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青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
第5章 黒幕たち
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第17話 発掘された任務

 深夜――わたしは真っ暗な中庭で、水に腕をひたしていた。夜空の月は、まだ中天にさしかかっていない。ひんやりとした感触。さらさらとした砂を掘り返す。きめ細やかな砂は、水を濁らせることもなく、掘り返した穴をすぐに埋めた。

 わたしは砂から手を抜き、ひたいの汗をぬぐった。

「ないわ……」

 この古井戸は、わたしがはじめてヒントを得た場所。王女の指輪をひろった場所だ。もしかすると、ここが秘密の隠し場所じゃないかと思った。でも、確信が持てない。砂で埋め立てられた井戸は、底がどれくらい深いのかもわからなかった。イケるところまで腕をうずめてみたら、二の腕に達しても底に触れなかった。

(それもそうよね。もとは井戸なんだから、底はきっと何メートルも先)

 自分の推理がまちがっている気がしてきた。井戸が秘密の隠し場所だなんて、こどもには危険過ぎる。それとも、危ないからこそ、好奇心をそそられた? でも、こんな深い井戸に隠したら、取り出せなくなるに決まっている。それとも、王女たちがこどものころには、すでに埋め立てられていたのだろうか。ありうる。幼い王女が井戸に落ちたらどうするんだ、なんて理由で、あらかじめ埋め立てられたのかもしれない。

 それに、巻き物を水に浸けてしまっても大丈夫なのだろうか。わたしが懐疑的になるもうひとつの理由は、そこにあった。

「……」

 わたしは立ち上がって、大きく息を吸った。

 顔を洗ったほうがいいのかもしれないけど、音を立てたくない。

 わたしは水に濡れた手で顔をおおった。そっと目を閉じる。

(マリクが来るまでは、まだ時間がある……マリクといっしょに見つけたら、あとの処置がむずかしい。いっしょにユーリのところへ行くって言い出すでしょうし、あの巻き物がユーリの無罪を証明するなんて、わたしのでっちあげ……ウソがバレる……)

 わたしは周囲をみた。中庭はひろく、体育館ほどの大きさがある。夜をむかえて花弁をたたんだ生垣。その中央に立つ、ねじくれた古木。樹齢はそうとうだろう。節くれ立っているのが、月明かりでもわかった。あとは、よく手入れされた芝生と、野ざらしになった座椅子。ほかに――

(待ってよ……あの生垣は、まだ調べてないわね)

 わたしは、中庭に面した窓からみられないように、物陰にかくれながら移動した。絹の寝間着がひっかかってうっとおしい。生垣にたどりついたわたしは、灌木かんぼくのすきまをひとつひとつ丁寧にのぞいていった――ない。わたしは生垣をぐるりと回った、その背後にある古木の枝も調べた。葉が少なくて、隠せそうな枝はひとつもなかった。

 わたしはタメ息をつく。ほかに、どこがあるの? 地面に埋めた? だとしたら捜索は絶望的だ。あるいは、壁に穴が空いていて、そこに隠したのかもしれない。城壁をくまなく調べるなんて、それこそ非現実的だった。

「……穴?」

 わたしはふと、『不思議の国のアリス』を思い出した。なにかのはずみで思い出にひたりたくなったわけじゃない。その冒頭、うさぎが木の根元の洞穴どうけつへ飛び込んだシーンを思い出したのだ。

 そして、目のまえには、それとおなじように古びた木が立っていた。わたしは、そこで見つからなければ永遠に見つからないかのような心境で、根元を調べてみた。

「……あったッ!」

 わたしは自分の口をふさいだ。あぶない。けど、あった。根元に、ぽっかりと穴が空いていた。わたしはゆっくりと腕を入れる。冷たい硬質な感触。引き抜くと、金属製の筒があらわれた。卒業証書を入れるようなかたちをしている。

 期待に胸をふるわせて蓋をあけると、一本の巻き物が入っていた。

「ほんとにあった……」

 

 キィ

 

 わたしはとっさに身をかくした。木のうしろから、音の方向をさぐる。ちょうどわたしが入ってきたとびらと反対側のとびらから、人影があらわれた。廊下ろうかのかがり火に照らされたそれは、マリク王子だとすぐにわかった。マリクは無造作に中庭へ足を踏み入れて、ずさずさと音をたてながら、わたしのほうへ近づいてきた。

(まだ早いでしょ。それに、なんでわたしのほうへ一直線に……あッ)

 しまった。この木は秘密の隠し場所なのだ。マリクがここへ向かってくるのは当然だ。そこで待ち合わせすると約束したのだから。わたしはあわてて生垣をつたい、逃げる準備をした。途中、ニアミスのシーンがあって、心臓がとまりかけた。

「月が天頂の時刻に、とはいえ、やはり王女を待たせては失礼ですよね」

 バカ。そういうところで気を利かせなくていいのよ。

 悪態をつくわたしには気づかず、マリクは古木こぼくへと歩み寄った。

 この隙を利用して、わたしは小走りに脱出する。

 マリクがあさっての方向を向いていることを確認して、廊下ろうかに飛び込んだ。

「はぁ……はぁ……」

「ゼナさま」

「!?」

 立て続けにおどかすのは、やめて欲しい。

 かがり火に照らされたのは、シスマの顔だった。

「ゼナさま、こんなところに……」

「シスマ、ちょっとあっちで話しましょう」

 有無を言わさず、廊下の奥へひっぱりこんだ。マリクが聞きつけるといけないから。シスマもおとなしくしたがってくれた。薄暗い曲がり角で、わたしはシスマにたずねる。

「どうしたの? わたしに用?」

「寝室にいらっしゃらなかったので、お捜ししておりました。夜半に用事があるときは、わたくしにお言いつけください。外出は禁じられております」

「ごめんなさい、ちょっと急な用件で……」

「それはなんでございますか?」

 シスマは、わたしが回収した金属製の筒に目をつけた。

 背中にまわそうかと思った。けど、かえってあやしまれかねない。

 反対に、わたしは日用品のようにみせびらかして、

水筒すいとうよ」

 とごまかした。

「おなじ容器に口をつけるのは、衛生上、よろしくございません」

 ま、それはそうかもしれないけど。わたしは話題を変えた。

「ところで、シスマ、ひとつお願いがあるの。ユーリにもういちど会わせてくれない?」

「ユリディーズさまに、でございますか? ……牢番ろうばんと交渉せねばなりません」

 わたしは手を合わせて、シスマにウィンクする。

「お願い、今晩中に会わせて。できればすぐに」

 月が天頂に達しても、マリクはしばらく待つだろう。30分、いや、もしかすると明け方まで辛抱しんぼうするかもしれない。だけど、反対にわたしのことを心配して、城のなかを捜し始めたら? それもありうる。いずれにせよ、この巻き物をユーリにみせて交渉するチャンスは、今晩しかない。

「い、今からでございますか? さすがにそれは……」

「ユーリの無実を証明できるかもしれないの。そのために確認したいことがあるわ」

 ユーリの名前が効いたのか、シスマも納得した。

「……わかりました。うまくいくかどうかはわかりませんが、ユリディーズさまと親しい牢番に相談してみます。彼が今晩の当直であればよいのですが……」

 シスマはぺこりと頭をさげて、闇のなかへ消えた。

 

  ○

   。

    .


 そのときのわたしのおどろきを、どうやって表現すればいいのだろうか。わたしがシスマの手引きで牢屋をふたたび訪れたとき、ユーリは祈りを捧げていた。以前とおなじ場所に腰をおろし、額にこぶしをあてて、じっと瞑想していた。くちびるをすこしだけ動かしているような気さえする。

 わたしはじれったくなりながら、ユーリが目をひらくまで待った。

「……ユーリ」

 声をかけると、ユーリはハッとしてふりむいた。

「なんだ……いたのか」

「めずらしくワキが甘いわね。さっきからいたわよ。お祈りでもしてたの?」

「……ああ」

 すなおに認められて、わたしは拍子抜けした。

「意外と信心深いのね……なにを叶えてもらうつもり? 牢屋から出して、とか?」

「祈って叶うことなどないさ」

 わたしはいぶかしく思った。だったら、なぜお祈りなんかしていたのだろう。

 もっとも、禅問答をしている時間はなかった。

 わたしは入り口の兵士を警戒しつつ、金属製の筒を示した。

「これ、なんだと思う?」

 ユーリはちらっと視線を投げただけで、またそっぽをむいた。

「差し入れはいらない」

「このなかに巻き物が入っていたわ」

 ユーリはわたしの顔をみた。

「ファーラビーの巻き物か? このまえ言っていた?」

「そうよ。どこにあったと思う?」

「ファーラビーの部屋だろう。備品はいっさい持ち出させなかったからな」

「ハズれ……あなた、ほんとにこの巻き物の見当がついていないのね」

 ユーリは肩をすくめた。闇のなかでタメ息が聞こえる。

「ヒナ、これは遊びじゃない。おとなしくしていろ」

「こんな状況で、よく強気に出られるわね。裏でガシェと話がついてるの?」

 わたしはカマをかけてみた。でも、ユーリの反応はうすかった。

 マズい状況だ。この巻き物をみせれば、すこしは交渉材料になるかと思った。

 ところが、ユーリはこの件について何も知らないようにみえた。それとも、ユーリの演技がうますぎるのだろうか。そうは考えたくない。希望的観測として、ではなく、ユーリは意外と感情を漏らすタイミングがあると気づいたからだ。

「……三日月の紋章がついた巻き物を知ってる?」

 ユーリの視線がわずかに動いた。わたしは先を続ける。

「ファーラビーの部屋から無くなったのは、その巻き物よ。べつの場所でみつけたわ」

「どこでみつけた?」

「それは……教えられない。そのようすだと、中身を知ってるのね」

「教えろ。どこでみつけた。返答次第では任務がある」

「……任務?」

 急になにを言い出したのだろう。わたしは眉をひそめた。

「ダメよ。そっちが答えるのが先。ファーラビーを殺したのは、だれ? あなたとガシェのあいだには、ほんとにつながりがないの? そもそも、ゼナ王女を殺害した目的は?」

 ユーリはわたしの質問を、ことごとく無視した。筒に目を凝らす。

「……泥がついてるな」

「え、あッ」

 筒を洗う余裕がなかった。一直線にここへ来たからだ。

「だ、だからどうしたっていうの?」

 ユーリは壁にもたれかかり、深く息をついた。眉間を指でつまむ。

「おまえは優秀な女だな。最初からそのケはあったが……」

「おべっかはいいから、答えなさい」

「ヒナ、よく聞け。日が地平線に昇るまえに、天文台まで移動しろ。ファーラビーの部屋に、魔法陣があったのはおぼえているか?」

 わたしは意表を突かれた。

「おぼえているか?」

「お、おぼえてるわ。まだ部屋にあったもの」

「それなら手っ取り早い。その巻き物のちょうど3分の1あたりに、そらが破れてひとりの女が降りてくる絵がある。そこに描かれている魔法陣と、ファーラビーの部屋にのこっている魔法陣が同一か確認しろ。すこしでも欠けているところがあったらチョークで補え。まちがっている部分は水でふいて書きなおせ。いいな」

「ちょっと待って。話がみえない」

「みえなくてもいい。それがあの場所にあったのなら、そういう合図だ」

 ユーリはそのしなやかな指で、金属製の筒をさした。

 あの場所――そうか。王女はユーリとも遊んでいたのだ。あの古木こぼくうろを知っているのはあたりまえだった。でも、なんの合図なのかわからない。

「……もしかして、もとの世界に帰してくれるの?」

「ヒナ、注意しろ。なぜ今になってそういう合図が出たのか、俺にもわからない。だが、それは俺の任務だ。夜明け前までに作業を終わらせておいてくれ」

 ユーリはそう言って、目を閉じた。

 よけいな体力を使いたくないのだろうか。ユーリは、すこしばかりやつれているようにみえた。体格が変わったわけではないけれど、以前のような殺気があまり感じられない。

「ユーリは、ここからどうやって出るの?」

「自分のことは、自分でやるさ」

「……わかったわ。気をつけてね」

 わたしは腰をあげ、牢番が待つ入り口へといそいだ。

 案の定、シスマがおどおどした表情で、わたしを出迎えた。

「呼びに参ろうかと思っていたところです。さあ、早くお部屋へ」

「ごめんなさい、ちょっと話が長引いちゃって」

 とはいえ、牢番はといえば、なんの関心もないようで、椅子に座って腕組みをし、首をまえに傾けていた。眠りかけているんじゃないかとすら思う。これでは、セキュリティもなにもあったものではない。

「ユリディーズさまは、これで釈放されるのでしょうか?」

 シスマは笑みを浮かべ、期待に満ちたまなざしをむけてきた。

 わたしはうしろめたさから、視線をそらす。

「そうね……明日には解決しているんじゃないかしら」

「さすがはゼナさま、おひとりでこの事件を解決なさるとは、感服いたしました」

「お世辞はいいわ。ひとまず部屋にもどりましょう」

 わたしは牢を盗み見た。ユーリが裏切らなければいいけど――不安とともに、わたしは地上への階段をあがった。

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