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九条沙希(1)

「桜井君、こっちこっちー!」

 再び鳴海さんから連絡があったのは、期末テスト最終日の事であった。テスト終了後、早めに終了した学校を後に、僕は一人でここまで歩いてきた。

 以前彼女らと話した時に利用したファミレス。鳴海さんと小林さんは既に前回と同じ席に、同じ様に着席済みであった。ぶんぶん手を振る彼女に会釈し、席に着く事にする。

「ごめんなさいね、わざわざご足労頂いちゃって。やっぱり迎えに行った方が良かった?」

「いえ、大丈夫です。度々警察が迎えに来てるようじゃ、心中穏やかじゃないです」

 鞄を隣の空席に置きつつ苦笑する。この人はもう少し自分が刑事であるという自覚を持って行動してもらいたいのだが……それは無理な相談かもしれない。

「それで、話というのは?」

「この間君に訊いた事の続きね。そうそう、あれからもう一度聞き込みをしてみたんだけど、やっぱり君と九条さん、付き合ってたって話じゃない。もう別れたって事かしら?」

 ああ、そういえばこの間がっつり否定してしまったのだ。今でも正直実感はないのだが、どうやらそうだったらしいという事実はそろそろ受け入れた方がいいだろう。

「ええ、まあ……そんな所です」

「酷いわねえ、大人をからかうもんじゃないわよ。警察に嘘吐いたらまずいんじゃないの?」

 肩を竦め、彼女は既にテーブルに並んでいるピザを一切れ摘む。

「その後、どう? 何か思い出した?」

「いえ、お役に立ちそうな事は何も……」

 ピザを齧りながら問いかける鳴海さんの顔から目を逸らす。嘘は言っていない。何も思い出してはいないし、役に立ちそうな進展もない。だが……。

「あの……九条先輩の事件、《メランコリック》って薬が関係してるって本当ですか?」

 その単語に主に小林さんの目の色が変わった。相変わらずメモを取っているだけの彼だが、そこで初めて鳴海さんに何かを耳打ちした。

「よく知ってるわね。どこで聞いたのかしら?」

「学校の裏サイトって知ってますか? 噂で聞いた話で、そういう物があるって……他にもその薬を使って事故とか事件になってるケースがあるとも聞きました」

 これもやはり嘘は言っていない。僕や朝比奈が事件を勘ぐっている事、真尋やあの男の事、夢の中の世界なんて話をした所でややこしくなるだけだ。今は言わない方が得策だろう。

「裏サイトねえ、そんなドラマみたいな物が……」

 どこかで聞いたような感想の後、指についたトマトソースを舐め、彼女は目を閉じた。

「九条沙希は、《メランコリック》を所持していたわ。この薬の詳細は分っていないけど、カテゴリー的には麻薬と呼んで差し支えないでしょうね。勿論、所持しているだけでも悪い事だし、使うのはもっと悪い事……それは分かるわね?」

 あまりその可能性については考えたくなかったが、こう正面から言われてしまうと逃れようもない。あの清浄潔白そのものだった九条先輩が、麻薬所持……信じ難い話だ。

「君、《メランコリック》についてどのくらい知ってる?」

「好きな夢を見られる薬だとか……」

「そうね。でもそれって結局幻覚でしょ? 時と場所を選ばなければ大変な事になるわ。分っているだけでも、幻覚、身体の痙攣、意識の混濁、エトセトラエトセトラ……日常生活に支障を来たすレベルなのは間違いないわね」

 先輩はその薬の効果で幻覚を見た。それが死の直前彼女の行動がおかしかった理由。直接彼女を死に追いやった物……警察もそう見ている、という事か。

「実はね、この薬が原因だと思われる事件が、ここ二ヶ月の間に六件発生してるの」

「六件……そんなに?」

 小林さんが何やらむすっとした顔をしているが、鳴海さんはお構いなしだ。個人的には刑事としてこの軽率さはどうなのかと甚だ疑問ではあるが、今に限ればありがたい。

「この町で《メランコリック》を売り歩いている奴がいるのよ。そいつを捕まえないと、また同じ様な事件が起こるわ。警察としては、ほっとけないわけよ」

 《メランコリック》は、今の所この町周辺でしか確認されていない薬だという。出所も薬の詳細も一切不明。分っているのはこの町周辺にのみ撒布されているという事だけだ。

「私はね、薬をばら撒いているのは若者だと思ってるの。あ、別に先入観でそう言っているわけじゃないのよ? 《メランコリック》が関係していると思われる事件の被害者、加害者っていうのは、全員十代後半だったのよ」

 額に手を当て、盛大に溜息を漏らす小林さん。心中お察し致します。

 だが確かに鳴海さんの推理は正鵠を射ているかもしれない。なぜならば十代後半というのは非常に特殊な時期だからだ。

 中学高校大学、兎に角学校というものは特殊なコミュニティである。独特の閉塞感を持ち、外部には基本的に開かれていない場所だ。そこで出回るのであれば、大本もやはり同じ学生だと考えるのは素直な発想だと思うのだ。

 仮に大人が売人だとすると、十代後半の子供にだけ売りつけるのは旨味がない。そもそも学生が金持ちである筈もなく、得てして大人という物が子供に接触可能な機会は限られている。そういったリスクを考慮するなら、大人は大人に薬を回した方が遥かに手っ取り早いだろう。

 だが、学生が学生に薬を売るのであれば話は別だ。元より閉鎖されたコミュニティの内側に自動的に組み込まれているし、学生の間には学生独自の倫理観という物がある。売るにも買うにも、大人からよりは同じ学生からの方がスムーズだし、発覚もし辛い。

「勿論、学生が自分の力だけであの薬を作り出したなんて事は考え辛いわ。と言う事は、誰か悪い大人がバックについてるって事でしょ? そっちも芋蔓式に引っ張り出せたら十全っていうのが私達の考えね」

 ピザ最後の一切れを折り畳んで口に放り込む鳴海さん。そうして真面目な顔で僕を見つめ。

「学校の裏サイトっていう発想はなかったわね。こっちでも調べてみるわ。学生独自のコミュニケーションルートで取引されているのだろうって所までは予想してたんだけどね」

 僕も同じ予想をしていた。今はインターネットが広く復旧している。学生同士の連絡手段と言えば、メールにブログにSNS……そんな所だろう。後で調べてみるのも悪くない。

「そういえば、この間の……」

 そこでふと、例の男の事を思い出した。鳴海さんはあの男の写真を持っていた。彼女は彼について何か知っているのかもしれない。いや……もしや彼こそが薬の売人なのか……。

「この間の……何?」

 小首を傾げる鳴海さん。しかし僕は口元に手を当てたまま沈黙を守っていた。

「いえ……何でもありません」

 何故あの男の事を話さなかったのか。それは単純に……勘だ。何と無く、まだあの男の事は伏せておいた方がいい気がする。理由は一応あるが……今はまだ確信には程遠い。

「ちょっと、思わせぶりねー。気になる事があったら、隠さずに報告しなさいよ?」

 頬杖を突きながらニヤニヤと笑う鳴海さん。適当に相槌を打っていると、二人は顔を見合わせ席を立った。

「ありがとう、参考になったわ。また何かあったら連絡するかもしれないけど……」

「どうぞ。ただ、送り迎えは結構ですから」

 今回は話が手短に終わり、二人はそそくさと帰っていった。支払いはしておくからと言われたコーヒーを飲みつつ、分った事を整理してみる。

 先輩は《メランコリック》の常用者だった。結果、幻覚を見て事故死した。同じような事件が他にも起きており、その範囲はこの町だけ、学生だけと限定されている。

 先輩と僕は付き合っていた。僕はその事を覚えていない。その部分の記憶だけすっぽり抜け落ちている。理由は不明。僕自身が原因なのか、第三者の仕業なのか。

 仮に誰かが僕の記憶を奪ったとすれば、それは《エゴ》の力を持つ人間。でもあの男は違う気がする。当然、真尋も違う。であれば誰か?

 あの男が言っていた、《奴》という人物ではないだろうか。あの男は《奴》を追っていて、真尋と同じ《エゴ》。推察するに、きっと《奴》というのも《エゴ》なのだろう。

 では、何故《奴》は僕の記憶を奪う必要があったのか。しかも九条先輩に関する事だけを……? 決まっている。それは九条先輩、そして僕が《奴》と無関係ではないからだ。

 ここまでは逆算出来る。だが、肝心のその部分……どう僕らが《奴》と関係していたのか、それが分からない。だが、分かって来た事もある。

「要するに……その《奴》に会って確かめればいい」

 言うのは簡単だが、どうすればいい? 誰なのか、何処に居るのかもわからない相手に会って話をするなんて、途方も無い話だ。

 コーヒーを飲み干しファミレスを出た後、僕は真尋の番号をコールしていた。一度目は不通、二度目も不通。暫くしてかけなおしてみると、ようやく真尋の声が聞こえた。

「あ、真尋か? ちょっとこれから話したい事があるんだけど……」

 何か立て込んでいるのか、真尋の返事は上の空というか、大分適当だった。直ぐに切れてしまったので話が通じたのか若干不安に思いつつ、彼女と合流すべく歩き出すのであった。

 駅前で真尋と合流出来たのは二十分程後の事だ。何やら寝ぼけた様子で歩いてきた所を見ると、また図書室辺りで寝ていたのだろう。

「そういえば君はナルコレプシーなんだったな。あまりそうは見えないけど」

「大分コントロール出来るようになったからね。症状も条件も、慣れてしまえば大概どうにか出来るよ。眠いのも……半分くらい」

 そういう物なのか。僕はその病気になった事がないので分からないが、本人が言うのだから間違いはないだろう。それよりも今は本題に入りたい。

「真尋、これは賭けになるんだが……一つ、僕の提案を聞いてくれないか?」

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