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エピローグ

 ――それから、四ヶ月が過ぎた。


 この街でおかしな事件が起こる事は無くなった。今の所、僕らの日常は平穏である。

 鳴海さんや御神がその後どうなったのかは知らない。警戒して四ヶ月間真尋に張り付いて生活していたが、彼女の身に何か起こると言った事もなかった。

 結局僕の記憶は戻らなかった。沙希への想いを取り戻す事を諦めたわけではないが、最近はそれほど急がなくても構わないのではないか、なんて思いながらのんびりやっている。

 これから一生をかけて、ゆっくりと思い出していけばいいと思う。その方が長く彼女を覚えていられる。この苦しみや痛みを忘れずに居られるから。

「千佳……お前さあ、一年中カレー食ってるよな。何かもう少し季節感のある食事とかしたくならねえのか……?」

 物思いに耽っていた思考を朝比奈の声が引き戻す。顔を上げるとそこには眉を潜めている柳さんの姿があった。

「いいでしょ、カレー好きなんだから。カレー食べるとパワーが出る気がするのよ」

 昼休みの食堂、いつもの様にテーブルを挟んで四人で顔を合わせている。こちら側に僕と朝比奈が並び、向こう側には……柳さんと真尋が座っている。

 朝比奈と柳さんのバカップルは平常運転。二人とも相変わらずツンデレっていて、人前ではこんな様子だが二人きりの時はイチャイチャしまくっている事を僕は知っている。

「第一食いすぎなんだよお前。少しは安藤を見習えよ、あんなに女の子らしいちっちゃくて可愛らしい弁当食ってんだろうが」

「確かに真尋のお弁当は可愛いわよね。でもあれ作ってるの桜井じゃない」

 真尋はうとうとしながら弁当箱に箸を伸ばしている。柳さんの言う通り、真尋の弁当は毎日僕が作っている。そうなってからは、早起きして弁当を作るのが何気に日々の楽しみとなった。

「桜井が作っていると思うとちょっと気持ち悪くない? 男のくせにさ」

「酷いなあ。これでも色々気を使って作ってるんだよ? 彩りとか栄養のバランスとかさ」

 真尋に目を向ける。彼女は視線に気付いたのか、ぼんやりした様子で顔を上げた。特に意味も言葉もなく、暫くそうして見詰め合う。

「お前ら……何やってんだ?」

「別に……何かをしていたわけではないよ」

「ただ、真尋がおいしそうに食べてるなあと思って」

「桜井ってさ……真尋とつるむようになってから余計に変な奴になったわよね」

 柳さんがまた失礼な事を言っているが、気にしない。確かに僕は結構変な奴だからだ。

 あれから真尋は少し変わった。これでも以前に比べればずっと社交的になったし、柳さんと朝比奈の前では緊張もしなくなったようだ。尤も、緊張しすぎてカミカミになっている真尋は見ている分には面白かったのだが。

 柳さんの力もあり、少しずつクラスにも馴染みはじめていると言う。三年生になり、クラス替えをしても二人は同じクラスだった。丁度リセットの時期を挟んだというのも、真尋がクラスに馴染めた理由かもしれない。

「桜井君は、確かに変人だけど……でも、いい人だよ」

 箸を休め、ぽつりと呟く真尋。今となっては彼女だけが僕を擁護してくれるというわけだ。

「確かに、美春はいい奴なんだよな。たまに変態だけどよ」

「そうねえ。桜井はいい奴ね。かなり変人だけど」

「あははは、ありがとう皆。でも一言ずつ余計だと思う」

 ふと、真尋に目を向ける。彼女も同じタイミングで僕を見て、柔らかく微笑んで見せた。

 真尋は相変わらずナルコレプシーで、相変わらず夢の世界に入り浸っている。でもその割合は大分減ってきたし、それはこれから僕が一緒にリハビリに付き合えばいい事だと思う。

 それは、沙希に出来なかった事の代わりなのかもしれない。僕は真尋を利用して、自分の罪の意識を軽くしたいだけ……なのかもしれない。でも。それでも……。

「明日は何が食べたい? 真尋」

 彼女と共に居る。彼女の存在は、ただただ失うだけだったあの事件の中、唯一僕が得られた新しい絆だから。

「……からあげ」


 四月の暖かい風が食堂に吹き込んでくる。それは長く続いた悪夢を吹き飛ばし、僕に新しい夢を見せてくれる。

 遂げられる事の無かった約束を果たす為に、日々を生きていく。


 当たり前の幸福を愛すると笑った彼女の姿は、僕の胸の中で今も色褪せずに輝いていた――。

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