第1話 トワ、ダンジョンに潜る
今話からトワ編になります。
トワがダンジョンクリアに動いて行きます。
あの日から数日たった……。その間トワはダンジョンについて調べていた。クオンのいるラグドリーズに関しての情報はあるが、この世界におけるダンジョンがどの様なものかは知らないからだ。
「何日も付き合わせて……悪い。クロードは今日から、勤務か?」
「もう葬儀から……一週間になるからね。それと調べ物の件は、俺も関わりがあるから気にしないでくれ。その代わり…………姉さんのことをよろしく頼む」
トワはこの数日はダンジョン『マリスの迷宮』について調べていた。この迷宮が30階層まで攻略されていたとしても、内部の情報が限りなく少なかった。
「何とかするさ……十階層まではギルドで売っていたのは大きいからな! あの象の人獣はまだ『二十五階層』付近だって話だしな!」
トワは笑っている。クロードにはトワのこの自信は何処からくるのか、とても気になる。
「自信なんぞ必要ないと思うぞ? 自信なんかより、覚悟の方が必要だと思うぞ」
「くくっ……お前と知り合って、私の常識をことある毎に砕いてくれるよな――――」
クロードは可笑しそうに笑っている。だがその言葉自体に嘘はない。この数日でトワは、良し悪し関係なく色々なことを起こしてきた。
「んじゃ……そろそろ、ダンジョンに向かうわ」
そう言い拳をクロードに向ける。ここ最近トワにつき合ってきたクロードだからこそ、この行動に意味に気付けた。
「サクッとクリアして、姉さんを────」
コツ! クロードはトワの拳に自分の拳をぶつけた。
「『マリスの迷宮』行き出発するよ~」
御者が出発の時間を告げた。トワは乗り合い馬車に乗り込む。
「じゃあ─行ってくるわ」
出発するトワをクロードは見送る。
「──気をつけてな」
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マリスの迷宮に着いた。今回はベル様たちの好意で、馬車の料金は持ってもらえたが、次からは自腹になる。楽を覚えてしまった以上、次からも馬車を使うぞとトワは心の中で思っている。
このマリスの迷宮は発見されたのが、五百年前と言う話だ。真偽自体が定かではないらしい──。
「それじゃあ、行きますか──」
トワのその声は、これから死出の黄泉路に向かう人間の言葉とは思えないモノだった。
「一階層はゴブリンがメインだっけ?」
気の抜けたような、トワの言葉を幸いか? 聞いた者はいなかった。
トワがダンジョンを進むと、ゴブリンのグループが現れた。ゴブリンが突撃してくる。しかし──そのゴブリンは気付いていない。
『グギャァァァァァ───── ポット』
トワに向かったゴブリンは、突撃の勢いを殺せずにトワの操る─鋼糸─に切り裂かれていた。
「結構便利だなコレは────」
トワはこの数日で、中距離の戦闘法を考えていた。屋外でなら『弓』が一番使いやすく、種族的に見て適性が高いのが分かっているからだ。
しかし、ダンジョンは『室内』であり、弓を使う事によるアドバンテージはないに等しい。それよりも弓の取り回しが難いというデメリットの方が大きい。短弓も考えたのだが、取り回しが良くても、威力がかなり犠牲になる。
そのときにアドバイスしてくれたのは、クロードの姉─リヴィエルナである。彼女自身は<鋼糸術>を持っていなかったが、見せてくれた<捕縛術>が切っ掛けとなった。
「この程度なら、今日中に十階層までは十分行けそうだな」
トワは苦もなくそんなことを口にする。最もこの男の現状からしたら、その言葉は嘘ではない。トワはこの時点で既に、三階層ほど進んでいる。最も─────。
「このダンジョンて……ゴブリンしか出なかったけ?」
何故かゴブリン以外のモンスターとの戦闘が全くない。他の冒険者の可能性も考えたが、一組もすれ違っていないのはおかしい。
最悪の事態が思い当たった───。
それは────────。
「まさか……『大海嘯』か? だとしたら……街がヤバイが──!!」
トワは悩んでいた。速攻で街に戻って、ベル様に報告するか、一気にダンジョンを突破するかを──。
しかし大海嘯はトワの『感』で証拠はない。そうなると出来そうなことは、『少しでも早く、このダンジョンを攻略』する事である。
「─────────────よし、行くか」
決断してからのトワは、恐ろしい速度でダンジョンの中を駆け抜けた。刀は常に抜いた状態で、右手に持っている。
道を塞いでいるモンスターは斬り伏せ、<粘糸>で魔石の回収を行っている。ダンジョンに到達してから、実質一時間経っていない。罠の有無に関しては、ギルドの資料部屋から入手したので、問題はあまりない。
問題と言えるのは『残り時間』である。
「このダンジョンで、厄介なのは『バット系』のモンスターだろうな──。飛んでるし、音がないし──」
トワは『ダークメイア』の対処中に、新しいスキルに目覚めなかったら、今でも対処に困っていただろう。
『──────』
「チィッ! またかよ!? 喰らいやがれ──『飛斬』」
隠れていた、ダークメイアに対して放たれた<飛斬>は簡単に避けられる。
「─── ……… ── 『ホーミングレイ』!!」
この呪文こそが、トワの危機を救ったスキルである。名前からだと結構融通が利きそうに感じるが、実際のところそれ程融通の利く魔術ではない。
第一に、属性を持たない為すべての敵に効くが、威力が弱いこと。
第二に、ホーミングと言っても、多少の指向性が有るだけでそれ程追尾しない。
第三に、消費魔力が多い点である。初級魔術を五MPとしよう……。この魔術は十五~二十MPくらいを消費する。
高名な術者なら使わないほどの欠陥と言えるくらい、対MP効率が悪い。それでもトワが問題なく使えるのは、この世界の住人より潤沢な魔力のお陰である。
「やっと──五階層まで来れたのか」
そう言うが、二時間もかけずに五階まで普通の人族がそのようなことは出来ない。しかし当のトワはその様なことを知らない。
「あの扉の向こうが、小ボスの部屋か──」
目の前の扉を睨みつける。重そうな扉はトワが近づいたら、重厚な音を響かせ───自然に開いた。
「────なるほどねえ。確かに、人族を迎え入れている様に感じられる訳だわ」
トワは臆することもなく、その扉をくぐり抜けた。目の前には黒い靄が集まり、何かを象っている。
「──────『ゴブリンキング』? ──いや『ホブゴブリン』かな──?」
Gugaaaaaaaa!!!!!
ホブゴブリンは雄叫びをあげたが、トワに対しては『糠に釘』であった。
トワはその場から動かずに、刀を抜いた。所謂『抜刀術』である。あくまでも我流であるその刀術は、いとも容易くホブゴブリンの頭と胴体を分断した。
「さてと──次のボスが、もう少しくらい歯応えがあるといいけどねぇ────」
そんな不遜とも取れる言葉を誰も聞いてはいなかった。実質、五階層の小ボスは十秒もかからずに討伐されている。
六階層~九階層までのモンスターは、トワにキズ一つ負わせることは出来なかった。その証拠に現在のトワは刀を抜いていない。この間の戦闘方法は<鋼糸術>を独自進化させた、特化能力 <魔繰糸>をメインで戦っている。
ある時は壁の出っ張りに引っ掛け、ある時は前方の罠を破壊し、モンスターを切る。魔石やドロップの回収もこの魔繰糸を使っている。
五階層に小ボスから一時間もかけずに十階層の中ボスの元にたどり着いている。
中ボス戦もあっけなく終わっている。出てきたモンスターは、ゴブリンナイトを筆頭に、ゴブリンメイジ・クレリック・アサシンであり、トワ以外の冒険者には厳しかっただろう。
「う~ん……奴らが強いのか、弱いのか分からん────」
トワは、アテンドールたちが与えてくれたチートによる──ステータス強化だけでなく、本人の資質による戦感を常人の数倍の速度で養っていた。
「取り敢えずある程度モンスターが強くなるまで、進んでいくか────」
トワがモンスターを強く感じたのは三十階層に入ってからだった。ボスはゴブリンキングとその取り巻き、二十体あまりのゴブリン系になる。
ここで初めてトワはケガを負った。ケガと言っても、擦り傷その程度のモノだった。当のトワは「ここでやっとこの程度か──」そんな無体なことを思っていた。
「──────(つけているな)」
トワの感知範囲はかなり広い。現状屋外でなら二百mは優に感知しているだろう。二十五階層のボス戦後から誰かがついて来ている。現状では二十mがいいところだが、直線の通路では壁際まで感知範囲が延びる──。
「(気配は── 一つ? つけられる謂われはないはずなんだが……)」
トワは追跡者を巻こうとしたが、追跡者は意外と移動が早い。しかも足音が『ほとんどしない』という技量の持ち主である。
考えられるのは──象の人獣のメンバーである可能性だ。幾つか想定するも、それ以外は可能性的に低い。
この時点で出てくるモンスターは『ハイゴブリン』や『ハイオーク』になってきている。二十階層にも行けないレベルの人族には無理だろう。当然、二十五階層付近に停滞していた象の人獣にも無理だ。奴隷を肉壁と相手使っても二十九階層で、すべて失い骸を晒すだろう。帰ることも出来ず、死ぬ可能性が高い。
「(───最も、奴らなら……滅ぼす理由を探す手間が省ける)」
トワに象の人獣を生かす理由などは全くない。それどころか、殺す理由を探さないでいいだけ楽だ。
此処は確認しておくべきだろうか?
「(……あの曲がり角の次に部屋を感じる。アソコで仕掛ける──!!)」
トワは角を曲がった直ぐにある扉の前で、黒茶色の布を広げ隠れた。そしてターゲットが目の前に来たときに、布と鋼糸を使い締め上げた。
「──黒頭巾とは、乙なことを──」
縛り上げたとき、不可抗力で胸を触ってしまったのは気にしないことにした。
「───? 見たことない顔だ……」
犬っぽいミミを持った少女であった。
───この少女との出会いが、トワを取り巻く未来を、切り開く切り札となるのは、この時のトワは思わなかった。
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