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青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
第3章 奪われた証拠品
12/23

第11話 陰謀の食祭

 最初の10分ほどだろうか。座は、ありふれた日常会話から始まった。

 そして、それが一番苦痛だった。あの大臣は、あの騎士は……知らない名前ばかりで、行ったこともない場所の思い出を訊かれるのだ。「ええ」とか「はい」とか、あるいはどうしても感想が必要なときは、「楽しかったです」のひとことで済ませた。

「ゼナ、今日はどうした? あまり話をしたくないようにみえるが?」

 ハサラ王は、心配そうにたずねた。視線が頬に刺さる。

「マリクさまがご同席で、少々緊張しております」

 ちょっと下手をうったと思った。すぐにマリクが反応して、

「アハハ、10年以上おつきあいしているのに、あらたまらないでください」

 と、ごまかし笑いをしたからだ。彼を傷つけてしまったようだ。

 ハサラ王も感心しない様子で、

「ゼナよ、夫になっていただく身とはいえ、おぬしとマリクの思い出が、なにかべつのものに変わるというわけでもあるまい。いや……あるいは変わろうとも、他人行儀にするものではないであろう。それとも、気分が優れぬのか?」

「いえ、そういうわけでは……」

 えーい、テーブルを蹴り上げて出て行きたいところだ。

 でも、ユーリのことがある。彼に情報を提供するためには、この会食を乗り切って、大臣のガシェになにかしゃべらせる必要があった。わたしは、てきとうな話題を考えた。

「……そういえば、昨日、中庭で騒動があったようですわ」

 ハサラ王は、すこしおどろいたような顔をした。やっぱりね。聞かされていないのだ。

「まことか?」

「はい。馬が暴れたとかで……ねぇ、マリクさま?」

「え、あ、はい、僕の馬が、あの……」

「マリクさまの馬が城外に出ようとして、たいへんなことになりましたの」

「ほぉ、怪我はなかったか?」

「さいわい、だれも乗っておりませんでしたので」

 わたしの言葉に、マリクはきょとんとした。わたしは無視して先を続けた。

「それに、ユーリがうまく捕まえてくれました」

 ハサラ王は、安堵の表情を浮かべた。このひと、他人を信用しやすいのね。いくら自分の娘だからって、猜疑心がなさすぎる。わたしは、かえって心配になった。

「それはよかった。ユリディーズには、あとでささやかな褒美をとらせよう」

 わたしは、大臣ガシェの顔色をうかがった。ガシェは立派なひげを撫でながら、

「災難でしたな。姫さまとマリクさまの身になにかあっては困ります」

 と、おべっかで答えた。この狸、食えない。

「そ、そうですね、僕の手違いで……」

「いいえ、マリクさまをお咎めしたわけではございません。おおかた、馬の機嫌が悪かったのでございましょう。この季節には、よくあることです」

 しめた。わたしは即座に口をひらく。

「『馬の機嫌が悪かった』と申されますのは?」

 ガシェは、こちらに視線を移した。

「逃げ出そうとしたのでしょう?」

「逃げ出そうとしたとは、ひとことも申しておりません」

 ひっかかった。そう思った矢先、大臣は軽く笑って、

「はて、わたくしのところへは、そのように伝えられておりましたが」

 とカラとぼけた。

「お耳に入れてらっしゃったのですか? さきほどは、初耳というお顔でしたが?」

「いやはや、手厳しい。わたくしを解任なさるおつもりですかな」

 大臣はそう言って、ちらりとハサラ王に視線をなげた。

 ハサラ王は銀のさじを皿に乗せ、わたしをたしなめた。

「ゼナ、大臣を困らせてはいかん。相手がこちらをおどろかせようとしているときは、いかにも初耳であるかのように振る舞う。これは礼儀であるぞ。おまえも心得ておろう」

「そうですが……失礼いたしました」

 なるほどね。王族や貴族の会話なんて、体面をとりつくろったものばかり。あげ足とりをしたところで、矛盾とは思われないわけか。今回ばかりは、わたしのミスだ。

 とはいえ、今の罠にかかった大臣が主犯なのは確定。おそらく、馬を興奮させるクスリでも飲ませたか、あるいは、馬丁のなかに共犯がいて、なにか細工をしたのだろう。

 わたしは二の矢の継ぎ方を考えた。

「ところで、ゼナさま、指輪はいかがなされたのですか?」

「!」

 ガシェに先制攻撃された。わたしは動揺する。

「大切なものなので、しまってあります」

「マリクさまの献上品、肌身離さずおつけになられたほうが、よろしいのでは?」

 どうしましょう。しまっておいた、はマズかったかも。盗賊一味が持ち去って、現物はどこにもない。あとで持って来いと言われたらアウトだ。

 わたしは、振り下ろされた一撃の対処に苦慮した。すると、マリクが割り込んできた。

「婚約の正式な品は、このイヤリングです。指輪は粗品にすぎません」

「ハハハ、純金の指輪が粗品とは、マリクさまもご謙遜がすぎます。せっかくですから、ゼナさまにご披露いただいたほうが、よろしいのではございませんか?」

 マリクは、ちょっと王族らしからぬくらい慌てて、手を振った。

「ほんとうに、かまいません。それに、あの指輪はサイズがどうも合わないので、ゼナさまに叱られたばかりです。また作り直してきます」

 大臣は、いったん口をつぐんだ。マリク、感謝。

 と同時に、サイズが合わないというところが気になった。寸法ミスだったから、怒って井戸に捨てたのかしら。ちょっと短気すぎるけど。

「しかし、献上品を粗末にあつかうのは、やはり失礼かと思います。国王陛下、ゼナさまの指輪は、国庫にて丁重にあずからせていただくというのは、いかがでしょうか」

 また指輪の話だ。わざとね――え、わざと?

「ゼナさま、どうしました?」

 となりの席から、マリクが心配そうにこちらをうかがっていた。

「ゼナさま?」

「ご、ごめんなさい。ちょっとぼぉっとしちゃって……」

「ゼナ、いくら婚約者とはいえ、そのような口の利き方はいかん」

 ハサラ王の忠告に対して、わたしはおざなりに謝った――ちょっと待って、わざと?

 わたしの指輪が盗まれたのは、盗賊とユーリしか知らないはず。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 そ、そうかッ! あの盗賊も大臣とグルなんだわッ!

「ゼナ、どうした? 今日はまことに妙だぞ?」

 わたしは銀のさじを置き、右のこめかみに指をそえ、しかめっつらを作った。

「もうしわけございません。さきほどまで外に出ておりまして、陽にやられたのかも」

「それはたいへんです。陛下、ゼナさまをお部屋へおもどしください」

 マリクが便乗してくれて、ことはスムーズに運んだ。わたしは退席を認められ、マリクも付き添ってくれることに。わたしは侍女ふたりに挟まれて、念入りにお詫びしてから、食堂をあとにした。

「ゼナさん、だいじょうぶですか?」

 マリクは、フランクな口調でわたしの安否をきづかった。

「ええ」

「加減が悪いのかな、とは思っていました。さきほども、馬の話で記憶……」

「マリク、話はあとで」

 あぶない。おしゃべりがすぎる。

 わたしはうつむくふりをして、左右の侍女をちらりちらりと観察した。ひとりは、わたしを屋上まで呼びに来た女性。もうひとりは、シスマだった。敵と味方に囲まれながら、わたしはこれからの計画を練った。

「シスマ、ユリディーズのところへ行って、あとで来てくれるようにお願いして」

「ゆ、ユリディーズさまでございますか? ユリディーズさまは、まだ……」

「ええ、と思うから、無理に起こさなくてもけっこうよ。目を覚ますまで、どこか近くの部屋で待機しておいてちょうだい。目を覚ましたら、直接連れてくるんじゃなくて、わたしとマリクのところへ報告に来てね」

「しょ、承知いたしました」

 シスマは戸惑っていた。けど、今の指示でまちがいないはずだ。スパイの女に、ユーリが昏睡していることはバレなかったはず。

 わたしは怪しまれないように、話題をありふれたものへともどした。

「マリク、さっきはごめんなさいね」

「いえいえ、健康が最優先ですよ。気が利かなくてすみませんでした」

「マリク、せっかくだから、あとでまた会いましょう。場所は追って知らせます」


  ○

   。

    .


 夕暮れどき――東の空から月がのぼりはじめていた。天球はずっと夜なのに、街並みは赤く染まっている。幻想的な風景。とこしえの夜の国は、慣れずとも美しい。

「ほんとうに、もう平気なの?」

 わたしは、椅子に座ったユーリを見た。包帯もせず、いつものラフな制服に着替えて、両腕を組んでいた。目つきにも、朦朧としたところはなかった。

「平気だ。これで3度目だぞ。それより、さっきの話にまちがいはないのか?」

 わたしは、食堂での会話を、もういちどくりかえした。

「なるほど……どうやら、ガシェは黒のようだな」

「あなた、あまりおどろかないのね。まるで予期してたみたい」

「忠告したとおり、ガシェは野心家だ。カマルの王女をシャムスに嫁がせ、裏から両国を操るという構想を持っていたとしても、不思議じゃない」

「でも、それならなぜ、わたしとマリクの命を狙ったの? ふたりが死んだら、操り人形もいなくなっちゃうでしょ。大損だわ。それとも、ガシェが国王になるつもり?」

「それはできない。カマルもシャムスも血統主義だ。ゼナとマリクが死ねば、王族のなかから適当な人物が選ばれる。候補としては、先王の従兄弟エアナード親王だろう」

 わたしは、パチリと指をはじいた。

「そのエアナードとガシェが繋がってる可能性は?」

「考えにくい。エアナード親王は、どんな政策にも一家言持っている頑固者だ。ガシェでは手綱をとれないだろう」

 手綱という単語を耳にして、わたしはすかさず疑問をぶつけた。

「つまり、わたしとマリクの命を狙った理由は、見当もつかないってこと?」

 ユーリは、その通り、と言った感じで、右手を空中にあげた。

「ゼナ……いや、ヒナ、おれから質問してもいいか?」

「イヤだ、と言っても聞き出すんでしょ? どうぞ」

「おまえは、盗賊団に自分がゼナでないことをしゃべったな?」

「!」

 わたしは、しどろもどろになった。窓から手をはなして、乱雑なジェスチャーをする。

「そ、そんなことは……」

「事実を話したほうがいいぞ。なにも解決しなくなる」

「その……なんていうか、あっちが先に気づいたのよ」

「盗賊団が先に気づいた? どんな連中だ?」

「ジンと……もうひとりは、カイードだったと思う。ジンは太っちょの、頬に刀傷のある男だったわ。ボスっぽくて……カイードは、痩せた召使いみたいな男。ただ、すごく冷酷で、頭の切れる感じがした」

 ユーリは、軽く舌打ちをした。

「ガシェのやつ、よりによってそのふたりを引き込んだか……」

「危険人物なの?」

「王宮の要人とつながっている裏組織だ」

「裏組織? どうして王宮が裏組織とつながってるの?」

 ユーリは語った。この世界にある国は、カマルとシャムスだけではない。川の向こうにはアベロエスという大国があり、海を挟んだとなりの大陸には、異なる人種の住む国々がひしめきあっている、と。

「カマルとシャムスは友好関係を築けたが、敵対的な国もある。ジンとカイードは、そういう国から聞き出した情報を、王宮の要人に売っているんだ」

情報? ……ずいぶんと、穏当な言い方をするのね」

 血が流れているに決まっている。わたしがいた世界でも、そうだったのだから。

「そこは論点じゃない。ガシェは、ジンたちを通じて、おまえがゼナではないと知ってしまった。あの馬の暴走は、マリクを狙ったものじゃない。ヒナ、おまえを狙ったものだ」

 わたしは怒りを爆発させて、石壁にこぶしをぶつけた。

「だから言ったじゃない! こんな計画は、最初から成立してないのよ!」

「静かにしろ」

 わたしは自分を抑えた。イライラする。なぜだろう。自分が巻き込まれたことよりも、どこかべつのところに違和感をおぼえていた。ユーリの性格? わたしを巻き込んでおいて、いけしゃあしゃあと冷静に事態を分析しているから? それとも……?

 

 コンコン

 

 ドアがノックされた。返事をすると、シスマの声が聞こえた。

「ごめんなさい。今のは花瓶が落ちそうになって、悲鳴をあげただけよ」

「いえ、別用でございます。ガシェさまが、ユリディーズさまをお呼びです」

 わたしとユーリは、おたがいに顔を見合わせた。

「指輪の件くさいな……」

「ごまかせそう? 現物はないし、マリクがいるから偽物を出すわけにもいかないわ」

「なんとかするさ……ヒナ、おまえは部屋にいろ。だれかに呼び出されても、気分が悪いと言ってことわれ。昼食のときの病欠が役にたつ」

 命令されるのは癪だった。でも、それが一番安全だとも思った。

 ユーリが出て行ったあと、わたしはふたたび窓の外をながめた。

 三ヶ月が地平線のむこうにみえる。その稜線とユーリの鋭いまなざしが、イメージのなかで重なりあった――その瞬間、わたしの脳裏に、おそろしいひらめきが舞い降りた。

(ユーリの黒幕が、ガシェだとしたら? ガシェが王女を殺す動機は……あるッ! ゼナは気が強かったから、ガシェの言う通りにはならなかったはずだ。ゼナを殺して、異世界人であるわたしを後釜にすえる。でも、その後釜も従順じゃない……としたら?)

 わたしは身震いした。ユーリとガシェが手を組んでいる可能性は、ある。大有りだ。

 ふりむいて、入り口のドアを確認した。ユーリが戻って来ないかどうか、心配になったのだ。ガシェに呼ばれたのも、殺しの打ち合わせではないか、と。

「でも……」

 わたしは天を見上げた。星の洪水。答えのない夜空に、新しい疑問が浮かぶ。

「だったら、なぜわたしを助けたの……? 2回も殺すチャンスがあったのに……?」

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