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青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
第5章 黒幕たち
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第18話 2人の刺客

 ランプの油が焼ける匂い。

 わたしは息苦しい空気のなか、床の模様をチョークで書き足していた。

 魔法陣は半分近くが消えていた。日数の経過と、ひとが出入りしたせいだろう。

 予想していたよりも、はるかに重労働だ。

 巻き物のイラストが簡単にみつかったのは、不幸中の幸いだった。それとにらめっこをしながら、床にひざをつき、腕を動かす。黒板に文字をきざむような音が、ファーラビーの部屋に小さくひびいた。いそがないと。

「……これで全部?」

 わたしは、最後の三日月を描き終えた。

 立ち上がって、全体をもういちど確認する。イラストと魔法陣に違いがないかどうか、360度、時計回りにひとつひとつ点検した。

(ちょっと歪んでるかしら……)

 真円というわけにはいかなかった。慣れていないのだ。とはいえ、よーく見ないとわからないほどの差だし、書き加えるまえの魔方陣も、そこまで精緻なものじゃなかった。

「あとはユーリを……」

「ゼナさま?」

 なぜここに――ドアのすきまから、シスマが顔をのぞかせていた。

「あの……なにをなさっているのですか?」

「し、シスマ、これは……」

 わたしは咄嗟とっさの言いわけを考える。

「ユーリが無実であることの、決定的な証拠をさがしてるの」

 われながらうまいと思った。ファーラビーの部屋にいる理由としてふさわしい。

 と思いきや、シスマは顔をくもらせた。

「ユリディーズさまの件は、さきほどの地下牢で解決したのでは?」

「証拠がないのよ。ほら、ハサラ王を納得させるには、物的な証拠が必要でしょ?」

「証拠……どのようなものでございましょうか? シスマもお手伝いいたします」

 そこまでは考えていなかった。

 すこしばかりうろたえる。具体的にはわからない、じゃ変だし――そうだッ!

「指輪よ」

「指輪? ……あッ、ゼナさまがおくしになられた指輪でございますか?」

 やっぱり知ってたのね。ひとの口に戸は立てられない。召使いたちのあいだでも、このうわさは漏れていると読んだ。正解だった。

「ファーラビーさまのお部屋で、おくしになられたのですか?」

「ひょっとしたら、ね。捜してないのは、ここくらいだから……」

 わたしはてきとうなウソをならべた。

 シスマはすっかり信用してしまったようで、

「承知いたしました。シスマも誠心誠意、お手伝いさせていただきます」

 と真顔になって手をあわせた。

 これはこれで困る。とりあえず、すでに部屋のあちこちを調べ終えたことを告げた。物を動かしたから、それっぽくみえるはずだ。ところが、シスマはまったく妥協しないで、

「ランプの光では、見落としているところがあるやもしれません」

 と言い出した。まいった。見落としているもなにも、この部屋にはない。あれは盗まれたのだ。しかたがないから、もうすこし捜すフリをする。まだ手をつけていなさそうな場所。それでいて、シスマがすぐにをあげてくれそうな場所。

「……そこの棚のうしろは、まだ捜してないわ」

「こ、この棚ですか……とても重そうです」

 よしよし、数センチくらい動かしたら、あきらめてくれそうだ。

 わたしは、シスマに棚の片側を担当してもらうことにした。ふたりで左右にずらしていくのだ。音が多少するかもしれないけど、ここは王宮から隔離された施設だ。それに、わたしとシスマなら、衛兵にみつかっても見逃してもらえるだろう。

「それじゃ、反対側を持って。暗いから気をつけてね」

「はい」

 わたしはかがみこんで、棚に手をかけた。ぐいっと力を入れる。

 ビクともしない。

「シスマ、もうすこし力を入れてみてくれる?」


 キンッ

 

 闇のなかに火花が散った。

 わたしはおどろいて顔をあげた。

 すると、短刀を持ったユーリの姿が、ぼんやりとランプに照らし出された。

「きゃああぁああああああああッ!」

 悲鳴をあげたとたん、わたしは突き飛ばされた。

 肩が壁にぶつかり、棚から道具がころがり落ちる。

 殺される――わたしは必死に悲鳴をあげた。

「ひと殺しッ! ひと殺しよッ!」

 

 キンッ

 

 ふたたび火花が散った。金属がぶつかる音。わたしは肩をおさえながら、這うように逃げ場を求めた。なんどもつまずきそうになる。もういちど金属音。わたしは、それが短剣のぶつかり合う音だと気づいた。

 だれかが戦っている? わたしは盾になりそうなものを探しながら、視線を部屋のなかに走らせた。ランプの灯りに交差する人影。ひとつはユーリ、もうひとつは――

「シスマ!」

 短剣を持ったシスマが、ユーリとやいばまじえていた。

 一瞬、なにが起こっているのかわからなくなる。

「ゼナ! ここは俺に任せて早く逃げろッ!」

「ゼナさまッ! ここはわたくしにお任せくださいッ!」

 シスマがユーリの攻撃から守ってくれた? それとも逆?

 頭が混乱する。ドアまで、あと数歩。

 わたしが躊躇ちゅうちょしていると、ユーリはシスマをはねのけて怒鳴どなった。

「早く逃げろッ!」

 その声に押されて、わたしはファーラビーの部屋から飛び出した。

 階段を駆けおりる。服を着替えてくればよかった。ローブのすそを何度も踏みかけた。

(どっちが殺しにきたの? ユーリ? シスマ? それとも……あッ)

 足をとられる感覚。あと1段というところで、派手に転倒してしまった。

「いたたた……」

「ゼナさまッ!」

 助かった。わたしは心のなかでさけんだ。マリクの声だったからだ。

「マリク! たいへんなのよッ!」

 そこまで口走って、わたしははたと困った。

 なんて言えばいいの? ユーリに襲われた? シスマに襲われた?

 それとも、だれかわからないけど危害を加えられたことにする?

 わたしが逡巡していると、マリクはけげんそうな顔をした。

「すみません……なぜその衣装をお召しなのですか?」

「衣装?」

 わたしは自分が着ているものを確認した。ゼナの普段着だった。

 寝巻きじゃないから不審に思われた? だとすると、早く答えないと――

「マリク、うえの部屋で……」

「あなたはだれですか?」

 マリクはそう言って一歩引いた。わたしは意味がわからず、まえに出ようとする。

 ところが、マリクは腰の三日月刀に手をかけた。

「ゼナさまのお召しものを、どこで手に入れたのですか?」

 わたしはそのとき、最悪の可能性に思いあたった――変化の術ミラージュが切れた?

 手を顔にあてながら弁明する。

「ちがうのよ、マリク、話を聞いて……」

「衛兵ッ! くせものですッ! 衛兵ッ!」

 あっというまに廊下ろうかの奥から金属音が聞こえてきた。

 マズい。わたしは反対がわに駆け出した。

「待てッ!」

 剣を抜く音。マリクは衛兵の到着を待たずに追いかけてきた。これは誤算だった。マリクの性格からして、安全策をとると思ったからだ。王族の足が遅いことに賭けて、わたしは屋上への通路を全力で駆け抜けた。階段をのぼり、ファーラビーと話したあの広場へと出る。夜風が上気した頬をなで、すこしだけ呼吸がもどった。

 あたりをみまわす。べつの出入り口はないか確かめた。そして、ちょうど対角線上に、今出てきたドアと似た出入り口があった。わたしはそちらへ駆け出す。途中でまたころびそうになったから、ローブのすそを手で引きちぎった。ほつれていたところから破ると、簡単に裂け目ができた。

 わたしはドアに手をかけ、すぐに開けようとした。

「声がしたのはこっちのほうか?」

「わからん。天文台からだったと思うが」

 男の声。わたしはあわててドアを閉め、かんぬきをかけた。その音に反応したのか、ガチャガチャと階段をのぼる音が急ピッチになった。

「おい、閉まってるぞ」

「体当たりしろ」

 ダメだ。そんなにもたない。わたしは引き返そうとして、息を呑んだ。

「マリク……」

 三日月刀を持ったマリクが、わたしの目のまえに立っていた。わたしはそのとき、この世界がまだ野蛮さを残していて、あのおひとよしのマリクにすら、殺人をためらわせないのに十分なものであると気づいた。マリクは王族らしく、さまになる構え方をした。

「マリク、ちょっと待って、これは……これはユーリの陰謀なのよッ!」

「それに加担した、ということは認めるわけですね? 王女はどこに?」

 それは……こっちが知りたい。殺されているとしたら、この世にはいない。死体もないのだ。マリクを説得する方法は、まったくないように思われた。わたしは息が詰まりそうになるなかで、一歩一歩うしろにさがる。石造りの欄干らんかんの向こうには、例の小さな足場があるはずだ。そこに飛び移れば……ダメだ。そこから先は王女の部屋にしかつながっていないし、あんな足場を駆け抜けたら転落死してしまう。

 永遠の夜をたたえた中天から、満月がわたしたちを照らす。脱出のすべがない石畳の荒野。わたしは言葉にならない言葉をつむごうとした。声がでない。

「もういちどたずねます。王女はどこに?」

「……」

「この国の拷問は、少々きついですよ。わたしに話してもらったほうが賢明です」

「……」

 マリクは剣をふりあげた。斬られる。そう思った瞬間、笛の音が聞こえた。

 マリクは動きをとめ、あたりをみまわした。

「これはゼナさまの……ゼナさまは生きているッ!」

 マリクは衛兵に指示を出す。

「この笛の音を追いなさい。そこにゼナさまはいます」

 3人ほど離脱した。けど、まだ10人近くいる。

 マリクは、わたしのほうへ向きなおった。

「さて、あなたには、まだ聞かねばならないことがあります。衛兵、なわを」

「ハッ」

 兜をつけた兵士が、縄を持ってわたしのほうへ歩み寄った。

 殺されはしない……けど、拷問がどうとか言っていた。そんなことなら、ここで死んだほうがマシに思えてくる。いっそ、飛び降りて――

「ゼナ、3、2、1で飛び降りるぞ」

 耳元でささやかれた声に、わたしは驚愕した。

「あな……」

「おとなしくしろ」

 兵士に変装したユーリは、裏声を使って、わたしを黙らせた。

 腕に縄を巻かれる。ユーリはさらにその縄を、欄干に手早く巻いた。

 マリクが眉をひそめる。

「ここで尋問するのではありません。そこに繋ぐ必要は……」

「3、2、1」

 わたしは体を抱きかかえられ、宙を舞った。あっという間のできごとだった。

 マリクと衛兵たちの声すら、はるか頭上へと消え去る。地獄へむかうような浮遊感。

 だけど、ユーリの胸のなかで、不思議と恐怖はなかった。

 途中、3度ほど壁に蹴りを入れて、ユーリは速度を調整した。

 それでも落下時の衝撃は強い。わたしはかるく悲鳴をあげた。

 ユーリはすぐに縄を切り、わたしの手を引く。

「こっちだ。時間がない。マリクたちもすぐに降りてくる」

 ユーリは、近くの潅木かんぼくにわたしを連れ込んだ。こんなところへ身を隠したら、捕まるに決まっている。わたしはほかの場所へ移るようにうながした。ところが、ユーリは黙って壁を調べ、一箇所の石を思いっきり押した。

 

 ゴゴゴゴッ……

 

 重厚な音とともに、ひとがギリギリ通れるくらいの隙間ができた。

 遠くからひとの声が聞こえる。追っ手は近い。

「ヒナ、先に入れ。ここで真相を話す」

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