク王子が、目のまえに立っていた。

「今宵は、お会いできて光栄です」

「こ、こちらこそ……」

 わたしは、曖昧にくちびるを動かした。

 なんと答えてよいのか、見当がつかなかった。

「具合がわるいのですか? 手がふるえていますよ?」

 マリクは、心配そうにわたしの手をながめた。

「い、いえ……これは……」

 わたしは、もういちど、ユーリに視線をむけた。

 ユーリは、わたしのそばにたたずむだけで、手を差し伸べる気配がなかった。

(なにやってるの……あなたの計画じゃない……)

 わたしは、混乱といらだちをおぼえた。この少年は、この人殺しは、わたしに何をさせたいのだろうか。演技がバレたら、困るのはわたしではなく、ユーリなのだ。

 それとも、この場でマリクに、助けをもとめたほうがよいのかもしれない。自分はゼナなどではなく、ただの異世界人で……異世界人! そんな馬鹿げた話を、信じてもらえる気がしなかった。わたしは、ひらきかけた口をつぐんだ。

(ごまかせばいいのよ……異国から奴隷としてつれてこられたとか……)

「あの、マリク様……」

「殿下、今宵は、ごきげんうるわしく」

 わたしのたくらみを防ぐかのように、ユーリが言葉をはなった。

「こんばんは、ユーリ、元気だったかい?」

「殿下のおかげさまで」

「その呼び方は、よしてくれ。わたしとユーリの仲だろう」

 彼らが友人であることに、わたしはすぐさま気づいた。そして、困惑した。

 マリクはわたしに向きなおり、王族とはおもえない、人なつこい笑みを浮かべた。

「さては、ユーリがなにかやらかしましたね? 違いますか?」

 マリクの言い回しに、わたしはドキリとなった。

「問題児であるかのような言い方は、やめていただきたいですね」

 ユーリは、言葉つかいこそ丁寧だったものの、ぞんざいに言い返した。

「ハハハ、冗談だ。しかし、ゼナ王女のめんどうをみるのは、おまえの役目。今夜の舞踏会に、これほど緊張させては、不手際と言わざるをえないな」

 マリクは笑いながら、ユーリの肩をたたいた。

「年頃の女心というものは、分かりません」

 ユーリは、眉ひとつうごかさず、そう答えた。

「それはわたしも同感だ……ゼナ王女、またのちほど」

 マリクは去り際に、わたしのイヤリングを愛おしそうに撫でた。

 わたしは反射的にからだを引いてしまう。

「おっと、失礼……ユーリ、うまくやれよ」

 マリクは丁寧に会釈をすると、今度こそ、わたしたちに背をむけた。

 どっとした疲れが、わたしの胸の奥から、とつぜんに沸き起こった。

 ひたいの汗をぬぐって、わたしは大きく息を吐いた。

「うまくやるじゃないか。ひとをたぶらかす才能がある」

 ユーリは、小声でそうささやいた。

「バカなこと言わないで」

「いまの顔を忘れるな。ゼナとマリクは幼なじみだ。不知は通じない」

 わたしは、遠ざかったマリクに視線をむけた。かっぷくのよい、髭の男と談笑しているのがみえた。どちらかの国の重臣だろうと、わたしは勝手に推測した。

「……あなたとは、どういう関係なの?」

「俺は、親衛隊(ハンジャル)のメンバーだ。付き人だな」

「ただの裏切り者でしょう」

 わたしの軽口にもかかわらず、ユーリは顔色を変えなかった。

「それに、わたしが訊いたのは、あなたとマリクの関係よ」

「俺と殿下?」

「さっきの様子だと……あなたたち、友人かなにか?」

 ユーリは黙って、わたしを見つめ返してきた。

 そして、フッと肩をすくめた。

「勘のいい女だな」

「あれで気づかないほうが、どうかしてるわ……で、どういう関係なの?」

「俺はもともと、シャムスの出身でな。マリクとは幼いころからの知り合いだ」

「知り合い……ね。友だちじゃないの?」

「王族と家臣のあいだに、友情は存在しない」

 ユーリはそれだけ言って、口をつぐんだ。

 わたしも、押し黙る。なぜ饒舌になってしまったのか。極度の緊張から解放されると、ひとはとりとめもなくしゃべり始めるという。わたしはコップにくちびるをつけて、冷ややかなそれをのどに流し込んだ。自分を落ち着かせるためだ。

「あのひと、ゼナ王女の婚約者なんでしょ?」

「説明したとおりだ」

「婚約者を替え玉でだませると思ってるの?」

 ユーリは、なにも答えなかった。

 音楽が、深まっていく。やさしげな音色がつづいた。

 踊り子たちもそれに合わせて、手足のうごきをゆるめる。

 まるで、砂漠のどこかをさまよう、陽炎のようだった。

「気にいってもらえたかな?」

 しわがれた、老人の声。

 振り返ると、ハサラ王の姿があった。

 杖をつき、腰を曲げた老人は、澄んだ瞳でわたしを凝視した。

「は……はい……」

「どうした? 気分でも悪いか?」

「い、いえ、そんなことはありません」

 わたしはごまかすと、踊り子たちへと目をそらした。

 頬に、ハサラ王の視線を感じる。

「マリク王子とは、もう話をしたのか?」

「はい」

「返事のようなものは?」

 わたしは、ことばに詰まった。

(返事って、なに? ……まさか、プロポーズ?)

「な、なにも……」

 わたしは、一番あたりさわりのない答え方をした。

 マリクから特別なことを聞かされていないのは、事実だから。

「そうか」

 老人はそれだけ言って、鼻息をもらした。

 落胆しているのか、それとも安堵しているのか、どちらにもとれた。

「ゼナよ、おまえは、マリク王子のことを、どう思っている?」

 唐突な質問。

(どうって……初対面なのに答えられるわけないじゃない)

「たいへん……よい方だと思います……」

 わたしは、第一印象を素直に答えた。

「最近のおまえは、ずいぶんとふさぎこんでいたようだな。そう、王子との婚約が決まったときから……ゼナ、ひとつだけ理解してもらわねばならないことがある。おまえは、ひとりの女であるまえに、カマル王家の長女。だれを愛し、だれに嫁ぐかは、おまえの意思では決められぬことだ。そのことを、わきまえて欲しい」

 わたしは、あいまいにうなずき返した。

 思考が、もやもやとしてくる。

(ゼナ王女は、マリクと結婚したくなかったの?)

 わたしはその情報を、すこしばかり意外に思った。ユーリは、そんなことを匂わせもしていなかったから。わたしが演技過剰で、マリクにベタベタしたら、どうするつもりだったのだろうか。人殺しの立てた計画など、理解できるはずもない。

「すまぬな、歳をとると、どうしても愚痴がこぼれる」

「いえ……そんな……」

「おぬしは、兄王のひとり娘。兄が若くして亡くなるとき、臨終のまぎわ、おまえをワシに託した。そのときの約束は、一度も違えたことはない。おまえがシャムスの王族に嫁げば、兄王も大いに満足してくれるはずだ。ワシも、安心して死ぬことができる」

 そんなのは、親のエゴではないのか。わたしは、そう思った。けれど、この世界の価値観は、わたしの住んでいた国や時代と、異なっているのかもしれない。それとも、21世紀ですら、王族ではそういう風習が守られてるのだろうか。

 わたしは、生返事をしながら、そんなことを考えていた。

「おまえは聡明な子だ。それに……」

 ハサラ王は、ユーリに向きなおった。

「信頼できる親衛隊(ハンジャル)もいるからな」

 わたしは、失笑しかけた。

(そのハンジャルに殺されたのよ、ゼナ王女は……まるで節穴だわ)

 もうろくしているのではないかと、毒気のある考えがよぎった。

 それと同時に、音楽が転調した。明るく、ノリのよいリズムへと変わった。

「うす暗い話は、これまでにしよう。今宵は、ぞんぶんに楽しむがよい」

 わたしは会話から解放されて、そのままユーリのそばにとどまった。

 見えないナイフにおびえるよりは、そばに置いておきたい……そんな気分だった。

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