白内障
「白内障ですねぇ」
医者はろくに診断もせずに言った。
白内障ってあの、老人がなるアレか?
最悪失明するとかいう、あの。
「違います。
内心を、自白する、病気。
それがあなたの掛かっている『白内障』です。」
こいつ何故独白に返事ができる!?
「いや、ですから、あなたは今内心を全部口にしてしまうんですよ。最近独り言増えたなーと思いませんか?」
確かにそれはそうだ。
混んだ駅で「全員死なねーかな」と小声で溢したり、目の据わったジジイにぶつかられて「怖、…死ね!」とやはり小声で呟いたり。
このままではやばいのでは?という危機感は、あった。
「それが初期症状なんですよ。あなたはもう末期ですね。こうなってしまうと、もう一生治りません。」
一生…!?
ということはあれか。
上司にこの無能ハゲ!と思うことも、昨日見たポーンハブで、全く好みじゃないデブ女を見て全く不本意な射精をしてしまったのを電車で思い出すことも、二度とできないのか。
「そうなりますね。といいますか…上司の方にも、電車に同乗されてた方にも、既に筒抜けです。」
だから俺の独白に返事をするな!
「ですから、あなたの独白は独白になってないんですよ。全部言ってるんですから。」
…じゃあ俺はどうすればいいんだ。
社会生活は?リモートワークの仕事に転職するにしたって、面接があるだろう。
休日はどうする?映画もろくに見れやしない。周りの迷惑だ。
他の奴はどうやって生活しているんだ?
「この薬を服用するんですよ。発話自体ができなくなってしまうので、職場でもプライベートでも、ある程度周りからの配慮が必要になってしまうかと思います。
2、3年前までは声帯を切除するしかなかったんですがね…だからあなた、まだラッキーですよ」
十分アンラッキーだよ!!!
「いや、受診できたことがまず、大変な幸運なんですよ。お見掛けしたことありませんか?ずっと何かブツブツ言ってたり、電車で叫び続けている中年の方。自覚症状のないまま放置すると、ああなります。」
あいつら、そういう仕組みだったのか…!?
…それはかなり困る。
「思想が強くて『そう』なる方も、ももちろんいらっしゃいますがね。
…とりあえず、薬を服用しましょう。1カ月分処方しておきますね。お大事になさってください。」
医者は淡々と告げた。
処方された水薬は、強烈な苦味をかき氷の苺シロップで誤魔化したような味がして、ねっとりと喉奥にへばりついた。
ひとまず、これで一応安心はできる。
俺はまた帰りの電車で、あの不本意な喘ぎ声を思い出すのだろう。




