第11話 陰謀の食祭
最初の10分ほどだろうか。座は、ありふれた日常会話から始まった。
そして、それが一番苦痛だった。あの大臣は、あの騎士は……知らない名前ばかりで、行ったこともない場所の思い出を訊かれるのだ。「ええ」とか「はい」とか、あるいはどうしても感想が必要なときは、「楽しかったです」のひとことで済ませた。
「ゼナ、今日はどうした? あまり話をしたくないようにみえるが?」
ハサラ王は、心配そうにたずねた。視線が頬に刺さる。
「マリクさまがご同席で、少々緊張しております」
ちょっと下手をうったと思った。すぐにマリクが反応して、
「アハハ、10年以上おつきあいしているのに、あらたまらないでください」
と、ごまかし笑いをしたからだ。彼を傷つけてしまったようだ。
ハサラ王も感心しない様子で、
「ゼナよ、夫になっていただく身とはいえ、おぬしとマリクの思い出が、なにかべつのものに変わるというわけでもあるまい。いや……あるいは変わろうとも、他人行儀にするものではないであろう。それとも、気分が優れぬのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
えーい、テーブルを蹴り上げて出て行きたいところだ。
でも、ユーリのことがある。彼に情報を提供するためには、この会食を乗り切って、大臣のガシェになにかしゃべらせる必要があった。わたしは、てきとうな話題を考えた。
「……そういえば、昨日、中庭で騒動があったようですわ」
ハサラ王は、すこしおどろいたような顔をした。やっぱりね。聞かされていないのだ。
「まことか?」
「はい。馬が暴れたとかで……ねぇ、マリクさま?」
「え、あ、はい、僕の馬が、あの……」
「マリクさまの馬が城外に出ようとして、たいへんなことになりましたの」
「ほぉ、怪我はなかったか?」
「さいわい、だれも乗っておりませんでしたので」
わたしの言葉に、マリクはきょとんとした。わたしは無視して先を続けた。
「それに、ユーリがうまく捕まえてくれました」
ハサラ王は、安堵の表情を浮かべた。このひと、他人を信用しやすいのね。いくら自分の娘だからって、猜疑心がなさすぎる。わたしは、かえって心配になった。
「それはよかった。ユリディーズには、あとでささやかな褒美をとらせよう」
わたしは、大臣ガシェの顔色をうかがった。ガシェは立派なひげを撫でながら、
「災難でしたな。姫さまとマリクさまの身になにかあっては困ります」
と、おべっかで答えた。この狸、食えない。
「そ、そうですね、僕の手違いで……」
「いいえ、マリクさまをお咎めしたわけではございません。おおかた、馬の機嫌が悪かったのでございましょう。この季節には、よくあることです」
しめた。わたしは即座に口をひらく。
「『馬の機嫌が悪かった』と申されますのは?」
ガシェは、こちらに視線を移した。
「逃げ出そうとしたのでしょう?」
「逃げ出そうとしたとは、ひとことも申しておりません」
ひっかかった。そう思った矢先、大臣は軽く笑って、
「はて、わたくしのところへは、そのように伝えられておりましたが」
とカラとぼけた。
「お耳に入れてらっしゃったのですか? さきほどは、初耳というお顔でしたが?」
「いやはや、手厳しい。わたくしを解任なさるおつもりですかな」
大臣はそう言って、ちらりとハサラ王に視線をなげた。
ハサラ王は銀のさじを皿に乗せ、わたしをたしなめた。
「ゼナ、大臣を困らせてはいかん。相手がこちらをおどろかせようとしているときは、いかにも初耳であるかのように振る舞う。これは礼儀であるぞ。おまえも心得ておろう」
「そうですが……失礼いたしました」
なるほどね。王族や貴族の会話なんて、体面をとりつくろったものばかり。あげ足とりをしたところで、矛盾とは思われないわけか。今回ばかりは、わたしのミスだ。
とはいえ、今の罠にかかった大臣が主犯なのは確定。おそらく、馬を興奮させるクスリでも飲ませたか、あるいは、馬丁のなかに共犯がいて、なにか細工をしたのだろう。
わたしは二の矢の継ぎ方を考えた。
「ところで、ゼナさま、指輪はいかがなされたのですか?」
「!」
ガシェに先制攻撃された。わたしは動揺する。
「大切なものなので、しまってあります」
「マリクさまの献上品、肌身離さずおつけになられたほうが、よろしいのでは?」
どうしましょう。しまっておいた、はマズかったかも。盗賊一味が持ち去って、現物はどこにもない。あとで持って来いと言われたらアウトだ。
わたしは、振り下ろされた一撃の対処に苦慮した。すると、マリクが割り込んできた。
「婚約の正式な品は、このイヤリングです。指輪は粗品にすぎません」
「ハハハ、純金の指輪が粗品とは、マリクさまもご謙遜がすぎます。せっかくですから、ゼナさまにご披露いただいたほうが、よろしいのではございませんか?」
マリクは、ちょっと王族らしからぬくらい慌てて、手を振った。
「ほんとうに、かまいません。それに、あの指輪はサイズがどうも合わないので、ゼナさまに叱られたばかりです。また作り直してきます」
大臣は、いったん口をつぐんだ。マリク、感謝。
と同時に、サイズが合わないというところが気になった。寸法ミスだったから、怒って井戸に捨てたのかしら。ちょっと短気すぎるけど。
「しかし、献上品を粗末にあつかうのは、やはり失礼かと思います。国王陛下、ゼナさまの指輪は、国庫にて丁重にあずからせていただくというのは、いかがでしょうか」
また指輪の話だ。わざとね――え、わざと?
「ゼナさま、どうしました?」
となりの席から、マリクが心配そうにこちらをうかがっていた。
「ゼナさま?」
「ご、ごめんなさい。ちょっとぼぉっとしちゃって……」
「ゼナ、いくら婚約者とはいえ、そのような口の利き方はいかん」
ハサラ王の忠告に対して、わたしはおざなりに謝った――ちょっと待って、わざと?
わたしの指輪が盗まれたのは、盗賊とユーリしか知らないはず。
……………………
……………………
…………………
………………
そ、そうかッ! あの盗賊も大臣とグルなんだわッ!
「ゼナ、どうした? 今日はまことに妙だぞ?」
わたしは銀のさじを置き、右のこめかみに指をそえ、しかめっつらを作った。
「もうしわけございません。さきほどまで外に出ておりまして、陽にやられたのかも」
「それはたいへんです。陛下、ゼナさまをお部屋へおもどしください」
マリクが便乗してくれて、ことはスムーズに運んだ。わたしは退席を認められ、マリクも付き添ってくれることに。わたしは侍女ふたりに挟まれて、念入りにお詫びしてから、食堂をあとにした。
「ゼナさん、だいじょうぶですか?」
マリクは、フランクな口調でわたしの安否をきづかった。
「ええ」
「加減が悪いのかな、とは思っていました。さきほども、馬の話で記憶……」
「マリク、話はあとで」
あぶない。おしゃべりがすぎる。
わたしはうつむくふりをして、左右の侍女をちらりちらりと観察した。ひとりは、わたしを屋上まで呼びに来た女性。もうひとりは、シスマだった。敵と味方に囲まれながら、わたしはこれからの計画を練った。
「シスマ、ユリディーズのところへ行って、あとで来てくれるようにお願いして」
「ゆ、ユリディーズさまでございますか? ユリディーズさまは、まだ……」
「ええ、まだ寝ていると思うから、無理に起こさなくてもけっこうよ。目を覚ますまで、どこか近くの部屋で待機しておいてちょうだい。目を覚ましたら、直接連れてくるんじゃなくて、わたしとマリクのところへ報告に来てね」
「しょ、承知いたしました」
シスマは戸惑っていた。けど、今の指示でまちがいないはずだ。スパイの女に、ユーリが昏睡していることはバレなかったはず。
わたしは怪しまれないように、話題をありふれたものへともどした。
「マリク、さっきはごめんなさいね」
「いえいえ、健康が最優先ですよ。気が利かなくてすみませんでした」
「マリク、せっかくだから、あとでまた会いましょう。場所は追って知らせます」
○
。
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夕暮れどき――東の空から月がのぼりはじめていた。天球はずっと夜なのに、街並みは赤く染まっている。幻想的な風景。とこしえの夜の国は、慣れずとも美しい。
「ほんとうに、もう平気なの?」
わたしは、椅子に座ったユーリを見た。包帯もせず、いつものラフな制服に着替えて、両腕を組んでいた。目つきにも、朦朧としたところはなかった。
「平気だ。これで3度目だぞ。それより、さっきの話にまちがいはないのか?」
わたしは、食堂での会話を、もういちどくりかえした。
「なるほど……どうやら、ガシェは黒のようだな」
「あなた、あまりおどろかないのね。まるで予期してたみたい」
「忠告したとおり、ガシェは野心家だ。カマルの王女をシャムスに嫁がせ、裏から両国を操るという構想を持っていたとしても、不思議じゃない」
「でも、それならなぜ、わたしとマリクの命を狙ったの? ふたりが死んだら、操り人形もいなくなっちゃうでしょ。大損だわ。それとも、ガシェが国王になるつもり?」
「それはできない。カマルもシャムスも血統主義だ。ゼナとマリクが死ねば、王族のなかから適当な人物が選ばれる。候補としては、先王の従兄弟エアナード親王だろう」
わたしは、パチリと指をはじいた。
「そのエアナードとガシェが繋がってる可能性は?」
「考えにくい。エアナード親王は、どんな政策にも一家言持っている頑固者だ。ガシェでは手綱をとれないだろう」
手綱という単語を耳にして、わたしはすかさず疑問をぶつけた。
「つまり、わたしとマリクの命を狙った理由は、見当もつかないってこと?」
ユーリは、その通り、と言った感じで、右手を空中にあげた。
「ゼナ……いや、ヒナ、おれから質問してもいいか?」
「イヤだ、と言っても聞き出すんでしょ? どうぞ」
「おまえは、盗賊団に自分がゼナでないことをしゃべったな?」
「!」
わたしは、しどろもどろになった。窓から手をはなして、乱雑なジェスチャーをする。
「そ、そんなことは……」
「事実を話したほうがいいぞ。なにも解決しなくなる」
「その……なんていうか、あっちが先に気づいたのよ」
「盗賊団が先に気づいた? どんな連中だ?」
「ジンと……もうひとりは、カイードだったと思う。ジンは太っちょの、頬に刀傷のある男だったわ。ボスっぽくて……カイードは、痩せた召使いみたいな男。ただ、すごく冷酷で、頭の切れる感じがした」
ユーリは、軽く舌打ちをした。
「ガシェのやつ、よりによってそのふたりを引き込んだか……」
「危険人物なの?」
「王宮の要人とつながっている裏組織だ」
「裏組織? どうして王宮が裏組織とつながってるの?」
ユーリは語った。この世界にある国は、カマルとシャムスだけではない。川の向こうにはアベロエスという大国があり、海を挟んだとなりの大陸には、異なる人種の住む国々がひしめきあっている、と。
「カマルとシャムスは友好関係を築けたが、敵対的な国もある。ジンとカイードは、そういう国から聞き出した情報を、王宮の要人に売っているんだ」
「聞き出した情報? ……ずいぶんと、穏当な言い方をするのね」
血が流れているに決まっている。わたしがいた世界でも、そうだったのだから。
「そこは論点じゃない。ガシェは、ジンたちを通じて、おまえがゼナではないと知ってしまった。あの馬の暴走は、マリクを狙ったものじゃない。ヒナ、おまえを狙ったものだ」
わたしは怒りを爆発させて、石壁にこぶしをぶつけた。
「だから言ったじゃない! こんな計画は、最初から成立してないのよ!」
「静かにしろ」
わたしは自分を抑えた。イライラする。なぜだろう。自分が巻き込まれたことよりも、どこかべつのところに違和感をおぼえていた。ユーリの性格? わたしを巻き込んでおいて、いけしゃあしゃあと冷静に事態を分析しているから? それとも……?
コンコン
ドアがノックされた。返事をすると、シスマの声が聞こえた。
「ごめんなさい。今のは花瓶が落ちそうになって、悲鳴をあげただけよ」
「いえ、別用でございます。ガシェさまが、ユリディーズさまをお呼びです」
わたしとユーリは、おたがいに顔を見合わせた。
「指輪の件くさいな……」
「ごまかせそう? 現物はないし、マリクがいるから偽物を出すわけにもいかないわ」
「なんとかするさ……ヒナ、おまえは部屋にいろ。だれかに呼び出されても、気分が悪いと言ってことわれ。昼食のときの病欠が役にたつ」
命令されるのは癪だった。でも、それが一番安全だとも思った。
ユーリが出て行ったあと、わたしはふたたび窓の外をながめた。
三ヶ月が地平線のむこうにみえる。その稜線とユーリの鋭いまなざしが、イメージのなかで重なりあった――その瞬間、わたしの脳裏に、おそろしいひらめきが舞い降りた。
(ユーリの黒幕が、ガシェだとしたら? ガシェが王女を殺す動機は……あるッ! ゼナは気が強かったから、ガシェの言う通りにはならなかったはずだ。ゼナを殺して、異世界人であるわたしを後釜にすえる。でも、その後釜も従順じゃない……としたら?)
わたしは身震いした。ユーリとガシェが手を組んでいる可能性は、ある。大有りだ。
ふりむいて、入り口のドアを確認した。ユーリが戻って来ないかどうか、心配になったのだ。ガシェに呼ばれたのも、殺しの打ち合わせではないか、と。
「でも……」
わたしは天を見上げた。星の洪水。答えのない夜空に、新しい疑問が浮かぶ。
「だったら、なぜわたしを助けたの……? 2回も殺すチャンスがあったのに……?」




