15 - 注文
「いらっしゃいませ、ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
店内に入るなり、私は唐突にそう確認を取られた。
なるほど、私は既に何かを注文したらしい。
「あっ、はい」
「かしこまりました。それではお先にどうぞ」
席ではなく先と言われても、何をしたら良いものか。
悩んでいても仕方がないので、店内を見渡しつつ考えるが、
特にこれといって何をすべきか思いつかなかった。
私はおずおずと、申し訳なさそうに店員にその旨を伝えた。
「すみません。パッと思いつかなくって」
「では、こちらお下げいたしますね」
あぁ…どうやら失敗だったようだ。
何かを下げられてしまったらしい。
私は了承の意を込め小さく頷き、店員とカウンター越しに無言で見つめ合うが、
この後どうしたら良いのか見当がつかない。
ここで待っていても後から来た別の客の邪魔になるだろうし、
とりあえず席で待たせてもらえないかと、そわそわとし始めた。
「あの、すみません。どこか席に座っても良いでしょうか?」
「ご予約のお客様でしょうか?」
「あ、いえ」
「すみません。ただいま満席となっておりました」
「あっ…はぁ…」
あー、満席となって…おりました。おりました、か。
うーん、ということは空いているのだろうか。
「えっと…座れるんでしょうか?」
「ごゆっくりどうぞ」
ああ良かった。どうやら座れるようだ。
しかし、どこに座れば良いのだろう。
案内をしてくれる様子もないし、
店内を軽く見回してみても、席は空いているような、空いていないような、
どちらとも言えない雰囲気だった。
もしかして、そもそもテイクアウト式だったのか。
いや、席には座れるんだ。
やはり席で待っていれば良いのではないだろうか。
「あの、どこに座れば良いのでしょうか?」
「アレルギーなどはございますか?」
「あ、いえ。特には」
「申し訳ありません。そちらの方は、本日の分は終了いたしました」
なにやら遅かったようだ。うーん、座れないのか。
アレルギーがあれば優先してもらえたのかもしれない。
では、さっきの「ごゆっくりどうぞ」はなんだったのだろう。
ああ、そうか。席に座れるとは言っていないもんな。
床に座れということだったのか。…しかし、床に座るのはちょっとなぁ。
まぁ、仕方ない。立ったまま待たせてもらおう。
「あ、分かりました。では、ええと…このあたりで待たせてもらいます」
「カウンター席でよろしいでしょうか?」
ここに席らしい席は無いのだが、
どうやらこのレジ前に立っている状態をカウンター席と呼ぶようだ。
私は「立見席」のようなものと解釈した。
「あ、はい」
「フォークとスプーンはお付けしますか?」
「あ、ええと…お願いします」
「少々お待ちください」
私は店員からフォークとスプーンを一つずつ手渡された。
とりあえず両方の手にそれぞれ持っておく。
両手の銀色に輝く棒状の物を眺めながら、私はぼーっと考えていた。
そういえば、私は一体何を注文したのだろう。
空腹を感じるが、食べるものがない。
ここで待っていて、何か提供されることがあるのだろうか。
…ああ、そうだ。今から追加で注文すればいいのか。
「あの、追加注文お願いできますか?」
「何名様でしょうか?」
「あっ、一人です」
「本日はご来店いただき、まことにありがとうございます」
店員さんが深々と頭を下げたので、私もつられて頭を下げた。
しかし、私はただお店に来ただけなので、少々大げさに感じられた。
「あっ、あぁ、いえ…」
「それでは、繰り返させていただきます」
「えっ? あ、はい」
「本日はご来店いただき、まことにありがとうございます」
もう一度店員さんが深々と頭を下げた。
二度目だったので、私は軽い会釈で済ませておいた。
「ああ、ご丁寧にどうも…」
「当店のポイントカードはお持ちでしょうか?」
「あ、持ってないです」
「分かりました。お気をつけてお帰りください」
「えっ? あ…はい」
あぁ、ポイントカードがなければそもそもダメだったのか。
今から手続きを…いや、もう遅いのかな。帰りを促されてしまったし。
「あ、ええと…それでは…」
私は店員にもう一度頭を下げると、店から出た。
結局何も食べることができなかったし、
何かを注文したのに会計などしなくて良かったのだろうか。
私は店から出て少し歩きながら、妙な気持ちでぽりぽりと首の裏をかいていると、
店員が慌てた様子で私を追いかけてきた。
「お客様、お忘れ物ですよ!」
ああ、そうだった。
フォークとスプーンを返却するのをすっかり忘れていた。
私がそれらを店員に返そうとすると、
もう一人の店員がトレーを持ってこちらへ向かってきた。
「お待たせいたしました」
トレーを見ると、オムレツ、エビフライ、ハンバーグやスパゲッティなどがあり、
オムレツには、楊枝に日本の国旗のついたものが刺さっているような、
しっかりとしたお子様ランチのセットがそこには乗っていた。
「こちら、次回使えるクーポンとなっております」
私はクーポンの紙と一緒にトレーを受け取ると、
それらを差し出してきた店員に頭を下げた。
「またのお越しを、お待ちしております」
二人の店員はそう言って私に頭を下げると、
店内へと戻っていってしまった。
私は料理が乗って重たくなっているトレーの端を、片手で慎重に持ちながら、
もう片方の手で、ケチャップのかかったオムレツをスプーンですくって食べた。
オムレツはできたてで温かかった。また、食感がふんわりとしており、
甘めなケチャップとの相性も良く、鼻から抜けるバターの香りも心地よくて、
一口食べただけで、思わず「あ、おいしい」と声がこぼれてしまった。
私は路上でトレーを持って、そのお子様ランチを食べながら、
やや遠くから、先ほどまでいたお店を眺めた。
なんだか良く分からなかったけど、料理はとてもおいしいし、
クーポンももらってしまったことだし、また今度来てみようかな。
春の穏やかで暖かい風が、ふわりと私の肌を撫でていった。




