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メランコリック(1)

 様々な出来事が続いた僕の日常だが、十二月中旬に入ると非現実的な問題よりも目先の障害が気になってくる。そう、期末テストの到来だ。

 僕の成績は中の上くらい。尤も、伊凪第一の平均点数なんて無残な物で、真っ当に勉強している奴なら上で当たり前なのだが。ちなみに僕はそれほど真面目に勉強している訳ではなく、テスト期間中だと言うのにだらだらと時間を過ごしていた。

「あー、やっと日程も半分終了か。残り三日間、長いねえ」

 放課後になると僕の席にやってきて愚痴を零す朝比奈。僕は少ない荷物を鞄に納めつつ、彼の愚痴……或いは嫌味に耳を傾けている。

「お前は成績優秀なんだから、テストなんて苦じゃないだろ?」

 そう、何を隠そうこのバカ頭の出来はいいのだ。何か矛盾を孕んでいる気がしないでもないが、バカだが頭は切れる。それが朝比奈という男なのである。

「お前だって成績は悪かねえだろ?」

「どういたしまして。ま、伊凪のテストで赤点の奴は本当に絶望的だと思うよ」

「お前そういう滅多な事言うなよ。このクラスにもそう言う奴がちらほら居るんだからよ」

 逆にどうしたらそんなに低い点数が取れるのか知りたい。まあ、中には最初からまともにテストを受けるつもりすらない奴もいそうだけど。

「点数云々よりも、俺は長い間机に拘束されてるってのが我慢ならねえのよ。基本的にじっとしているのが苦手なんだ。そわそわしちまって」

 こういう所がバカの所以なんだよなあ。真面目な顔して大人しくしてりゃあ、女子だってほっとかないだろうに……。

「陽平、それと桜井」

 声に振り返ると教室の入り口で柳さんが手を振っていた。僕らはさっさと準備を済ませ、彼女の下へと向かう。

「テスト、どうだった?」

「まあまあかな」

「楽勝、楽勝!」

 僕らは対極的なリアクションを返す。柳さんは頭の背後で手を組み、溜息を一つ。

「桜井は兎も角、陽平の点数がいいっていうのが本当に納得行かないわね」

「嫉妬は醜いぜ? 俺ってばホント、天才だからよ。しかもイケメンときてやがる」

「お前ぶん殴るぞ」

「張り倒すわよ」

 二人同時に朝比奈を睨む。奴は一歩飛び退き、「おー怖い怖い」とおどけている。

「悔しかったら勉強したまえよ。美春はいいとしても、千佳は点数ひでえもんだしな」

 そう、柳さんは頭が悪い。それは見た目からもひしひしと感じる、体育会系独特の頭の悪さだ。テストの点数は軒並み平均点以下と言った様子で、毎度テストが帰って来ると朝比奈に当たる姿を目撃する事が出来る。

「じゃあ陽平が教えてよ。山張るだけでもいいからさ」

「何で俺がそんな事せにゃならんのだ……美春に教えてもらえよ、美春に」

「桜井の教え方ってなんか理屈っぽくてめんどくさいのよね」

 酷いやぶへびだよ。僕だっていつも一生懸命教えてあげてるのに……。

 と、そんな感じでいつも通り三人で廊下を歩いていた時だ。視界の端、教室から出てきた見覚えのある横顔を見つけ、思わず声をかけた。

「真尋」

 向こうは直ぐに気付かなかったのか、廊下に暫し佇んだ後、思い出したように僕を見る。

「……桜井君」

「これから帰りか? あ、そうだ……テストどうだった?」

 しかし返事はない。真尋は僕の顔を見て、床を見て、窓の向こうを見て、教室を見て、また僕の顔を見て、床を見て、それから僕の左右にいる朝比奈と柳さんを見て、更に床を見て、それから両手でぎゅっと鞄の手提げを握り締める。

「……私……行くね」

「え? あ、ちょっと……」

 呼び止める間も無く真尋は立ち去ってしまった。やや小走りで廊下の角を曲がり完全に視界より消え失せる。その様子をただ見送っていると、柳さんが突然僕の背中を叩いた。

「あんた、安藤と知り合いなの?」

「え? ああ……うん、まあ。そういう柳さんも?」

「あたしはクラスメイトよ。同じ二年三組だもの、毎日顔を見てるわ」

 腰に手を当て微笑む柳さん。それからにやにやしながら僕の顔を見つめる。

「へえ。でも、あの桜井がねえ」

「この桜井ですが、どうかしましたか?」

「安藤、うちのクラスじゃ凄く浮いてるのよ。あ、先に言っとくけどイジメとかはないから。あたしの目が黒い内はそんな事を許さないしね」

 ええもう、僕も朝比奈も身に染みて理解しております。イジメなんかやったら、貴女様にイジメ抜かれますもの。

「ただ、安藤ってああいう感じでしょ? 人に合わせるとか、そういうのが凄く苦手みたいなのよね。クラスの輪に馴染めないっていうか……ぶっちゃけ友達いないみたいなのよ。だからあんたが声かけてるの見て、ちょっと嬉しかったんだ」

 そんな事を屈託の無い笑顔で語れる柳さんは本当に素敵な人だと思う。

彼女の辞書に偽善という言葉はないのだろう。そもそも、彼女は良かれと思ってそうしているわけではないのだ。ただ自分が気に入るか気に入らないか、判断基準はそこだけ。要するにこの笑顔に裏も表も貴賎もないのだ。

「ねえ、安藤とはどんな話するの? 参考までに聞かせてよ」

「えーと……大分変わってるからなあ。説明するのは骨が折れるよ、うん」

 まさか、夢の中では中二病スタイルですとか、《エゴ》ですとか言っても分らないだろうし。僕だって意味不明だし、笑っていい所なのかも微妙である。

「美春って不思議と美少女と知り合いになるのだけは得意だよな。しかもどういう切欠で知り合ったのか謎な女子。九条先輩もそうだったしな」

 朝比奈の言葉で思い出す。確かに、真尋との出会いは荒唐無稽にも程があるだろう。しかし、九条先輩はどうだったか。出会いともなれば一年以上前になる。一応思い出そうとしてみたが、記憶を手繰る事は出来なかった。

「立ち話していても通行の妨げになるだけだし、どこか寄ってかない?」

 思考を切り替え声をかける。二人は顔を合わせ、同時に頷いた。

「それもそうね。部活も休みだし、あたしも付き合うわよ」


 そんなわけで、三人で揃って移動する。どこに寄って行くのかと言えば、お決まりのラーメン屋、正源だ。ボロボロかつ油塗れの店内に入り、三人並んでカウンター席に腰を下ろした。

「じゃあ、桜井は図書室で安藤と?」

 歩きながら触りだけ話をしていたので、店内に入ってもその続きという感じで柳さんは声をかけてくる。僕もそれに倣い、水を飲みながら応じる。

「そうだね。本を借りようと思って……そうそう、真尋って図書委員じゃないんだって?」

「そういう話は聞いた事ないわねえ。でも、図書室かあ……そりゃ、あたしとは遭遇しないわけだ。図書室なんて自習の時くらいしか行かないもの」

 朝比奈はいつも通り味噌ラーメン。柳さんは大盛りのチャーシュー丼で、僕は塩ラーメン。それぞれ目の前に並んだ食事に箸をつけつつ、会話を続けている。

「しかし美春、お前普段から図書室なんか行かないだろ? 運命の出会い……或いは必然か?」

「うーん……必然と言えば必然かな。僕が会いに行った感じだから」

 恐らく茶化す意味でああいう言い方をしたのだろう。朝比奈は予想外の反応に戸惑っている。

「え? まさか美春君、美少女のナンパに目覚めちゃったわけですか?」

「美少女って……確かに真尋は可愛いけどさ。別にナンパするほどじゃないよ」

「お前の中のするほど基準がよくわかんねえわ。俺ならするほどエリアに余裕で入ってるんだけどな。つっても安藤と言えばあの調子だから、声かけても無駄なんだけど」

「陽平……既に声かけた事がありますって聞こえるわよ?」

 眉間に皺を寄せる柳さん。なんでこいつら僕を間に挟んで座るんだろう? 毎度毎度二人の板ばさみになって心苦しくなる身分の気持ちも考えて欲しいよ。

「俺は独りぼっちで寂しそうな女の子を放っておけない性質でね。折角伊凪第一っていう限定された環境下で一緒になったんだ。皆楽しく学校生活を送って欲しいだろ?」

「それはあたしも同感。ほら、言うでしょ? 袖触れ合うも……少々?」

「他生の縁?」

「そう、それそれ。実際、人間なんて誰もが相互理解出来るわけじゃないしさ。クラスメイトにだって気に入らない奴とかもいるけどね。仲良くなれるならそれに越した事ないじゃない」

 横から補足すると、柳さんはまるで指揮棒みたいに握った箸を振りながら語る。

「だからさ、桜井。安藤と仲良くしてやってよね。勿論、あたしも頑張るけど」

「仲良く……出来るかどうかはわからないけど、顔は合わせると思うよ。この間借りた本、まだ返して無いしね。でも、どうして真尋は図書室に居るんだろう?」

 図書室が好きだからと言っていたが、本当にそれだけなのか? 別に本が好きで図書室にいるわけではない、とも言っていた。なら、理由はなんなのか?

「あの子、ずっとあの調子なのよね。あの調子っていうのは、人を避けてるっていうか……極端に無口っていうか。それであたし先生に聞いてみたのよ。安藤がどうしてああいう子なのかってね」

 それ普通先生に訊くか? まあ気になったら行動せずには居られないのが柳さんという人間なのだろう。良くも悪くも彼女らしい。

「そしたらなんかね、安藤……病気みたいなのよね」

「病気?」

 確かになんというか、ふらふら……ふわふわした感じではある。図書室で何をするでもなく居眠りしていたり、いきなり見知らぬ男子を部屋に連れ込んだり、挙句の果て寝始めたり……。しかし、どこか具合が悪そうという感じには見えなかったのだが。

「先生は、ナルト……ナル……なんかそういう病気。すぐ寝ちゃう病気だって言ってたわ」

 そこ覚えてないと話進まないんじゃないかな、柳さん。というわけで僕は朝比奈と顔を見合わせ、二人同時にケータイを取り出した。

「もしかして、ナルコレプシー?」

 朝比奈と二人、ほぼ同時に回答に辿り着く。柳さんを見やると、彼女は両手を叩き。

「ああ、それそれ! ……って、何よ? 何か文句ある?」

「まさかそんな、ねえ?」

「いやいや、うん。お前の頭の悪さは知ってるからな」

 溜息を吐き、屈む。立ち上がった柳さんは僕の頭上を乗り越え、朝比奈の頭を叩いた。

「今の音はグーだな……」

「桜井、説明」

「ハイ。ナルコレプシー……通称、居眠り病……」

 脳疾患の一種で、要するに所構わず眠くなってしまう病気の事を言うらしい。症状は様々あり、突然強烈な眠気に襲われたり、幻覚を見る事や金縛りに合う事もあるらしい。

 言わずもがな、この病気自体非常に知名度が低く、周囲に理解される以前に本人がきちんと自覚出来るかどうかも難しいらしい。専門医が少ない以上、それが脳疾患ではなくただやたらと居眠りをしていると誤解されてしまう事も多いという。結果、居眠り病という本来相応しくない、しかし的確な呼び名がつく事になった。

「……という事だそうです。ネットって素晴らしいね」

「安藤もその病気なんだって。最初はあの子、授業中でもしょっちゅう寝てるし、たまにふらっとどこかに居なくなって帰ってこなかったりして、ちょっと気に食わなかったのよ。なのに先生は何も注意しないから、どういう事なのか問い詰めたってわけ」

 ああ、成程。どちらにせよ柳さんの逞しい行動力の結果には違いないが……。

 そう言われてみると、真尋の行動にも少しは納得が行く。わざわざ図書室を選ぶ理由にはならないが、あの寝っぱなしの体たらくは説明がつく。やたらとふらふらしているというか、足取りのおぼつかない感じなのは、もしかしたら眠いからだったのかもしれない。

「図書室は利用者いないしね。サボりには丁度いい環境なのか」

「サボりって言うのはやめなさいよ。安藤だって好きで寝てるとは限らないでしょ?」

 そう思うのは柳さんが彼女の事をよく知らないからではないだろうか。彼女は確かにそういう病気なのかもしれない。しかしそれでいいと思っている……そんな気がする。

 《エゴ》の力を持っている彼女にしてみれば、夢に現を抜かしていた方が生き易いのだろう。それがどんなに内側に向いた物だったとしても、自分の思い通りになる世界が得られるというのなら、誰だって興味を持つ筈だから。

「柳さんには悪いけど、あいつはただのサボりだと思うよ。上手く説明するには、もう少し真尋の事を理解しないとだろうけどね」

 スープを飲み干し一息吐く。そんな僕の横顔を眺め、柳さんは笑う。

「安藤と会って、あんたも少し顔色よくなったんじゃない? 少し前まで死んだような顔してた割に、今はイキイキしてるよ」

「ああ、確かにそうかもな。九条先輩には悪いが、美春もいつまでも引き摺ってないで、新しい恋に生きた方がいいと思うぜ。その方が先輩だって喜ぶだろ」

 ――息が止まったような気がした。

 ごくりと生唾を飲み込む。朝比奈は……今、何て言った?

「何で、先輩が喜ぶんだ?」

「そんなおっかない顔すんなって。悪かったよ。でもな美春、先輩だってそんなの望んじゃいねえだろ。お前も言ってたじゃねえか。死者は蘇らないんだって」

「いや、そうじゃなくて……」

 ずっと前から感じていたんだ。朝比奈の言動にあった、歯切れの悪さ。

 朝比奈は僕を気遣うように苦笑を浮かべている。でもそうじゃないんだ。僕は別に怒ってるわけじゃない。そもそも怒る理由がないんだから。

「……あのさ。二人にちょっと、訊いてもいいかな?」

 二人が左右から僕を見つめる。本当はもっと早く、それこそあの話の直後に確認すべきだった。そうしなかったのは、もし本当に……間違っているのが僕の方で。僕がそっくり丸ごと、彼女に関する事を誤解しているのだとしたら……。

「九条先輩の事、なんだけどさ……」

 やけに喉が渇く。グラスに目を向けるが、残っているのは小さくなった氷だけだ。仕方なくそれを口に流し込み、何度も噛み砕いた。

「僕と先輩って……僕と、九条先輩ってさ。その……」

 二人は黙って話を聞いている。目を合わせるのが怖い。僕は……。

「僕達は……付き合ってた、の?」

 言った。言ってしまった。急に不安と後悔が押し寄せ、それに潰されそうになる。

 目を瞑りそうな心に鞭を打って左右に目を向ける。すると朝比奈も柳さんも怪訝な表情を浮かべていた。それは……どういう意味なんだ? どっちなんだ?

「そんな事、俺達に言われてもなあ?」

「そうよね。付き合ってる自覚って、本人同士の間にしかないんじゃないの?」

「そうじゃなくて! 君達から見てどうだったかって話だよ!」

 思わず席を立ち、声を荒らげてしまう。二人ともなぜ僕が興奮しているのかわからないのだろう。ますます首を傾げ、顔を見合わせている。

「どうって……なあ?」

「そこそこいいカップルだったんじゃないの? 確かに付き合い始めた当時は似合わないと思ったのは事実だけどさ。なんだかんだで上手く言ってたじゃない」

 立ち尽くすしかなかった。いいカップルだった? いいカップル? カップルってなんだ? どういう意味だっけ?

「あー、でも、最初だけだって! 確かに俺も不思議ではあったぜ、先輩がどうしてお前みたいな奴をってな。理由を聞いても教えちゃくれなかったが……でも先輩はお前の事ちゃんと好きだったと思うし……あー、なんかこういう話こっぱずかしいな」

「桜井、先輩と一緒に色々生徒会の活動もしてたじゃない。あんた、役に立ってたわよきっと」

 脱力し、席に着く。僕の様子は余程おかしいのだろう。二人とも不安げに僕の顔を覗きこむ。

「美春、大丈夫か? 何かお前おかしいぞ?」

「そりゃ、ショックだったろうけどさ……でも思い出までなくなるわけじゃないじゃない! ほら、四人で海行ったでしょ、海!」

 行ってない。そんな所行った覚えはない。

「四月には花見もしたじゃない。ボランティアのついでだったけど、老人ホームのおじいちゃんおばあちゃんにおはぎとか貰ってさ」

 そんな事してない。僕の記憶にそんな景色はない。

「ほら、写真だって残ってるじゃない」

 オレンジ色のケータイを取り出し、僕に向ける柳さん。僕は我が目を疑った。

 砂浜で、水着姿の僕と先輩が手を繋いで笑っている。思わずケータイを引ったくり凝視した。

 知らない。こんなの知らない。先輩の水着だって初めて見たんだ。僕はこんな水着買って無いし、即ち持ってない。だからこれは僕じゃない。僕じゃない、僕じゃない――。

「ケータイ……」

 柳さんのケータイを突っ返し、自分のケータイを取り出す。そう、これにならデータとして確実に残っている筈なんだ。僕は自分のケータイを他人に触らせたりしない。だからここに残っている物は全て真実の筈。

 電話帳を開く。そこで九条先輩の名前を探した。しかし電話帳に彼女の名前は無かった。

「ほら見ろ、登録されてない! 彼女のアドレスを登録しない男が何処に居るんだよ!」

「お、おい……美春!」

「放せ! 朝比奈も柳さんも人が悪いよ……死んだ人間の事ネタに使ってさ。そういうのよくないんじゃないの? 全然笑えないんだよ!」

 朝比奈を振り切って後退する。周囲の客が、店長が僕を見ている。そんなの知った事か。

「間違ってるのはお前達の方だ。僕は間違ってない。だってケータイには……!」

 首を傾げた。おかしい。僕の着信履歴がおかしい。

 着信履歴を遡っていくと、毎日のように沙希という名前の人間が電話をかけてきている。沙希、沙希、沙希……そんな奴知らない。僕の知り合いにそんな奴は――。

「お前マジでおかしいぞ! 何やってんだ!」

「沙希……九条、沙希……?」

 アドレス帳を確認する。あった。登録されている。そうだ、僕は大体呼び名でアドレスを登録している。だから朝比奈は《朝比奈》と登録されているし、柳さんは《さん》まで込みで《柳さん》だ。だから思ったんだ。登録されているとしたら《九条先輩》の筈なのだと。だってそうだろう、僕は……彼女を《沙希》なんて呼んでいなかったのだから。

「な、な、なにこれ? なに……あは、なにこれ……あはは!」

「ちょっと、桜井! 陽平、桜井どうしちゃったの?」

「俺だって知るかよ! おい美春! とりあえず店出るぞ、悪いが千佳、金払っといてくれ!」

 朝比奈が僕の腕を掴み、肩に担ぐ。しかし僕の身体はすっかりおかしくなってしまって、まるで現実味が無い。五感の感覚がなくなり、視界も闇に閉ざされていく。

「僕は間違ってない……僕は間違ってない、僕は間違ってない……」

 体が揺れる。意識が揺れる。全てが揺れる。天地がひっくり返って、何も分らなくなる。

「間違ってないんだ、僕は……」

 本当に記憶にないんだ。覚えてないんだ。そんな事あるわけないだろ? じゃあおかしいのは僕じゃなくてこの世界の方だ。間違ってない。僕は間違ってない。


 じゃあ、間違っているのは世界の方? 本当に――そうなのか?

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