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青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
第3章 奪われた証拠品
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第9話 得意でないなら

「たづなは緩めろ……きょろきょろするな、まえを向け」

 ゆらゆらと、視界が揺れる。わたしは、馬のたてがみをこそばゆく思いながら、ユーリの指示を必死に追っていた。半分も頭に入ってこない。馬が一歩踏み出すたびに、心臓が跳ね上がりそうだった。

「手に余計な力を入れるな。姿勢はまっすぐ。馬に走らせるんだ」

 指示が一度にたくさん出て、わたしはおおいに混乱した。

「もうすこし、丁寧に……キャッ!?」

 いきなり、馬が立ち止まった。反動で、鞍から転げ落ちてしまう。

 万事休すと思いきや、ふっと体が受け止められた。目を開けると、ユーリの顔。

「放しなさいッ!」

「暴れるな……どっちが馬か分からないな」

 ユーリは軽口をたたいて、わたしを地面におろした。

 わたしは両手を腰にあてて、ユーリをにらみつけた。

「いきなり乗ってみろだなんて、むちゃくちゃだわ。順番を考えなさい、順番を」

「乗る以外に、うまくなる手はないぞ。木馬で練習する気か?」

「お姫様に、乗馬なんて必要ないでしょ」

 ユーリは困った顔で、いつもの青いバンダナへと手を伸ばした。

「ゼナは、馬に乗るのが好きだった。これでは困る」

「召喚のとき、条件づけしたって言ってたじゃない」

 ふざけるな。わたしは、いきどおった。

「完全に条件どおりの女を探すのはムリだった……まあ、いい。ゼナの乗馬は、まわりから止められていたからな。乗らなくても、不審に思われないだろう」

 ユーリは指笛を吹いて、馬を呼び寄せた。馬は耳をくるくるさせ、うれしそうにこちらへ駆けてきた。見てるのはおもしろいけど、乗るのはもうごめんだ。

 わたしは気分を変えて、空をみあげた。天頂にむかって夜空が濃くなる、あいかわらずの不思議な光景だった。今日は、なぜか三日月が出ている。それが不吉なもののように見えてくるのだから、病は気からということだろうか。

「ゼナ王女、ここでしたか」

 こどものように無邪気な声が、厩舎の反対側から聞こえてきた。振り返ると、マリク王子が、わたしのほうへ手を振っていた。スカーフが風になびいて、銀髪が揺れた。

 ユーリは、ハァとため息をつく。

「いつもタイミングが悪いな……あいつは……」

 マリク王子は、わたしたちの前まで来ると、ユーリと馬にもあいさつした。

「乗馬をなさってたんですね」

「え……あ、はい……」

「マリク、公務はどうした? 遊びにきているわけじゃないだろう」

「ガシェさんとの都合が合わなくてね。とても忙しいらしい」

「忙しいって、おまえ……自分の立場が分かってるのか?」

 これには、ユーリも驚いたような顔をした。それは、そうだ。ガシェは、一国の宰相に過ぎない。しかも、宰相団というのだから、そのうちのひとり。一方、マリクは王子様。太陽の国シャムスの、次期国王陛下。どっちがえらいかは、部外者のわたしにでも分かる。

「気が進まなかったのもあるし……っと」

 マリクは、この話題がイヤなのか、わたしのほうへ向き直った。

「わたしの馬も、連れてきていいでしょうか?」

 マリク王子は、いきなり許可を求めた。

 わたしは、うっかり首を縦に振ってしまった。

「では、少々お待ちください」

 王子は、そう言い残して、もときた道を引き返して行った。よく整備された、やや湿り気を帯びた土のうえに、点々と往復の足跡だけが残った。

「ヒナ、どうして応じた?」

「ご、ごめんなさい……断りづらくて……」

「おまえは王女なんだ。もっと強気に出てもいい」

(そう言われてもね……押し引きの加減が分からないのよ……)

 今度は、わたしがため息をつく番だった。

「ところで、あのひと、王子にむいてないんじゃない?」

「おまえも、そう思うか」

 ユーリの返しに、わたしは目を白黒させた。

「幼馴染にたいして、ひどい言い草ね。やっぱりバカにしてるんでしょ?」

「他人の適性について語ったら、侮辱したことになるのか?」

「そういうわけじゃないけど……」

 ユーリは、風に揺らぐバンダナの位置をなおした。横顔は、あいかわらず冷徹。ただ、以前よりも柔らかな、感情の起伏が見え隠れしていた。わたしの目が彼に慣れたのか、それとも、ユーリのほうがわたしに慣れたのか……両方かもしれない。

「正直に言って、ヒナのほうが、まだ王族向きだ。けっこう、狡猾のようだしな」

 ユーリの評価を聞いて、わたしは頭に湯気がたった。

「わたしのどこが狡猾なのよッ!?」

「ガシェを言いくるめた手腕は、みごとだったぞ」

「ッ!?」

 わたしは喫驚して、一歩うしろにさがった。

「あなた……盗み聞きしてたの?」

「当然だ。あの男が、ただの見舞いなわけがないだろう」

 ないだろう、と言われても、わたしにはさっぱり。ただ、ガシェの二度目の訪問から、なにか内心に含むところがあったのは、なんとなく察しがついていた。お見舞いは口実で、本命はユーリの首切りだったと思う。

「あれは、あなたのために弁護したわけじゃないのよ。あなたがいなくなると、わたしの正体を知ってるひとが、いなくなるから、困るってだけ。勘違い禁止」

「……そんなところだろうな」

 ユーリは、まじめな顔つきで、厩舎のほうをみやった。何頭もの馬が、こちらを興味深そうにうかがっている。色も様々で、見ていて飽きない。

「……ヒナ、ひとつ重要なことを訊きたい」

「質問次第ね」

「なぜガシェは、おまえが賊に襲われたことを知っていた?」

「宰相だから、でしょ?」

 当たり前だ。そう思ったわたしに、ユーリは問いたげな眼差しをむけた。

「今回の件を知っているのは、大宰相と親衛隊長だけだ」

「え……?」

 ユーリは、かかとで半回転して、わたしにまっすぐ向き直った。

 なんだか、尋問されているような雰囲気になる。

「な、なにを言ってるの? ガシェは、お見舞いだって言って、シスマさんも、それを疑問に思ってなかったみたいだし……あなたも……」

「シスマは疑問に思わないさ。おまえは『城下町で熱中症になった』のだからな」

「……」

 わたしは、ヘビににらまれたカエルみたいに、そこへ突っ立っていた。

 ユーリの視線から、目を離すことができなかった。

「ユーリ、冗談は……」

「冗談だと思うなら、三人でいたときのことを思い出せ。おまえが賊に誘拐されたと、だれか言ったか? ……おれは言っていない。ガシェもだ」

 わたしは、ユーリとガシェの会話を、なんとかして思い出そうとする。だけど、そんな細かい言葉のやり取りを、いちいち覚えているわけがなかった。ユーリがわたしに脅しをかけているのか、それともほんとうのことを言っているのか、判然としない。

「信じられないわ……王様にも伝えなかったってこと?」

「王女が町中でさらわれたと吹聴して、なんになる? パニックが起こるだけだ」

「それって情報操作じゃないッ!? あなた、首になりたくないだけでしょッ!?」

 ユーリは、なじるわたしをものともせず、一歩前に出た。

 わたしは、さらに一歩さがる。

「ヒナ……盗賊団にさらわれたとき、なにか話さなかったか?」

 呼吸が止まる。数秒にも、数時間にも感じられる時間の流れ。

「わ、わたしは……」

 くちびるを動かしたわたしに、ユーリは手を伸ばした。

 殴られるのかと思って、わたしびくりと目を閉じた。だけど、痛みはなかった。

「マリクが、もどってきた」

 そのひとことで、わたしはまぶたをあげた。どうやら、ユーリが手を伸ばしたのは、わたしに黙れと言いたかっただけのようだ。

 マリクは、お供と一緒に、一頭の白馬をつれていた。

「マリクには、病気のことすら話してない。なにも言うなよ」

 わたしは、さきほどのことがごまかせるならと、しきりにうなずいた。

 ふたりして、マリクの到着を待った。

「お待たせしました。ひとつ、走りに行きませんか?」

 マリクは、わたしとユーリのあいだの空気などおかまいなしに、笑顔を振りまいた。

「……どうしました? ごめいわくでしたか?」

「ゼナは、つかれてしまってな」

 ユーリは、しれっとウソをついた。

「でしたら、わたしとふたりで乗りませんか?」

 マリクは、期待に満ちた目で、わたしをみた。これは……ちょっと露骨過ぎるんじゃないのかな。あきれてしまう。ただ、指輪の件もあるし、これ以上マリク王子とのあいだを悪化させるのは、よくないとも思った。マリクと仲違(なかたが)いすれば、ユーリは、わたしを役に立たない女と考えるかもしれない。それに、マリクとの仲が(もちろん、お友だちとして)進展すれば、いろいろ便宜をはかってもらえるだろう。わたしって打算的。

「わかりました。ふたりで乗りましょう」

「おい、ヒ……ゼナ、いいのか?」

 予想外なことに、ユーリのほうから止めに入ってきた。

「なにか、問題でも?」

 わたしは、ユーリを牽制した。

 ユーリは、両腕を組んで、肩をすくめてみせた。

「……おまえがいいというなら、かまわん。どうなっても知らんぞ」

(なんか様子が変だけど……ま、いっか)

 ユーリは、さっきまでわたしが乗っていた馬にまたがった。ついてくるらしい。

「では、お先に」

 マリクは、馬丁(ばてい)に手伝ってもらいながら、鞍に乗った。

「さあ、どうぞ」

(どうぞって……手を貸さないの? 失礼なひとね)

「えっと、手を……」

「ゼナ、どうした? いつもは、手伝われるのを嫌がっていただろう?」

 とユーリ。そういうことか。わたしは、内心で舌打ちした。

「ごめんなさい、つかれてるの。手伝ってくださらない?」

「よろこんで」

 わたしは、マリクの手を借りて、なんとかうしろにまたがることができた。

 そのあいだも、馬は落ち着かない様子をしていた。

「マリク、ムリはするなよ。おれについてこい」

 ユーリは、マリクの返事を待たずに、先に馬を走らせた。

「ちゃんと捕まっててくださいね」

「は、はい」

 わたしは、マリクの胸に両腕をまわした。

 ひょろひょろかと思ったら、意外とそうでもなかった。

「それッ!」

 マリクのかけ声に合わせて、馬が駆け始めた。あっというまに、ユーリに追いついた。そう、あっというまに。

「ちょ、ちょっと速過ぎません?」

 わたしは、舌を噛まないように注意しながら、マリクに尋ねた。

「そうですか? ユーリと並びましたよ?」

 速い。馬がここまで速いとは、思わなかった。時速何キロ出てるのか分からないけど、バイクに乗ったらこんな感じなのかもしれない。わたしは、恐怖で全身をこわばらせ、マリクの背にギュッとしがみついた。

「マリク、並走しろ。前に出ようとするな」

 風のむこうがわから、ユーリの声。

「ゆ、ユーリもああ言ってますし、スピードを落としてみては?」

 わたしは、背中越しに懇願した。

「……」

「マリク? 聞こえてる?」

「……馬が止まりません」

「……はい?」

 わたしは、背中から顔をあげた。

 マリクの顔はみえないけど、焦っている感覚がバリバリと伝わってきた。

「マリク! 両足を締めて、こぶしを控えろッ!」

「いまやってるッ!」

 スピードが、さらに増した気がする。気のせいじゃない。

 風鳴りの音が、さっきよりも大きくなっていた。

 わたしはパニックになって、かるく悲鳴をあげた。

「ヒナ! 暴れるなッ!」

 左から、馬のひづめの音。振り向けば、ユーリが並走していた。砂塵をあげながら、マリクのつなを片手に取る。それを軽く操って、わずか十数センチのところまで接近した。

「くッ! 止まらないッ!?」

「そうなんだよッ! 暴走してるッ!」

 ふたりのやりとりに、わたしのパニックが増した。

「ユーリ! マリク! 冗談はやめてッ!」

「これが冗談にみえますかッ!?」

「マリク! この先を左に曲がれッ! 門があるッ! そこから砂漠に出るぞッ!」

「わ、分かったッ!」

「砂漠に出て、どうするつもりなのッ!?」

「出れば足がゆるむッ! 振り落とされても心配ないッ!」

 ユーリは、必死の形相で、二頭のたづなを同時に操った。

 馬の距離が開いたり縮まったりするたびに、心臓がとまりそうになる。

 ぶつかりでもしたら、どうなるのか。しろうとにも、綱渡りだと分かる作業だ。

 ユーリは体をかたむけて、二頭を左に曲げた。おどろいた通行人たちが逃げ惑う。だれも助けてくれない。いや、助けられないのだ。暴走馬なんて、だれも制止できない。わたしはマリクにしがみつくだけで、なんの手伝いもできなかった。

 大きく遠心力に逆らいながら、わたしたちはふたたび直線に入った。

「マリク、すぐ前方の……ッ!?」

 信じられない光景に、わたしたちは絶句する。

「門が閉まってるわよッ!」

「バカなッ!」

 ぶつかる。そう思った瞬間、マリクが上半身をねじり、わたしを抱きしめた。

 視界がふさがれる。そして、左から強烈な衝撃。

 わたしは地面に転がり落ち、二転三転して、あちこちに痛みが走った。

「いたた……」

 わたしは、うっすらとまぶたをあげた。

「……マリク!」

 クッション代わりになったマリク王子は、わたしよりもひどい状態で、地面に突っ伏していた。左腕を押さえて、歯を食いしばっているのが痛々しい。

「だ、大丈夫? 折れたんじゃないでしょうね?」

「強く打っただけです……それよりも、ユーリを……」

 そうだ。ユーリは、どうなったの。

 わたしは、門のほうへ視線を走らせかけた。そして、近くに彼のバンダナをみた。

「そんな……ユーリ……」

 落馬したユーリは、額から血を流して、死んだように目を閉じていた。

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