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青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
第4章 笛の音が呼ぶ殺人
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第16話 王の逡巡

 清潔感のある、こざっぱりとした部屋。

 わたしとマリクは、汗だくになりながら、さがしものをくりひろげていた。

 ベッドの下、タンスの裏、かめの水を抜いてまで調べあげ、わたしは落胆した。

「どこにもないわ……」

 そばにあった藤椅子とういすにもたれかかる。

 見知らぬ木材で編まれたその椅子は、わたしの疲労をやさしく受け止めてくれた。

 そばで本棚をあさっていたマリクは、最後の一冊をとじた。

「どこにもありませんね」

「まあ、本のなかにはないでしょうね」

「……すみません」

 マリクはしょんぼりして、肩をおとした。

「ごめんなさい。言いかたが悪かったわ。すみずみまで調べてくれてありがとう」

「その巻き物とやらで、ほんとうにユーリの無実を証明できるのですか?」

「多分……ね」

 話はこうだ。地下牢からもどったわたしは、一晩じっくりと作戦を練った。ガシェやジン以外にも、わたしの正体がバレているのかもしれない。そう考えると、いても立ってもいられなくなった。

 明け方の、眠りまどろむ頃に、ようやく思いついたこと――ユーリの部屋の探索。彼が犯人だろうがなかろうが、なにか手がかりはあると考えた。でも、問題がひとつあった。女ひとりで男の部屋を捜す口実が、みあたらなかった。そこで、マリクを引き込む作戦に出た。ユーリの冤罪を晴らす証拠があるはずだ、というのが、まき餌になった。

 マリクは案の定、気安く承諾してくれた。腕まくりまでして手伝ってくれた結果は、残念ながらハズレ。わたしは途方に暮れていた。

「ユーリが魔法に興味を持っていたとは、知りませんでした。彼は自分の短剣術に、とても誇りを持っていましたから。魔武両道とは言いますが、それを実践できた人物は、歴史的にも数えるほどしかいません」

「ナルシストなところがあるものね、ユーリは」

 わたしは、自分のセリフを飲み込もうとした。後の祭りだった。

 マリクはとても不可思議そうな目で、わたしの顔をみつめた。

「ゼナさまの口から、そのようなお言葉が出るとは、おどろきです……ユーリとなにかあったのですか? もしや、今回のユーリの投獄は、ゼナさまとなにか……」

 こんどはマリクが口を閉じる番だ。彼は、あわてて両手をふった。

「いえ、もちろん、ユーリがゼナさまに、無礼を働いたという意味では……」

「マリク、ちょっとおたがいに落ち着きましょう。今はユーリの救出が先よ」

 わたしは、この不都合な話題を押さえ込んだ。

 けれど、マリクはもうしわけなさそうな顔をしつつ、話すのをやめなかった。

「もちろん、ゼナさまに対するユーリの態度が、やや……表現がむずかしいですが……親しすぎることは、承知しています。そのことを貴国の高官が、あまりよくお思いでないことも……しかし、臣下と主人を超えた、対等な、おたがいを信頼した間柄……そのようなご関係を、僕はうらやましく思います」

 あぁ……マリク、ちがうのよ。そういう意味じゃない。

 わたしはマリクのなかに、ユーリに対する複雑な感情があることを悟った。

「マリク、ユーリがこっそり物を隠しそうな場所を、知らない?」

「ユーリが物を隠しそうな場所……わかりません。城内については、ゼナさまのほうがお詳しいと思います」

「それは……そうね、自分で考えてみる」

 これ以上、マリクに不審に思われるとよくない。わたしはそう判断した。

 とりあえず、この部屋にはないのだ。考えてみれば、簡単に捜索できる場所を選ぶわけがない。ここを調べたのはわたしたちが初めて、というところからしてあやしい。ガシェが先にこの部屋に入ったかもしれないのだ。

 巻き物さがしは、暗礁に乗り上げてしまった。

「……あッ!」

 いきなりマリクが叫んで、わたしはおろどろいた。

「どうしたの?」

「ユーリが隠しそうなところといえば、あそこですよ」

「どこ?」

「ほら、僕たちが昔、先王の宝物庫から盗んだ指輪を、隠したところです」

 わかりますよね、と目が語っていた。

 わたしは、その先を質問することができなかった。

「そ、そうね……あそこなら、ユーリが隠しそう……かも」

「まちがいありません。今晩、月が真上に昇ったとき、そこで落ち合いましょう」

 マリクは、そろそろ時間だと言い、ひとりで部屋をあとにした。わたしは呆然と立ち尽くした。しばらくして、それはあせりに変わった。

(マリクは、どこの話をしたの?)

 王宮の外なのか中なのか、それすら判然としなかった。ただ、ひとつだけ言えるのは、3人の思い出の場所だということ。わたしはそれを手がかりに、推理の糸をたぐった。

 マリクの「宝物庫から盗んだ」というセリフ。これは、3人が幼かったことを意味している。そうでなければ、指輪を盗むなんてマネをするはずがない。つまり……場所は王宮のなかだ。幼い3人が外に出られる可能性は低い。すくなくとも、城門より外は無理……いや、もっと手まえで見咎みとがめられるはずだ。となると――

(ふだんの居住区から、そこまで離れていない場所……よね)

 王女の部屋は、かなり使い古してあった。このユーリの部屋も、そうだ。きれいに掃除されているけれど、床や天井には年季が入っている。王族や親衛隊ハンジャルには、部屋をころころ変える習慣がないのかもしれない。

 こどもが移動できる距離って、どれくらい? じつはそんなに広くない、と聞いたことがある。わたしも、こどもの頃は近所で遊びまわっていた。そのとき、世界はなんて広いのだろうと思った。でも、高校生になった今、むかしの遊び場をたずねてみると、猫のひたいのような公園で――今は感傷にふけっているときじゃない。

 ともかく、この近くなのだ。もしかすると、わたしの部屋……そうじゃない。もっと多角的にみないと。もうひとつのヒントは、ガシェに目星がつけられないところ。だから、わたしの部屋じゃない。

 使用人の部屋? ……そんな危ないところに隠すわけがないか。

「そもそも、部屋じゃない可能性も……」

「ゼナさま」

 わたしは身をひるがえした。

 とびらのそばに立つシスマと目があった。

「し、シスマ、おどかさないで」

「た、たいへん失礼いたしました……国王陛下がお探しです」

「……わたしを?」

「はい、『ユリディーズの処遇について相談したい儀がある』とおおせです」

 次から次へと難題がふりかかる。わたしは地団駄を踏みかけた。

「いつ顔を出せばいいのかしら?」

「あの……もうしあげにくいのですが……お見かけ次第、お連れするようにと……」

 ノータイム! わたし大きく息を吸った。

「……わかりました。すぐに行きます」

 シスマはわたしを、会食の間に案内した。そこは、わたしとマリク、それに国王とガシェの4人で食事をした場所だった。なぜ謁見えっけんの間ではなく、ここなのか――職員室に呼び出された学生のように、わたしは緊張した。

 ハサラ王は、おおきな肖像画のしたに腰をおろし、やや疲れたような目をしていた。わたしが入室したときも、腰をあげなかった。シスマをすぐに下がらせ、わたしをそばの椅子に座らせた。しばしの沈黙。

「わしは今、悩んでおる」

 返答に窮した。わたしは沈黙が最善だと判断した。

 というのも、ハサラ王の言葉には、独り言のおもむきがあったからだ。

 案の定、王は先をつづけた。

「ユリディーズの此度の一件、処遇がさだまらぬ……厳しく罰せよ、と申す者もおるが、釈放を嘆願しておる者も多い……ガシェは、しばし閉じ込めてようすを見るのがよいと申しておって、わしはこれに従っておるのだが……」

「ガシェが、そのように言ったのですか?」

 わたしは思わず、口を挟んでしまった。

 ハサラ王は視線をテーブルからあげて、

「むろん、おぬしは釈放を願うのであろう。しかし、ガシェの判断は、家臣たちのなかでも中立であるように思う。ここは私情を捨てて欲しい」

「……もちろんです」

 ハサラ王は、わたしのセリフをカン違いしたようだった。わたしが釈放を望んでいて、ガシェの提案に反対した、と受け取ったのだ。そうじゃない。ガシェが、ユーリの厳罰を要求していない事実、こちらが気になった。

 ふたりの仲を考えれば、まっさきに処刑を言い出しそうなのはガシェだ。それをしないということは、ふたつの可能性が考えられる。ひとつは、ガシェとユーリがつるんでいる可能性。もうひとつは、ガシェがユーリから、必要な情報を引き出せていない可能性。

 わたしは慎重に言葉をえらぶ。

「ガシェ大臣は……ユーリ、いえ、ユリディーズを赦免するつもりなのですか?」

「わからぬ。証拠があがらぬ以上、閉じ込めておくにこしたことはない、と申しておる」

「それは筋がとおりません。証拠がないならば釈放する以外にないのでは?」

 ハサラ王は、困ったように視線を落とした。

「しかし、ユリディーズは、おのれがやったともやっておらぬとも言わぬ。ユリディーズから何らかの弁明があれば、牢から出すことにやぶさかではないのだが……」

 なるほど、だいたいわかった。

 ハサラ王は、自分で決断できないタイプの人間だ。平和な時代の王としては、融通が利いていいのかもしれない。だけどこうして、家臣たちに付け込まれる隙を与えている。

 わたしはこの状況を、利用したくなった。

「陛下、ここはひとつ、ユーリと公式に面会する機会をわたしに……」

「失礼いたします」

 ふいのできごとだった。

 マリクが、入り口のとびらの向こうに立っていた。とても凛々しい表情で。

 ハサラ王は腰をあげた。

「マリク殿、もうしわけございませぬが、今はゼナと議しております。侍従がお止めに入りませんでしたか?」

「わたしの独断で入れていただきました。話があります」

 ハサラ王は、わたしに目配せした。わたしの差し金だと思われたようだ。いずれにせよマリクのまえでそれを確認する度胸がなかったらしく、ハサラ王のほうが折れた。マリクを部屋に入れ、わたしのとなりに座らせた。マリクは間髪入れずに口をひらいた。

「陛下、ユリディーズの一件につき、聡明なご判断をたまわりたくぞんじます」

「うむ、そなたが申すとおり……そのために、こうしてゼナと儀を重ねておる」

「では、その儀について、お伺いさせていただきます」

「まだ結論は出ておらぬ……」

「それはおかしゅうございます。貴国の古法に照らせば、『凶器が3日経っても見つからず、サーナ神に宣誓して有罪を主張する証人が3人そろわねば釈放すべし』となっております。ユリディーズがファラービー殿を殺害したところを、だれか目撃したのですか」

 マリクは、いつもとひとが変わったように、滔々とうとうと自分の考えを述べた。

「その法については存じておる……存じてはおるけれども、これは宮中司祭の判断をあおがねばならぬ事案でもある。わしの独断では釈放できぬ」

「では、宮中司祭と相談させていただきたく存じます」

 ハサラ王は、マリクの剣幕に押されていた。けれども、さすがに姪のまえでは示しがつかないと思ったのか、それとも窮鼠猫を噛むということわざどおりなのか、急に毅然とした態度で、

「ならぬ。貴殿はゼナ王女の許嫁とはいえ、異国のおひと。我が国の法に立ち入ることは許されぬ。古法にも、『異国の者は裁判官にも証人にもなるべからず』とある」

 マリクは口もとを固くむすび、下をむいた。

「おっしゃるとおりです……出すぎたマネをして、もうしわけございません」

「マリク殿がユリディーズを気づかうお気持ちは、わしにもよくわかる。今は亡き兄王がまだご健在のころ、貴殿たちは王宮の中庭でよく遊んでおられた。兄王は厳格な御方で、ゼナを王宮のそとに出したがらなんだからな……それにしても、ゼナ」

 わたしは名前を呼ばれて、一瞬とまどった。

「は、はい」

「近頃、そなたの笛の音が夜半に聞こえてくると、家臣たちが申しておる。王族の身は窮屈かも知れぬが、マリク殿もご滞在のおり、謹んで暮らすように。兄王がそなたに奏法を教授したのも、そのような無聊ぶりょうを慰めるためであったと、わしは思っておる」

「……承知しました」

 ハサラ王は急に機嫌をとりもどした。

 白いあご髭をなでながら、

「マリク殿との婚礼も終われば、暇などかこつこともなかろう。マリク殿、貴殿のご忠告は承ったうえ、ユリディーズについては、公正に処遇させていただく。ご安心を」

 と言った。そして、話は打ち切りになった。

 わたしたちは半ば追い出されるかたちで、廊下へ出た。

「マリク、びっくりしたわよ。急にどうしたの?」

「いえ、その……ゼナさまがユーリのことを、たいへんご心配なさっていて……」

 さきほどとはちがい、いつものマリクだった。気弱そうに言葉をにごした。

 わたしはクスリとして、

「さっきのは真に迫ってたじゃない。助かったわ」

 とお礼を告げた。マリクは赤くなって、

「ハサラ王に失礼なことをしたかもしれません」

 と反省しきりだった。

「いいのよ、サハ……陛下は、ひとりで決めかねてるんだから」

 とはいえ、これで手がかりは……ん、ちょっと待って。

 わたしはふと、立ち止まった。マリクがふりかえる。

「どうかなさいましたか?」

「……」


 今は亡き兄王がまだご健在のころ

 貴殿たちは王宮の中庭でよく遊んでおられた


 もしかして……3人がよく遊んでいた場所のこと?

 だとしたら……あッ! そうかッ! 指輪だッ!

「ゼナさま? どうかなさいましたか? 忘れ物でも?」

「マリク、今晩、月が真上に昇ったとき、わたしたちは例の場所に集合するのね?」

「え? ……あ、はい、そうです。なにかご都合が悪くなりましたか?」

「大丈夫。月が真上に昇るときに集合よ。。いいわね?」

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