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雨音は唯  作者: 雪乃夕陽
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雨音は唯




濁った空色が、私と同じなのかも知れないと過った時点でどうかしている。

濡れた髪を掻きながら困ったように靴を脱ぐのを傍目に紅茶を淹れる右手に平静を命じた。


『悪いね、面倒掛けて』

「平気です」


どうやったって棘っぽい口調は可愛げもない。

人と会う予定の無かった割にまともな服装の足元を見下ろせばスキニージーンズの脚に僅かな震えが見えて隠した。


関係性は問われても一定に在れない。

上司と部下か他人だったり、

恋人か浮気相手だったり、

愛しているか関心がないかの片側だったりする。


染み出す茶葉を見ていたくなくて目を逸らした。

昨日焼いたチーズケーキを出す為の行動だから、平気。


「_____________どうぞ」

『君は女子力とやらが妙に高いね』

「割に合わず人気は無いのでただの趣味止まりですよ」

『謙遜の仕方が自虐的なのは癖かい?』

「風邪引かれて困るのは此方なんです。早く紅茶飲んで温まってください」


飄々とする表情、口調、仕草に舌打ちしたくなる。

職場以外の何処ででも見せない事は承知で無防備なものだから。

清楚な彼女に見せて差し上げたならば何と言うだろう。

絶句するだろうか、笑うだろうか。


__________何方にせよ私に関係はない。


不本意な苛立ちには慣れきった。

受付の女の子がこんな男の恋人らしい、と下心を持って告げ口してしてきた同僚は勘違いをしている。


互いに雪崩れ込んだだけの関係が続いているだけだ。


「何故私の部屋なんですか」

『どうして駄目なのかな』

「恐らくこの雪で明日は休みです」

『そうだろうね』


やっぱり嫌い。

「彼女の部屋に行かないんですか」



『嗚呼、皮肉かい』

「はぐらかす気ですか」

『彼女には海外から恋人が帰ってきているよ』


表情も変えずに言い切った。

感情を欠片も滲ませずに。


『海外から元恋人が帰ってきてあっさり復縁したことになるのかな、一応は』

「________________貴方は」

『特に何も』

「恋人だったんじゃないんですか」

『偽装だったからね』


掠れた声を出して動揺した私は愚かだ。

今迄の少しの葛藤だとか私の立場だとか、そんな事が過って混沌ばかり。

清楚そうな彼女は私の思い違いで、偽装なんかを平気で頼む子だった。



「説明を求めても構いませんか」

『やっぱり芯が強いね、君は』


彼女は隠しているけれど社長の娘でね。

政略結婚紛いのことを持ち掛けられて、父親に認められそうな理由を考えた結果が僕だったそうだよ。

その話が流れたら父親に説明すると泣き付かれてね。

社長に恩を売れるだろうしと引き受けたら半年も使ってしまった。

話すのを止められていて本当に申し訳なかった。


「随分我儘に聞こえますよ、彼女」

『君に泣かれるとは思わなかったと言えば怒られるかな』

「泣いてません」


図らずとも小声で話しながら此方から見ても落ち込む姿は無く、強目に引き寄せる仕草に今度は苛立ちを失くした。

飄々とした仕草は欺くものと本質が見分けられる自信がない。

本来鈍い私に見分けられる筈もない。


『今更言っていいものか判断が付かないけれど』



君と居るのが落ち着いてしまって少しでも離れて待てなかった。


狡くて甘くてどうしようもない。

「実は、不器用ですよね」

『格好が付かないね』

「元から格好良いなんて思ったことがありません」

『それは残念』


口調が余裕に聞こえる。

年上の強みか、ともすれば弱みだったりするのだろうか。

腕の中から見上げる目が緩く微笑んでいる。


唐突に僅かな混乱が水面に表れかけて慌てて沈める。

足掻いて視線を彷徨わせても顎を掬われる。

頼むから愉しいかのように見ないで。




「どうにかして」


出てきた言葉には稀な甘えを醸していて無自覚さに火照りが充満する。


『君も結構狡い』


耳許に触れた唇が囁いてぞくりとした瞬間には火照る程の距離すら残されなかった。

気遣いなんて僅かもなく。

一方的に奪われて慣れを忘れた。

理性的じゃないと解りながら顔を引き寄せて、溺れそうな瀬戸際で笑んで深く堕ちた。



囁きと僅かな音だけで感じる程度が丁度良い。


雨音は唯の、甘い音色。







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