第17話 発掘された任務
深夜――わたしは真っ暗な中庭で、水に腕をひたしていた。夜空の月は、まだ中天にさしかかっていない。ひんやりとした感触。さらさらとした砂を掘り返す。きめ細やかな砂は、水を濁らせることもなく、掘り返した穴をすぐに埋めた。
わたしは砂から手を抜き、ひたいの汗をぬぐった。
「ないわ……」
この古井戸は、わたしがはじめてヒントを得た場所。王女の指輪をひろった場所だ。もしかすると、ここが秘密の隠し場所じゃないかと思った。でも、確信が持てない。砂で埋め立てられた井戸は、底がどれくらい深いのかもわからなかった。イケるところまで腕をうずめてみたら、二の腕に達しても底に触れなかった。
(それもそうよね。もとは井戸なんだから、底はきっと何メートルも先)
自分の推理がまちがっている気がしてきた。井戸が秘密の隠し場所だなんて、こどもには危険過ぎる。それとも、危ないからこそ、好奇心をそそられた? でも、こんな深い井戸に隠したら、取り出せなくなるに決まっている。それとも、王女たちがこどものころには、すでに埋め立てられていたのだろうか。ありうる。幼い王女が井戸に落ちたらどうするんだ、なんて理由で、あらかじめ埋め立てられたのかもしれない。
それに、巻き物を水に浸けてしまっても大丈夫なのだろうか。わたしが懐疑的になるもうひとつの理由は、そこにあった。
「……」
わたしは立ち上がって、大きく息を吸った。
顔を洗ったほうがいいのかもしれないけど、音を立てたくない。
わたしは水に濡れた手で顔をおおった。そっと目を閉じる。
(マリクが来るまでは、まだ時間がある……マリクといっしょに見つけたら、あとの処置がむずかしい。いっしょにユーリのところへ行くって言い出すでしょうし、あの巻き物がユーリの無罪を証明するなんて、わたしのでっちあげ……ウソがバレる……)
わたしは周囲をみた。中庭はひろく、体育館ほどの大きさがある。夜をむかえて花弁をたたんだ生垣。その中央に立つ、ねじくれた古木。樹齢はそうとうだろう。節くれ立っているのが、月明かりでもわかった。あとは、よく手入れされた芝生と、野ざらしになった座椅子。ほかに――
(待ってよ……あの生垣は、まだ調べてないわね)
わたしは、中庭に面した窓からみられないように、物陰にかくれながら移動した。絹の寝間着がひっかかってうっとおしい。生垣にたどりついたわたしは、灌木のすきまをひとつひとつ丁寧にのぞいていった――ない。わたしは生垣をぐるりと回った、その背後にある古木の枝も調べた。葉が少なくて、隠せそうな枝はひとつもなかった。
わたしはタメ息をつく。ほかに、どこがあるの? 地面に埋めた? だとしたら捜索は絶望的だ。あるいは、壁に穴が空いていて、そこに隠したのかもしれない。城壁をくまなく調べるなんて、それこそ非現実的だった。
「……穴?」
わたしはふと、『不思議の国のアリス』を思い出した。なにかのはずみで思い出にひたりたくなったわけじゃない。その冒頭、うさぎが木の根元の洞穴へ飛び込んだシーンを思い出したのだ。
そして、目のまえには、それとおなじように古びた木が立っていた。わたしは、そこで見つからなければ永遠に見つからないかのような心境で、根元を調べてみた。
「……あったッ!」
わたしは自分の口をふさいだ。あぶない。けど、あった。根元に、ぽっかりと穴が空いていた。わたしはゆっくりと腕を入れる。冷たい硬質な感触。引き抜くと、金属製の筒があらわれた。卒業証書を入れるようなかたちをしている。
期待に胸をふるわせて蓋をあけると、一本の巻き物が入っていた。
「ほんとにあった……」
キィ
わたしはとっさに身をかくした。木のうしろから、音の方向をさぐる。ちょうどわたしが入ってきたとびらと反対側のとびらから、人影があらわれた。廊下のかがり火に照らされたそれは、マリク王子だとすぐにわかった。マリクは無造作に中庭へ足を踏み入れて、ずさずさと音をたてながら、わたしのほうへ近づいてきた。
(まだ早いでしょ。それに、なんでわたしのほうへ一直線に……あッ)
しまった。この木は秘密の隠し場所なのだ。マリクがここへ向かってくるのは当然だ。そこで待ち合わせすると約束したのだから。わたしはあわてて生垣をつたい、逃げる準備をした。途中、ニアミスのシーンがあって、心臓がとまりかけた。
「月が天頂の時刻に、とはいえ、やはり王女を待たせては失礼ですよね」
バカ。そういうところで気を利かせなくていいのよ。
悪態をつくわたしには気づかず、マリクは古木へと歩み寄った。
この隙を利用して、わたしは小走りに脱出する。
マリクがあさっての方向を向いていることを確認して、廊下に飛び込んだ。
「はぁ……はぁ……」
「ゼナさま」
「!?」
立て続けにおどかすのは、やめて欲しい。
かがり火に照らされたのは、シスマの顔だった。
「ゼナさま、こんなところに……」
「シスマ、ちょっとあっちで話しましょう」
有無を言わさず、廊下の奥へひっぱりこんだ。マリクが聞きつけるといけないから。シスマもおとなしくしたがってくれた。薄暗い曲がり角で、わたしはシスマにたずねる。
「どうしたの? わたしに用?」
「寝室にいらっしゃらなかったので、お捜ししておりました。夜半に用事があるときは、わたくしにお言いつけください。外出は禁じられております」
「ごめんなさい、ちょっと急な用件で……」
「それはなんでございますか?」
シスマは、わたしが回収した金属製の筒に目をつけた。
背中にまわそうかと思った。けど、かえってあやしまれかねない。
反対に、わたしは日用品のようにみせびらかして、
「水筒よ」
とごまかした。
「おなじ容器に口をつけるのは、衛生上、よろしくございません」
ま、それはそうかもしれないけど。わたしは話題を変えた。
「ところで、シスマ、ひとつお願いがあるの。ユーリにもういちど会わせてくれない?」
「ユリディーズさまに、でございますか? ……牢番と交渉せねばなりません」
わたしは手を合わせて、シスマにウィンクする。
「お願い、今晩中に会わせて。できればすぐに」
月が天頂に達しても、マリクはしばらく待つだろう。30分、いや、もしかすると明け方まで辛抱するかもしれない。だけど、反対にわたしのことを心配して、城のなかを捜し始めたら? それもありうる。いずれにせよ、この巻き物をユーリにみせて交渉するチャンスは、今晩しかない。
「い、今からでございますか? さすがにそれは……」
「ユーリの無実を証明できるかもしれないの。そのために確認したいことがあるわ」
ユーリの名前が効いたのか、シスマも納得した。
「……わかりました。うまくいくかどうかはわかりませんが、ユリディーズさまと親しい牢番に相談してみます。彼が今晩の当直であればよいのですが……」
シスマはぺこりと頭をさげて、闇のなかへ消えた。
○
。
.
そのときのわたしのおどろきを、どうやって表現すればいいのだろうか。わたしがシスマの手引きで牢屋をふたたび訪れたとき、ユーリは祈りを捧げていた。以前とおなじ場所に腰をおろし、額にこぶしをあてて、じっと瞑想していた。くちびるをすこしだけ動かしているような気さえする。
わたしはじれったくなりながら、ユーリが目をひらくまで待った。
「……ユーリ」
声をかけると、ユーリはハッとしてふりむいた。
「なんだ……いたのか」
「めずらしくワキが甘いわね。さっきからいたわよ。お祈りでもしてたの?」
「……ああ」
すなおに認められて、わたしは拍子抜けした。
「意外と信心深いのね……なにを叶えてもらうつもり? 牢屋から出して、とか?」
「祈って叶うことなどないさ」
わたしはいぶかしく思った。だったら、なぜお祈りなんかしていたのだろう。
もっとも、禅問答をしている時間はなかった。
わたしは入り口の兵士を警戒しつつ、金属製の筒を示した。
「これ、なんだと思う?」
ユーリはちらっと視線を投げただけで、またそっぽをむいた。
「差し入れはいらない」
「このなかに巻き物が入っていたわ」
ユーリはわたしの顔をみた。
「ファーラビーの巻き物か? このまえ言っていた?」
「そうよ。どこにあったと思う?」
「ファーラビーの部屋だろう。備品はいっさい持ち出させなかったからな」
「ハズれ……あなた、ほんとにこの巻き物の見当がついていないのね」
ユーリは肩をすくめた。闇のなかでタメ息が聞こえる。
「ヒナ、これは遊びじゃない。おとなしくしていろ」
「こんな状況で、よく強気に出られるわね。裏でガシェと話がついてるの?」
わたしはカマをかけてみた。でも、ユーリの反応はうすかった。
マズい状況だ。この巻き物をみせれば、すこしは交渉材料になるかと思った。
ところが、ユーリはこの件について何も知らないようにみえた。それとも、ユーリの演技がうますぎるのだろうか。そうは考えたくない。希望的観測として、ではなく、ユーリは意外と感情を漏らすタイミングがあると気づいたからだ。
「……三日月の紋章がついた巻き物を知ってる?」
ユーリの視線がわずかに動いた。わたしは先を続ける。
「ファーラビーの部屋から無くなったのは、その巻き物よ。べつの場所でみつけたわ」
「どこでみつけた?」
「それは……教えられない。そのようすだと、中身を知ってるのね」
「教えろ。どこでみつけた。返答次第では任務がある」
「……任務?」
急になにを言い出したのだろう。わたしは眉をひそめた。
「ダメよ。そっちが答えるのが先。ファーラビーを殺したのは、だれ? あなたとガシェのあいだには、ほんとにつながりがないの? そもそも、ゼナ王女を殺害した目的は?」
ユーリはわたしの質問を、ことごとく無視した。筒に目を凝らす。
「……泥がついてるな」
「え、あッ」
筒を洗う余裕がなかった。一直線にここへ来たからだ。
「だ、だからどうしたっていうの?」
ユーリは壁にもたれかかり、深く息をついた。眉間を指でつまむ。
「おまえは優秀な女だな。最初からそのケはあったが……」
「おべっかはいいから、答えなさい」
「ヒナ、よく聞け。日が地平線に昇るまえに、天文台まで移動しろ。ファーラビーの部屋に、魔法陣があったのはおぼえているか?」
わたしは意表を突かれた。
「おぼえているか?」
「お、おぼえてるわ。まだ部屋にあったもの」
「それなら手っ取り早い。その巻き物のちょうど3分の1あたりに、空が破れてひとりの女が降りてくる絵がある。そこに描かれている魔法陣と、ファーラビーの部屋にのこっている魔法陣が同一か確認しろ。すこしでも欠けているところがあったらチョークで補え。まちがっている部分は水でふいて書きなおせ。いいな」
「ちょっと待って。話がみえない」
「みえなくてもいい。それがあの場所にあったのなら、そういう合図だ」
ユーリはそのしなやかな指で、金属製の筒をさした。
あの場所――そうか。王女はユーリとも遊んでいたのだ。あの古木の洞を知っているのはあたりまえだった。でも、なんの合図なのかわからない。
「……もしかして、もとの世界に帰してくれるの?」
「ヒナ、注意しろ。なぜ今になってそういう合図が出たのか、俺にもわからない。だが、それは俺の任務だ。夜明け前までに作業を終わらせておいてくれ」
ユーリはそう言って、目を閉じた。
よけいな体力を使いたくないのだろうか。ユーリは、すこしばかりやつれているようにみえた。体格が変わったわけではないけれど、以前のような殺気があまり感じられない。
「ユーリは、ここからどうやって出るの?」
「自分のことは、自分でやるさ」
「……わかったわ。気をつけてね」
わたしは腰をあげ、牢番が待つ入り口へといそいだ。
案の定、シスマがおどおどした表情で、わたしを出迎えた。
「呼びに参ろうかと思っていたところです。さあ、早くお部屋へ」
「ごめんなさい、ちょっと話が長引いちゃって」
とはいえ、牢番はといえば、なんの関心もないようで、椅子に座って腕組みをし、首をまえに傾けていた。眠りかけているんじゃないかとすら思う。これでは、セキュリティもなにもあったものではない。
「ユリディーズさまは、これで釈放されるのでしょうか?」
シスマは笑みを浮かべ、期待に満ちたまなざしをむけてきた。
わたしはうしろめたさから、視線をそらす。
「そうね……明日には解決しているんじゃないかしら」
「さすがはゼナさま、おひとりでこの事件を解決なさるとは、感服いたしました」
「お世辞はいいわ。ひとまず部屋にもどりましょう」
わたしは牢を盗み見た。ユーリが裏切らなければいいけど――不安とともに、わたしは地上への階段をあがった。




