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青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
プロローグ
1/23

短剣とイヤリング

 それは、ひとつの短剣と、ひとつのイヤリングから始まった。

「あなたが殺したの?」

 わたしはふるえる声で、そうたずねた。

 血にまみれた凶器。それを持つ、美しい少年。褐色の肌。砂漠の民。青いバンダナから流れる、線のほそい黒髪。切れ長の眼には、つめたい光が宿っていた。

「そうだ」

 感情のこもらない返事だった。

「なぜ?」

 少年は答えずに、イヤリングをつまんだ。

 そして、わたしの目の前に突きつけた。

「これをつけろ」

「おしえてちょうだい。ここは、どこ? 夢? それとも来世?」

「さっき答えたとおりだ」

 少年は、わたしの手首をつかんだ。イヤリングを、手のひらへ押しつけた。

 ひとごろしに触れたショックで、わたしはかれの手をはねのけた。

 銀色の、三日月を()したアクセサリーが、絨毯(じゅうたん)のうえに落ちた。

 少年は、首を左右にふって、イヤリングをひろいあげた。ギュッと握りしめ、それから宙にほうり投げた。イヤリングは放物線をえがいて、ふたたび少年の手におさまった。

 とがめるような視線が、わたしに向けられた。

「ものおぼえのわるい女だな」

「記憶の問題じゃないわ! ここは、どこなの⁉」

「ここはカマルの王城だ」

「答えになってない!」

 わたしのくちびるに、かれの人差し指が触れた。

 一瞬、呼吸がとまる。それから、耐えがたいほどの羞恥心(しゅうちしん)

 わたしは、かれの手の甲をはたき返した。

「さわらないで!」

「静かにしろ。もう一度だけ、説明してやる。ここは、カマル。砂漠と夜の国だ。おまえがどこの国からきたのか、そんなことはどうでもいい。興味はない」

「わたしは日本人よ」

「どうでもいいと言っただろう。おまえがここに召喚されたのは、ゼナ王女の身代わりをつとめるためだ。おれが殺した。代わりが必要だ。これから、シャムスの第一王子、マリク様と会ってもらう。ヘマはするな。打ち合わせどおりにやれ」

「そんなことも、たずねてないわ。召喚ってなんなの? それに……」

 わたしは、鏡へと向きなおった。

「これは、だれなの⁉」

 鏡に(うつ)っているのは、わたしじゃなかった。身ぶり手ぶりをしているのは、わたし。でも、髪の毛は金色で、腰までかかっている。私の地毛は黒だ。しかもショート。顔のかたちも、みたことのない女性に変わっていた。まつげは伸びて、鼻も高い。

 爪先(つまさき)さえ隠れてしまいそうな、一枚布の赤いスカート。黒い帯が、胸下(むなした)まで巻かれていた。どれも、むりに着替えさせられたものだ。わたしの学生服は、衣装棚に封印されてしまった。

「それも説明した。変化の術(ミラージュ)だ」

「わたしの顔を返して!」

 そのときだった。

 

 コンコン

 

 鳥の文様(もんよう)がほどこされた木のとびらを、だれかが叩いた。

「ご支度(したく)は、お済みでしょうか?」

 わかい女の声が、とびらごしに聞こえた。

「もうすこし待ってくれ……おい」

 少年は、わたしの手のひらに、イヤリングをすべりこませた。

「右耳につけろ。それで最後だ」

 わたしはイヤリングを、痛いほど強くにぎりしめた。

 ガラスみたいに、こなごなにしてしまいたかった。

「……イヤだと言ったら?」

「王女さまは、腹痛でご欠席、ってところかな」

 少年は五指(ごし)を器用につかい、短剣の()をくるりと回転させた。

 むき出しの腹に刃先をあて、横一文字に斬るマネをしてみせた。

「わたしを殺したら、だれが王女のフリをするの?」

「代えはいくらでもいるさ」

「……最低ね。ひとを歯車あつかいして」

「怖いのか?」

 わたしは、こくりとうなずいた。

 怖くないと言えば、(うそ)になる。ただ、この非現実的な世界……召喚だとか、魔術だとか、あるいは、人殺しだとか……そういうものが、わたしの心をめちゃくちゃにしていた。分からない。なにも分からない。わたしはおびえているのか、それとも……。


 コンコン


「もうしわけございません。陛下(へいか)がお待ちかねです」

「すぐいく」

 少年は、向かって左の耳朶(みみたぶ)をつまんだ。

 さっさと身につけろ。そう言いたいのだ。

 わたしは慣れない手つきで、イヤリングをはめようとした。

 指がふるえて、うまくいかなかった。

「貸せ」

 少年はイヤリングをうばいとると、わたしの耳にそっとはめてくれた。

「……重たいわ」

「よく似合ってるさ」

 からかっているのか、本気なのか、見当もつかなかった。

「もう片方は?」

「ない」

 少年はそれだけ言って、わたしに背を向けた。出口へ歩み寄る。

「あなた、名前は?」

 問いかけにもかかわらず、少年はふり返らなかった。

「ユリディーズ」

「ユリ……ディーズ……」

「ユーリでいい。おまえは?」

 おかしなことに、わたしたちはおたがいの名前を知らなかった。

陽凪(ひな)

「ヒナ……おまえは今日から、ゼナだ」

 少年は……ユーリは、ドアノブに手をかけた。

 ゆっくりと、世界がひらける。わたしの知らない世界が。

 ユーリは、うやうやしく胸に手をあてて、わたしに一礼した。

「さあ、舞踏会へまいりましょうか、王女さま」

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