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青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
第5章 黒幕たち
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第19話 真相の語り部

 通路は闇におおわれていた。ほんのすこしだけ、天井の隙間すきまから明かりが漏れる。城内の地下道を通っているらしい。ひとの声も漏れ聞こえた。うしろから刺されるんじゃないだろうか。わたしはユーリの気配をさぐった。

「なにも見えないわよ」

「しゃべるな。すぐに出る」

 ユーリは短剣を持ったままだった。せめて仕舞って欲しいと思う。

 だけど、廊下ろうかから聞こえる会話も、それに輪をかけて物騒ぶっそうだった。

「ゼナさまの服を着た女がいなかったか?」

「いや……ゼナさまになにかあったのか?」

「ゼナさまに変装した女がいるらしい。それらしいのを見つけたら殺せと、ガシェ大臣から命令が出ている」

「殺せったって、ゼナさまご本人だったらどうするんだ?」

「異国の女らしい。カマルの人間じゃない。顔をみればすぐにわかる」

 うしろで舌打ちが聞こえた。ユーリがガシェの名前に反応したのだ。

 ガシェは、今回の騒動に便乗して、わたしを殺害するつもりらしかった。ユーリからわたしが逃げ出せない最大の理由は、それだ。うしろに虎がいるからと言って、狼の群れに身を投げ出すこともできない。

「ねぇ、シスマは……」

「出口だ」

 視界が急にひらけた。さまよいこんだのは、まったく予想だにしていない、貴人にふさわしい空間だった。十畳ほどの部屋に、調度品がならんでいた。床には、白と青の刺繍ししゅうが入った赤い絨毯じゅうたんかれていた。

 そして、その中央に、豪奢ごうしゃなベッドがみえた。ひとりの女性が上半身を起こして、来客のわたしにほほえみかけた。その顔に、わたしは絶句した。

「ゼナ……王女……?」

「ナナウミ・ヒナさんですね。はじめまして、ゼナ・フィ・カマルと申します。床に伏したままの無礼を、ご容赦ください」

 女性はそう言って頭をさげた。わたしは呆然とたたずむ。

 ゼナは死んだはずだ――そして、ひとつの可能性に思い当たった。

「すべて狂言だったのね」

 王女はうなずいた。あまりにも冷静なその仕草に、わたしは怒りを感じた。

「あなた……ふざけないでッ! ひとをこんなことに巻き込んで、なんのつもりッ!?」

 わたしは一歩まえに出ようとした。すぐさまユーリが割ってはいった。

「どきなさい」

「ゼナの話を聞いて欲しい」

「あなた、嘘をついてたんでしょ? それに対する弁明はないの?」

「その弁明を、ゼナ本人の口から聞いて欲しい……頼む」

 ユーリは、あの牢屋でみせた祈るような瞳で、わたしをみつめた。

 わたしは戸惑う。こんなまなざし、いくらでも無視できるはずなのに。

「……わかったわ。内容次第では、容赦しないわよ」

 どう容赦しないのかは、じぶんでもよくわからなかった。最悪、ガシェのがわにつくこともありうると、そういう意識だけはあった。ユーリがゼナを殺害したというのは、ウソだったのだ。ガシェが悪者だというのも、ウソかもしれない。

 わたしは両腕を胸もとで組み、ゼナをにらみつけた。

「で、あなたが死んだように偽装した理由は?」

「ユーリから、カマル王国とシャムス王国との関係についてお聞きですか?」

「……多少は」

 ゼナは、ゆっくりと、はっきりした口調で語り始めた。

 その声は透き通っていて、節々に知性を感じさせるところがあった。

「現在、カマルの王座には、ハサラ王がお座りになられています。ハサラ王は、わたくしの伯父にあたります。カマルは男子による王位継承を旨としておりますので、いくら先王の娘とはいえ、わたくしに王位が回ってくることはありません。しかし、伯父上にも男子がおらず、このままではカマルの直系は当代で潰えることになります。このことは、カマルだけでなく、隣国のシャムスにとっても懸念に思われていました」

「シャムスにとっても『懸念』? どうして? 隣国が弱体化するんでしょ?」

「ご明察です。ユーリが『聡明な少女だ』と評していただけのことはあります」

 わたしはユーリをみた。ユーリは視線をそらした。

 この男、うらでわたしのことを逐一報告していたのか。ポジティブな評価で、こそばゆい。けど、腹の虫がおさまったわけじゃない。わたしはゼナを問い詰めた。

「シャムスからみれば、カマルに対して高圧的に出るチャンスでしょ。そもそも、マリクとあなたの婚礼の話が持ち上がったのは、そういうことなんじゃないの?」

 ゼナはそのとき初めて面持ちをくずした。悲しげな顔になった。

「そのように考えている者も、多いように見受けられます」

「あなたは違うのね?」

「はい……カマルとシャムスは、たしかに隣国同士。いにしえから、隣国と手をむすぶ者には災いがふりかかると言われております。しかしながら、この2国にかぎっては、ある特殊な事情から、手をとりあう機会にめぐまれてまいりました」

「特殊な事情? ……それは、なに?」

「カマルとシャムスは、2つの大陸をむすぶ通路の役割を果たしているのです。カマルが属する大陸はアラード、シャムスが属する大陸はサーマと呼ばれています。古い言い伝えによれば、この2つの大陸はもともと2つの国であり、長いあいだ戦争を続けておりました。これをみかねた神々が天罰を下して、2つの大陸に切り裂いたそうです。そのとき、陸の架け橋としてのこされたのが、カマルとシャムスなのです。以後、アラードとサーマの国々は、この半島を通じて外交を取り持つようになりました」

 初耳の情報だった。わたしはしばらくのあいだ、ゼナの説明の意味を考えた。

「つまり……一方が相手を併合すると、大陸間のバランスが崩れるってこと?」

「ご明察です。カマルとシャムスの政治事情は、2国の利害で決まっているわけではありません。じっさいに舵取りをしているのは、その背後にいる多くの有力国です」

 ゼナは、そこで話をくぎった。わたしはどう反応していいか迷う。

 おそらく、いまの説明ですべてが明かされたとは思えない。政治の舞台裏を、異世界の人間にぺらぺらと話しはしないだろう。もっとドロドロしたなにかがあると、わたしは直感した。

 とはいえ、その闇の部分をたずねても、答えは返ってこないはずだ。わたしは、話をスタート地点へもどすことにした。

「カマルとシャムスが持ちつ持たれつの関係なのはわかったわ。だったら、両国の王族が婚姻関係になるのは、なおさらマズいんじゃないの? 今回のケースでは、カマルのほうに直系の継承者がいなくなるんでしょ? シャムスの乗っ取りだと勘ぐるのは、自然な流れだと思うんだけど?」

「シャムスがカマルを併合することは、アラードの国々が認めません。そのようなことを画策すれば、その時点で首謀者が暗殺されてもおかしくないほどです。今回の婚約を両大陸が許しているのは、むしろこれがカマルとシャムスの存続に役立つと見られているからです」

「どうやって……あッ」

 わたしは、天文台でファーラビーから教えてもらったことを思い出した。

「もしかして、あなたの産んだ子がハサラ王の養子になるって計画は、ほんとうなの?」

 ゼナの目つきが鋭くなった。

「どなたからそれをお聞きになられました?」

「……ファーラビーよ」

「やはり、ファーラビー殿は聡明な御方。そこまでお読みになられたうえで、わたくしの計画に協力してくださったのですね……ハサラ王がわたくしをシャムスへ嫁がせるのは、養子を得るためです。これは、両国においても極一部の者しか知りません」

「だけど、ファーラビーはこうも言ってたわ。シャムス出身の人間がカマルの王になったら、両国のバランスが崩れる可能性がある、って。わたしもそうだと思うし、さっきからあなたが言ってることと辻褄が合わない」

「それはあなたの聞きまちがいかと思います。ファーラビーは、そのように考えている輩がいる、と申したのではありませんか? 養子をもらってもシャムスが優位であることに変わりはない、と考える者は多いようです。しかし、マリクの長子がカマルの後継者となれば、シャムスの後継者は次子、つまり弟ということになります。両国では長幼の序列が厳しく守られておりますゆえ、ここでバランスをとることができるのです」

 わたしは唖然あぜんとした。従者にうらぎられた王女という名の殺人ゲーム――それは、国家の存続を賭けた、壮大な陰謀だったのだ。

 最後に、どうしても解決しないピースが残っていた。わたしの存在だ。

「じゃあ、どうしてこんな茶番を? わたしはなんのために呼ばれたの? 影武者? この作戦が外部にバレると殺される可能性があるから、わたしをおとりに?」

 ゼナは目を閉じた。そして、ゆっくりとくちびるを動かす。

「わたくしの寿命は、もってあと1年ほどしかありません」

 正気にかえるまで、どのくらいの時間が経っただろうか。1分? 2分? あるいは、数秒のことだったのかもしれない。おそらくはそうなのだろう。

 わたしは震える声でたずねかえした。

「どういうこと……?」

「わたくしの胸には腫瘍があり、日に日に大きくなっております」

 乳ガンだ。わたしは直感的に理解した。

「待って、その病気なら知ってるわ。手術すれば予後は悪くな……」

 そこまで言って、わたしは口をつぐんだ。ゼナはほほえむ。

「ヒナさん、あなたは、このカマルよりもずっと未来の世界から来ているようだと、ユーリからうかがいました。あなたがたの世界では、不治の病ではないのかもしれません。しかし、わたくしたちの国では、この病に若くしてかかった女性は助かりません」

 わたしは首をふった。

「じゃあ……じゃあ、わたしを呼んだ理由は、死んだあとの後釜あとがま? でも、どうして? 異世界から召喚する必要がどこにあったの?」

「この世界では、女性はほとんど教育を受けておりません。王族とて、そうなのです」

「ウソよ。あなたには教養があるじゃない」

「わたくしは、先王に男子がいなかったため、例外として教育を受けました。このような政治的な話をしても、わかる女性はいないのです。そこで、女性も高い教育を受けている世界から、わたくしの計画に乗っていただける女性を呼び出すことになりました」

 わたしのなかで、ふたたび怒りの芽が頭をもちあげた。けれど、余命1年の女性のまえで、なにをわめくというのだろうか。このシチュエーションは、卑怯だとすら思う。

「計画は切羽詰まってるわけね。1年で何人も産めるわけじゃないんでしょ」

「はい、初夜から出産まで、うまくいっても10ヶ月は要します」

「診断がまちがってる可能性は? もっと早く最期が来たら?」

「もちろん、ありうることです」

「生まれてくるのが女の子だったら?」

「そのときは、わたしの計画をその娘に託します」

 わたしは両腕をひろげた。言葉が口から出かかったけど、なにも言えなかった。

 ゼナは、わたしが事情を把握したと考えたらしい。最後の質問をしてきた。

「ヒナさん、わたくしの亡きあと、後見人こうけんにんになっていただけませんでしょうか」

 もしかすると、この質問はとてもむずかしいものだったのかもしれない。ふたつの大陸の命運を左右することに、疑いの余地はなかったから。

 でも、わたしは即答した。

「いやよ」

 ゼナは沈黙した。まえに出ようとしたユーリを、彼女は右手でとどめた。

「理由をお聞かせいただけますか?」

「ユーリから聞いてると思うけど、わたしの世界の一般人は、この世界の王族よりもいい生活を送ってるわ。それに、もしわたしがこの世界で病気になったりしたら、薬がなくてたいへんな目に遭うのは明らかだもの」

「これは国の興亡を賭けた計画です。なにとぞ、ご英断を」

 わたしは首をふった。

「ごめんなさい。わたしの世界で、そういう考えはもう流行はやらないのよ。それに……」

 わたしは、ここまでの話で一番気にかかったことをたずねた。

「あなたはマリクを愛しているの? ただの政治の道具としてじゃなくて?」

「はい、心から愛しております」

 ウソには聞こえなかった。

「……あなた、悲しいひとなのね。ほんとうに愛しているひとを、道具として使わないといけないなんて……もしわたしにできることがあるとすれば……」

「そのような茶番で王子を巻き込んでもらっては困ります、ゼナさま」

 天井から少女の声が聞こえた。

 見上げる間もなく、はりから小柄な体が宙を待った。

 わたしはその少女の名前をさけんだ。

「し、シスマ!」

「偽ゼナ王女、少々首をつっこみすぎたようですね。救出にまいりました」

 わたしは混乱する。目のまえで起きている事態も、シスマの台詞も理解できなかった。

 ユーリは剣を抜き、ほんもののゼナをかばうように移動した。

 一方、シスマはうやうやしく衣装のすそを持ち上げ、ゼナに一礼した。

「ゼナ王女、おひさしゅうございます」

「シスマ……あなたがなぜここに?」

「お気づきになられませんでしたか。わたくしは某国より密命を受け、マリク王子があなたさまの策謀にはまらぬよう、監視を仰せつかった者でございます。なかなかしっぽを出されないので、ひやひやしておりましたが、まさかこのような隠し部屋があったとは……おっと、ユリディーズさん、お動きになられないほうが、よろしゅうございます。さきほど剣を構えた折、わたくしの腕もなかなかのものだと、おわかりいただけたのでは?」

 ユーリは舌打ちをした。わたしはだんだんと状況が飲み込めてくる。

 シスマはスパイだったのだ。シャムスか、あるいはその周辺国の。

「それでは、証拠品をお預かりいたします。ゼナ王女、ご自愛を」

 わたしの体がふわりと浮いた。シスマも地面から足がはなれる。

 ふたつの肉体は、ロープに引かれて天井へと舞い上がった。

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